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下等生物なりに頑張ったのです

「あの男はここらを根城にしているごろつきだ。あいつによーく話を聞いてくるから、お嬢さんはイーニアスの店で一緒にいてくれるか? イーニアス、後は頼む」

「ああ。頼まれた」

 レジオンと呼ばれた衛兵は、氷獣にしがみ付いたままの私にそう話しかけると、表通りに向けて走り出した。

 ……うん。どうやらうまく行ったようだ。

 私はほっとして氷獣に顔をうずめた。

 ごめんね、ごろつきさん。でもあなたの今までの生き方のせいだからね? 

 はじめっから脊椎動物に生まれてきた勝ち組生物なのに、そんな優遇されている自分を顧みず、非生産的で不道徳な生活をしてきたツケだと思うよ。まあ、せいぜい、さっきそこで会ったばかりの女だーとか、どこから来たなんて知らないーとか、攫ってないよーだとか「本当」の事を話してごらん。

 ……誰も信じてくれないから。

 不真面目に生活していると、信用は貰えないんだよ。

 真面目に生きてても信用を得るのは大変なんだけどね。


 さてさて。


 当初の予定では暴漢に襲われて~って、おかま店長に近づくつもりだったけど、ごろつきさんのナイスプレーで言い訳もたちそう。

 残されたおかま店長は、柔らかく微笑みながら、私の手を取って立たせてくれた。

 衛兵が襲われてた女の子(他称)と一緒に置いていくあたり、店長の信頼度と信用度は折り紙付きらしい。やはり私は人を見る目があるYDS。えへん。

 そしておかま店長は思った通り、紳士的だった。おかまなのに。

 空から見ていた時から思っていたけど、おかま店長は女子に優しい。あれか、女子に生まれたかった願望がなせる業なのか。適わない何かを羨むよりは、建設的ね。

 その完璧な微笑みに魅了される男女の数もすごかったよ。一笑、百見返り美人ね。

「頬が腫れているわ。膝も手も傷だらけじゃない。女の子にひどい事をするものね。さ、私の店にいらっしゃい。傷の手当てをしてあげるわ。このお手柄ワンちゃんにもなにかご褒美をあげなくちゃね」

 ……傷だらけなのは自業自得なんですがね。喜んでお供します~。

 私の心情を共有しているせいか、氷獣も尻尾を思いっきり振ってアピールしている。


 イーニアスさんに連れられて、向かった先はおかま店長の宝石店。

 そこで簡素なワンピースを手渡された。

「制服で申し訳ないんだけど、無いよりはましでしょ? この奥の部屋で着替えてちょうだい」

 この店で働く売り子の服らしい。

 正直ありがたかったので、気にせず袖を通した。

 おおお、服だっ!

 じわじわと喜びが背筋を駆け上る。

 に、似合うかな、どうかな? くるっと一回りして、氷獣と顔を見合わせた。

 小首傾げて、私を見上げる氷獣の顔が、お前なにしとる、と言ってるように見えた。


 黒いロング丈のワンピースは、一部の隙も無い鉄壁の要塞だ。む、だが胸がきつくて腰回りがゆるいな。 ひっひっふー。ひっひっふー。

 服を破らないようにする肺呼吸ってむずかしい。

 だがまあ、おかしなところはないだろうとおかま店長の元へ行く。

「あの、洋服、ありがとうございます。助かりました」

 礼は人間にとって円満に過ごすためには必要なものだったはずだ。

 街の中の人間がしていた礼を見よう見真似でしてみた。

「……こちらに座って。傷の手当てをするわ」

 椅子をすすめられてほっと一息吐いた。足元には、氷獣が行儀よく座り込んで、私を見上げている。

 おかま店長は手早く傷の具合を見て、薬を塗ってくれた。

「……思ってたより傷が軽いわ、よかったわね」

 まー、ぶっちゃけYDSなので、気合入れて人間に擬態してないと……あ、包帯の下のケガ、完治しちゃった。巻いてる時でなくてよかった。危ない危ない。


 優しい手だけど、やっぱり男の人の手だ。爪がきれいに削られていて、手作業をする人の手だ。

 傷の手当てを済ませると、おかま店長はお茶の用意をしてくる、と裏手に消えて行った。


 ……あとに残されたのはYDSと氷獣。氷獣もお座りの格好のまま、あちこち眺めている。

 

