下等生物は罠をかける 2
十日後のスライムエステのご予約のお客様は、ナデイル国王妃陛下。
その事実に店長とつるピカマダムとYDSは驚喜した。何なら手を取り合って踊ったっていいくらいだ。
ただ店長の憐れむようなまなざしが刺さるので自重した。
YDSは空気を読めるYDSなのだ。
だって、どうやって城の警護を抜けて最高峰のお方の元へ近づくかが、最大の難問だったからね。
まさか、カモがネギしょって向こうからやってくるなんて、さすがのYDSにも予想もつかなかった。
慌てて準備を始める。
作り置きしてあるポーションの数と種類を確認するために、取り出していく。
えーとー…。
「あの頃の自分よもう一度ポーションよーし。失った栄光を取り戻せポーションよーし」
「そのネーミングセンスを治せるポーションってないのかしらね……」
店長の憐れむようなまなざしの色が深まった。なんでだ。
だってほかになんて呼べばいいの?
あの頃の自分よもう一度は、もはや単なる毛生え薬じゃ説明できないポーションなんだよ。
毛根再生はもとより、一番美しかったころの自分の髪を取り戻せる。ふっさふさのつやっつやだ。
それの何がいけないのかって?
生成されたばかりのやつを原液で飲むと、髪の毛が昔切った分も抜けた分も込みで再生されちゃうんだ。
すごいって?
部屋の中が髪の毛の渦になるんだよ。カットしてセットすれば美しい髪の毛でも毛量の多さに引くこと請け合い。物事はほどほどが一番なんだよ……。飲んだ直後は軽くホラー。
失った栄光を取り戻せのほうは、はじめは出すつもりがなかった代物だ。
だいたい原液ひとビン飲めば、三十は若返る折り紙付きの、再生薬なんてさ、薬通り越して劇物だよ。
下手なニンゲンに渡したら、赤ん坊通り越して卵子だよ?三十に満たなかったら存在の消滅だよ?そんな薬なんて、おっそろしくて取扱注意。存在を明かしちゃいけない魔獣の核と同等の危険物。お蔵入りだと思ったんだ。
ちび達がよぼよぼの爺さんにかけちゃって、いきなりぴんぴんしたんで驚いたけど、90歳の爺様が60歳の身体を取り戻しても誤差だと思ってたYDSのバカバカ!下等生物!
現場を確認したギルド長が、頻繁にお店に顔を出すようになったのって、あれのせいだよ、きっと。
まあ、あの後、エステ店が繁盛して、それに伴いちび達のレベルが爆上がり。日々、精製するポーションの出来がいいのなんのって。
ひーちゃんの純水で大幅に薬効うすめて、なんとか上級ポーションを装える程度のやばいものになっちゃって。薄めなきゃ使えないのに日々量産してくれるし。
薄めても置き場所無くて、仕方なしに濃縮したら、もっと世に出せない代物になっちゃった。
YDS有能だけど、取り扱いに困ってたら、ギルド長にばれちゃうし。
HAHAHA、と笑ってたけど、目が猛禽類の獲物を狙う目だった。
これを餌にすれば、もろもろの厄介事が片付くなと、笑ったギルド長と店長。
YDSとレジオンさん、ドン引き。
そんでギルド長が、どどーんとでっかいガラス瓶を準備してくれたっけ。
はいはい理解。
これで薄めて準備すればいいのよね、と半ばやさぐれてでかいガラス瓶を半眼で見てたら、それを見た雑食スライムのちびが全く同じガラス瓶をそこらの土食って生成してた。
ギルド長と店長とレジオンさんの三人そろってぽかーんと開いた口がふさがらなかった。
それはYDSもまた同じ。ねえやっぱり、腹の中に高炉もってる……?
あの片隅に無造作に置いてある、青味のある澄み切った白の陶器って、まさか、ね?とがくがくしながら雑食スライムを見ちゃった。
その大瓶にちいちゃいポーション一本いれて、ひーちゃんが生成した純水をなみなみと満たす。
それを手のひらサイズの小瓶に小分けにした一本が、人間の適量なのだ。
何本とれるの、これ。
暴利という言葉が頭をよぎったが、ぶるぶると振って霧散させる。
適 正 価 格!
なんていい響き!
うきうきと瓶詰めする店長と、当たり前のように店長の指示に従い充填作業にいそしむちび達。
ねえ、YDSなんの指示もしてないのよ?自主性?君たち自主性に目覚めたの?それともやはり抗えない下等生物の悲しい性のせい?
ちびすら<<<YDS<<<越えられない壁<<<店長。なんだね?
