決戦!鳥足らず!
ウィーン
「ありがとうございましたー」
コンビから出て、レジ袋に入っていた商品を開封する。
ビリッ
開封すると中からチョコレートでコーティングされたアイスクリームが出てきた。
うーむ、良い香り。
俺はアイスクリームを取り出し、ゴミとなった袋をゴミ箱に捨てる。
シャクッ
冷え固まったチョコレートが割れる感触。これが堪らなく好きである。地面に張った薄氷を踵で割るようで、良い感じに俺の耳と感性を楽しませてくれるからだ。
俺はあまりにも暑い夏の日差しに負けて、下校途中のコンビニに立ち寄りアイスを買った。
天気予報を見たところ最高気温が32度だそうだ。東京とかなら日常茶飯事だろうが、北海道でこんな気温を叩き出されたら道民はまぁへたる。暑すぎるだろう32度なんて。大丈夫だとは思うが、今サッカーの練習をしている弟が脱水症状でぶっ倒れないことを切に願うばかりだ。
俺はアイスクリームを食べながら、家に向かって歩き始める。ここからだとあと10分ぐらいで家だ。………さっさと家に帰ってシャワー浴びたいな。汗で服がびっしょりだ。
俺は小説をどんな構成にするかを考えながら歩き続ける。
人気を出さなければいけないから無駄話を書くわけにはいかないよな………だからこのシーンはカットして………戦闘シーンとお涙頂戴の感動シーンを多めにして…………あーー所々内容を継ぎ足さないといけない。どっかの、面白くもない小説のようにしちゃいけないもんな。
俺は右折した。
ピタッ
そして、俺の足は止まった。止まらざるを得なかった。
俺の視界に、黒々とした何かが写っていた。シャープで、知性を感じさせる容姿。クリクリとした瞳は一体何を見ているのかを悟らせないように、俺の周りを見続ける。
「………銀雷」
カラス。そう、俺の目の前にカラスがいるのだ。いつもは電線の上に留まって、真下を通る歩行者にフンを落とすことに熱中しているくせに、今日に限って地面に足をつけ、俺の目の前に立ち塞がっている。
俺の時間が一瞬にして凍りついた。思考が停止した。
ドッドッドッドッ
俺の鼓動が加速していく。
絶対的な危機を目の前にして、俺の体が臨戦状態を迎えようとしているのだ。
カラス。それは前述のように人にフンをかけるほどの知性を持ち、気流に乗って優雅に空を飛び回る賢い生き物だ。その姿、振る舞い方からして俺はこいつに対して結構な好感を持っている。俺の中で1、2を争うほど好きな動物だ。
だが、ある行動だけは認められない。寛容な俺でもこればかりは許すことはできない。
こいつらは人の食べ物を盗む習性がある。
自分よりも一回りも二回りも十回りもある人間を襲い、恐怖心を植え付け、食べ物を手放させて、それを喰らうのだ。生態系のトップに君臨。もしくは例外に位置すると言われている人間を食い物にしているのだ。なんと言う極悪。全生態系最強である。
それにこのカラス、カラスの中でも別格である。
名前は銀雷。この平成という、住処が開墾され食料が激減している野生動物からすれば弱肉強食の時代に、この森林地帯一帯のカラスどもを束ねているボスガラスだ。顔にイナズマのような白い傷があるので適当にそう名付けた。
銀雷は他のカラスよりも賢しく、それでいて強靭だ。体も一回り大きい。ボスたる器であるのは明白だ。
俺と銀雷の間で無言の時が流れる。
俺と銀雷は互いの目を見続け様子を伺い続ける。
ポタリ
アイスクリームがこの状況に耐え兼ね、一筋の汗を流す。
正直こいつには苦い思い出しかない。
小学生の頃から対峙しているが、全敗している。いつも頭を小突かれ、泣きながら走って逃げていた。
今思い出しただけでも、口の中で辛酸を感じる。なんとも苦々しい。
ジャリッ
俺は銀雷の目を見ながら後ろに一歩下がる。
こいつに隙を見せるのは危険だ。そんなことをしたら、一瞬で俺のアイスクリームが奪われてしまう。
いつもならさっさとこのアイスクリームを手放して、攻撃される前に逃げ出すのだが、今回はそうはいかない。このアイスクリームはなんと320円もするのだ。320円ですよ320円!!高すぎるだろ本当!!こんな高いものをカラスなんかに渡すわけにはいかない!!てか320円を無駄にするのが痛い!痛すぎる!それだけは全力で避けなくてはならない!!