 店内は、派手ではないけど、落ち着いた趣のある色でまとめられていた。

 カーテンのフリルや、使われている家具の流線形なフォームが上品な可愛らしさを出している。押しつけがましさのない、実に気持ちいい作りだ。

 アクセサリーを入れてあるショーケースは重厚さを感じるどっしりとした深みのある濃い茶色で、中に敷かれている深い色合いの布が重くなりすぎないようにしている。魔石の色に合わせて敷かれる布は変えているのか、ショーケースごとに変えられていた。箱の隅には魔石の色に合わせて小さな花や、綺麗な貝殻、色とりどりの布や、色石が飾られているのも心憎い演出だ。

 そして燦然と中央の台座に、繊細な首飾りや、豪華な金細工の耳飾りが置かれている。自然光の入る角度まで計算されて飾られているのか、美しさが際立っている。添えられたカードはアクセサリーの金額だけではなく、魔石の持つ特異性も記されていた。

 ほうほう。こっちのブローチの魔石は対象に加えられた攻撃魔法を一度だけ回避してくれるのか。

 ほほー! 

 高いか安いのかわからないお値段設定にも意味があるのかな。

 なるほど、なるほどと頷きながら、隣のショーケースを覗き込む。

 こっちの指輪の魔石は指定した対象に対して一度だけ物理攻撃を無効化させるのかぁ。

 ふむふむ、興味深い。

 だんだん楽しくなってきて、さらに次のショーケースを覗き込んでいった。

 きらきら、きらきら。

 繊細な作りのアクセサリーは見ていて心が弾むし、気持ちも高揚してくる。

 ほうほう。ここからこっちは、お手軽にお求めいただける、安心のお値段設定ですな。

 私みたいな、駆け出しの人間、もとい、お金のなさそうな小娘にも手が出せそうだと錯覚させるお値段設定。隣の似たようなアクセサリーの桁の多さに、この金額でも安いと錯覚すること請け合い!

 商品の並びに悪意……いえいえ、店長の粋を感じる。よっ、ぼったくり!

 ほほう。こっちのイヤリングは、右耳が魅惑の魔法を、左耳が幻惑の魔法を展開させる、恋心を抱いたお嬢さんには必須アイテムですか!

 しかも、な、なんと!

 今なら、こちらの首飾りをお付けして、このお値段ですってぇ! 

 このアクセサリーに秘められた、恋の魔法で彼の心はイチコロですよ! だと!

 既成事実を盾に強引に押せって事かな? 店長、ぬしも悪よのう。

 でも人間って、種の保存に一種独特のこだわりを持っているから、誰でもオッケーなわけじゃない筈なんだけどなぁ、こんな魔法、それこそ嫌な奴に使われたらどうすんの。


 ……あ、あぁ。そっか。


 もしかして、このアクセサリーの魔法陣が、とてつもなく強い符号だって事に気が付いてないのか……。

 三点セットで売り出されているアクセサリーの金鎖が描く魔法陣は、構成が見事すぎて言葉も出ない代物だった。

 だけどその金鎖の中央に配置されたカスい魔石が、金鎖の細工に負けていた。

 だから魅了効果が本来の力を発揮できずに、効果激減させているのだ。

 

 ここ何日か街を観察したおかげで、魔石が持つ、人間にとっての存在意義の高さとか、憧れみたいなものの意味は分かっているけど、これはないわー。

 本来なら魔石が持つ増幅効果で、魔法陣がさらに活性化して、身に着けた人間に老若男女傾倒するはずなのに、クズ魔石のせいで、魅了効果激減、単なるお守り状態に成り下がり。

