12話:クエスト
「レイト、今日は休日だぞ」
朝起きるとエイジにそう言われて急いでカレンダーを見る。今日は十一の月二週終の日と書かれていた。
「そういえば俺、暦とか知らないな……」
「おいおい、お前、強いのに常識って言うの? そういうのないのよな」
何も言い返せない、確かに俺はこの世界のことをまだ何も知らない。この学校にいる間にできるだけ沢山の情報を集めないとな。まだ、何も聞いていないのにエイジが説明してくれる。
「いいか、まず一年を十二の月にわけてるんだ。そして一月は四週にわけていて、一週は七日間にわけられている。週の初めは始の日、そこから壱の日、弐の日、参の日、肆の日、伍の日とわけられて、最後は終の日で終わる」
聞いているところ日本の暦とほとんど同じだな。この世界ってなんか日本と似ているところが沢山あるんだよな……。まあ、考えても仕方がないよな、世界を創った奴のことなんてわかんないし。
「で、その終の日と始の日の二日間休日はどう過ごそうか……」
「もし、何もすることがないなら、学校の掲示板に『クエスト』が貼られているからそれを受けてきたらどうだ?」
なるほど、クエストか。色々なゲームで得た知識からまとめると人々からの依頼ってことでいいのかな。それなら、腕試しにもいいかもな。早速掲示板のある場所を探すことにした。どこにあるのかと校長室がある建物に入るとすぐ先の広い空間に人が群がっていた。おそらく、ここの可能性が高いな。人の波に押し流されながら無我夢中で取った紙に書かれていることを見る。
『クエスト名:謎の鳴き声
難易度:☆7
報酬:三十万カパル
モンドラッド大森林からドラゴンの鳴き声みたいなのが聞こえてくるんです。それが怖くて夜も眠れません。周辺に住む住人全員のお願いです、その正体を確認してください。』
全く意味がわからない。俺が呆然と立っていると後ろから二人の人物に声をかけられる。
「あれ? レイトじゃないか、どうしたんだ?」
「レイト! どうしたの?」
「あ、イリア、それにハルカも」
二人は目を合わせるとすぐ反対方向に首を振る。もしかして、二人って仲悪いのか?
「ああ、クエストを受けようとしてたんだけど、いまいち内容がわからなくて……」
「どれ、見せてみろ」
「ハルに任せて」
二人の言葉が被り、ついに口喧嘩になった。
「あんたは関係ないでしょ、ハルが先に声かけたんだからね!」
「それはこっちの台詞だ、それに先に声をかけたのは私だ!」
「はいはい、二人とも落ち着いて、教えるのはどっちでもいいからさ」
「「よくない!」」
二人の声が被り、獣のように鋭い目がこちらを睨む。女子って怖い、久しぶりにそんな感情が現れた。女子と言えばミオンは元気にしてるかな……。目を離した隙に二人は互いにクエストの紙を引っ張り合っている。
「ちょ、そんなに引っ張ったら破れるから!」
俺は二人の腕を引き剥がしてクエストの紙を奪う。頬を何回か引っかかれたが。
「で、まず教えてほしいのが金の価値なんだけど」
「お金は――」
「金の価値は――」
と再び二人の言葉が被って喧嘩が始まりそうになる。
「あー、じゃあ、イリアが答えてくれ」
「わかった、金の価値だが、大体千から二千カパルくらいで平民の服が買える。貴族の服はそれの五倍以上しているが私は貴族のようにひらひらとした服は好まないから平民の服を買っているが」
「服の価値とか買ったことないからよくわかんないんだけど……」
俺たちの会話をハルカが妬むように見る。そんなハルカを無視してイリアは話し続ける。
「れ、レイト、念のため聞いておくが私服は何着持っている?」
「ゼロだ」
みすぼらしい村人服は捨てたから持っている服と言えば今着ている制服だ。二人とも俺に哀れみの目を向けている。