ここにヒエラルキーの頂点を見たYDSであった。
さてまだ準備は続く。だって敵陣に潜入するんだもん。準備はしても、足りないくらいだ。
「毒消しポーションよーし。状態異常回復ポーションよーし。精神安定用のヒールポーションよーし。暴動鎮圧用の麻痺ポーションよーし。ポーション散布用機械の作動確認よーし。毒香を吸わないようにする、防毒マスクよーし」
施術はホームである店内でと宣言してあるのだ。それを熟知した上でマダムたちはスライムエステを申し込んでくれている。
YDS、YDSだから人間様のホームに入り込んで、失態を犯したくない。失態=破滅だからね!
どこの国の王侯貴族でも迎え入れられるように、サロンはいつもぴっかぴかに磨き上げているのだ!
絨毯から家具、調度品はすみずみまで(ちび達が)磨き上げて、提供するお茶に合わせて厳選素材のお茶菓子を(店長が)準備して、使用する予定のハーブオイル、薬草クリームは各種取り揃え、好みによって使えるようにしてある。
だけど今回はその信念を曲げる。
だって店長にお願いされちゃったからね。
群れのボスに従うのはやぶさかでないよ!
「今回は特別に、はじめてのおつか…出張エステですからね~。ええと、<恐れ多くも王妃陛下のご指名をいただきましたので、お城の一室をお借りして、王妃陛下にはエステのデモンストレーションと、アレルギー検査、またお好みのエステコースをお選びいただけるように、まずはお付きの侍女の方に施術をさせていただきます。事前の問診と、施術をご覧いただけることで王妃陛下にご安心いただけるように務めさせていただきたいと思います>と、こんなもんかな~」
この人間のメスが書く文字はとってもきれいなので、お手紙書くのが楽しいな!
ふふふ、十日後と言わず、明日堂々と正面からお城に乗り込んでやるのだー!
そのためのお手紙をせっせと書く。
なんせ相手は王妃陛下!
万一があってはいけないからね! アレルギーチェックの名目でお城に潜入することにしたのだ。
つるぴかマダムの協力でお城の中の見取り図も完璧。
近衛騎士の交代時間と、巡回経路もばっちり。
「城に潜入した折に、諜報に向いた魔獣が潜んでいられるような場所に心当たりはないか?」
店長の言葉につるピカマダムが少し考えたあとに答える。
「先ごろ賊が破壊した塔のあたりなら、捜索も終わっていますね。皇王陛下が皇国にお帰りになられた今なら見回り兵の警戒も薄れているでしょう」
「ならば、そこだな。アムネジア、頼めるか?」
「がってん☆」
諜報、諜報だ。では派手な大立ち回りはできないってことだ。秘密裏に、音もなく、いつのまにかそこに。
氷獣や六足熊や大蜘蛛達は広く世間に知られているから城内には残せない。
今回は、陰に潜んで護衛してくれてる子にしよう。
ふかーっと眉間にしわを寄せて威嚇しているのは蛍光黄色の上半身猫の下半身トカゲの子。猫とトカゲの性を合わせ持つ彼は、するりとどんな隙間にも入り込む液体のような動きをする。きっと諜報にはピッタリ。
猫トカゲに対するはショッキングピンクの大ネズミ。後ろ足二本で立ち上がり、両手を大きく掲げてシャーッと威嚇音をたてている。あり得ない大きさのネズミっぽい彼は、どんな小さな穴にも入り込める。適任。
三つ巴で威嚇しあっているもう一体は青黒の大鰐。熟練の暗殺者のような雰囲気の彼もまた、大きく開けた顎をがちんっがちんっとならして威嚇している。そんな彼も気が付いたら後ろにいるんだ、こわい。適材。
そして三者三様、圧倒的な攻撃力を誇る。敵として出会ったら絶望できる。
お仕事きっちり系の暗殺者だ。
でもお役に立ちたいとの心情をビシバシ感じる。でもなー。この子たちって見敵即斬の精鋭だからなー……。生かして見逃すって芸当できるのかしらー……。
YDS、ひざ詰めで聞いてみた。
「あのね、今回は諜報が目的で敵を見つけてもさくっと殺しちゃダメなんだよー? 呪法の源がどこか探って、源が分かったらそこにマーキングして撤退するお仕事なんだよ? つまり戦わずに逃げる仕事なの。できる?」
蛍光黄色の猫が、どう猛な顔でできるよー!と主張している。本当か。
ショッキングピンクの大ネズミが、任せて!任せて―!と鼻を引くひくさせてアピールしてくる。本気か。