このまま通学路を通って家に帰るのは危険だ。なぜならこいつに背を見せることは死に直結するからだ。一回迂回して撒いてから向かおう。
ジャリッジャリッ
ゆっくりと歩き続ける。
俺は銀雷に何度も襲われたお陰で銀雷の、もといカラス全般における習性を学習していた。
こいつらが得意とするのは不意打ちだけである。それ以外は返り討ちにされると思っているのか、基本してこない。
そう、つまり、カラスを見ながら移動すれば、こいつらは襲ってこないのだ。
ジャリッジャリッ
銀雷を見ながら歩き続け、銀雷の姿が小さくなっていく。
銀雷は一歩も動かない。ただずっと、俺のことを見続けているだけだ。
あとちょっと進めば右折することができる。
右折さえできれば、銀雷の視線から外れることができるから、全速力で走って逃げることができる。そうすれば撒くことができるだろう。
俺はゆっくりと、焦ることなく右折した。
そして、右折した途端、
ダッ!!
全速力で走り出す!!
この、距離13メートルというアドバンテージを生かすためには、隠れ場所となる物陰を一刻も早く見つけ姿を隠して銀雷を欺くほかはない!
奴らは高速で空を飛べる!隠れ場所を見つけ、隠れるのに1分もかけることはできない!30秒………いや、20秒だ。最低20秒だけだ。
俺は走りながらアイスを頬張る!
だが生憎ここら辺は俺の通学路。又の名をテリトリー。ここら辺は熟知している。50メートル先に絶好の隠れスポットである宏美の家があるということも知っている。それにさっき宏美と別れたばかりだから家に入ることも可能!
小学生6年生の頃の50メートル走のタイムは8秒2。余裕で宏美の家に着くぞ!!
はっはっはっ!!ざまあみやがれってんだ!!この俺に学習という機会を与えてしまったことを悔いろ愚か者め!!ブワッハッハッハッハ!!
バサッ!!!
目の前にいきなり、銀雷が姿を現わす!!翼を大きく広げ、俺のアイスめがけて鋭い足を向けて俺に向かって突っ込んでくる!!
うぉぉおおおお!!!
なんっ、おま、え!?!?さっき俺の後ろに、え!?なんなんだこれ!!!
ズリィッ!!!
急ブレーキをかけた足が力に耐えきれず滑り、俺は思いっきり転倒する!!頭から落ちていく!!
しかし、俺の右手には今アイスがある!!右手で受け身を取るわけにはいかない!!
だから俺は体を無理やりひねって左半身で地面にぶつかり受け身を取る!!その時に擦りむいて血が出たが……構うものか!!アイスを守るためなら、怪我など恐れている暇はない!!
それに、今の転倒のおかげで銀雷は俺の頭上を通過するだろう。カラスは確かに優雅に空を飛ぶが、それは所詮気流頼みだ。自分で羽ばたいて急停止して滞空など出来るわけが………
俺に影が落ちる。何かが俺の真上で立ち止まり、日光を遮断しているのだ。
………まさか
俺は見上げた。
銀雷が俺の真上で翼を羽ばたかせて滞空している!!
ええええ!?!?カラスって滞空できんの!?そんなに飛行能力高いの!?
俺は速攻で起き上がり、全力で走って逃げ出す!!
「カァア!!カァア!!」
後ろから大きなカラスの鳴き声が聞こえる!!
まさかあいつ、仲間を呼びやがったのか!?
「カァカァ!」
「アァア!!」
「グワッグワッ!!」
「アハォ!!」
周りから色々な種類の鳴き声が返ってくる!!
どうするどうするどうする!?ここ一帯はすぐに大量のカラスに包囲されるだろう。ここは山だ。カラスなど大量にいる。
「うお!!」
真っ正面から飛んできたカラスを、俺は横に飛ぶことでかわす!!
なんという速度!まるで弾丸だ!いや、それよりももう既にカラスが集まってきている!!これは……非常にまずい!
俺はチラッと後ろを確認する。後ろには銀雷が………うぉぉおお!!!!カラスが!!カラスが!!カラスが大量に飛んできている!!
来るの早すぎ!!てかこんな大量のカラスを見たことがないんだけど!俺のアイスクリームを取るためだけにどれほどの人員を動かしているんだ!
宏美の家まであと25メートルほど………くそ!!間に合うか!?宏美の家まで間に合うか!?………そんなことを言っている暇はない!!間に合う間に合わないじゃない!!辿り着かなかったら俺のアイスが貪り食われるのだ!!辿りたくなきゃいけないんだよ!!
「うぉぉおおお!!!」
俺は、喉が裂けるぐらい声を思いっきり絞り出しながら、走った!!
前、後ろから大量に飛来してくるカラス達をかわしながら走り続ける!!
時折掠めるカラスの鋭利な爪によって血が流れる!だが、そんなものに構っていられない!血など、体で作ることは可能だ!だが、アイスクリームは。アイスクリームは!もう一度320円を支払わなければ食べられないのだ!!
