下等生物は勝負をかける
人間の姿を取る前に、下りる予定の街を数日観察することにした。赤い鳥は強い羽根でどこまでも進み、鋭い目で獲物を捜すのが得意だ。
上空から街の全体をとらえて、私が持っている核を扱っている店がないかを捜した。
それから、人間たちがどんな品物を買っているかも調べてみた。市場調査は基本だね。
街の総人口と、購買力も観察する。誰にでも好かれるスライムを目指すには必要なことだ。
街の中心部には大きな建物があって、それを囲むように人間たちの家があった。
忙しない人間の一日を、少し街から離れた場所にある、小高い木の先端に止まって眺めていた。
そしたら、興味深いことが分かった。
魔獣のカスである核は、人間たちに魔石と呼ばれる日常生活に欠かせないもののようだった。
街中の人間は家で職場で、何らかの魔石を毎日いくつも使っている。
朝から晩まで数種類の魔石を用途別に使うのだ。
生活魔法の動力源として必需品のようで、主に台所や浴室、部屋毎に種類別の魔石が使われていくのを見た。おそらく質が良く高い物は何回も繰り返し使え、質の悪い物は何らかの力を発動させた後は、粉々になってしまう。だが、その砂すらかき集めて壺にためているのだ。
こ……これはいける! と思った。
ふふふ、集めていた核……魔石を売れば、人間に紛れてやっていける自信が持てた。
しかも魔石がなくなればまたご飯を食べればいいのだ。
これで無一文は免れると、ホクホクしながら今度は魔石が取引されている店を観察することにした。
街の中心の大きな建物が取引所のようだ。
たった今、狩りから帰ってきた風情の男たちや、街の住人が出入りしている。
その男たちから獲物を預かった人間が、別室に獲物を運んでいくのが見えた。ここからじゃ見えないので移動して眺めているうちに、あれ? と首を傾げることになった。
人間が解体して取り出す魔石って、あんまり綺麗じゃないのだ。光沢がないし、色はくすんでいるし、しかも小さい。あちこち欠けてるのはまだマシな方で、ばっきり四つから六つに割れてる物もある。それでも、取引には欠かせないようで、狩人たちは値を上げるように交渉し、買い取り人は値を下げる為に交渉している。
私が持ち込もうと思っている、大きくて丸っこくて艶々してて、少々危険だけど、いつまでも眺めていたくなるような綺麗な魔石なんて見当たらないのだ。
……い、いやいや、なかなか市場に出回らないだけで、あるはずだよ、きっと。
そうだ、高級店舗!
私はこの建物の隣で異彩を放っている高級店に照準を合わせた。
私が持ってる魔石は、石じゃなくてもはや、宝石レベルだもんね。
だから宝石店で取引されているんだよ、きっとね!
あ、ほら、やっぱり! 出窓に誇らしげに飾られた綺麗なブローチが見える! 青色の親指サイズの魔石の周りを金鎖で飾ってあるよ。うわー、ものすごい数のゼロ!
ええと、他には……あれ、他のがない。
……え?
指輪もネックレスも、ブレスレットもイヤリングもブローチもあるにはあるんだけど、ものすごく小さい魔石しか使われてない。まさか削り損ねた奴を加工して売っているのか? と心配するレベルだ。
……まさか、この飾られてるブローチの魔石が、この街一番の大きさなの?
ち、小さくね? あの小ささであのゼロの数なの?
じゃ、私が持ってるこれって、いったい……。
呆然としたまま、時間が過ぎていたらしい。
取引所らしき建物を再度観察すると、持ち込まれた全ての魔獣の解体は終わっていた。
持ち込まれた獲物は、建物内の解体所に送られ、そこで解体されて魔石を取り出し、鑑定士らしき人間に預けられるみたいだ。彼らは魔石の表面をルーペで眺めたり、ナイフを立てて硬さを確認している。最後にカウンターの真ん中にある紫布の上に魔石を置いて、ちかっと光れば終了のようだ。それを見ていた人間が、書類に書き付け箱に投入していくのを繰り返していた。
等級がどうとか言ってるので、格付けをしているのだろう。
等級の低い物は、形を崩した砂利状で、等級が上がるごとにじりじりと大きくなっている。
ようやく小石から岩と呼べるレベルの魔石が最高ランクらしく、それでも全くの無傷というものは無い。
端っこの最上級が入るだろう箱には魔石が一つも入ってなかった。
そこに宝石店で見かけた偉そうな人間がやってきて、端から二番目の箱の中から比較的光沢のある魔石を二つ、買い取っていった。
私はその日、木の上で日が傾くまで、呆然としていた。
やばいよ。想定外だよ。物が良すぎて売ることすら怖くなっただよ。
呆然としながらどうしようと思っているのに、時々うるさい虫が飛んでくる。そいつを燃やしなら、考えた。
私は獲物を風呂敷に包んで体内に取り込んで溶かして吸収する際に、魔物の核を吐き出してる。これがどうやら魔石自体に傷がつかない良質の魔石を取り出す要因になっているようだ。
反面、店に持ち込まれている魔石は決して質がいいとは言い切れない傷物ばかりだ。おそらく魔獣を狩る時に、魔物の核を傷つけてしまうのだろう。だから、光沢がなくなり、色がくすむのだ。そしてだからこそ解体すると魔石が割れているのだろう。
……あれ、無傷の魔石ってもしかしたら、今まで存在すらなかったんじゃ……?
