下等生物は自己診断する * 偽装死産・子殺し注意
死産や子殺しを連想させる表現があります
山から連れて帰ってきた骸骨さんたちは、ちびすら看護隊の献身で見事人間になりました。
うらやましいなんて思ってない。
だって私はやればできるスライム、やればできるスライムなんだから!
動かなかったこの身体の心臓も動いているし、意思疎通も可能で、なんといってもかわいいでしょう?
ちょっと毒に強いとか、酸に強いとか、火にあぶられてもつるりんぺかんなもち肌の持ち主で、金剛石並みの硬さの魔石をちょっと堅めの木の実くらいの認識で嚙み砕けちゃう頑強な顎を持ってるけど。
ちょっとだけ普通の人間からずれてる自覚もあるけど、私としては脊椎動物に進化できたと思ってる。
他の人間と同じように髪は伸びるし普通にはさみで切り落とせる。
爪も伸びるし、お手入れもできているので、不老ではない。身長は伸びないがな!
私の身体から切り離された髪の毛や爪が、スライムに戻ることはないし、単独で生命活動を再開することもなかった。
ちなみに切り落とされた髪の毛や爪はちびすら達へのごほうびになった。
髪を切ってくれたおかま店長の足元で、ちび達の争奪戦が繰り広げられたのには、店長もちょっと引いてたと思う。
ちびすら達の勝ち抜き戦で勝利した黄色の雷属性持ちの子が大きく胸を張って存在アピールしてたっけ。
ちび達の感覚では、散髪後の私の髪はハレの日の神饌あつかいらしい。
普通の女の子を意識すればするほど乖離していくこの身体に、ちょっと脊椎動物ってどんなだったっけと、考えちゃうこともあるけど、YDSは人間の皆さんに認めてもらえるよう努力するのをやめないぞ。
でも。
でもね。
ちょっとアレな相手だと、獰猛な魔獣特性が駄々洩れすることもあるんだよ。
元をたどれば下等生物だったから。
ちょっとむかっとしただけで、軽く二つ離れた山間の魔獣の降参の雄叫びが聞こえてくるからね。
いっけなーい殺意、殺意。
かよわい ひゅーまんびーいんぐとしては、ばいおれんすな状況において、オスの後ろに隠れてやり過ごすのが普通。
弱肉強食。
これはきっと、生命として青春を謳歌している個体にとって、当たり前の行動理念だ。
だからこそ、理解できない。
店長の癒しのサロンで腕を組んで胸を張る、このメスが。
居丈高に店長にマウントを取ってくるこのメス。取れてないから、気づけ。
あー、はいはい、雑魚キャラ雑魚キャラ。
この間もいたっけなあ、こんな感じのメス。
なんちゃら国のなんちゃらがいしょーの番だったっけ。負債抱えてあちこち逃げては各国の大使館から引きずり出されてぺってされてた。
レッツ取り立て!とギルド長はじめ、全ギルド員の皆さんがきらっきらしてたっけ。
嫁ぎ先は、見事に国ごと潰されたんだよね。
美と芸術の都とうたわれたかの国の王宮は、今や巨大な美術館だ。なお管理者はシードレイクだけでなく、各国から派遣された学芸員です。
使命感あふれる顔つきで、意気揚々と旅立っていった。
収集するだけで展示せず、大枚はたかないと鑑賞させてくれない、似非好事家と名高かったかの国王。貴重な絵画なのに、保存方法とかまったく顧みることがなかったので、周りの国の主だった美術館の学芸員が忸怩たる思いをしていたそうです。そりゃ、盛り上がるわ。
悪趣味な調度品は、一室にまとめられ、絵画・彫刻が適度な室温と湿度と光量の元、製作者別、制作年度ごとに説明書付きで展示され始めたそうだ。落ち着いたら鑑賞しに行こうっと!
