011 ヴェゴーはゴーレムと腕相撲をします
ヴェゴーと鉄ゴーレムの腕相撲勝負が始まります!
「よし。やるか」
「……」
鉄ゴーレムの待つ、これもおそらくは鋼鉄製のテーブルに近づき、ヴェゴーは腕まくりをした。ゴツゴツとした太い腕がむき出しになる。対してゴーレムは無言で、既にテーブルに肘をついている。
「番人の割には随分好戦的なゴーレムねぇ」
「手段は平和的ですけどね」
「馬鹿言っちゃいけない」
「え?」
ヴェゴーはかんちゃんの言葉を即座に否定した。
普段からは思いもつかない言葉の鋭さに、かんちゃんはきょとんとしている。
「腕相撲ってのは、お互いの我の張り合いなんだ。単純なパワー勝負に見せかけて、とんでもねえ数の戦術がある。やり方次第じゃ、倍ほども力の違うやつを倒すことだって出来る。こいつはその勝負を最初から持ちかけてきてる。……相当な手練とみた」
「は、はぁ……」
「かんちゃんかんちゃん」
滔々と語るヴェゴーにあっけにとられている様子のかんちゃんに、ナンが言った。
「言ったでしょ。結局、旦那も他の冒険者と一緒。馬鹿なんだから。……それに、すごく楽しそうじゃない?」
「あ、確かに……」
事実、ヴェゴーは楽しくて仕方がなかった。
重装鎧を着込んだA級冒険者を一撃で吹き飛ばす腕力。S級、SS級はおろか、世界転覆レベルの災厄である「Z級」の受注すら許可されている、限定解除の超級冒険者。
そんな称号を捨て、ポンコツギルドのギルド長に収まっていたヴェゴーではあったが、心の中は冒険者としての魂が、チロチロと炎を灯していたのだった。
「よし、姐さん、コール頼むわ」
「え、わっち? はいはい、じゃあいいかしら?」
「……」
「……」
「レディ……ゴゥ!」
「んぬぅぅぅううううっ!!」
「…………!!」
両者、拮抗。
ヴェゴーの腕はパンパンに膨れ上がり、ゴーレムの腕もまた、ブルブルと細かく震えている。
「くぅっ……そぉっ」
「…………」
「すごいわねぇ……あの腕で旦那と互角よ」
「え、でも、ギルド長より太いですよ、腕」
「旦那は規格外だからねぇ。それにほら。旦那の腕、黒っぽい魔力放出してるでしょ」
「あ、確かに。……あれ、重力系ですよね?」
「そう。あの人、力入れると無意識に出ちゃうのよ。重力属性」
「……規格外ですねぇ」
魔力を魔法として使う場合、基本的には魔法陣を必要とする。術者は魔力を魔法陣に流し込み、そこに書かれた通りの効果を発揮させるのだ。
対して今ヴェゴーが放出しているのは、魔法ではなく魔力そのものである。
ヴェゴーは今、体力と魔力、両方を無意識に使い、勝負しているのだった。
「てことは、あのゴーレム相当強いんじゃ」
「強いわね。……腕相撲で助かったわ。普通に戦ってたら、負けないまでも相当こちらも消耗してるでしょうね」
「そんなに……」
「! 動いた……!」
ヴェゴーは、その腕に青黒い重力属性の魔力を纏いながらも、少しずつ押されていた。
(やべぇな……)
ヴェゴーは内心少しばかり焦っていた。
予想よりもゴーレムが強い。
(こいつ、S級でもおかしくねえぞ。……しかもまだ目標にすら届いてねえのに)
「……んなとこで、終われるかぁっ!!」
ヴェゴーの腕が更に膨れ上がった。もはや指の先から腕、背筋、首筋まで真っ赤になっている。
「持ち直した!」
「さすが旦那ねぇ……ん?」
「どうしたんですか?」
「……なるほど。そういうことだったのね」
そう呟いたナンは、ヴェゴーに向かって叫んだ。
「旦那! そのゴーレム、肘が平らだわ!」
「な……んだとっ!!」
「え、どういうことです?」
「普通の腕相撲なら、あのゴーレムは絶対に負けないってこと。……肘が平らなら、傾くこともないでしょう?」
「……あ」
「……この野郎、汚え真似しやがって。なら、こっちもガチでいくぞっ!」
「かんちゃん、こっちへ!」
「え、あ、はい……」
ナンがかんちゃんを連れ、ヴェゴーから離れる。ここで初めて、ヴェゴーは左手でテーブルを掴んだ。
「ブチ壊れても文句いうなよ! んぬああああああっ!!!!」
「…………ギ、ギギ」
拮抗する両者の間から、ピキ、キチ、と小さな金属音がしはじめる。
「な、なんかさっきと様子が……」
「そうね、あれはもう旦那、リミッター外しちゃってるわね。……まぁいいか、ゴーレムだし」
「どういうことですか? 今までは本気じゃなかったっていうことですか?」
「ううん、本気よ。ただし、腕相撲の、だけど」
「腕相撲の……? じゃあ、今は」
「今は」
ナンは小さくため息をついた。
「あれはもう、壊す気ね」
「んらぁああああっ!!」
ギチ、ギチ……。金属音が段々と増えてきた。それにつれて、その音の数もかなり増えている。
「旦那! いけるっ!!」
「ぅおしっ!!」
ヴェゴーが右手の指を開いた。そして再び、小指から順に握っていく。そして、人差し指から親指、全ての指で握り直したその時。
「うるぁああああっ!!!!」
バキィン!!
