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YDSでも失敗はするのです

 ……まあ、馬鹿正直に正体を言う必要はない。


「何者かなんて、それを一番知りたいのは、私の方です。この子だって、別に使役しているわけじゃありません」

 使役じゃなくて一心同体だもんねー。

「……では、この魔石は?」

「……え、えー、えーと……、た、たまたま?」

 玉だけに。

 アハハーと乾いた笑みを浮かべる私に、おかま店長が、目を細めた。

「なにも思い出せないので、思い出すまでこの街で働きたい、と」

「はい! 先立つものはなんたってお金ですから!」

 稼ぐぜ!

「あては……なくもない、か」

 おかま店長は自分の手の中の魔石と、魔石入れの袋を見た。

 そうなのだ。

 おかま店長の審美眼が本当なら、リサイクル品の袋が売れるということだし、クズ魔石の在庫は山ほどある。それを、いかに値崩れさせないように売りさばくかが大事になって来るけど。

 商品はあるのだ。ならば売らずになんとする!

「たしかに身元不明の名無しでも、売るものがあれば商業ギルドに登録はできると謳っているわ。流れ者でも一宿一飯できるよう、身に着けたものを売る権利を認めるだけだけど」

「やっぱり、身元不明の名無しには無理ですか?」

 きゅーんと耳を垂れさせる氷獣の首を抱き寄せながら、おかま店長を窺う。

 私の顔を見たおかま店長が、ぴくりと整った眉を動かした。

 眉間に皺が寄っても傾国は傾国だった。あの流し目に、国が傾いたはずだ。

 明後日の方を向きながら、おかま店長が続けた。

「そ、そうでもないわ。大体あなたの場合は保護されてしかるべき被害者ですもの。悪事を引き起こしたわけでもないし。なんなら私が身元引受人になってもいいわよ。で、念のために聞くけど、ほかに使役獣はいないわね?」

 男らしく宣言したおかま店長の言葉に、私は嬉しくなった。

 じわじわと微笑みが浮かぶのを止められないでいると、椅子に座っている傾国ががたりと動く。

 くっ! これしきの事で……とか言ってるけど、どうしたおかま店長! 

 おかま店長の男気に惚れ直すぜと思いながら、私は先の質問に笑顔で答えた。

「ほかの使役獣ですか? あ、はい、います! これくらいの、目が八つの大蜘蛛でー、銀色の糸を吐くだけの臆病な子なんですが」

 私は両腕でこれぐらいと大きさを示しながら自己申告をした。

 もちろんほかの魔獣は内緒にするつもりなので過小報告だ。

 蜘蛛ならグロいけどまだマシだろう。

 こんな小娘が魔獣を何体も使役しているなんてバレたら大変だ。

 六足熊とかワニに似た危ないヤツなんて、いかにも獰猛な個体の事は内緒内緒。

 血生臭い魔獣よりは、はるかにましな選択だろう。

 だけど、大蜘蛛一匹の情報で、おかま店長が大きく目を見開いた状態で、止まってしまった。

「あれ? てんちょーさん? もしもし?」

 目の前で手を振っても反応しなかった。


 店長が再起動するまで氷獣をモフモフしていたら、呆然としていたおかま店長が身動きした。

 うつろな眼差しでぶつぶつと何事か呟いている。

「……セイレンマーダーを使役してるって……どこの殺戮国家……」

 あ、帰ってきた。

 そんな物騒な人間国家があるんですか? 人間たちの縄張り争いっておそろしい。それよりも、と私はおかま店長の注意を引き付けることにした。

「店長さん、で、いったいいつ商業ギルドへ行きますか? 必要なものがあったら教えてくださいね。準備しますから」

 私の台詞にじっくりと私の顔を見たおかま店長が厳かに告げたひと言は……「常識」だった。


***

 

 ……商業ギルドへ行く事は、はじめから決めていた。


 人間の領域でちょっと頼りになるお隣さんとなるためには、必要だと思ったからだ。

 ただ、ギルドカードの発行に関しては、一か八かだった。

 繊細なスライムハートが今にも人間の身体から飛び出しそうで(物理)焦る事、焦る事。

 だってさ、未確認だけど魔法的な何かによって、種族特定されたら終わりだもん。

 カードに『種族:スライム』なんて書かれてたら、その瞬間、バーサス人間との戦場になっちゃう。

 悲しい下等生物の性と戦いながら、万が一の危機回避のために六足熊の魔石を握りしめての商業ギルド訪問だった。ピンチの時は頼むね、クマさん!