青黒の大鰐が黄色く輝く爬虫類の目玉にYDSの姿を映し、がちんっと顎を閉じた。まかせろと言いたいらしい。
……信じて、いいんだよ、ね……?ちょびっと心配。
*****
時は少しさかのぼる。
長身痩躯の男が、日没間際の陽光を右肩にうけつつ、豪奢なマントを片手で払い、跪いた。
そこは歴史が積み上げてきた重厚な空間だった。空間を取り囲む壁画の数々も、天井まで計算されつくした彫刻も、床のモザイクでさえ贅を凝らしたものだとわかるだろう。
彼の前には豪奢な造りの椅子がある。粗末な成りのやせぎすの男が掛けていた。
二人のいでたちは対照的だ。片や平民のような粗末な成りで椅子に腰かけ、片や王侯貴族のいでたちで、粗末な成りの男の前で跪いている。
それは右手を胸に当て、深く礼を取る、最敬礼だ。その厳かな様は、さながら宗教画のようだ。そこには深い哀悼と敬愛があった。
「救出が遅れて申し訳ございません。ご無事で何よりにございます」
跪く男に椅子に掛けたままの男が、無言で右手を差し出した。
頭を深く下げたままの男が、そのままの体勢でいざり寄り、差し出された右手をうやうやしく取った。
その手の甲に額をおしあて、すぐにまた退き、元の場所へと戻った。
目を閉じていた男が深くため息をついた。瞳を開く。濃い藍色の瞳だ。
「礼を言う」
「もったいないお言葉です。猊下」
「皇国の皇王がそんなにへりくだるものではない。家臣が見たら何とする」
「緋の衣が無くとも、その髪と瞳を見ればみな平伏するでしょう。しかも私は猊下の先願を叶えることが出来なかった身でございます」
「お前だけが間に合わなかったわけではない。私もまた、間に合わなかった。おまけにつかまって無様をさらした。ナデイル国では塔に詰められたぞ?」
くく、と自嘲的に笑う男に、忸怩たる思いを隠せず、皇王は苦く言葉を紡いだ。
「ナデイル国は神より最も遠く離れた場。神の存在を頑なに否定しております。目の前にいらっしゃるお方が現人神であらせられるなどと、考えもつかないのでしょう。傲慢で浅慮な、やがて消える国でしかありませぬ」
「……お前の願いもまだ叶えられずにいるだろう」
「良いのです。私の願いとはすなわち、猊下の願いに違いありません。私の願いはもはや遅すぎる願望ですから」
だから、最後でいいのです、と寂しげに微笑んだ皇王と、胸に抱く思いは変わらないと知る男。
「……罪人の竪穴に、幾度となく魔獣を落としてきたが、ようやく蟲毒の術式がなったようだ。火稜鳥が手掛かりとなる」
「火稜鳥の飛来した場所の特定は済んでおります。ナデイル国のどちらかというと、国境ぎわ、シードレイク商業地に近いところに降り立ったそうです」
「そうか」
「もうひとつ。シードレイク商業地で、魔獣使いらしき女性を保護したようです。それとなく、各国ギルドへ身元の問い合わせがありました」
「魔獣つかい」
男の濃藍色の目をのぞき込むように、皇王がうなずく。
「探らせたところ、スライム使いですが、記憶を失っているらしく、特徴は肩甲骨までの金髪ストレート、青い瞳、身長およそ160、かなりレアな魔獣も使役しているようです」
女性の特徴を聞いた男が、身を乗り出した。
「シードレイクへ向かう」
間髪入れずに男が答えた。
それにしかし、と皇国の王が言いよどむ。
「わかっている。違うと言いたいのだろう?彼女の髪は焼かれたそうだ。目は両方ともえぐり取られて、がらんどうだったと聞いている」
大きく開いた両手に顔をうずめて、男は苦く笑った。
「聖王猊下」
「……わかっている。奇跡などないことも。悪魔に魅入られた私に、もはや慈悲などないのだ」
皇国の王の目には憐れみが。
聖国の聖神官の目には悲しみが。
それぞれを浮かべて目を合わせた。
「だが、ここで最強の魔獣を確実に使役しておかなければ、あの女に相対することはできない。何ならその女魔獣使いが使役している魔獣もすべて奪い取り、火稜鳥もろとももう一度、穴に落とし込んででも、叶えねばならぬ」
自分自身に言い聞かせるように呟いている聖神官に、皇国の王は浮かんだ言葉を音にすることが出来なかった。
(あの聡明な、やさしい方がそれを望んでいると、聖王猊下、あなたは本当にそう思っているのですか?)
単なる優しさや憐れみだけで、止めていいとは思えなかったのだ。




