声なき魔女と呪われし子供
私は呪われた存在だった。
人の気配が一切しない暗い森の奥。私はそこで彼女に拾われた。当時の記憶は覚えていない。赤子の頃の記憶だ、覚えている方が珍しいとは思う。音のない暗闇の中、世界から拒絶され、誰にも愛される事を知らぬままあの世へ行く運命だった。あの時の、金色に輝く髪に、透き通るような蒼い瞳と世界から祝福された美しい声は、記憶の奥底で覚えていた。
「私と同じ…… 魔女の異名を持つ呪われし子供が…… 可哀そうに。ただ私と同じ青い瞳で会っただけに、貴方の瞳は水晶のように輝いているのにね。こんな子を寂しい森の中で死なせる訳には行かないわね。貴方は私が育てる事にします」
「貴方は呪われた子じゃない。例え世界に望まれていなくても。私が祝福してあげるから」
そして私は拾われて、魔女に育てられた。
私は、呪われた子供だったらしい。私の住んでいる町では、青い瞳の人間は、魔女の血を引いていて、破滅をもたらすと言われていたらしい、偶然にも青い瞳を持って生まれた私は、誰にも祝福される事なく捨てられたらしい、この事実はずっと後になって知った事だ。
恨みとか、仕返ししてやりたい気持ちは私にはない、これが物心ついて、ある程度成長し、自我の芽生えた小さな子供だったら復讐心が湧いただろう。だが私は物心がつかない赤子の頃に捨てられたのだ。捨てられた事実はあっても特段何とも思ってはいない。
だから、私にとっての親代わりはこの魔女ただ一人なのだ。例えこの先本当の両親が現れた所で、私には何の感情も浮かばないだろう、覚えていないものはしょうがないのだ。
さて、そんな私の親代わりをしてくれた魔女は、今日もまた魔法の研究で忙しかったらしい。散乱した魔道書と、また失敗したのかコゲ臭い臭いと爆発した後であろう部屋の惨状。やれやれ、片づけるのも大変です。
「お母様、おはようございます。また徹夜で魔法の研究をなされていたのですか?私も付き合えれば良かったのですが。今だ人の身である私にとっては辛い事です」
この魔女だが、見た目は20前半に見えるが、魔女であるため長く生きていても見た目は変わらない。本当の年齢は数えるのも面倒な程だろう。前に聞いたときは雷を落とされた。顔つきは穏やかで、長い金色の髪が腰丈までウェーブ状に伸びていて、美しい艶を放っている。それは夕日に照らされでもすると、森に住まう精霊のように神秘的だ。
背丈は私より大分小さい、少年の頃は私よりも大分大きかった彼女も、今では私の胸もとぐらいまでしかない。だが、いまだに子供扱いが抜けないのだろう。私の事をあれこれと心配し、一日の始まりには頭を撫ででスキンシップを図ろうとしてくる。だが、彼女の背丈ではどうしても私に届かない。頭にかぶった水色のとんがり帽子を合わせてやっと届くかの身長差だ。精一杯背伸びをするのだが。足がプルプルと小鹿のように震え、顔つきは苦しそうな表情になる。私はそんな彼女が大変愛おしく思っている。
そのまましばらくすると、母は不機嫌になるので、仕方なく私が屈んで撫でやすいようにするのだ。おっと大事な事を忘れていた。これは母にいうともの凄く怒るので公には言えないが。母は物凄く胸が大きい、
ムニッ
柔らかい感触が伝わってくる。母の胸は素晴らしいほどの弾力と大きさを兼ね備えている。そこら辺の町娘等では到底太刀打ちできないだろう。 あぁ、この胸を触っていると、母にあやされていたころの記憶が蘇ってくるようだ。麗しい母様。
「------!!」
「お待ちくださいお母様。大変悪うございました。なのでその魔導書をおしまい下さい!それには極大火炎魔法が記されてるのは知っています!!大事な我が子が消し炭となってしまいます!」
母が魔法を抑え、ポカポカと私の胸を叩いてくる。これは母なりの怒っているという感情表現なのだが。駄目ですよ、それではただただ可愛いという感情しか湧きません。ますます愛おしくなってしまいます。