一際大きな金属音と共に、勝負は決まっていた。
「ご、ゴーレムの腕、もいじゃった……」
「肘が動かないからねぇ。旦那の腕力と、重力系の魔力に耐えきれなかったのね」
「でも、ギルド長ってそんなに魔力多くないって」
「多くないって言うか、射程が短いのよね。だから、自分の肉体強化にしか使えないのよ」
「…………ギ」
腕をちぎり取られたゴーレムは、その断面から雷系の黄色い魔力を火花のように弾けさせながら、ゆっくりと膝をついた。
ヴェゴーは肩で荒く息をしながら、ゴーレムの前に立った。
「通らせてもらうぜ。……文句はねえな。聞いてんだろ、ヴーラ=カント。別に取って食おうってわけじゃねえ、聞きたいことがあるんだよ」
すると、ゴーレムの喉のあたりからザリザリと音がし、年老いた男の声が聞こえた。
《……帰れ。儂は話すことなどない》
「あなたがなくても、わっち達があるのよ、ドクター。……グールを操る死霊王って訊いたことないかしら?」
《……死霊、王……グール、だと》
「その件についてクエストが出ています。情報提供お願い出来ませんか?」
ヴーラはしばらく無言になった後、ぼそりと言った。
《……最上階にいる》
「そこまでに罠は?」
《切っておく。用が済んだらさっさと帰れ》
「……嘘じゃねえだろうな。番人にイカサマ腕相撲仕込みやがったあたり、信用出来るとは思えねえが」
《嫌なら帰れ》
「……わーったよ。ひとまずは信用するぜ」
それきり、ゴーレムからの音は聞こえなくなった。
「しょうがねえ。行くか」
「そうねぇ、ここにいてもしょうがないし。……かんちゃん、大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です。一応周囲に探査魔法掛けておきます」
そう言うとかんちゃんは、小さなトライアングルを出して小さく「サーチ」と唱えた。
かんちゃんの顔の横にトライアングルがぷかぷかと浮き、ちん、と小さな音を立てはじめる。
「じゃ、行くか」
完全に動きを止めたゴーレムの脇の階段を、三人はゆっくりと登り始めた。
螺旋になっている階段をひたすら登る。階段自体は円柱の様な形になっており、そこから各階への扉が直接つながっていた。
登りはじめ30分程が過ぎた。
「……まだ着かないんですかね」
「何階建てだったか数えとけばよかったなぁ……」
「だいぶ高いのは分かるけどね……今の扉で20枚目くらいかしら」
「……ちっと休むか」
ヴェゴーが20何枚目かの扉に続く踊り場に座り込む。ナンとかんちゃんも続いて腰を下ろした。
「ね、旦那。わっちちょっと思ったんだけど」
「ん、どした」
「ドクター・カントは、ほんとにこのルートで登ったのかしら。だいぶお年を召した感じの声だったけれど……」
「私もそれ思いました」
「一度登ってそれっきりなんじゃねえか?」
「そうかもしれないけど……」
「食料とかどうしてるんでしょう」
「どっかの階を貯蔵庫にしてるのかもしれないわねぇ……あら」
ナンが言いつつ、なにげなく扉を触る。すると、扉は何の抵抗もなく開いた。
「開いちゃった」
「気をつけろ。……何かあるか」
「特に反応はありませんね……」
探査魔法を使っているかんちゃんが小声で言う。
と、部屋の中を目を凝らして覗いていたナンが、中を見たまま話しかけてきた。
「……旦那」
「おう」
「魔導エレベータがあるわ」
「……おう?」
「あ、ほんとだ。普通に魔導回路も動いてるみたいですよ」
「……ちょっと待ってろ」
ヴェゴーは立ち上がり、扉の中へと入った。
しばらくして戻ってくると、ヴェゴーは二人を手招きした。
「……使えるわ」
「えぇ……」
「もう、最初に言ってよね、ドクター……」
「会ったら引っ叩いてやりたい……」
「かんちゃん、わっち二番目でいいわ」
口々にヴーラ=カントへの恨み言をこぼしながら、三人は魔導エレベータで最上階まで行くことになったのだった。
しかも。
「あと3階だったのね……」
「ギルド長……」
「え、俺のせいなの!?」
「帰ったら旦那のおごりで甘い物食べましょう」
「いいですね。髭のおっちゃん10個で許します」
「わかったよ……」
エレベータホールの向かい側の扉を開ける。
「……随分遅かったな」
そこには、ゴーレム研究の第一人者と謳われる、ヴーラ=カント博士が立っていた。
遅くなりまして申し訳ありません。
これからも応援、よろしくお願いします°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°