スライムエステの功績
王城の通り門で王妃陛下からの書状を差し出せば、スルーパス。
今日は王城で、王妃陛下向けのプレ施術の日だ。
もちろんYDSひとりじゃないよ。
店長にギルド長にレジオンさんもいる。
そして、立派な皮の首飾りをつけた氷獣が、頭の上や両肩の上には、ぽよぽよと癒しのスライムが控えている。
前日から店長とギルド長、レジオンさんに、やれ髪を灰色に染めろだの、やぼったい真っ黒眼鏡をかけろだの、おばあちゃんが着ているような、がぼがぼのチュニック着せられてさ。それも服を着る前に身体に何枚も布を巻きつけろとか言われて訳わからんけど、やればできるスライムなので従った。
YDS押しに弱い。
仕上げに上から下まで見分されて、うなずいた店長にこれまた一昔前のスカーフで頭を包まれ、氷獣のリードを持たされた。どっから見ても、お犬様の散歩係のおばあちゃんだ。
「シードレイク商業地所属、イーニアス・バルジットと申します。こちらは当商会の顧問をお願いしているシードレイク商業ギルド、長のアカガネと、衛兵師団所属のレジオンと、施術助手のミザリーばあさんです」
YDSいつの間にかお隣のミザリーばあさんになってた。
ま、いっかーと、しずしずと歩む。
迷路のような回廊を進んだ先に、豪奢な椅子に座った女がいた。
落ち着いた臙脂色のドレスは、よく見ると総刺繍の見事なもので、それを身に着けている女は美しかった。生命力の強さが前面に押し出され、年齢を重ね生まれた存在感に押しつぶされそうになる。
YDSなだけに腹を出して服従したくなる。店長並みの輝きだ。
「楽にせよ」
声をいただくまで顔を上げるなと言い聞かされていたけど、この体は自然と礼をとっていた。
本当、この体のメスったら有能だわー。
「わらわの施術日よりも早く、だれかに施すとな? 理由はなんだ」
「恐れながら、お答えを返してもよろしいでしょうか?」
女傑の顔を直接見ないよう、視線を低く保った店長が、椅子の近くに侍っている男性にたずねる。
「こほん」と咳払いをした男を遮るように、女傑が身を乗り出した。
「直答を許すぞ、よいな、侍従長。イーニアス、答えよ」
「陛下」と慌てた傍にいる男性は、やっぱり偉い人なんだな。YDSわかる。店長の目線で、深くうなずく。おくちチャックね!
「それは、わたくしどもの施術が、自信をもって施せるものであると証明するためでございます。王妃陛下。従来の施術とは違う方法で行われますので、王妃陛下の腹心の皆様方のご理解と、ご賛同を得たいと思った次第。また、拒否反応を起こす可能性もないとは言いきれません。それゆえ本格的な施術の前に、肌に合うかどうか、施術の流れを含め、施術の確認の場を提供したいと思ったのです」
「ふむ。もっともだ」
王妃陛下が鷹揚にうなずいた。
「では一連の手順を示して見せよ」
よっしゃー!(拳を天に突き上げたいけど、ミザリーばあさんを装っているため、小さく、ぐっ)
「それでは、まずは侍従長様にどなたかを指名していただき、試していただきましょう」
店長がそう言うと、侍従長と王妃陛下に呼ばれていた初老の男性が前へ出た。
「いいえ、それには及びません。王妃陛下が受ける予定の施術でございます。まずはわたくしが身をもって体験したく存じます」
カモだ!太ねぎしょってきた!
その瞬間、雷が落ちた気分になった。
口八丁で煙に巻いて、なんとか少しでも地位の高い侍従もしくは侍女を引き込むつもりだったのに、まさか立候補してくるとは! なんという職業意識! YDS見習いたい!
見てよ、店長の艶麗な微笑を! してやったりと思ってる絶対!
***
さて。魅惑のスライムエステの始まりだよ~。
まずは換気だね。客間の窓を大きく開いて、使用されている甘ったるくて胸が悪くなる匂いを追い出す。
部屋に設置されたままの練り香も下げてもらった。
高飛車な侍女さんたちが、この愚民が!って目で見てきて怖かった。この高飛車も呪いのせいであってほしい。呪いのせい…だよね?