そんな今昔物語だ。過去には美と芸術の守護者と名高かったかの国は、凋落した。
王侯貴族はその身分も特権もはく奪され、一国丸ごと奴隷となった。
無辜の民にまで負債額がかからないように取り計らった聖国の聖神官さまがえらかったね。特権階級にいた人間以外は、職業安定所気分だったんじゃないかな。
ふんぞりかえる貴族という、ごくつぶしを養わなくていいのだ。
今までのように働いて、税を納めれば、過剰に搾取されない環境は、労働力として働く民にとって、環境改善と映ったんだろう。奴隷という字ずらの悪さを気にしなければ、オールオッケー。
もともと適正価格で買い上げて、地方をまとめていた良識ある領主一族なんかは、かえって、国の変革を喜んでうけいれた。そしてそういう領主さんの居る地域はすぐに自分と領民を買い戻して、さらに発展を遂げていく。誰だって働かない店長より、一緒に働いて笑顔でご飯を食べさせてくれる店長のほうがいいもんね。
でも元凶のメスに対する風当たりは強かった。
しかたないよね。
最後の最後まで謝罪の言葉がなかったというんだから。そりゃあ、誰のせいでこうなったと言いたい人間ばかりだろう。
各貴族家からは恨まれて、執拗に狙われている。
負債抱えてあっぷあっぷな生家からは帰ってくるなと宣言されて、頼る友人もなく、最後の綱としてすがろうとした聖国ユークリッドのすべての教義から破門されたため、修道院にも入れなかったメス。
娼婦になりたくとも、負債を肩代わりできる額ではない。
そもそもこのメスに就く客がいないだろうと遊興国と名高い国からも見放されたんだって。
医療国として名を挙げていた国が、合法的に生体実験ができると唯一手を挙げてくれたので、今はそこにいるらしい。今後開発される薬の、二割がシードレイク商業国に収められるって言ってた。
全然足りないけど、殺してしまったら罰にならないからそれでいいと、応対していた店長とギルド長が言ってた。生かさず殺さず、細く長く金を引き出させるんだと笑っ……げーふげーふ!
「死んだらそこで終了だろう? そんな生産性のない罰で許してもらえると本気で思っているのか?」
と、問いかけた相手はきょとんとした顔を見せた後、ざあっと青ざめたそうだ。
夫は派手好きなメスに嫌気がさしていたようだ。まあ、あの日も夫の姿はなかったもん。
顔だけは良い、護衛に見えない護衛を複数連れて、夫名義で散財していたもんな。
仲はキンキンに冷えていたんだろう。
夫は速攻で離縁手続き完了し、私有財産すべてを差し出して、身一つになった。
外相経験者だからか、他国との調整に慣れているので、役所に勤めてもらってるって。貴族らしからぬ接客態度で、作業指示も的確、事務処理能力も高くて、実に有能らしい。
こんだけ優秀だから、すぐにでも自分を買い戻せるはずなのに、彼は奴隷身分のままだそうだ。
「普通市民に戻ったりしたら、親戚一同、たかりに来るでしょうからこのままで」と。穏やかに細めた両の眼だけ冷え冷えとしていたそうで。
……何したのかな、親戚一同。YDSの背筋に冷や汗が伝うよ。
そんな彼に元嫁が救いを求めたらしいけど、まあ結婚当初よりメスのマウントがうざかったそうでもちろん却下。
がんばれメス。負けるなメス。
頑張って負債を返さないと、一生奴隷のままだよ?
責任は取ろうよ、せめて自分の分くらいはさ。
栄華を誇っていたんだろう? 店長やギルド長が怒りをあらわにするくらい、残酷な行為で他人を陥れて築いた地位でさ。
気に食わないという理由だけで、引きずり落として踏みにじって、愉悦に浸っていたんだろう?
なら、今度は自分の番だ。
仮にも脊椎動物なんだから、人間の意地を見せてほしい。
それにね、結構YDSは怒ってる。
お前みたいな物の価値のわからない人間もどきが引き起こした問題のせいで、これから作るYDS印のお薬たちが、他国に安く買いたたかれたらどうしてくれる!
祟るぞ。
私は空気を読むYDSなのだ。
そう。たとえば、目の前にいるこのメスのように、敵地に入り込んだのにまるで自分ちのような横柄さを見せつける、この勘違いメスとは、出来が違うのだ。
くん、と鼻をきかすと何とも言えない腐臭が漂う。
おしろいの油焼けした香りと、劣化した口紅の匂い、体臭をごまかすための香が、存在を主張しているため、かなりの悪臭となっている。
こんな匂いをまとって、種族最強を誇る、このシードレイク商業国の強者、おかま店長の前に立つなんて! なんという命知らず!
