下等生物は罠をかける
「……あなたは誰? もしかして私の知っている方?」
どこかすっきりした雰囲気のマダムが、まっすぐにこちらを見ていった。
澄んだ眼差しだ。
あ、まってまぶしい! その澄んだ眼差し、YDSに刺さる! びしばしと刺さるっ!
誰って、スライムだって言って良いの? やればできるスライムですけど、何かって?
やだ、下等生物のサガがこんなところでクリティカル。
ちょっと落ち着こうね、良いわけないでしょ。うん。
「あ、すいません、わたしちょっと記憶喪失中なんですー」
あはは、と笑ってごまかすしかない。
そんなYDSに、マダムが驚いたような顔を見せた。
「まさか、本当にミルーシャ様?……いいえ、そんな都合のいい話なんてあるはずないわね。それにしても、よくにているわ……」
「マダム。こいつがミルーシャ様のはずはないだろう。あの時、誰も、俺たちですら、手を差し伸べることが出来なかったんだから」
店長の言葉にマダムは悲しそうに眉を寄せた。
「そう、ね。あの時、止められる人はいなかった。止めるべき人々もすべてあの女の言いなりだった」
「今、シードレイクには歴戦のアカガネ率いる冒険者達がいる。衛兵団にはレジオンを筆頭につわものがそろっている。そして魔石細工の得意な冒険者がいて、ポンコツだけど凄腕のテイマーがいる」
私の頭に店長がぽん、と手のひらを乗っけてくれた。
わーい、わーい。褒められた―!
あのツンデレヒロイン枠の店長がYDSを褒めてる!
すわ、明日は嵐か、雹が降る、と思っていたら、その手でぎりぎりと締め上げられた。
これぞまさしく、以 心 伝 心!
あ、マジで死んじゃうから、それくらいでご勘弁。
「婚姻式まで、あと三月だ。城内清掃は式典のひと月前だ。それまで、術中にはまったままだと思わせたい。できるな?」
店長の質問に、マダムはうなずいた。
「もちろんです。ここで怯めば、ただでさえ顔向けができないのに、家族の居る方角さえ見られなくなります。それに、地獄に赴くのなら、首に縄を付けてでもあの聖女もどきを連れていきます」
罠を仕掛けるのだ。
今度はこちらから、それと悟られぬように、細心の注意を払いながら、とマダムが笑った。
その、すっきりとした笑顔に、寂しそうな横顔に、覚悟が見えた。
きっと、操られていたと許しを請うことはできる。
おそらくその聖女とやらのそばにいた女性たちは、みんな、悪事に手を染めているのだろう。
加害者と被害者の関係性はその事実で逆転さえするだろう。
そして裁きの場で、その事実が加味されて、罪を軽くすることだってできるはずだ。
ギルド長や店長やシードレイクのみんながそう働いてくれるだろう。
でも。
それをしたって、誰も戻ってこない。
それがわかっているからマダムは寂しげに笑うのだ。
「私は人の子の親だったから、その嘆きに値するほどの罰を受けねばならないの。罰を受けなければ、もう会えない子の背中さえ見られない。だからね、お嬢さん、そんな悲しい顔をしないで、大丈夫よ。私はまだ術中に陥ったままの同僚より早く、こうして手を貸すことができるのだから」
マダムはなにかを吹っ切ったようだ。
ふわふわした気持ちで目線を合わせて、ほっこり、にっこり笑いあう。
と、そうだわ、ひとつ提案が、とマダムが続けた。
「まずは、この髪の毛一筋も残さないスライムエステの、せめて髪の毛を残す力加減を、スライム様にお願いしてくれる?」
「ごもっともですー!」
ずしゃああああっとスライディング土下座したYDSであった。
うん。
施術をご覧になった王妃陛下をスライムエステへお誘いしなきゃいけないもんね。
髪の毛一筋も残さない恐怖のつるりんエステに誰が参加するんだってことで、ひざ詰めで、スライム達とお話をすることとなりました。
いいですかー、ここ試験に出ますよ~!