ガッ!!
「あっ」
カラス達に意識を取られていたから地面の足に気づけず、石に躓き盛大に転ぶ!!
ズシャアアア!!!
いったぁ!!膝が、完璧に膝の皮が抉れた!!
あまりの痛みに顔を歪めながら、俺は両手で体を持ち上げ顔を上げた。
すると、いつの間にかカラス達が俺の周りを囲っていた。……まるでハイエナの狩りだ。獲物を包囲し疲弊させ、首元に食らいつき絶命させる。
本当にこいつらは野生なのか?まるで訓練された兵隊だ。
バサっ…………
銀雷が俺の前に降り立つ。俺に力の差を見せつけるように、己の無力さを顕示させようとするかのように。
だが俺のアイスを取ろうとしない。
どうやらこのカラスは、相手の食べ物を奪い取る趣味はないらしい。相手が手放した食べ物だけを食べるのだろう。
なんというプライド。賊には成り下がらないという確固たる意志を感じる。流石はカラスの王者だ。知性が既にそこら辺の人間を凌駕している。
こいつになら320円のアイスを取られてもいいと思える。無駄ではないと思うことができる。
………だが、
「ありえないね。俺はもう逃げないと誓った。自分が決めた誓いは捻じ曲げないと誓った。」
俺は腕に力を入れて無理やり起き上がる。
ずるむけた膝が悲鳴をあげるが、知ったことではない。
「自分ができることは全力でやらなきゃいけないんだよ。そうしないと救われないからだ!妥協は許されない!俺が折れたら、救えるものも救えなくなる!!」
あの日からもう俺は諦めないと決めた。救えるものは全て救うと決めた。例えそれで自分の身を滅ぼそうとも…………
フッ………俺は短く息を吐き捨て、銀雷を見下す。
「さぁどけよ銀雷。どかないのなら無理矢理行く。お前程度じゃ俺は止められないってことを、見せつけてやるよ。」
ピンポーン
宏美が家でのんびりしていると、インターフォンが鳴った。
家には宏美以外いないので、仕方なく宏美は玄関まで扉を開いた。
「はーい、どなたで………え!?」
開かれたドアから、俺が倒れるように入って来る。
身体中が引っ掻き傷や血の模様をつけられ、制服も所々破れていた。
「狩虎!?え!?誰かにやられたのか!?まさかあいつらか!?」
俺の姿を見て慌てる宏美。
それはそうだ。インドアな俺が怪我をしているのだ。喧嘩に絡まれたのだろうかと思うのは当然のことだろう。
「ち、違う………だから警察とか病院に電話をかけなくていい。ちょっと休ませてくれ。」
俺は起き上がり、フラフラになりながら家に上り込む。
「お、おう………肩貸すよ。」
宏美に肩を借りて、居間のソファまで辿り着き、俺は右手を上げながらソファに寝転がる。
ふぅ………総攻撃を食らったが何とか逃げ切ることができた。身体中がボロボロで、意識を保つのですらギリギリではあるが、耐えきったのだ。アイスクリームを死守できたのだ。
それに宏美の家に入った俺はもう完璧に安全だ。邪魔されない。邪魔されるわけがない。これで落ち着いてアイスクリームを食べることが………
「なぁ狩虎。なんで右手をずっと上げているんだ?」
俺が目を閉じて勝利の余韻に酔いしれていると、後ろから宏美に声をかけられる。冷蔵庫を開く音………何か飲み物を出すつもりなのだろうが。麦茶とかだったらチョコレートのアイスがさらに美味しく感じるだろう。
「なんでって、そりゃ見ればわかるだろ。アイスクリームが地面につかないようにしているんだよ。」
「アイスクリームって………コーンしかないぞ。」
…………はい?
俺は恐る恐る目を開いた。
俺の右手にはコーンだけが握られていた。コーンの上には何もない。白も黒も何もない。空気しかない。
「それって近くのコンビニで売ってる馬鹿高いアイスクリームか?コーンの形が特徴的だよな。波みたいに形作られてさ。こんな暑い日だと食いたくなるよな。まぁでもすぐに食べないと溶けちゃうから悠長にしてらんなくてゆっくり食べられないってのがネックだが………おい?狩虎?起きてるか?………狩虎!?気絶してる!?な、なんだよお前!!本当どうしたんだよ!!」
俺の意識を繋ぎとめていた大きな1つの線がブチ切れて、俺は真っ白な世界へと旅立った。
わぁ、お花畑に綺麗な小川が流れているぞ!!
「狩虎!!おい起きろ!!おい…………狩虎ぉぉおお!!!」
勢いで書きました。後悔はない。