 何たる職人泣かせのクズ魔石なのか。

「……金細工が泣いてるねー」

「きゅ~ん」

 私のつぶやきに律儀に返す氷獣と、顔を見合わせる。

「この首飾りの中央には是非とも、私の魔石を使ってもらいたいね。こんなちゃちなクズ魔石じゃ魔法陣の発動がうまく行かないよ」

「きゅ~ん」

「ものすごく綺麗で強力な魔法陣なのに、残念だよねー」

「きゅ~ん」

 ……本当に何色がいいかな。

 赤かな、青かな、紫も捨てがたいなあ。……寒色系は暖色系と違ってやばいもの、垂れ流しだけど。

 今まで手にして眺めるだけだった綺麗なマイコレクションを思い浮かべる。でも、竪穴で無双してた時の魔石はやっぱりまずいよね。

 希少価値の高さ云々の前に、ただただ、危険すぎる。

 じゃあ、最近コレクションしたやつで良いの無かったっけ、と小首を傾げた。足元で氷獣も同じく小首を傾げるポーズをとった。かーわーえーえー。

 小さな魔獣を美味しくいただいた後に、取り出した色とりどりの魔石達。

 赤に青に緑に黄色。ちっちゃな雷吐き出したり、水を出したり、植物の芽が出るのが少し早くなったり、攻撃に対して一回だけ盾になってくれたり、魔石達の効能は多種多彩だ。

 魔法陣の増幅効果を持つ魔石はあったかな。

 ……なにかに触れると反応して色が変わる魔石があったけど、この魔法陣なら良い方に変化するかもしれないなぁ。

「首飾りがお気に召して?」

 背後から声をかけられるまで、私達はショーケースにくぎ付けだったようだ。

 うひょっと変な声が出そうになった。

 恐る恐る後ろを振り返ると、おかま店長が茶器を片手に立っている。

「あんまり熱心に見込んでいるから、声をかけるのためらっちゃったわ」

 ふふふと華麗に微笑む、おかま店長は綺麗なエメラルド色の髪と瞳がとても印象的なゴージャス美人だ。 だけど彼が身に纏うひらひらは、近くで見るとドレスじゃなかった。繊細な作りの長衣で、足首まで覆うタイプの服だったのだ。前合わせの裾から見える内側は普通に無地のパンツだった。

 上空から観察していると、ひらひらして見えていたけど、それは付属品の肩帯だった。


 ……まあ、でも口調が口調だし、メークもばっちりなので、おかま店長でいいだろう。うむ。


「とてもきれいな細工ですね」

「そう? みんな、魔石の持つ特性ばかり知りたがるのよ。私の細工は二の次ね」

 そういって笑ったおかま店長に、あらら、そら無いわーと一人ごちる。


 おかま店長はテーブルに二人分のお茶をセットすると、続いて氷獣用に水が入った深皿と、肉が乗った皿を床においた。

 氷獣の尻尾が高速でぶんぶんしだす。「待て」の状態で私を見上げてくる期待に満ちた目に「よし」と許可を与えた。

 その一連の流れに、紅茶を入れながら私たちの様子を見ていたおかま店長が目を細くする。

「……本当によく躾けてあること」

「え、ええ、まあ」

 目の前にそっと置かれた茶器を目にして、嬉しくなった。なんたって、発生して初のお茶だ。脊椎動物に進化したならば、やはりここは健康で文化的な生活を送らねばならないだろう。