母の目ねじわりと涙が浮かんでいる。私と同じ、青い瞳を持つ本物の魔女。青い瞳を持つものは呪われている。それは魔女である証とも言われている。これはとある文献で知ったのだが。母、いや、母が魔女と言われるもっと昔に同じ青い瞳を持つ別の魔女が町で大暴れをしたらしい。家は焼け。数多の人が亡くなったという。暴れた理由は書かれてはいなかったが。結局その魔女は最後は人間の手によって処刑されたらしい、その当時の忌まわしい事件以来。青い瞳を持つものは魔女の生まれ変わりだと言われ、存在そのものが忌子と扱われるらしい。町の人はこの透き通る程の美しい青い瞳に恐怖しているのだ。
まったく、私から言わせればそんな大昔の事を未だに恐れている人の心の方が理解できないがね。母の瞳を見ても、恐怖の感情は一切わかない。それよりも、心を透かされてるかのような水晶の瞳に自身が吸い込まれそうな程魅了されてしまう。
「お母様、涙が零れてますよ」
そっと手で拭う。
「------……」
母はありがとうの言葉の代わりにニコリと笑顔を見せる。
魔女である母の声を私は聞いたことがない、いや、一度だけ記憶の片隅に残っている。まだ赤子であった時の記憶、静寂の暗闇の中、世界から祝福された美しい声の事、あれは母である事は間違いないのだが。
今の私なら、聞けば教えてくれるだろうか…… だが、聞いたらこの関係が終わりを告げそうな、そんな予感もしていた。
どちらでも構わないか、今こうして母と二人きりで過ごしている生活が、私にとっても幸せなのだから。
朝の食事を作ろうと、食糧庫に足を踏み入れるが。
「おっと、蓄えの食料が不足していますね。これは町に出て買い足しをしないと行けなくなりましたね……」
これから極寒の季節がやってくる。普段の食事は綺麗な小川で取れる魚や、森に住まう獣達、全て森で取れる物を食料としてきたが、流石に乗り切れるほどの蓄えは残っていない。魔女である母は食事など取らなくても生きていけるのだが。私は別だ、人の子である私にはきちんとした食事は必要不可欠である。私は魔女の子であっても人である事に変わりはないのだから。
「お母様、そろそろ食料の蓄えがつきかけてきました。その為、2~3日町の方へと出かけてゆきます、何時もの魔法お願いします」
私は目を閉じた、そして、両目に母が手を添える。しばらくすると、手はどけられ、私は両目を開ける。
リビングに備えてある鏡を見る。黒に包まれたローブ姿に長い藍色の髪がキラキラとしている。そして瞳を覗いた私は母の魔法が成功した事を確信する。
「成功ですよお母様、やはりお母様の魔法は凄い物ですね。私も何時かお母様のように自在に魔法を扱ってみたいものです」
鏡に映る私は、輝く宝石のような赤い瞳をしている。そう、これこそが母がかけてくれた魔法だ。青い瞳は呪子の証、そんな瞳で町に繰り出したら、たちまち私は拘束され、町の者に火あぶりの刑にされるだろう。そんな私が自由に町を歩けるようにするために、母が私の瞳の色を変えてくれるのだ。この魔法は1日しか持たないが、定期的に私自身の魔力を注いでやる事で、維持が可能となっている。まぁ、効果が切れるという心配はないだろう、魔力を込めるのだって一瞬で終わる、そんな事態にはならないだろう。
そういうと母は両手に腰を当て、当然でしょと言わんばかりににこやかな笑みを見せる。魔女である母にとって、魔法とは生きがいでもあり、自身の存在理由そのものでもある。こうして笑顔の母を見ると愛おしさを感じる。
「では行ってきます。お母様」
軽い身支度を整え、町へと繰り出す。森を抜け、広大な草原を抜けた先に、石垣で囲まれる大きな町が見えてくる。
町へ着く。大勢の人が歩き、活気が溢れている。普段静かな場所で暮らしている私にとって、この人込みは少々きついものがある、さっさと目的を済ませに行くとしよう。
