審判
目を覚ました。
久しぶりに身体の感覚が戻った気がする。
首を高速で下に曲げると、そこにはいつも見慣れた胴体と下半身があった。
右手で恐る恐る首元を触っても傷跡はない。
頭と胴体は、しっかりと首の皮で繋がっていた。
念のため、服をめくって腰に傷がないかも確認完了。
服をめくる時俺は違和感を覚えた。
俺は紺のTシャツにジーパンだったはずなのに、白装束に変わっていた。
ま、それもしょうがない事であろう。
この幾つかの不可解な現象から導かれる結論は、俺は異世界転生した、ということだ。
これは神が俺に与えたチャンスなのか!?
現世での自堕落人生をやり直すチャンスを神が与えてくれたのか!?
俺もしかすると能力とか使えちゃう系男子?
俺の身体よ!浮け!フライ!フロート!
...俺は風属性ではないらしい。
気を取り直して
俺の身体よ!燃えよ!ファイアー!バースト!ボム!
...この世界に馴染んでいけば、俺が何属性かも分かるだろう。
まずは状況確認からだ。
目の前にある、カウンターは何だ。
木製で随分と古びている。まるで銭湯の番台だ。
そしてその番頭は
鋭い眉毛、赤い顔、片手にしゃくを持ち、王と書かれた冠を頂く。
無知蒙昧の俺でも分かった。
この番頭の正体は閻魔大王。
閻魔と目が合った。
「名は?」
「へっ?」
突然話しかけられたので、俺は拍子を抜かした。
というか待て待て。
閻魔というのはつまり、冥土の裁判官。
死者の行く末を決める、審判人。
俺は転生なんてしていない。
俺はただ死んで、霊界にお呼ばれしただけ。
「名は何と申す?」
「あっはい、村澤健太です。あの此処は?」
「霊界ゲートだ。」
そう答えると閻魔は後ろを向き、DVDケースのようなものが一面に並べられている棚の中を探し始めた。
「えーっと、ま、み、む...むらさわ...あっこれか。」
閻魔は『村澤健太』と書かれた透明なケースを棚から取り出し、ケースの中に入っていたDVDをプレイヤーに入れた。
閻魔は神妙な面持ちでDVDの映像を10分ほど観ていた。
見終わると閻魔は顔を上げ、俺の目を凝視した。
僅かな沈黙のち、閻魔からその沈黙を破った。
「貴様は何とも罪深き人間だな。暴食E、怠惰A、傲慢C、憤怒B。貴様は審判を待つまでもなく地獄行きだ。」
俺は唖然とした。
確かに自堕落人生は送っていたが、4つも罪があったとは思いもしなかった。
これ暴食Eとか怠惰Aとかのアルファベットは、Aに近づくほど罪深いという事なのか。
いやまさか、きっとAから離れるほど罪深くなるんだ。
「一応言っとくが、Aに近づくほど罪深い。」
心を読まれたのか?
俺の疑念は一瞬で解決した。
しかし何とも納得いかない。
「でも俺生まれてこの方罪を犯したこと一度もないぜ。」
「中学三年の夏、両親の財布からこっそり金を持ち出したことはお忘れかね?」
「くっ...!何でそんな事知っているんだ。」
「先の虹色のモヤがかかるあの空間は『照間』と言われ、死者が存命中どのような行いをしたのかが、魂からDVDへコピーされるようになっておる。」
「そんな裏ワザが...」
「犯罪はバレなきゃ良いという問題ではない。しかも貴様の考えは根底から間違っておる。」
「はっ?何が?」
「貴様は自分の罪の所以を説明できるか?何故貴様に怠惰Aの判決が下されたのか説明できるか?」
「なんで俺が説明しなきゃなんねぇんだよ。」
「いいから考えてみろ。」
「そりゃ、ヒキニートだし、有言不実行だし、親の金使うし...でも俺は犯罪はやってない!」
「貴様は他人を悦ばせたか?」
「えっ?」
「難聴か?ワシの行きつけの霊界耳鼻科を紹介しよう。」
「からかうのもいい加減にしろ。俺が他人を悦ばせたかだって?そりゃもちろん。」
「具体的には?」
「...」
一つも思いつかない自分が情けなかった。
「怠惰は七つの大罪の中でも審判が単純だ。なぜなら採点項目は二つしかない。知識量と愛され度だ。」
「怠惰Aだったという事は...俺は知識も乏しく、あっ愛...愛されてもいないと。そういう事...なのか?」
「察してくれ。」
「じゃ、じゃあ、憤怒Bってのはどういう事だ?俺そこまで怒ったことないぞ。」
「現在進行形で怒っていることに気付かんのか。」