012 三人は死霊王の正体を知ります
「ヴーラ=カント博士?」
「他に誰がおる」
「……偏屈くさい爺さんだな」
「ちょっと、ギルド長」
中央墓所の管理棟最上階。
ヴェゴー達は、死霊王が使うという、グールゾンビの鍵を握る男に会っていた。
小柄でずんぐりむっくりな体格、尖った耳。
ヴーラ=カントは、ドワーフであった。
元々職人気質で堅実な仕事をする一方、思考力はあまり高くはないドワーフ族だが、中には非常に知能の高い個体が生まれることがある。
カント博士もそういう少数の一人であった。
「構わん。偏屈が高じてここにおるのだ、こんな小僧に言われんでも知っとるわ」
「小僧……」
「あの、ドクター。今日は、お訊きしたいことがあって……」
「レイスロードのことじゃろ」
「……話が早えな。やつの操る死霊がグールってのは本当か?」
「……」
単刀直入にきりだすヴェゴーを一瞥すると、ヴーラ=カントは部屋の隅にある大きなデスクに向かった。そこには書類や資料と思われる束がうず高く積まれている。
「……こっちに来てみろ」
「……」
三人は顔を見合わせると、ヴーラの後ろについてデスクに向かった。
「見てみい」
「……なぁに、これ」
「ゴーレムの設計図、ですかね……」
「お主らが地下で遭遇したゴーレムの設計図じゃ」
「あの腕相撲のやつか」
「……あれがなぜそんな勝負を仕掛けてきたか、わかるか」
「……先生、今はそんなことやってる場合じゃ」
「答えろ」
取り付く島もない様子に、ヴェゴーはやれやれ、といった風に答えた。
「あんたがそういう命令をしておいたんだろう。……あそこで戦闘が始まると、この塔が倒れかねないからな」
「あ……」
「あのゴーレムはそれくらいの強さを持っている、ということね」
「……違うな」
「じゃ、なんだよ」
「知らん」
「……は?」
訝しげな顔をする三人に、ヴーラは言った。
「あやつは自分で判断して、自分で動いとる。じゃから、知らん」
「そんなわけがあるかよ。術者を無視して勝手に動くゴーレムなんざぁ……」
「あるわけがない、か。まぁ、普通に考えればな。……儂の研究は、自律思考魔回路を持つゴーレムじゃ」
「なんですって……」
「ついでに言えば、儂は魔道士ではない」
「魔道士じゃないのに、魔法を使えるんですか? ……あ」
「どした、かんちゃん」
「もしかして、ギルド長と一緒で……」
「魔力を直接動力にしている……?」
ヴーラがにやり、と笑う。所々歯の抜けた口がぱくりと開いた。
「中々鋭いな、お前さん方。そう、あのゴーレムは、体内に数千もの魔法陣が書かれていてな、そこに順番通りに魔力を、適切な量送り込むと、自律行動をするんじゃ」
「すごい……」
「で?」
黙って聞いていたヴェゴーが口を挟んだ。ヴェゴー以外の三人が彼を見る。
「それと例のグール、何の関係があるんだ?」
「……ふん」
ヴーラは鼻を鳴らしてデスクの向こう側、自分の椅子のある方に回り込んだ。
「ちょっと旦那」
「ん?」
「だめじゃない、ああいう手合いは気持ちよく喋らせてのせてあげないと」
「だいじょーぶだよ。ほら」
「え? ……あ」
見ると、ヴーラの横にはかんちゃんが立ち、少しかがんだ姿勢で何事かを話しかけている。ヴーラは表情こそ変えないが、その質問に都度都度答えているようだった。
「あれ……」
「あれもかんちゃんの能力だよ。クールに見えて人当たりがいいんだ。……特にああいう、頑固な手合いにはな」
「……いい娘見つけたわねぇ」
「だろ。だから、俺は知りたいことをそのまま言えばいい。あとはかんちゃんが処理してくれる」
「……なんかあれね、ダメダメなお父さんのお手伝いをする出来たお嬢さんって感じね」
「うるせぇよ。……俺もそう思うけど」
ヴェゴーとナンがぼそぼそ話していると、かんちゃんが戻ってきた。
「お話、伺えました。……ちょっとびっくりする内容です。該当資料も分けていただけるようなので、持ち帰って整理しましょう」
「お、おう。……かんちゃんはあの爺さんの話、理解出来たのか?」
「必要な部分は。っていうか、すごく丁寧に教えてくれましたよ」
「さすが、事務員の鏡……」
「おう、ギルド長」
「おお、そうだ。すまねえな先生、助かるぜ」
「……止めてやってくれ」
「……え?」
深々と頭を下げて頼むヴーラに、ヴェゴーは呆気にとられていた。