「レイト、このクエストが終わったら服を買いに行こうか」
「ちょっと、何抜け駆けしてんの!」
「はいはい、みんなで行けばいいだろ、金については慣れていくよ。で、このクエスト、難易度7とか書かれてるんだけど難しいのか、ハルカ?」
毎回名指しで言っておかないと恐ろしい喧嘩が始まるからな、気をつけないと。
「えーっと、その難易度までになると騎士六年生が束になってかかっても半数以上は死ぬって感じかな」
え、騎士六年生って俺の二つも上の先輩たちだよな。その人たちが束になっても死者が出るって、結構危ないんじゃ。
「あと、そのクエスト、ドラゴン関係のことが書かれているからそれ以上に危ないと思うよ」
「ど、ドラゴンってそんなに危ないのか?」
「そりゃ危ないよ、ドラゴンが寝返りをうっただけで街が一つ吹き飛ぶなんていう話もあるし」
俺、相当ヤバいクエスト取った気がする。先ほどとは立場が逆転し、俺たちの会話をイリアが妬むように見る。ハルカは無視して話す。
「大丈夫だよ、レイトならきっと勝てるよ。それにハルもいるからさ!」
「それは聞き捨てならないな、私を忘れないでほしい」
「あれ、いたの? 気づかなかったなあ?」
「ほう、そうか。ならその頭に叩き込んでやろうか?」
恐ろしい喧嘩がこの後何回も起こり、俺の気力は大幅に低下した。そんなこんなでモンドラッド大森林に行くことにした。太陽がちょうど真上に現れる、今日も雲一つない快晴だ。この街から森林までの場所はそこまで遠くもなく、正門を出て徒歩十五分程度で着いた。
「ここがドラゴンがいるかもしれない森か……」
特に変わったところはないただの森だ。膝の辺りまで伸びる草が足元の土を隠す。気をつけて歩かないと足元に毒蛇とかいたら即死だからな。左にはイリア、右にはハルカが俺の腕を掴んでいる。両手に花と言いたいがその花同士が互いに嫌いあっているため、いつ薔薇の棘に刺されるかわかったものではない。
それから数分歩いたところでイリアがこの前戦っていた亜人と似た魔物が辺りを徘徊している。今はあいつ用はないし無視して進むか、そう思っていたのだが……。
「ハルに任せて、こんな奴なんか瞬殺だよ!」
ハルカは分厚い本を手のひらの上で浮かせる。
「ハルカ、それは?」
「これはね、ハルの国宝武器、フィル・アグラシアだよ」
「国宝武器って生徒でも持ってる奴はいるんだな」
「そんなに珍しいことはないよ、そこの女も持ってたから」
そこの女とはイリアのことだろう、腰に細い剣を下げているがあれも国宝武器なのだろうか。
「だよね、『灰の村』を起こした張本人さん」
「……その話はいいだろう。それにその日から武技は使わないと決めた」
イリアの目はいつにも増して鋭い。そしてハルカの言葉に出た『灰の村』とはなんだ。魔物の咆哮が鳴り響く。地に生えた草は揺れ、魔物は大剣を構えてこちらに攻めてくる。どうやらゆっくりと考えている暇はないらしい。二人の間ではまだ睨み合いが起こっていた。魔物の接近に気づく様子はない。
「二人とも、今は喧嘩している場合じゃない! 目の前の敵に集中しろ!」
二人は俺の言葉を聞いて魔物がすぐ目の前に来ていることにやっと気づいたらしい。しかし、気づけたからと言って必ず勝てる訳ではない、いくら個々の力が強くてもチームワークが無ければ勝つことなどできないだろう、むしろそのチームワークが問題だった。
「よし、それなら私の剣で――」
「ハルの魔法で――」
なんか嫌な予感が……。俺の予想は残念だが的中した。その後、何回目かもわからない喧嘩が魔物の目の前で起こった。魔物は肩に抱えた大剣を振り下ろそうとする。
「二人とも危ない!」
俺は咄嗟に二人の下に飛び込み、二人を押し出して回避する。だが、草が地面を隠していて地形が把握できていなかった。俺が飛び込んだ先は、崖だった。