 それはやはり、余暇に限る。人間にとって余裕はとても大事な事だ。

 私はおかま店長を前に、人間的な喜びに身を震わせた。

 恐る恐るカップを持つ。ちゃんと五指が動くか心配だったけど、しっかりと持ち上げることが出来た。

 そっと、口元まで運んで、香りを堪能する。

 ふああああああ、し あ わ せ 。

 温かい、人のぬくもりを感じられる一杯に、ぐっと何かが込み上げてきた。

 陰惨な戦いに明け暮れた日々を思い返す。

 あのまま、あの閉ざされた場所で野生のスライムとして生きていく事に疑問すら感じなかった過去の自分と、思考し行動することを学んだ今の自分。

 この差はとてつもなく大きいだろう。

 後はいかに穏便に人の世に紛れ込むかが勝負だ。

 などと考えながらカップを傾けた私に、おかま店長がゆったりと話しかけた。

「……で、これからどうするつもり? 生まれたところも名前もわからないんじゃ、帰るところがないでしょう?」

「ええと、何とか仕事を探して、独り立ち出来るようにしようかと……」

「生まれも名前もわからない女の子を誰が雇うの? しかも、氷牙狼付きの」

「ひょーがろぅ?」

 なんすか、それ。とおかま店長の顔を見たら、美しいお顔が、何このバカ娘と言わんばかりにゆがんだ。

「自分の魔獣の種族さえ忘れたの? あなたの支配下にあるこの魔獣の事よ。極寒の地を支配する氷属性魔獣の最強。人に馴れることなど無いと言われてきた、魔獣を使役しているのよ? あなた、最高峰の魔獣使いでしょう」

 いいえ、ただのやればできるスライムです。

 おかま店長は私が氷獣の姿で持って行った革袋を取り出した。

「……それに、この魔石はとても希少価値の高い物よ。この袋も魔獣の革を使って、魔蜘蛛の糸で縫ってある。しかも魔石の粉を使ってコーティングされているから、保存性が高くなっている上に、さらに施された刺繍で、袋に入れた物の保護と、保存性を高めている。縫製も刺繍も一級品。よほどの家でなければ手に入れることは無理ね」


 ……うええ?

 どっちも赤い鳥の姿で張り切ってローストして、うまうました豚さんの、いわば廃品ですよ? 

 しかも、袋の方はこの人間による無意識の手作りだ。

 スライムに戻って、獲物の部位ごとの解体にこだわっていた私が、自分の不器用さに、むき―ってなって放り出したものが原材料という、リユース・リデュース・リサイクルな製品なのだ。


 ……人間の姿になると、いつの間にかマスターである私の意識の外で行動してしまうのが目下の悩みの種だ。

 さすが脊椎動物の最終形態、深淵なる思慮探訪の旅人、人類!

 しかしこの人間、何気に有能。

 住処に散らばった有象無象、例えば食べ残しの表皮や骨、魔蜘蛛が巣作りに使った糸、赤い鳥がこんがりローストした結果の魔石や、六足熊が俺TUEEEした結果の粉々魔石、蜥蜴しっぽの猫が無双した結果の魔石とかを、集めて整理整頓するのが得意なのだ。

 謎の水棲生物が差し出したどす黒い魔石や、ワニ型魔獣の口から吐きだされた魔石や、毒蛇さんが吐き出した魔石なんかは、別枠で収納されてた。目の付け所が違うね!

 ……あ、あと毎朝、赤い羽根箒でせっせと掃除してたな。

 住処が清潔で、実に気持ちいいから、放っておいたんだけど。

 気が付いたら食べ残した表皮をなめしてたよ……YDSとしては、何がどうしてこうなった、と言いたい。

 考えてごらん、驚くよ?

 はっと我に帰ったら、氷獣が吐き出した、つららナイフで魔獣の表皮に残ってた脂や肉片を削り取ってたんだから。

 いつ集めてきたんだか、しぶーい果物の実を絞った液体塗りつけて干してるし。氷獣の姿になると鼻が利くから辛いのなんのって。

 しかも出来上がった革を前に、黙々と、魔獣の革を縫い合わせては、刺繍までしていた。

 YDSすらも驚く夜なべっぷり。

 ありがたく袋として日用品入れに使ってるけど、在庫は増えるばかり。

 ……そんなYDSの、自家消化の自己満足品が、一級品あつかい?

 あはは、ないわー。

 思わず、かわいそうな人間を見つめる目で、おかま店長見つめちゃったじゃないか。

 なのに見つめる先のおかま店長は真面目な顔で、言ったのだ。


「こんなもの、おいそれと手に入るわけないでしょ。さしずめ一国のお抱え魔獣使いか……この国の中枢に潜り込むための、撒き餌かしら。あなたは何者かしらね?」


 だから、やればできるスライムだってば。



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