「どういうことだ?」
「あやつは、死霊王は。……かつての儂の親友なんじゃ」
――――
管理塔から出たヴェゴー達は、そのままギルドに戻っていた。距離的には“遊び人”の方が近いのだが、資料の整理や説明をするため、かんちゃんが提案したものだった。
「……つまり、あの自律行動するゴーレムは、カント博士と生前の死霊王の共同研究だったってこと?」
「その通りです。で、カント博士は鉱物で、死霊王は生物で、それぞれ媒体とする躯体の研究は別にしていたんだそうです」
「なるほどなぁ」
「使う魔法陣の関係で、どうしても身体を大きくしないといけないっていうことで、死霊王は複数の生物の死体を繋ぎ合わせて、グール並みの躯体を完成させた」
「グールそのものではないってことね」
「……その後、彼は更に禁忌とも言える研究を始めたそうです。それが原因で喧嘩別れの様になって、現在に至るということでした」
「……禁忌ってのは?」
ヴェゴーが尋ねる。“禁忌”とは穏やかではない。
「……自分の魂をゴーレムの中に収め、次々に取り替えていくことで、永遠の生命を手に入れようとした、そうです」
「……そりゃ禁忌だわ」
「不可能よ。“魂うつし”は、これまで何人もの魔道士が挑戦したけれど、誰も成功したことがない。そんなこと」
「出来ちゃった、そうなんです」
「……マジか」
「マジです。その結果があの死霊王、ということになります。正確に言えば、魂をそのままうつしたんじゃなく、魂の情報を魔法陣化した上で、そこに自分の魔力を注ぎ込む、みたいな説明をされました。よくは分かりませんが」
聞いている間、ナンはこめかみを抑え、苦悶の表情を浮かべていた。今の話がよほどショックだったのだろう。
そんな様子を見たヴェゴーは、かんちゃんの説明に区切りがつくと同時に立ち上がり、言った。
「よし。とりあえず姐さん、かんちゃん」
「はい」
「……なにかしら」
ヴェゴーは脱いでいたジャケットを手に取った。
「腹減った。メシ食いに行こう。姐さんとこに」
「へ?」
「……旦那」
「いいからよ。肉食おうぜ、肉」
そう言って笑うヴェゴーを呆気にとられた顔で見ていたナンだったが、やがて相好を崩し、
「……はいはい。じゃあ行きましょうか」
そう言いながら立ち上がった。
「いいんですか? 調子よくなさそうですけど……」
「ん、いいのよ。あれは、旦那の優しいところだから」
「……そうですね」
「俺の目の前で恥ずかしい会話してるんじゃないよ。いいから行こうぜ。そろそろ具体的なプランも立てたいしな」
「……あのお二人を待たないんですか?」
ギルドを出て店に向かう道すがら。
かんちゃんの問いに、ヴェゴーはやや複雑な表情をしてみせた。
「せめてどっちかは戻って欲しいんだけどな。出来れば2パーティは欲しいんだが……。まぁそのへんも含めての作戦会議だ。……にしてもあいつら、まだ連絡よこさないとは」
「ここの冒険者さん? 頼れる人がいるの?」
「ああ、姐さんも店で知ってるんじゃねえかな。グレイ卿とシーダ嬢」
「シーダちゃんは知ってるわ。グレイ卿っていう方は……」
「知りません? 背中に魔導ロケット背負って、ゴーグルを首に下げてる二刀流の人」
「あー、あの人。そうね、見たことがある、くらいかしら。何度かランチに来てくれたけど、注文するとすぐどっかに行っちゃうの。多分あの人、注文と支払いだけで、食べたことはないわよ」
「あぁ、それはあれだ、頼んだ時点で食った気になっちゃうんだよ。そういうタイプ」
「タイプ分けするほどあんな人種いませんよ……」
かんちゃんがうんざりしたような声で呟く。
「あら、かんちゃんは嫌いなタイプなの?」
「苦手、ですかね。……嫌いではないですけど」
「相性は良くはねえだろうなぁ……」
「シーダちゃんは真逆のタイプだしねー」
「あの人の方が対処はしやすいですよ」
「むしろ向こうがかんちゃんを苦手にしてる感じはするけどな」
「わかる気はするわねー」
この時、ヴェゴーは気づかなかった。
ふところに入れてある魔電通話機が何度もコールしていたことを。
電話の主はオルカ。
内容は“かんちゃん逃げて”であった。
次回、かんちゃんがえらいことに!?
これからも応援よろしくお願いいたします°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°