私が作り出す核は、魔物の核の形のまま残る。
ナイフを入れて解体するわけではないから、艶々のキラキラなのだ。
小石より高ければいいなぁなんて思ってた過去の私の、ばかばかばか。
観察したおかげで相場が分かったからこそ、頭を抱えてしまった。
「……選り好みしすぎた……」
この街では今お腹の中に収納している魔石を持って行っても買い取ってもらえないだろう。多分そんな大金無いだろうし、下手をしたら逆に目をつけられる。
私が選びぬいた魔石は、大きすぎて立派すぎた。街中のどの店に並んでいる魔石よりもはるかに大きな珠で、色といい艶といい最高の魔石なのだ。
どこで手に入れたんだーとか、盗んだのかーとか、もっとないのかーとか、言いがかりをつけられて、あーれーなことになる。
ひっそりといつの間にか、頼りになるお隣さんから、連日騒ぎを起こす騒音娘と認定されてしまう!
うわー、うわー。こんなことなら選り好みしてないで、カスの中のカスだ、こんなもんいるかい、ぺって捨ててたやつ、全部おなかの中に収納しておくんだった。あ、でもそしたら飛べなかったかも? う、うーん……。
ふんっと鼻息鳴らして、私は大空に向けて顔を上げる。
くよくよしたって仕方がないと羽根を広げた。
まあ、相場が分かっただけめっけもんだね。
ちょうどお腹もすいてきたし……ご飯にしよう。
程よい大きさの魔獣を食べて、小さい魔石を取り出そう。
たまたま取れたんですって言えば、大丈夫だよね!……多分。
力強く羽ばたいて、空に浮かび上がった。その瞬間、悲鳴が高く鳴り響き、無数の羽虫が上下左右に飛び交った。うっとうしくて、羽虫に向かってがっと吠える。羽虫は端から燃え落ちていった。
羽虫なんぞに構ってなどいられない。私は腹が減っているのだ。目指すはこの先の丘を必死に駆けている小型の魔獣の群れだ。
私の鳥の目は、山一つくらいの距離じゃごまかされないよ。
狙いを定めて、上空で一気に距離を詰めると、地面すれすれまで低空飛行しながら両足で獲物を捕まえ高く舞い上がった。
足元でぶひぶひ鳴いてる魔獣の、毛皮越しの感触によだれが止まんない。
ひときわ力を込めて、羽根を動かした。
「ローストがいいな! 昨日山で見つけたハチミツ塗って、こんがり焼こうっと!」
きゃっほうっ! と叫んだ瞬間ちょろっと火を吹いてしまった。反省。
早速、寝床と決めた山の中腹に戻る。
氷獣だと、噛み傷ついちゃうからね、ネコ型もワニ型も熊型も以下同文。だけど蜘蛛なら麻痺毒で痺れさせられるし、魔蜘蛛の糸は火に強い。
私は蜘蛛の身体に変化すると、逃げようと動く獲物の首に噛みついた。
さあ、楽しい解体ショーの時間だ。一気に溶かすんじゃなくて、部位ごとに切り出せるか試してみよう。
獲物を抱え込むと、私はスライムの姿に戻った。
***
……あれから十日。
部位ごとの解体は、要勉強、要訓練だった。私は学習するスライムだからいつか必ず成し遂げるつもりだ。
さて、ご飯の合間に飛来しては、街の内外をくまなく調べた私は、ドキドキしながら街の外門へ向かっていた。緊張して前足後ろ足がカクカクする。そう。歩いているのだ。
私が取った姿は、気高き銀色の獣だ。
しかも昨夜、念入りに水魔法と火魔法の合わせ技で、全身丸洗いをした後、さらに火魔法と風魔法の合わせ技で全身を温風乾燥させた、つやつやのふわふわの氷獣なのだ。しかもこの日のために寝床にはいい香りの干し草、ハーブなんかを敷き詰めたので風が身体を撫でるたびにいい香りがするのだ。
陽にきらめく銀色の毛艶、天使のわっかが出来ているのだ。
どうだ、神々しいだろう?