ぽよぽよと揺れるちびすら達を前に、かわいらしさで悶えるのを我慢する。
「汚物なんだから全消去でって。よくないから言ってるんだからね?髪の毛は残そう?ね?」
ぽむぽむ、それぞれが見合いして、ぷるるると揺れる。
つぶらな瞳とじっと見つめあって意思をつなげる。
「ふんふん……じゃー、耳毛と鼻毛はサービス増毛でって、良くないよ!」
え~、わがままだなあ。って、ちょっとまちなさい。
「えっと、髪の毛と眉毛、まつ毛だけ残そう?」
頭部の有用な毛は残そう? ね?
腕やら脇やら脚やらはつるつるにするの、むしろ推奨する。
「臭いメスは生存を許してやっただけでも、ありがたいと思えって、その匂いの元を退治するのは良いのよ。腹の中は全力でお願いするよ?」
ぽむぽむ、みょんみょ~んと動き始めたスライム達が、店の真ん中に集まる。
中央は白くて天使みたいなちっちゃい羽根を持つ、せーちゃんだ。ぱたぱたと中心地で浮かんでいる。
それを見守るスライム達が、円を作る。
二重三重四重五重のスライム渦。
ぽよぽよ、にゅむにゅむ。
むっちむっち、ぎゅむぎゅむ。
にゅむにゅむーん。
大小とりまぜ、七色のスライム達が、時に光り、時にしびれ、時につぶれながら、会話?をするのを見守ること1時間。
ぺか~と部屋中をなんだか有り難そうな後光がさした。神々しいってこういうのを言うんだよね。
真ん中で厳かな後光に包まれているせーちゃんの意思を確認した。
「ひじょ~にイカンではあるが、ちょーホウキてきソチにより、カクショのモウシデをうけいれ、しゅくしゅくと、しょくむにつくすショゾンであります…だ、そうです、店長」
「……意味わかって言ってるんでしょうね、このスライム達」
そりゃあ、たぶんね。
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ちなみにいきなり王妃陛下にたどり着けるはずもないので、まずは比較的地位の高い侍従長と侍女長を何とか連れてくる事を考えている。
加齢と過労で頭部保護力が下降一方なんだそう。
お城の重鎮二人が正気に戻ったら、城内清掃の時に入り込める範囲も広がる。
「問題はどうやってここまで連れ出すかだな」
「国王陛下直属の侍従長と侍女長よりも王妃陛下の侍従長と侍女長の方が連れ出しやすいでしょう。王妃陛下の美容のためと進言すれば、まず断ることはないでしょう」
「一度の施術で何人連れだせるかだな」
うんうんうなりつつ、顔を突き合わせて悩む店長とつるぴかマダムの姿に、YDSはこみあげてくる喜びに身を震わせた。
うふふ~。
頑張って地道にスライムエステで信用得てきた努力が実ったな~。
増毛・美肌・若返りのうわさは、各国重鎮の皆様の耳にも入ってて、実は結構、貴族階級のマダムの順番待ちができてるんだー。
あ、そうだ。
予期せぬ割り込み施術が決まってしまったので、予約は一時停止にしようっと。
いそいそと予約帳を取り出して、広げた。
それから、待たせてしまうことになる予約済みのお客様には施術時にツーランクアップの施術をお約束したお手紙お送りしてと。
事務処理しなきゃ。と予約帳をめくりながら、日程を確認していると、YDSの目にある情報が飛び込んだ。
「……あれ、十日後の予約枠に、ナデイル国、某高貴なお方の予約がはいってる……」
「「え」」
思わず、店長とマダムと顔を合わせてしまった、YDS悪くない。きっと悪くない。
「スライムの有用性を改めて強く実感した」
とは、店長の偽らぬ感想だった。
むしろ、手段が尽きたら死を覚悟してお城の重鎮をさらってでもスライムエステを受けさせるつもりだったのに、この緊張感のまったくない潜入方法に、今までの気苦労は何だったんだ、と。片頬がひくひくしてた。
意図せずして、ナデイル国の絶対不可侵領域へ、何の布石も準備もなく入り込めることになりました!