町を歩いていると、ひそひそと私を見て噂をする少女達が度々目についた。最初は不審に思っていたが、次第にその内容が。あきれる内容だという事が分かったからだ。
「あのお方!!あぁ、これが天命なのね!!」
「この気持ち、この昂り、これが恋ね! 一目見ただけなのに、私は彼に全てを捧げたいわ」
どうやら私の容姿を見て目の色を変えているらしい、残念だが、君たちでは、私の親愛なる魔女には遠く及ばない、私に釣り合うには母よりも美しい人でないと私は興味も持たないさ。
だけど見られるのは嫌いではない、少しサービスをするか。私は少女達に向かって、にこやかにほほえむ。
「キャーーーー 私に微笑んでくださったわ!!」
「いいえ!私よ!私に微笑んだのよ!」
「あぁ、その笑顔だけで、今夜はフィーバーしそうだわ ガクッ」
おっとやりすぎたか。気絶するものまで出てきた。私はその少女達の事は頬っておいて目的地へと急いだ。
「ふぅ~ やっと着いた。すいません、エールと、これだけの食料をくださいあと、保存用の塩をこれくらいと、後麦もこれくらい」
着いたのは大きな市場だ。冬の間に蓄えとく食料は途方も知れない。小さな所ではまず扱ってはいないからだ。それと、サービスで酒も置いてあるので、渇いた喉を潤すのも目的だった。
「おい、兄ちゃん。こんだけの量、一体何日分あると思ってるんだ?こんなに居るのか?お前さん、何処に住んでんだい?」
店主が不審がる、それは当然かも知れない。冬を越すまでの長い期間分頼んでるからな。
「町から遠くに離れた小さな田舎ですよ、冬の間は作物も取れませんからね。春を迎えるにも、蓄えは必要なんですよ」
怪しまれないようにニコッと笑顔を見せる。少しでも不審がられたら困るしな。
「そうなんかい、大変なことで。じゃあこれと、これもつけて、値段はこのくらいだ」
「うーん、そうですねぇ…… これで足りますか?」
懐から紫色の拳大の宝石をゴンッと置く、それを見た店主は宝石を手に持って確認すると、飼い犬に突然噛まれたような驚きの顔を浮かべた。
「お、おい これは、また馬鹿デカイ宝石だな…… お前さん、本当に田舎の出身なのか??」
「ある事情でたまたま手に入っただけですよ。どうです?これで足りますか?」
「これがあれば、さっきの倍は出してもおつりがくるレベルだぜ。兄ちゃん、本当に良いのかい?」
「えぇ、お願いします」
母の魔法の副産物で、この程度の宝石は何時でも手に入るからな、金には困ってないよ。
「分かった。じゃあちょっと準備が必要だから、エールでも飲んで待っててくれ」
「分かりました」
ふぅっと一息入れて、少しの休息を図る。ここまで長い時間歩きっぱなしだったから多少の疲れは出ているようだ。周りにはさまざまな人間がいる、金をギャンブルに使った者。嫁さんに逃げられてヤケになってる者。泣きながら愚痴をこぼしているもの、ハイになっているもの。私はそれを音楽変わりにエールを飲みながら時間をつぶしていた。
すると、ある一つの話が耳に入ってきた。
「そういや、今度、またあの屋敷でパーティが開かれるらしいぞ」
「ゲッ、もうそんな時期かよ、早くねえか?」
「毎年毎年良く飽きないもんだぜ。しかし美しいよなぁ、あの女性は、俺毎年見てるけどたまらねえぞ!」
「しかも美しい声もしている、あの声には神秘的な何かを感じるよな、俺一言聞いただけで天にも昇りそうな気分になったもん」
この町は色恋の話が盛んなようだ。人は皆美しさに魅かれ易いのだろう。
「なぁ、こんな噂知っているか? 昔、この町に魔女が居たらしいんだよ」
「あぁ知っている。災厄の魔女の話だろ? 俺も知ってるぜ、耳にタコができるくらい聞かされたからな。でもそれがどうした?もういないんだろ?」
魔女の話か、残念、魔女は実在するんだ、確かに町には下りてきてはいないけどな、変わりに魔女に育てられた人間は今ここにいるけどな