愛らしく餌をねだる仕草も完ぺきにマスターした。この少し小首をかしげて見上げる角度が大事なのだ!
モフモフの尻尾の前に頽れる人間達の姿が目に見えるようだ。
言葉にならず、手を伸ばすしかできない人間共の姿が目に見えるようだ!
ふふふ、愚民共め、私の魅力の前にひざを折るがいい。
抗いがたい誘惑に身を悶えさせ、適わない願いに身をよじらせるがいい!
華麗にくるりと右回りで身体を確認する。うむ、毛並み良し。色艶良し。
しゃきっと首を上げ、もふもふの尻尾を優雅に振りながら外門で通してくれるまで待機する。吠えないで行儀良く、目を向けられたら愛想よく、尻尾まで振ってやった。
「どこの飼い犬だ? よく躾されてるみたいだな。どうせ領地周りの貴族の飼い犬だ。勝手に家に辿り着くだろう。通してやれ」
「え、確認しないで通していいんですか? 魔獣かもしれないですよ、飼い主到着までこっちに繋いでおくのが通例では?」
「……ああ、お前新人だったな。繋いでおいて傷つけたら、文句がこっちに来るんだよ。見ろよ、あんな綺麗な魔石のついたなめし皮製の首輪だぞ。魔獣なんかに嵌めるかよ」
「……たしかに、お貴族様が可愛がりそうな犬ですね」
「前にも飼い主の手を離れて先に外門へたどり着いた犬がいたんだよ。規定に基づいて外門で繋いで足止めしてたら、荒縄で首に傷つけたってお貴族様に睨まれて酷い目にあったんだ。なあ?」
「はは、俺ら犬より立場弱いもんなぁ……」
「お犬様になりてえよ。きっとこいつの方が数倍美味いもん食ってるんだぜ」
「違いない」
……失礼な、私は犬じゃない。
だがふふふ。私は気分がいいので見逃してやる。魔獣の解体勉強の合間に作った革細工の首輪の効果は抜群だな! べ、別にこの首輪が格好良いと褒めてくれたから照れてるわけじゃないぞ。自分が手掛けた作品を褒めてくれたからだ。良いだろう。このためにあえて小さい魔石をワンポイントにしたんだぞ。
外門の衛兵が道を譲ってくれたので、街中に一歩足を踏み入れた。
一瞬目を止めた人間達が、名残惜し気に見つめていく。
ふふふ。その羨望の眼差しに痺れるほどの快感を覚える。
見てる。愚民共が私を見てる!
どうだ、美しいだろう。すばらしく艶めいた銀の毛並みだろう。
触りたいか? 触りたいのか、貴様ら! だがそう簡単に私をもふれると思うなよ!
私は気高い獣。貴様らごときに触れられて喜ぶ畜生とは一味違うのだ。
私は気高き……気高き……。
―――あ、いかん。私、下等生物だった。
生存競争底辺の踏まれてぺっされるだけの、意にも解されない粘性生物だったよ。
ぷにぷにの素肌がチャームポイントの癒し系なのに、なんて荒んだ思考回路に染まろうとしてたんだ。
いかんなあ、この吸収した生物に変化すると、その生物の思考回路に影響されちゃうのかなあ。
氷獣はなかなかのツンデレマジックをお持ちの個体だったようだ。
でも、擬態が解けて、本当はしがないスライムだとバレた時の、反撃が怖いのであんまりイケずな態度はとるまい。悪感情を煽っちゃだめだ。私はあくまで隣人なんだから。
だけど、やはりこの銀色の個体に擬態している間は愛想笑いは出来ないな。
高貴な魔獣がおいそれと人間に尻尾振るわけがない。
意識は高く、人間の視線を独り占めにしながら、ゆったりと角を曲がる。最後に視界に残るようにゆったりと尻尾を揺らすのも忘れない。フフフ。美形はタメを大事にするのだよ。余韻を武器にするのだよ。
そうしてたどり着いた、一軒の店の前で、私は行儀よく足をそろえた。
ここは取引所の隣に建っている、魔石を買い取り加工して売っている店だった。
街の中心地だから、必然的に、高級店なのだが、接客の良さが光る一級店舗と思っている。
赤い鳥の姿で街を観察して、目星をつけた店だ。いつも繁盛しているので、じきに扉があくはずだ。客筋もいいのを確認している。
「あら、素敵なワンちゃんねー。まあ、お利口さん、お使いに来たの?」
わふっと頷いて、おもむろに口にくわえていた魔獣の核を入れた袋を見せる。
……この袋は先日捕獲した魔獣から取り出した革を、つららナイフで形を整え、つらら針と魔蜘蛛の糸で縫い上げ、さらに砕いた魔石を振りかけ火魔法で熱しコーティングした、雨風、各種魔法に強い優れものだ。
随所に職人のこだわりが見える品物だろう?
