001 ギルド長はクエストの貼り出しを拒否します
今日も、ギルドは荒れていた。
「ギルド長」
「……なんだよ」
「今年に入って成功したクエストがありません」
冬が明け、暖かくなってきた昼下がり。
冒険者支援ギルド、コディラ支部のギルド長ヴェゴーは、力無く机に突っ伏した。
「……今何月よ、かんちゃん」
「三月の二日です。ちなみに今年に入って発行したクエストは142件、そのうち失敗が41件、クエスト中が2件、残りは前金泥棒です」
「……前金泥棒討伐クエストでも出すか……いや、その前金持ってトンズラしやがるな」
クエストは、報酬の半額を準備金としてあらかじめ渡すことになっている。いわゆる契約金みたいなものだ。冒険者というのは大半が「宵越しの金を持たない」タイプなので、前金を渡さないと準備すら出来ないというのが理由である。
ところがこのギルドでは、その前金だけ持って逃げる冒険者が後を絶たない。
この街の名は、コディラ。だが、誰もこの街を、その名前では呼ばない。
ヤカラ街。
この地方で無法者という意味のスラングが由来だが、そちらの呼び名の方がよほど有名である。
かんちゃんという愛称で呼ばれる少女は、しれっとした顔で出がらしのコーヒーを淹れ、ヴェゴーの傍らに置いた。ヴェゴーはそれをしぶぅい顔でずい、とすする。
「……このギルドに来て何年だっけ?」
「私は3年ですね。ギルド長はもう10年経つんでしたっけ?」
「そのくらいだな……そう、もう10年になるんだよ!」
「急にどうしたんです?」
言いながらもかんちゃんは、自分のコーヒーに砂糖とミルクをだばだば入れている。
「糖尿上等。甘い物のためなら死んでもいい」
ここに来たばかりのかんちゃんは、堂々と言ってのけたものだ。
「このギルドを押し付けられて10年! 俺なりに頑張ってきたのよ! きたつもりなのよ!」
「そうですねえ」
わなわなと震えるヴェゴーを尻目に、かんちゃんはすでに浅いベージュ色になったコーヒーをおいしそうに飲んでいる。
それはもうコーヒーじゃない。いつもならヴェゴーはそう言ってかんちゃんの不興を買うのだが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「……最近のクエスト成功率、どれくらいだっけ?」
「3%ですね」
「つまり?」
「ダメダメです」
「ダメダメかぁ……」
「普通に考えて、もうとっくに潰れてるはずなんですけどね」
かんちゃんはあまり感情を表に出すタイプではないが、この時ばかりは呆れというか、なんというか、絶妙に微妙な顔をしていた。
「登録人数だけは一人前だからなぁ」
「国内全108支部の中で、3位だそうですよ」
「でも成功率は?」
「3%です。他の追随を許さないレベルで最下位ですね。ちなみに他のギルドの平均成功率は92%です」
「ダメダメだなぁ……」
ボヤくヴェゴーだったが、そう言った所でどうなるものでもない。机の傍らから収支帳簿を引っ張り出してペラペラとめくってみる。当然だが、どん底の成績である。
「……とはいえ、そろそろやばいんだよなぁ」
「そろそろどころじゃないと思いますけど」
「ぐふっ」
「ギルド長」
かんちゃんが愛用のフレームレス眼鏡をくいっと上げ、帳簿を突きつけてくる。それに応え、ヴェゴーはわざとらしく情けない顔をしてみせた。
「今うちに回ってきてるクエストがどんなものか、分かってます?」
「地理的にうちが担当するものと、ダメ元で依頼されるS級以上の高難度クエ……」
「そうです。ちなみに紹介料としての天引きなし、つまり直接依頼は、私がここに来てから一度も見たことはありません」
ヴェゴーは冷ややかな眼でこっちを見るかんちゃんに、たじろいでいる。
「最初から三割引の上、うち半額を持ち逃げされているという事実。それのどこに“そろそろ”的な要素があるんですか」
「お、おう……今日は一段と手厳しいなかんちゃん……」
畳み掛けるかんちゃんに、ヴェゴーは調教中のヒグマさながらに小さくなっている。
「……まぁ不幸中の幸いというか、今クエスト中の二組は、ほぼ成功間違いないですけど」
「誰だっけ?」
「スピードジャンキーとケダモノ僧侶です」
「……グレイ卿とシーダ嬢か」
“グレイ卿”グレイ・ストークとシーダ・フォックスは、このギルドの稼ぎ頭である。というより、このギルドのクエストの成功案件は、全てこの二人が担当していた。
ふたりとも、4人パーティ推奨のA級クエをソロでクリアできる、控えめにいって超有能な冒険者である。
「ちなみに今うちのギルドにあるクエストは、C級が18件とB級12件、それとSS級が1件です」