「それがよ、実はいたらしいんだ、数十年前によ、っで、なんでも一人の呪子を育てる為に、代償として声を奪われちまったって話さ。だからあの女性の声は魔女の声とも言われているらしいぜ」
ガタっとまだエールの入ったビンを倒してしまう、
グラスの割れる音が部屋全体に響き渡り、一瞬の静寂を作ってしまう。
「お、おい兄ちゃん大丈夫かよ?平気か?」
「あぁ、言え。大丈夫ですよ、貴方達がなんだか興味深い事を言っていたものですから、つい聞き入っちゃって」
「お、なんだ、兄ちゃんもこの手の話興味あるのか、しかし兄ちゃんすげえ美しいなぁ、あの女性に気に入られるんじゃないか?」
「あるある、絶対いけるって。あの人のお気に入りにされた男性は、皆幸せに暮らしてるって話だしよ」
「あはは、そうなんですか? 所で、魔女の声を奪ったって話、詳しく聞いても良いですかね?」
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私は動悸を抑えるのに必死だった。食糧を積み込んだ馬車を引き。来た道を戻っていた。
体力は当に限界だったが、休んでいる暇など私にはなかった。今はとにかく、真相を知りたかったからだ。
おかしな噂話だと思った。しかし、それが本当だとしたら。母の声は、私の為に失われたのだ。そう感じざるを得ない話であった。
「呪子を引き取る代わりに、魔女はその美しい声を差し出した」
ギリッと奥歯が砕ける音がした。 今はこの複雑な感情を抑えることが出来ない。
家に着いたのは静寂な夜の頃だった。
「お母様、ただいま戻りました」
「-------------」
母は何時もの通り穏やかで優しい笑みを見せて迎えてくれた。そして、何処かケガをしてないか確認して、暖かい夕食を用意してくれた。 何故こんなに早く帰ってきたのだろうとか、私が思いつめた表情をしている理由を、何も聞かずに、本当に優しい母である。
夕食を食べ終え、食後のコーヒーを頂く。喉がカラカラだった私は、少しのうるおいを取り戻す。
そして、私は母に、町で聞いた話の真相を問いただした。
「お母様、今日はとても興味深い話を聞いてきました」
イスに座りジッとこちらを見つめられる。青い瞳が私を映し出している。母は何時も私の話を聞くときは私の顔を見つめて、真剣に聞いてくれる。それは例えどんな他愛の話でも、中身のない内容であってもだ。母は何時も優しい目で私の事を見てくれる。
その体制になると、私も会話が弾むのだが。生憎と今日はそんな気分にはならない。
「とある酒場で変な噂話を聞きましてね、昔、声を封印された魔女の話を聞いたんです」
私の話を聞いてる内に、母の表情がどんどんと曇っていく。そして最後には、とうとう知ってしまったのねという後悔の見える顔をしていた。母のその顔は初めてだ、俺は少しカマをかけただけなのに、これでは真実だと自ら言っているようなものだ。まったく、少しは嘘をつけるようになってほしかったが。
「私を引き取るために、お母様は声を差し出したのですね」
その後、母は泣き崩れた。知られたくなかったのだろう。真相を隠し、私を引き取る為に……
しばらく母の傍に居て泣き止むまで支えてやる。
その後、母は自室に入り、ある紙切れを一枚私によこしてくれた。その中に書かれているのは、血で書初められた封印の魔法陣だった。
これで母の声を封印しているのか。これを解くには鍵となる対の魔法陣を消さないといけないと書かれていた。そしてその在り処は。町で聞いた噂話の通りらしい。
私は、すぐさま町へ行こうとする、声を封印した女性に会うには、明日の夜に行われるパーティーに出なければいけない。そこで女性に気に入られて、二人きりになった時を狙う。
母が止めようとする。その顔は私を心配しているようだった。契約が破られたとき、私は第二の魔女となり、人と同じ生活を送れなくなる、だが、私にとって人としての生活等、今更のようだと思っていた。