ツタつるで口を絞って巾着状にしているけど、魔石の熱コーティング作用で、艶々のてかてか。
しかもいつの間にか施された、蜘蛛の糸を使った刺繍のすばらしさ! 透明な蜘蛛の糸が陽に照らされるとキラキラ輝いて……うっとり見入ってしまうのだ。
しかし、人間の身体の良いところはこうした手作業が得意ということだな。……いや、この姿の人間本来が持っていた特技、特性なのかもしれないが素晴らしい腕だ。
すると女性客は、出てきた扉を再度開けて、道を譲ってくれた。
「店長さん、お客様よー」
「まあ、いらっしゃい。素敵なワンちゃん。さわってもいいかしら、まあ、この袋、魔石の粉でコーティングしてあるわ! なんて素敵、見てもいいかしら。なんて見事な刺繍……ふうん、他の魔力に反応しないように遮断してるのね。しかも中の魔石の質のいいこと。この色つや、今まで見たどんな魔石よりも素晴らしい一級品だわ。お利口なワンちゃん、あなたのご主人様はどこかしら? ぜひ買い取らせていただきたいの」
こんな口調だが、この店長、男だ。
***
ふふん、この街の魔石を扱う店は、街に入る前に一通り見て回った。中でもこの店が一番良心的で、魔石の扱いも丁寧だと目をつけておいたのだ。
私は早速、くぅ~ん、と情けない声を出した。おかま店長の袖を加えて引っ張ることも忘れない。
「あら? あら、あら、どうしたの、わんちゃん?」
「くぅ~ん、くぅ~ん」
「あら、どこかへ案内してくれるの? あ、あなたのご主人様のところかしら? じゃあ、ちょっと案内してくれる?」
ふ。かかったな! 格好いい氷獣がこんな甘えた声を出すなど、しかも、人間に懐いているなど、誰も思うまい。私は犬。私は可愛い飼い犬だ。決してつららを吐いたりしませんよ! しかもその正体は、単なる下等生物だけどね!
走り出した私と、私を追いかけるおかま店長。
内股走りかと思いきや、がっつり追いかけてくる。
ほほう、なかなかの健脚だな。店長!
「わふっ」
「あっ、待ってちょうだい」
さあ! このふさふさの尻尾を追いかけてくるのだ!
さあ、さあ!
さあ、さあ、さあ!
気分は「うふふふ~、つかまえてごらんなさ~い」「はっはっは、こいつう」だ。
だが私はやればできるスライム。
YDSなのだ!
走りながら標的を誘導し、さらに先回りした後で、いかにもそこで暴漢に襲われましたって風を装って、例の人間の姿で人間界に溶け込むよ!
「ま、魔獣だあああっ! 郊外に火稜鳥が出たぞおおおおっ!」
「第一級警戒態勢を取れっ! 手隙の者は弓箭を取り集まれっ! 街中に警報を鳴らせっ! 女子供は家に入れっ、窓のない部屋に子供を隠せ、いそげっ」
郊外のひときわ高い木のてっぺんに、確かに赤い鳥が見える。燃え盛る炎のような優美な鳥が、鋭い眼差しで街中を睨みつけているのだ。
「いいか、急くんじゃないぞ。羽ばたくために羽根を広げた瞬間がねらい目だ。まだだ……まだだ……まだ……」
「ぅわああっ! 飛ぶぞっ!」
「射よっ! 第一班、撃て! 二班前へ、撃て! 三班……」
強靭な弓で射かけた矢が、火稜鳥の吐く火炎に焼かれて炭になっていくのを、絶望の眼差しで騎士たちが見ていた。
「だ、だめだ……」
「くそっ! あきらめるな、撃てっ! 撃てえええっ」
やがて飛んできた矢を軒並み燃やし尽くした後、火稜鳥が高く舞い上がった。おそらく一直線に街中を目指して飛んでくるだろう。そうなれば狙われるのは、幼い子供だ。
「警報! 子供を守れっ! 外に出すな!」
「あっ、ああっ! た、隊長!」
「うるさいぞ、なんだ!」
「火稜鳥が……」
「来たか! 迎撃準備ぃっ!」
「隊長っ! 火稜鳥が方向変換しました! ろおすとっ! ろおすとっ! と叫びながら山岳地帯へ向かっています!」
「な、な……んだ、と?」
「あ……。山岳鬼豚の子供を捕まえた……」
いやっふぅっ! ごおっ! 一瞬の火炎で山の山頂の低木を少し焦がした火稜鳥が明後日の方へ去っていくのを、呆然と見送る男たちだった。
「火稜鳥の鳴き声、おかしくなかったか……?」
「はは、そんなもん、どうでもいい。たすかった……っ!」