2,現場検証
「あの船が殺害現場か」
俺とアーサーウィルは、まずは手始めにグローイングベリー号の船室を調べることにした。
船はまわりに何もない海岸に停泊してあった。
浜辺に固定されたボートに乗り、俺たちは船に乗り込む。
勇者の船グローイングベリー号は錨を降ろしている限り、いかなる天候不良からも護られる特別な船だ。
嵐にも沈まず、剛風にも流されない。
仮に錨を降ろし忘れて海に流れ去ったとしても、勝手に近場の港に入っているという便利機能まである。
昔よくアーサーウィルが錨を降ろさなかったせいで港町まで徒歩で移動させられた。
便利過ぎる道具というのは、えてして使い手を愚かにするものだ。
それはそうと、現場を調べれば何かわかるかもしれない。俺の意見に勇者は同意し、今ここまで来たのだ。
勇者の船は更に便利なことに、停泊している限り魔物を寄せ付けない結界を生成させる機能ですらも備えている。
外洋を航行しているときには戦闘にもなるが、停まっていれば襲撃されることはないのだ。
だからアーサーウィルは、船内で寝ていた殺害時期、海の魔物や悪しき気配を放つ魔族などからは安全だったことになる。
つまりアーサーウィルをやったのは人間か、人間に味方をする種族であるエルフやドワーフなんかの誰かということになってしまう。
「鍵は壊されてはいないな」
「そうだね」
アーサーウィルは船室に入る唯一の扉の前に立つと、暗証番号の順に魔法の石盤に刻まれた文字をなぞる。
扉の鍵がカチャリと音をたてて開いた。
「……鍵はしまっていたのか」
「何か変かな?」
「アーサーウィル。殺されてからこの船に戻るのは初めてか?」
「そうだけど」
「この鍵は内側から掛けるのは簡単だが、外側からだと暗証番号を必ず使わないと開閉ができない。そうだよな?」
アーサーウィルは頷く。
「だとしたら勇者を殺した犯人は、凶行のあとわざわざ鍵を閉めて立ち去ったのか」
「開けたら閉めるのは当たり前じゃない?」
「そうは言うが、昔よくこの鍵を閉め忘れて仲間から怒られていたじゃないか」
「う、うん、まあ」
「殺された時も閉め忘れていたんじゃないか。閉めた自信はあるのか?」
「……ないかな。絶対にとは……言えないかも」
「これは重要なことだぞ。アーサーウィルが俺を疑ったのは、パーティーにいたことのある者でなければ開け閉めできない扉の奥で殺害が行われたからだ。違うか」
「違わない。でも閉めることができているってことは、やっぱり暗証番号を知っている人間がやったってことじゃないのか」
「そうだ。犯人は殺害のあと、この扉を閉めて去った。この場合、犯人は暗証番号を知っていることになる。だがアーサーウィル。大事なことを見落としていないか? 俺はさっき、この扉は内側から掛けるのは簡単だと言ったよな」
「……言ったけど」
「アーサーウィルが寝る前に扉の鍵を閉め忘れていたとしたなら、暗証番号を知らない者であっても犯行ができたことになる。この場合、犯人は内側からのみ鍵を掛けることができたことになる。ということは──」
「──犯人がまだ中にいるかもしれない!」
「可能性は捨てきれん。注意して入るぞ」
「わ、わかった」
俺が出入り口をおさえているあいだに、アーサーウィルは船室内をくまなく探した。
起きている限りアーサーウィルは強い。
勇者を一度は殺した犯人がなかに潜んでいたとしても、簡単に返り討ちに合うことはないだろう。
船室の構造は単純だ。
食事をしたりくつろいだりするための大きな部屋があり、そこから男女別で寝室がふたつ繋がっている。
もしもどちらかの寝室に誰かが隠れているなら、俺たちで片方の寝室を調べるのはなかなか間抜けだ。そのうちに、そこにいたやつを逃してしまうかもしれない。
その愚をおかさないために、俺は出入り口に立っておいた。
「大丈夫だ。誰もいなかった」
「そうか。ならやはり、犯人は暗証番号を知っていることになるな」
「仲間の誰かってことか」
アーサーウィルは溜め息をつく。
「船室内は殺された前と変わったところはないのか」
「特には」
「よく調べてみるべきだ。何か無くなったものはないか」
アーサーウィルは船室を捜索する。
そのあいだに俺は、殺されていたときに彼が寝ていたベッドを調べることにした。
バリバリに乾いた血で汚されたベッド。
シーツには何か刃物を通したような亀裂がわずかにひとつ開いていた。
「心臓を一突きか」
それなりの武器スキルを持った者でなければできない技だ。
凶器は【剣】【短剣】【槍】あたりに特定できそうだ。【両手剣】では亀裂が小さすぎる。【斧】では不可能だろう。
そして【急所攻撃】を修得しているはずだ。
ぐっすり寝ていても勇者は勇者だ。一撃で仕留めるのは簡単ではない。
犯人はそれなりに戦闘力を持つことが、この状況から解る。
あるいは──
「──あっ!」
寝室にあるチェストを確認していたアーサーウィルが叫ぶ。
「どうした」
「……ないんだ。テレポトの杖がない!」