「ん? どうした、小娘」
「あ、その……」
鼻を抑えて涙目のまま、店長の顔を仰ぎ見る。
YDS、YDSなので鼻も効くのよね。
鼻腔からつんとした匂いが脳髄の裏側を刺激して、涙が止まんない。
このメスめ、臭すぎる……。
うっかり獰猛な種族特性がこんにちはしちゃう位には壊滅的な匂いだ。
元凶を火山の溶岩流の中に突き落としたい!
そんな私を見やった店長が、シニカルに笑った。いつもの嫣然とした微笑じゃない。
生存率が確実に下がるタイプの微笑だ。あ、YDSじゃなくて、店長の前に居座るメスのね!
「臭いなら臭いとはっきり言ってやれ。こっちは一見さんお断りって言ってるのに、いつまでもグダグダと……営業妨害だ」
ズバッと正論でたたき切ると、沈黙が痛いんだよ……。
そんな危機的状況なのにも関わらず、臭いメス(状態:憤怒)が爆弾を投下した。
「このわたくしが、あなたの能力を認めて後見すると言っているのよ、悪い話ではないでしょう。この店の客層も良くなってあなたは接客やらの雑事が減って、自分の好きなことに没頭できるのよ?」
押さえつけてた殺意が再燃焼。あち、あちち。
YDSの群れを統べる店長に何という口の利き方だ! 小物のくせに!
「あー。小娘、怒るな怒るな」
ふわっと抱き上げられて、まるで子供にするように、背中を撫でられる。とん、とんとリズムを刻む優しい手に、我に返った。
……あ、ぶなーいっ!殺意殺意ィ!
抱きあげられたまま、店内を見渡すと、店の奥の天井付近で銀色の大蜘蛛が今にも粘性の糸を投げつけようと構えてる。氷獣はもっふりしっぽのまわりに細かくて鋭い氷の針をまとわせていた。置物と化していた大鰐のアリーが太めのしっぽをびったんびったんさせているのも見える。魔獣の核をしまっておいた袋が、ちかちかと点滅を繰り返している。うわ、六足熊が本気で実体化をしようとしてる。
そして、奥の部屋から店内へ入る入口のあたりで、びたんっびたんっと音がする。
色とりどりのスライム達が、みょんと伸びて、勢いつけて、自分の身体を床にびたんっと打ち付けてる。
白の、黒の、黄色の、金の、水色の、紫の、オレンジの、緑の。重なり合って床面に近いところはもう混ざってる。
ところどころ角のようにびしッびしっと飛び出したり、引っ込んでたりしてる。
あー、あれ、一度、見たことがあるなあ……。
ちびすらが合体したときは、騎士団宿舎がもんのすごく綺麗になったっけ……。
「……んッぎゃー! ストップ! みんな、ストップうううッ!!!」
「っど、どうした、小娘!」
てえへんだ! と店長の腕の中で大きく動いたからか、店長がバランスを取ろうとしてくれた。傾国なのに、紳士なんだから、もう!