「大丈夫です。私はお母様の愛情をたくさん貰っています。それに、今更人と同じ生活なんて、私には考えられませんから。私は何時までもお母様の傍にいます」
心配そうに見送る母、私は覚悟を決め、町へと戻ることにした。
丁度夜中に町へと着くことが出来た。町の一番でかい屋敷、そこに多数の若い男性が集っていた。私はそこに、参加者の一人として紛れ込んだ。
「私のパーティーへようこそ、今日は年に一度の宴の日、思う存分楽しんでいきなさい」
パーティーが始まる。主催者であろう一人の女性を、数人の若い男達が囲い、もてはやしている。
隅の方で静かにワインを頂きながら様子を伺っていると。その女性と目が合った。
「ねぇ、そこの貴方!」
さっそく目についたらしい。取り巻きの男達を払い、近づいてくる女性。近くで見るとなるほど、確かに囲いたくなる気持ちは分かる。この町だったら絶世の美女と言えるだろう。しかし私の母の方が数十倍は美しいのだ。残念ながらお前に心を奪われたりはしないさ。
しかし、何故だか。その女性の声には引き寄せられるものを感じた。
「ねぇ、貴方。この後、二人きりで会いましょう、素敵な夜景の見える個室に案内するわ」
「それは大変光栄です。私のようなものが貴女のような美しい人に目をつけられるとは」
遠目で先程まで囲んでいた男達が泣き崩れている。どうやら自分が選ばれなかった事がショックなのだろうな。
その後パーティーは特に変わりなく進み、皆が帰り会場が静まり返った後。私は一人屋敷の中を歩いていた。
こいつが、母の声を奪ったのか、腸が煮えくり返りそうだが、感情を理性で押さえつけた。解放する時はここじゃない。
「うふ、良い眺めでしょう。私の自慢の場所なの」
そこは月明かりに照らされた一面の星を堪能できる場所だった。なるほど、確かにこれは絶賛したくなる。
「私、貴方がとても気に入った。 貴方はどうかしら?」
「私も、貴女の為なら、私の一生を捧げても良い。そんな気分です」
「それなら、私の為に死んでくれます?」
「えっ?」
「私はね、本当は既にしわくちゃの老婆なの、だけど何時までも若々しく美しい姿でいられる。どうしてだと思う?」
そのような事を聞かれたとして、私はそれに対する答えを持っていなかった。しばらく考えると、女性の方が答えてくれる。
そして、女性は高らかに笑う。そして、驚愕の事実を口にする。
「違うわ、私が美しくいられる理由、それは!若く美しい者の生き血を飲んでいるからよ!!」
「ッ……」
言っている意味が理解できなかった。
「信じられないと言った顔ね、そうよね、普通そんな怪奇的な事をしようと思わない物、でもね、私は出来るの」
「歳を取るのは本当に恐ろしいわ、自分がどんどん衰えていくのを感じるなんて、怖くて怖くて、ずっと悩んでいた。でもね、ある日一人の呪子を連れた魔女のおかげで、私は永遠に若さを手に入れられる方法を知ったわ!あの魔女は絶対にそんなことはしてはいけないと言っていたけど。馬鹿ねあの女も、そんなの守るわけがないじゃない!!」
「そんな、人が人を食うってのか!?」
なんて女だ、狂っている。
私は抵抗を図ろうとする、だが。全身に力が入らない。
「グッ……」
「無駄よ。貴方は私の声を聞いた時点で、私への魅力に抗う事は出来ないのだから!さぁ、大人しく私の胸元で眠りなさい。そしてその血を頂くわ! 貴方ほどの男を取り込めば、この町ならず、世界中の男を魅了出来るわ!あぁ!なんてすばらしいの!」
「さぁ、いらっしゃい」
声が脳に解け、まともな思考が出来なくなる。ふらふらとおぼつかない足取りで、目の前にいる女に身を捧げそうになる。
ガリッ……
舌を噛む、口に広がる鉄の味、そこで私は意識を取り戻した。そして。
女の喉元をかっさいた。
「ギャアアアアア」
女は暴れ、苦しみだす。血が溢れんばかりに噴き出る。部屋に真っ赤な雨が降り注ぐ。