「高貴な方がお使いになる上等なお香など、わたくしどもにはもったいないと思いますので」
って、”店長”が言ったら、顔を赤く染めた侍女さんが下げてくれた。ええー。
リラックス&リフレッシュのために調合されたアロマオイルを数滴、水と一緒に素焼きの皿に垂らして、下から火の魔石であぶると、柔らかな香りが立ちのぼる。
すると、眉間にしわを寄せて睨みつけてた、王妃陛下直属の侍女軍団の目線が少しだけ緩んだようだ。
ふふん、やればできるスライムの本領発揮だ。
せーちゃんがそこら辺の井戸水をごくごくぺっした呪法祓いにつかえる聖水を。
ぽーちゃんがそこら辺の草をもぐもぐぺっした毒消しや呪法につかえる解毒ポーションを。
ひーちゃんがそのふたつを合わせてもぐもぐぺっした、解毒・再生効果の高いアロマオイル。
そこに今回ばかりはぴんくの醸し出す、ヤバイ精神汚染系のアロマオイルもちょこっと混ぜた。
職業意識が高い、この平民風情がどんな不敬をするかわからないから見張っているんだって態度を隠しもしない侍女軍団の敵意が、徐々に薄れていく。
侍女たちの前で、白い布を敷いたベッドに侍従長さんに横になってもらう。
「日頃から積み重なる疲れは、自覚が無くとも身体に降り積もり、負担を与えているはずです。どうぞリラックスなさってください」
お仕事お仕事。
おばあちゃんを装うから闊達に動き回っちゃいけないと言われた通りに、ゆっくり、じっくり、動く。
声を出すと若いってばれちゃうから、声出さないように気を付けながら、素直に横になってくれた侍従長の肩の上に雑食スライム一号を乗っける。
まずは表面に溜まってる老廃物を、排除して、次に。
ごく小さな声で、ささやくようにちびすら達にお願いする。
(せーちゃん、ぽーちゃん、ひーちゃん、つるぴかにしちゃだめだからね?)
ぽよんぽよんと進み出たせーちゃんに、店長が解説を始めた。
「白いスライムはめずらしい聖属性のスライムです。まずはこの個体が全身を捜索し分析、解析を行います……」
ぽよぽよ、ぽぽぽぽとたてに揺れはじめたせーちゃんが、侍従長さんの上で飛び上がって、ちょっと膨らんだら、ぽちょんっと胸に乗っかった。拡張する。
「じっとしててくださいね。今、この子はあなたの身体に悪いものが潜んでいないか、探索しているのです。もし鼻や口をふさがれても呼吸はできますので、御安心を」
「ふむ。たしかに痛みも痺れもない。すらいむが乗っているところが温かい。おや、長年患っていた腰の痛みが引いていく?温かくぽかぽかしている」
ふう~っと大きく深呼吸をする侍従長さんに、ほっとする。
せーちゃんがびしっととげを出して、ぽよんと身体から降りた。
(解析終わって、異常なしってことだね。じゃ、分かりやすく爽快感を味わってもらおう)
透き通った黒のぽーちゃんがびょんとベッドに飛び乗った。
店長が説明を始める。
「次の黒いスライムも特殊個体で、主に毒消しをしてくれます。毒と言いましても、長年の生活で身体にたまって取り切れない老廃物を取り除いて、肌のつやとハリを取り戻してくれるのです」
せーちゃんが解析した後を、ぽーちゃんが追いかけるように修復していく。
肌の黒ずみが取れて顔色が輝いてくる。深く影を落としていたしわが薄くなり、青年の頃の張りを取り戻していく工程に、侍従長を心配げに見ていた侍女軍団が驚きの表情をみせた。
美容特化の侍女なら、その効果に驚くのは当たり前か。
だが、スライムエステはこれだけでは終わらないのだ!
「この次の施術は少し、驚かれることと思います。この黄色いスライムが大きくなり、被験者の身体を包み込みます。捕食体制に見えますが、まったくの別物です。なんと言いますか、皮膜で覆い患部を癒すかさぶたのような物だと思ってくだされば」
最後の仕上げにぐんと大きく膨らんだ、黄色のヒールスライムのひーちゃんが、侍従長の身体を包み込んだ。
ひいっと悲鳴を上げる声がしたけど、気にしなーい!
ぽよんぽよん、ぷるるうんと被験者のまわりでせーちゃんとぽーちゃんが跳ねている。がんばれー、がんばれーっと跳ねている。ぽよん、ぽちょんと交互になったりするのが可愛すぎる。
なんだかもう、顔面がとろけるんじゃないかと思うくらい。
何なら、店長だけじゃなくて、そこで見込んでいる人間たちも、微笑まし気に顔を緩めている。
そうだろう、そうだろう。
ぷっにぷにのこの身体!