「SS級!? そんなのいつ受けた?」
「ついこの間、ギルド長が」
「俺!?」
「だいぶ酔ってらっしゃいましたけど」
「あの時か……」
思い当たることは、あるにはあった。
先日、各支部のギルド長が集まる会議に出席した際のことだ。
隣接ギルドのギルド長、オルカに誘われ、冒険者パブでガンガンに飲んでいた時、ちょっとクエストが溢れたから手伝ってくれとかなんとか、そんなことを言われた、気がしていた。
「……の野郎」
「受けちゃったんだから仕方ないでしょう。ちなみに内容は確認しました?」
「……してない」
「でしょうね」
かんちゃんは軽くため息をつき、クエストカードをヴェゴーに見せた。
「種別は狩猟。対象、死霊王……おいおいマジかこれ」
「SS級ですから」
「落ち着いてんじゃねえよ……」
「グレイ卿とシーダさんに回します?」
「……それしかねえけど手が足りねえよ。死霊王ていやぁ、噂じゃ何十体って死霊を同時に操るって話だ」
「あ、なるほど。同時多発的に来られるとどうしようもないですね」
「最低でも三ヶ所、出来れば五ヶ所は同時に抑えないとまずいだろ。どうする……!」
頭を抱えていたヴェゴーだったが、急に顔を上げ、かんちゃんを見つめた。
急に見つめられたかんちゃんは、一瞬びくっとなった後、怪訝な顔をした。
「どうしたんですか急に」
「かんちゃん」
「はい?」
「クエストボードのカード、全部剥がして持ってきて」
「? はぁ……」
かんちゃんはボードのクエストカードを全て剥がし、ヴェゴーの前に並べた。
ヴェゴーはその全てに受注印をバンバン押していく。
それを見たかんちゃんは珍しく慌てた。
「ちょ、ちょっとギルド長、なにしてるんです!?」
「とりあえずかんちゃん、C級やって」
「はぁ!?」
「俺はB級やっておくから。そんで、グレイ卿たちが帰ってきたら、パーティ組んでSSやろう」
「え、いや、あの」
「どうせ他の馬鹿共にやらせたって前金パクられるんだ、もう埒が明かねえ。だからよ」
ヴェゴーはカードを掴み、立ち上がり高らかに宣言した。
「……本日より冒険者ギルドコディラ支部はクエストの貼り出しを拒否、俺たちで全ての案件を解決する!!」
かんちゃんはぽかんと口を開けていたが、ふと我に返ったように、わたわたと慌て始めた。
「いやいやいや、ダメでしょう!? 大体、私冒険者免許なんて持ってませんし」
「ほれ」
「え、これヴェゴーさんのですか? ……え、ちょ」
「どした」
「いや、どしたじゃなくて! 冒険者等級認定教導員!? しかも等級限定解除!?」
「おう。免許の発行も出来るぞ」
「……こんなクズギルドのギルド長が、世界に10人といない超級冒険者って……」
「クズギルドて」
「もう私、世界が信じられなくなりました……」
「こまけぇこたぁいいんだよ。そんなわけで、かんちゃん今から冒険者な。これC級免許」
「あ、はい……。もうなんでもいいやぁ……」
茫然自失とはこのこととばかり、かんちゃんの眼は虚ろに天井を見上げるのであった。
「……と、よし。じゃあかんちゃん、ここに署名入れて。そしたらC級冒険者の免許出せるから」
「……」
「呆然としつつも手は動くとか流石だなぁ」
「はぁ、どうも……」
かんちゃんの署名が入った用紙に、ヴェゴーの印を押す。すると用紙はパタパタとひとりでに畳まれ、一枚のカードになった。
C級冒険者限定免許である。
ヴェゴーはそれを未だ呆然とするかんちゃんに手渡した。
「2〜3日もすりゃ、あの二人も帰ってくんだろ。C級なら採集と事務系がメインだ。全部とは言わねえから、やれるとこまでやっといてくれ」
「はぁ……」
「俺はちょいとB級やっつけとくわ」
「はぁ……」
「おいおい、しっかりしろよー? SS級を4人でやるんだぞー?」
「は……はぁ!?」
「なんだよ」
「私もやるんですか!?」
「人数が足りないつったでしょが。さ、とりあえずC級、よろしくね」
かんちゃんはC級免許とクエストカードの束を持って席に戻り、座るやいなや、デスクに肘をついて深く頭を抱えた。
「こんなんで冒険者になれるんなら、適性検査で落ちた私はなんなのよぅ……」
ヴェゴーは苦笑しつつ魔電通話機、通称電話を出して、例のクエストを回してきたギルド長、オルカに連絡を入れた。
「おう、俺だ。てめ、何しれっとSSクエとか寄越してんだよ。おかげで復帰しなきゃいけなくなったじゃ……あ、このやろ、それが目的か」
旧知の親友と電話ごしにブツブツと文句を言いながらも、少しだけ楽しくなっているヴェゴーであった。
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