「よう、イーニアス。その子か?」

「ええ、例の迷子よ」

「かわいそうに記憶がないんだって?」

「……ええ、名前も故郷もさっぱりでね。当面この街で働きながら、資金を稼ぎたいと頼まれたの」

「賢明だな。お嬢さんの故郷でもきっと捜してるだろうから、案外すぐに家族が見つかるかもなぁ。えーと、じゃあ、出身国不明、氏名不明、年齢も不明だが十五歳前後、か? 仮称……アムネジアでいいか。特徴はと。肩甲骨までの金髪、ストレート。目の色、深い青。身長……んー、160くらいか? 体重……睨むな」

 ちらりと私を見た商業ギルドのおじさんが呟きながら、手元の書類に書き込んでいった。

「身元引受人はイーニアス、お前さんでいいか?」

「ええ」

「おし。身元引受人は、魔石商イーニアス、次に衛兵長レジオンっと。最後にお嬢さんの特技……」

「え、は、はい」

 慌てて持参した袋を差し出した私に、いい笑顔を見せたおじさんは。

「ああ、そっちじゃない。氷牙狼の他にセイレンマーダーを使役してるって言うじゃないか。魔獣使いは希少な戦力だ、万が一、警鐘が鳴ったらギルド前集合な!」


 いい笑顔でそう告げられた。


 頭真っ白になって、呆然としていると、おかま店長が私の頭の上で、ちっ、と舌打ちをした。

「やけに聞き分けがいいと思ったら……」

「はっはっはっ! 俺の耳はすこぶる良いんでな!」

 むんっと胸を張るおじさんに目を丸くしていると、おかま店長がやれやれと頭を振った。

「こんな小娘に前線を守らせる気? ギルドも落ちたものね」

「はっはっはっ! 国一番の魔法陣技師が協力的じゃないからな!」

 睨むようにとげのある言葉を吐き出すおかま店長と、そんな彼をあやすように笑う商業ギルドのおじさん。やがて、大きなため息を吐いたのは、おかま店長の方だった。

「……わかったわよ。協力すればいいんでしょ。次の討伐依頼出るわ」

 ものすごく、渋々と呻くように呟いたおかま店長に、慌ててしまった。私の今後の事のはずなのに、なんでかおかま店長の進退に影響が出そう。

「あ、あの、店長さん?」

「はっはっはっ! お嬢さん、女の子は男に守ってもらうものだよ! さて、ようこそ、魔石の街・シードレイクへ! シードレイク商業ギルドは、お嬢さんを歓迎するぞ!」


 ……名前も出身地もわからない、記憶喪失のフリで挑んだ商業ギルド登録は、おかま店長の執り成しで、なんとかなってしまった。

 事実、私の手の中には銀色に輝くカードがある。

 申し訳ないやら、嬉しいやらで、どう感情を表せばいいのか見当がつかない。

 それでも、手のひらにすっぽり収まるサイズの薄く平べったいカードには、仮称アムネジア、ランクFとだけ書かれていた。

「……商業ギルドに依頼された仕事を達成していくと、ポイントが貯まってランクが上がっていくの。まぁ、あなたみたいなお嬢さんには無縁よ。ランクFなら店番や子守りが妥当ね」

「むーん。二体の魔獣を使役する魔獣使いだと自己申告だけでランクC、ギルド職員の能力鑑定試験受けてくれれば、ランクBまであげられるぞ~」

「聞くな。あんたはレベルFのド素人よ。いいわね?」

 ものすごい眼力に、お、おぅ。と、うなずいておいた。

 しかし国一番の魔法陣技師ねぇ。興味深いね。

「店長さんは何ランクですか?」

「……べ、別に「トリプルAだぞ~」マスターッ! 余計な事を言うな!」

 ほうほう。

 まじまじとおかま店長を見つめる私に、おかま店長はさっと頬を染めると、勢い良く立ち上がった。

「さあ、もうここに用はないわ。行くわよ!」

「は、はい!」

 慌てて、店長を追いかける。ちょっと、早いよ!