まあ、遅かったけどね……。
*****
その日、いつも胸の奥で渦を巻く、怒りや妬みや嫉みが一瞬で消えうせたことに女は驚いた。
自慢だった容色は、年を経ることに衰えていき、みずみずしいハリのあった透明な肌は、いつしかくすみを帯びシミやしわが現れた。
経年のせいとは言え、年々失われていく美貌を惜しみ、あらゆる品に手を出した。
その中でも最近売り出されたシードレイク商業国の薬剤はすさまじい効果をもたらした。
金でこれだけの成果をもたらせるのなら、安いものだと買おうとしたが各国王族までもが待っている商品だ。
それならば、つてを使って入国し、後見と引き換えに手に入れようと画策した。しがない魔石職人風情が運営する商店だ。聖国ユークリッド出身の、現ナデイル国王太子の婚約者であるあの方にお仕えする私の誘いを断るはずなど無い。
あの方に献上するかたわら、自分も希少な品を手に入れれば、今後の派閥抗争にも有利に動けるだろう。
そっけなく断られ、激高する自分を何とかなだめつつ、小賢しい商人に、条件を提示し了承させようとした矢先。
目の前が七色の光に染まった。
まるで光の洪水だ。
目の前が、赤くちかちか、オレンジにバチバチ、黄色にくらくら、緑にてかてか、青にぎらぎら、藍色にきりきり、紫にてかてかした。次に頭から何か柔らかい、弾力のある、もちもち、ぷにぷに、フルフルしたものに覆われた。
剝がそうとしても、剝がれない。
焦って剥がそうと両手を上げて爪を立てても、もちもちの何かから手が出なかった。そのまま、七色の柔らかなもちもちが、上半身からゆっくりと包み込んでくる。
恐怖で引きつるも、声すら出せない。やがて、つま先まで覆われた。
窒息する恐怖に、目をつむる。ムチムチもちもちの中は、不思議と温かく、呼吸を妨げないことに気が付いた。
むかむかと胃の腑を焼く怒りが沸き上がる。目を開いて何かで隔てられてる先に立つ、商人をにらみつけた。
抗議してやると、大きく口を開いても、声は言葉を紡がない。
もちっぷにっの中でもがき続けている間に、なんだか、怒りにまみれていた心が、落ち着きを取り戻していた。
だって、これ、生命を奪うものじゃない。
証拠は自分だ。生きている。
もっちもち、ぷっにぷにに包まれて、ゆらゆらと揺れる。
それはまるで、ゆりかごに包まれているかのような安心感だった。
やがて、とてつもない幸福感に気が付いたら涙が頬を伝っていた。
まるで、母に抱かれているかのような、安心感。
なぜこんな気持ちを忘れていたのだろう。私はあんなにも認められ、肯定され、全身で愛されていたのに。
いつから、こんな飢餓感に襲われていたのだろう。
ごぼりと何かが喉をせりあがってくる。
うぐっとえずくと、真っ黒の粘着性のあるものが、びちゃりと床に吐き出された。断続的に咳が出て、体内に残っている異物を全部、吐き出そうと体がこわばる。
涙でぬれた目の前に、それはいびつでゆがんだ異形と映った。
ひい、と息をのんで後ずさった私の目の前で、銀色の毛並みの獣が、その真っ黒いものを右足で押さえつけた。
ぶにぶにといやがるように蠢いたそれは、白く輝く丸い何か……スライム?いや、まさかそんなはずはない……いやでも、スライムにしか見えないそれ、に覆いかぶさられ、それ、の白く輝く体の中で徐々に黒い面積を減らしていった。
目の前で行われてることなのに、実感がわかなかった。
こんな悍ましいものに身体が侵されていたのなら、常に心に、身体に、異常があったのもうなずける。
日々は不満と怒りと共にあった。
怒りも、妬みも、嫉みも常に沸きだした。見るもの聞くもの全てを羨んで、自分をそれと比べては、怒り続けた。怒りに震える自分すら不甲斐ないと悔しかった。
貴族社会に身を置くと、慢性的な息苦しさが、いつも胸の中にあった。
派閥の中で上には媚びて、下からは一歩でも先んじようと足搔いた。
醜い女になどなりたくない。誰より美しく、誰より秀でていたかった。
聖女と呼ばれるあの方の、一番の腹心でありたかった。たとえあの方にとって、私が数多いる使い捨ての便利な女官だとしても。
私は他の女たちとは違うと、常に自分に言い聞かせていた。
美しさを好むあの方のお役に立つために、髪を手入れし、肌を磨き、爪を美しくする術を手に入れてきた。
美を保つために良いと言われるものは全て、試した。それもあの方のためだ。
だから、
「ねえ、おとぎ話の魔女の技で、処女の生き血が肌を生き返らせるのって、本当かしら?」と私を見たあの方のために、試したのだ。
領地の若い娘は屋敷で行儀見習いをさせると言えば、すぐに集まった。
さんざん生き血を搾り取り、用済みになったら、領地の森の奥に放置した。
若い娘が貴族の慰み者になり、後始末に困った貴族が死体を投げ捨てることはよくある話で、残された家族に幾何かの金を握らせれば、家族すら黙った。
逆らったところで、相手は貴族だと、泣き寝入りしたのだとしても。
よく聞く話だったから、誰も不審に思わなかった。
それが、悪かったのだ。
いつからか、あのお方は、農民の血では満足できなくなっていた。
だが、下級貴族の娘といえど、おいそれと行方知れずにはできない。
だから私は、別の標的を探して、探して……見つけたのだ。
出産の手伝いは、経産婦だったら当たり前の仕事だった。
ある下級貴族の家で生まれた赤子が死産だった。
母親によく似た女児だった。死産だと伝えると、泣き出した母親。
出産に携わっていた女たちはみんなで必死になぐさめた。
仕方がないのだ。ほかに方法がないのだから仕方がない、と自分に言い聞かせながら。
「聖女様にまた次の生で、あなた方のもとに生まれてきますようにと願ってもらいましょう」
子を失った家族に、最後の別れをさせて、そのままあの方のもとへ向かった。
なんでこんな恐ろしいことに手を貸したのだろう。
生まれたばかりのわが子が死んだと聞かされた母親たちに、また産めばいいと声をかけた私は人間か?