手触り最高の魅惑のボディは、下等生物ゆえの生存本能に違いない。
強者にとって取るに足りない下等生物ゆえに、いかに見逃してもらえるかが大事。
下手に野生の証明しちゃうと、敵認定受けて絶滅させられちゃうからね!さじ加減が難しいのだ。
如何に、無害であるかを証明し、何なら、大陸の隅っこ、目の端の端で、仕方ないから生きてていいよって言わせられる程度のちょっとした有用性を見せられれば、下等生物的には成功なんだけど。
今回は違う! あっと驚く優良生物だと思ってもらわないと、お城に入れてもらえなくなるもんね。
がんばるぞ! ちび達がね!
YDSの配下としての力を思う存分発揮するのだ!
さあ、さあ、さあ!と、こぶしを握り締め、応援に力が入ったところで、店長の氷の眼差しで氷点下。
はっとして、懐から綺麗なガラス瓶を取り出した。お腹の中に高炉隠し持ってる疑惑ありの雑食スライムが作り出した綺麗なガラス瓶だ。
「それは?」
目ざとい護衛騎士の一人が声を上げた。
不審物じゃないよー?
「ミザリーばあさん、ガラス瓶を一度騎士様に見分してもらってちょうだい」
(はいはい)
こくこくと頷いて王妃陛下のそばにいた綺麗な武具をつけた男の人に瓶を渡す。
男は腰のケースからさらに小さい管を出すと、瓶に中身の粉を振りかけ、少し置いた後で変化がないのを確かめている。次に小さい布切れで瓶の中も外もふき取り、その布切れを別の管の中に入っている液体に入れて、振った。それを光に当ててしばらく。
「なにもありません。単なるガラス瓶です」
そうそう。なんのへんてつもない雑食スライムが、そこらへんの土と石をもぐもぐぺっして生み出した、何の変哲もないガラス瓶です。ただし強度は大陸いちィィィ!
「ふむ。美しい瓶じゃのう。イーニアスのポーション瓶か」
「こちらの瓶に、スライム達がろ過した老廃物を凝縮し、排出させます」
器用に瓶のふたを取ったひーちゃんが黒ずんだ自分の手?を瓶の口に突っ込んだ。
出てきたのは何だかどんよりくすんだ黒い油だ。ポーション一本分の油を搾り取るとひーちゃんの膜が侍従長から剥がれ落ちた。
「施術が終わりました。身体の調子はいかがでしょうか? 不調がございましたらお申し付けくださいませ」
「気分はどうじゃ?」
好奇心の光を浮かべて侍従長の答えを待つ王妃陛下に、戸惑うようなまなざしを向けた侍従長は、震える両手を目の前にかざしていた。
店長が王妃陛下の視界をふさぐように立つと、侍従長のその手にそっと手を重ねた。
揺れるまなざしに問いかける意思を見た店長が、ゆっくりと慈愛の微笑を浮かべてみせた。
侍従長が店長に掴まれたままの右手を、きつく、握りしめた。震えている。
「……王妃陛下。侍従長様はなれない体験で戸惑っておられるご様子です。店でもいつも、施術後にリラックスできるハーブティをのんで一息ついてもらうのですが、こちらで準備してもよろしいでしょうか? しばらく休息の時間をお取りいただき、それからの質疑応答でいかがでしょう?」
「そうじゃな!では次じゃ!侍女長、そなた誰を推薦するか」
「御身の大事を思いますれば、わたくしめもこの身をもって確かめとうございます」
次を促す声を背中に、店長が侍従長の手を掴んだまま、仮置きされたもう一つのベッドへと促す。戸惑い震える侍従長の背中は頼りなく、店長の小さくささやく声は患者をいたわるようだ。
「なにぶん、初めての経験で戸惑いもある事でしょう。こちらでしばし、心を落ち着けて、”商業ギルド長のアカガネ”と、”シードレイク商業地の衛兵隊長レジオン”と、どうぞ、お話でもしてくつろいでください。こちらはシードレイク商業地で魔法石店を営むわたくし”イーニアス”のブレンドしたハーブティでございます」
ベッドサイドのテーブルに、レジオンさんがハーブティを給仕している。手慣れている仕草に侍従長が顔を上げ、給仕している人物を確認した。顔色は変わらないままだが、小さく肩が動いた。
抜かりなく周囲をうかがう瞳に、レジオンさんとギルド長の口角が上がるのをみた。
ギルド長の武骨な指が唇の前で一本たてられ、流れるようにカップをうながす。
「どうぞ。シードレイク商業ギルドの名において、お体に異常がないか、問診させていただきます」
「ミザリーばあさん、次よ」
(はいはい)
おっと、いっけない。さあ、次の毒消しだ。
腹の中に巣くっている、ヤバいもの全部、吐き出してもらいましょー!