「なんで!私の魅了が聞かないの!?」
「生憎と、その手の誘惑には効かない体質でね」
母に散々実験された事もあり、魔法耐性は人一倍強い。意識を持って行かれたが、対処法を知っていてよかった。
「お母様の声を使って誘惑をかけるなんて、度し難い女だなお前」
その時月明かりが部屋を照らす。私の姿が照らされ、その姿を見た女はその表情を恐怖に変えて行った。
「その眼!?あの魔女と同じ、青い瞳!?」
女は足をガクガクと震えさせてる。あぁ、そうか。母の魔法の効果が切れたのだな。魔力を注ぐ事をすっかり忘れていたよ。
「ひいいいい!!!」
「私のお母様が、貴女に大切な物を奪われたと風の噂で聞いたものですから。それを取り返しに来ただけですよ」
「まさか! あの魔女が引き取ったとされる呪われた子供、それがお前なのか!」
「えぇ、呪われし魔女に育てられた。呪われし子供、それが私です。今日この日、その名の通り、母の声を取り戻す為に出向いたのだ!」
「青い瞳の魔女は呪われし者。あの魔女も!お前も!世界から祝福されない哀れな者。存在を否定された者が再びこようとは、汚らわしい!」
「お母様の何所が呪われし魔女か!! 彼女が何時貴様らの事を傷つけた!? お母様に比べれば、お前の方が呪われし魔女にふさわしい!! 彼女は人を一人とて殺してなどいなかった!!」
感情が音を立てて爆発した
あの人が呪われし魔女だと?彼女は純粋で優しい。誰よりもだ、それは私が一番知っている。隣でずっと見てきたからだ!
もういい、私は仕舞われてある鍵の魔法陣をその手に取る。
「何をする!やめろ」
女が奪い返そうと襲い掛かる。私はそれをはねのけ、女は床に叩き付けられる。そして私は、母から教わりし魔法を唱える。
「封印を解かせてもらう。アインファリヴェルペルストブラックデモニッション」
封印の契約書が燃え盛り、その火が部屋中へと広がる。それと同時に、女の声が美しい音色から醜悪な物へと変わっていった。
「私の!私の美しい声がああああ」
「それがお前の本当の声か?なるほど、そのような醜く、内面の醜さを絞り出したかのような醜悪な音色だ、世界のどの調律家も、匙を投げるだろう。お前の本質はそれだ!醜悪さに向き合わず、母から声色を奪った罪なのだ!!」
絶望し、すすり泣く女。見るに堪えない姿だ。
「お前は一生その声のまま過ごすのだ。そして、二度と魔女と契約を結ぼうと言う気を起こすな、次はその命をもらい受ける」
床に這いつくばる女を尻目に館を立ち去る。
燃え盛る炎が夜の町に人を集める。そして、集まった人々は、燃える中青い瞳を持つ私を見つめている。
恐れ、泣き、叫び。命乞いをするものまでる。青い瞳は町の人間にこれほど根深く恐怖の対象として蔓延していたのか…… 私が捨てられるのも通りだな。
あの様子だと、近いうちに。人々の間では、私は新たな魔女として語り継がれるだろう。
そして、私は町から離れる。崖から見る町の景色は、酷くにごりがかった水のように見えた。
「心に住まう邪心が、醜悪な姿へと形を変えていく。私は、もうあの町へは二度と立ち寄らないだろう、母の声を取り戻した代わりに、また深く。魔女と人との間に相容れない楔を打ち込んでしまった」
人が魔女を恐れる感情は、簡単に消えるものではないだろう。これからもあの町では青い瞳の子は呪子とされ、捨てられる。そして、復讐心を持った魔女が力をつけ、人に復讐をするだろう。それはきっと遠くない未来の話だと思った。
そうして私は帰路についた、家に着くと。一目散に母が飛び出してくる、心配そうな顔をしていたが、私の顔を見るとすぐさまにこやかな笑顔を見せてくれた。何時だって優しい母の笑顔は、私の曇り空の様な心を照らしてくれる。そして……
透き通る青い瞳の魔女から音が聞こえる。それは人々が言う呪われた声じゃなく。世界に祝福されとても清らかな優しい声だった。