「イーニアス、今度の会合には出席しろよ~」

「わかってるわよっ!」

 イライラと吐き捨てたおかま店長の後を追いかけた私の背後で、商業ギルドのおじさんが大笑いしていた。


「あの、あの、よろしいのですか?」

「いいのよ。ギルド長は何時もあんな感じなの。私をからかうネタが出来てうれしいのよ」

 あのおじさん、ギルドの偉い人だったのかー。しかし、からかうってどのあたり? と、首をひねって考えていると、先を歩いていたおかま店長が振り返った。

「さぁ、次は日用品を買いこまなくちゃね」

「え、部屋を捜す前にですか?」

「え?」

「え?」

 日用品を買いそろえるつもりで市に出向いた店長と、部屋を捜すつもりで後を付いて来た私は、立ち止まってお互いの顔を見あわせた。

 どうやら、おかま店長は人間族にあるまじきお人よしだったようだ。

「ばっ……馬鹿ね! 身元もはっきりしない人間に誰が部屋を貸してくれるの!」

 うわっ、正論! 耳が痛い。

「あなたが周りから信用を貰うまで、私が見守るわ。だから私の店で仕事しながら暮らせばいいのよ」

「そ、それは、さすがにご迷惑では」

「ばっかね。今のあなたにまともな部屋が借りられると思ってるの? まともな職が与えられると思ってるの? いーい? あなたは不審者なのよ? そ、そりゃちょっとばかり可愛くて、ちょっとばかり華奢で、ちょっとばかり守ってあげたくなる気になりかけたりするけど、どこからどう見ても立派な不審者じゃないの!」


 ぐさぐさぐさと言葉が突き刺さって、地味に痛い。

 YDS、打たれ弱い。

「ふ……ふふふ、不審者……。ふふふ、不審者……確かにこの上ないくらいに不審者ですよね……」

 やればできるスライムでも、さすがに涙目になった。そりゃあそうだ。生まれ故郷も名前もわからないと言ってる小娘を、いったい誰が信用してくれるのか。しかも、人間ですらないのだ。

 ジワリとにじむ視界でおかま店長を見上げれば、なぜかおかま店長も慌ててた。

「あ、い、今のは言葉の綾っていうか、いやいや、現状確認は必要だけど!……けど、何も今じゃなくても良かったわよね……す、すまなかっ……」

 なぜかおたつくおかま店長が、両手を上げ下げしている。その姿を目線の端っこに納めながら私はぽつりと呟いた。

「氷獣」

「……ひょうじゅう?」

 おかま店長のいぶかしげな声も、気にならなかった。

 ぼふっと現れた氷獣の首に両手をまわして、レッツもふもふ。


 ふはああああああ。いーやーさーれーるー。


 ひとしきり、もふもふまふまふした後に、立ち上がりおかま店長と向かいあう。

 おかま店長は初めて会った時のように険しい表情だった。その眼差しを真っ向から受け止めて、口を開く。

「私がこの街の皆さんに信用してもらうまで、お……店長さんの顔を潰さないよう、精一杯頑張ります。これから、どうぞ、よろしくお願いいたします!」


 最後まで言い切って、私は深々と頭を下げた。

 その隣で、氷獣もきちっとお座りしている。

 そんな私達の様子を見ていたおかま店長は、片手で前髪をかき上げると、大きく息をついた。

「……まぁ、その。乗り掛かった舟よ。あなたの記憶が戻るまで……いいえ、戻っても、この町に住みたいというのなら、力になるわ。改めてよろしくね。私はイーニアス。イーニアス・バルジッド。シードレイク領のしがない魔石商よ」

「はいっ! あの、あの、よ、よろしくお願いします、てんちょ、ご……ご主人様!」

「ぶふぉっ!」

 おかま店長が何か吹いたと思ったが、生憎、ぶんっと大きくお辞儀した拍子に、握りこんでいたはずの黄色の魔石が、こんっと足元に転がり落ちた。

「……ぅあ」

「……なに?」

 ころころころと転がる魔石を目で追いかけ、眺める事しばし。

 ぺかっといやに禍々しい黄色い光が辺りを焼いた。

「アァンギャアアアアアッッ」

「の、のううううううううっ! 戻ってっ! 戻って!」

 シードレイク領商業ギルド前に、六足熊が出現した瞬間だった。


「う……うわあああああっっ! シックスフットだああああああっ!」

 道行く人が叫び声をあげた。その声がさらに恐慌を引き起こす。逃げ惑う人、腰を抜かす人。様々だ。

「こっ、こらあぁっ!」

「うわーんっ、ごめんなさいいいいっ!」

 YDSだってたまには失敗するんです。


くまモンがんばれっ‼️

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