1,疑われた盗賊
「なぜだ──どうして、君は僕を殺したんだ!」
冒険者の酒場でのんびりと昼飯を食っているところに、そいつはやってきて叫んだ。
彼は勇者アーサーウィル。
今、世間で話題の若手勇者だ。
「アーサーウィル。俺が何をしているところか分かるか」
「パスタを口に運んでいるように見える」
「そういうことだ。話は食事が終わってからにしようじゃないか」
「わかった。待つ」
アーサーウィルは隣の席に座ると、しばらく俺がパスタを啜るのを看守のように監視していた。
俺は思った。どうせ熱く見つめられるなら絶世の美女がよかったのだが、と。
しばらくただ黙ってそこにいた勇者だが、よほど美味しそうに見えたのか、それとも単純に腹を空かせていたのか、俺と同じものを注文した。
キメラ肉とコカトリス卵のパスタ。バジル風味ポーション・ソースが味の決め手だ。ちょっと元気になる。
「うまっ」
がつがつとパスタを吸飲するように平らげる勇者。
食べ終わるのはほとんど同時だった。
「ひさしぶりに美味いものを食べた」
ポーション・ソースを口のまわりにつけて、腹を撫でる勇者。
俺は少しの懐かしさを思った。ダンジョンに潜ることの長い暮らしは、食が単調になりがちだ。
もうダンジョンに入らなくなってからしばらく経つ。
「聞いたぞ。炎の迷宮を攻略したんだってな」
「ああ。魔人バニングタウロニアを倒したんだ。だがやつは四天王でも最弱の敵……」
「で、何の用だったか」
「そうだ忘れるところだった。君、僕のことを殺さなかったか?」
満腹になったせいか、さっきより聞き方が柔らかくなった。
衣食足りて礼節を、というアレか。
食後にと頼んでおいた、毒消し草のハーブティーが運ばれてくる。癒し系の優しい味わいだ。
一口目を味わってから、俺はアーサーウィルの問いに応じた。
「なんで俺が、すぐに生き返るやつのことをわざわざ殺さないといけないんだ」
「うーん……」
勇者は選ばれし者に与えられる加護によって守られている。
たとえいつどこで死んだとしても近くの神殿に魂と肉体が転移し、すぐに復活できるのだ。
実際、俺に殺されたと責め立てるアーサーウィルはこうして生きている。
「そんな無駄なことをして何になる。俺が何の得にもならないことはしない派なのは知ってるだろう」
「考えてみればそうなんだけどね。でも君は僕のことを恨んでいるだろう」
「パーティーを追放した件か」
俺はかつて勇者パーティーの一員だった。
むしろ俺がいた冒険者パーティーでアーサーウィルがたまたま勇者として覚醒したと言った方が正確か。
戦士のアーサーウィル。魔術師のリヴァル。盗賊の俺。
3人でゴブリン退治から仕事を始めて何年かした頃だった。
世界に4人いる勇者のひとりが引退した関係でアーサーウィルがある日突然、潜在していた勇者の運命に目覚めたのだ。
それからしばらくは俺も勇者の仲間として冒険をやっていた。
やがて、聖女が仲間に入り、剣聖が仲間に入ってきた。
「盗賊は勇者のパーティーにはいるべきじゃないと思うの」
聖女が言い出した。
俺にパーティーを出ていけと言い出したのだ。
剣聖は転職を薦めたが、ステータスがDEXとAGIに偏っている俺には盗賊が天職だった。
「もう少しレベルが上がれば忍者に転職できるよ」
アーサーウィルはそう言ったが、俺は上級職なら暗殺者への転職を志望していた。
このままだと勇者権限で忍者にされてしまう。能力やスキル面はまあまあ良いのだが忍者にはなりたくなかった。絵的に。
忍者なら勇者の仲間でもオッケーだが、盗賊と暗殺者はダメなそうだ。
勇者のくせに職業差別をするとはな。
そうしてアーサーウィルと俺の道は分かたれた。
「俺はアーサーウィルを憎んじゃいないさ。信じるかどうかは任せるが」
「じゃあ、誰が僕を殺したんだ」
「殺されるときに犯人を見ていないのか」
「ああ。寝ていたところを襲われたんだ。でも君じゃないとすると……」
「勇者を恨んでいるやつなら、いくらでもいるんじゃないのか」
アーサーウィルの活躍は最近よく耳にしていた。
四天王に仕えていた残党とか、こらしめた悪党の仲間とか。勇者を殺したいやつなら数え始めたらきりがないだろう。
「それはそうなんだけど、でも殺された場所のことを考えると容疑者は限られてしまうんだよ」
アーサーウィルは勇者の専用帆船グローイングベリー号の船室が犯行現場だと明かした。
アーサーウィルは宿代を浮かせるために船で寝ていた。
船にはベッドがある。
寝れば無料で魔力が回復できる。船を利用しない手はない。
そこで勇者は殺害された。
それも仲間だけが知っている暗証番号を押さないと開くことのない鍵の掛かった室内でだ。
「それならば犯人はおのずと絞られるな」
「犯人は僕のパーティーの誰かか、パーティーにかつていたことのある誰かになってしまう」
「そのなかで一番怪しいのは俺か」
「間違っていたならすまない。でも君じゃなければ一体誰が僕を──」
アーサーウィルの整った顔の眉間にしわが入る。
「まだ俺が怪しいと思うか?」
「……ごめん。わからない。僕は仲間のみんなを疑わないといけないのか?」
「昔からだが嘘がつけないな、アーサーウィルは。だったら確かめようじゃないか。協力しよう」
「疑った僕を助けてくるのかい」
俺は肩をすくめて見せた。
「俺が晴れて無罪になるためにはアーサーウィルとともに犯人を探しだすしかないだろう。真実があきらかになれば俺はもう疑われることなく許される。そうだろう?」
「うん。そうだね」
「約束してくれ。本当のことを明らかにしたら、俺をもう責めないことを」
「そんなの、当たり前じゃないか」
アーサーウィルが右手を差し出し、俺はそれを握って応じる。
「食後の紅茶が終わったら出発だ」
こうして俺と勇者の、勇者殺人事件をめぐる捜査の旅は始まった。