泣きぬれた母親たちに、元気を出して、母親が泣いてばかりだと、亡くした子供が迷うわよと声をかけた私は、本当に人間か。
出産の手伝いを頼まれれば、次は生かし、その次をさらった。くりかえす悪事。
赤子の血は満足してくれたようで、お褒めの言葉を貰えて誇らしかった。私はあの方のお役に立てていると実感がわいた。
でもあまりに赤子が死産になるので、やがて出産の場に呼ばれなくなった。
その次は。
ある悪事を働いて投獄された、貴族令嬢から血を取ることを求められた。
あの方よりも早く王太子妃の最有力候補と言われた女だ。
あの方が口には出さないけれど、妬ましくて、うらやましくて、たまらなかった女。
聖女と呼ばれたあのお方の命令は絶対だ。
ずっと胸の奥でくすぶり続けた思いを押し込めて、押し込めて、働いた。仕事のために離縁して、子供たちとも縁を切った。
泣きすがる子供たちから目をそらし、全てを捨ててかけた相手。
だって聖女だ。
国に、王に認められ、王太子妃となられるお方だ。
そして、アルベルト殿下が間違うことなど、あるはずがない。
盲目的な献身。
夫に両親に子供たちに与えるべき愛情すべて、ささげてきた。
―――でもそれも、この悍ましい黒い何かがもたらした錯覚なのだとしたら?
「、あ」
吐き出した黒いものが無くなって、押し寄せてくるのは、後悔。
私は、この手で何人の命を絶ち切ってきたのだろう。
生まれたばかりの赤子が母親を呼ぼうとするその声を、押さえつけて奪ってまで、何に、祈りをささげてきたのだろう。
盲目的な献身は本当は誰に与えるべき愛情だった?
私はきっと、あの方(旦那様)のお役に立つんだ、と。
私はきっと、あの方(旦那様や子供たち)が望むような、あのお方(旦那様)が望むなら、どんな悪事(事)だって厭わずにやり遂げて見せる。
私の価値は、あのお方(旦那様と子供たち)に仕えてこそ、誇れるものなのだから。
「あ、」
昔々、幼いころに、おばあさまがおっしゃった。
『かわいい子、あなたはそうして笑ってくれるだけで、私の癒しになれるのだね』
お母様はおっしゃった。
『あなたはとても頑張り屋さんだから、いつか使命に押しつぶされないか、母様は心配なのよ、ねえ、どうか、昔みたいに笑ってちょうだい?』
お父様はおっしゃった。
『きついお役目なのだろう? そんな険しい顔をしなければならない仕事なら、やめて領地に帰っておいで』
盲目的なまでにお仕えしたあの方は、本当の私の姿など見ていたのだろうか?
「あああああああああああああああああ!」
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一瞬、呆けたような表情を見せたメスが、突然、頭をかきむしって、あばれだした。
日の光にきらめきを増す、つるりんぺかん!なスキンヘッド。
まとっていた服は溶け去って、すっぽんぽん。
どうしよう、冷や汗が止まらない。
あられもない姿になっているのに、それすら気にならないのか、ただただ嘆いているメスに、戸惑った。
頭ン中で警告音が鳴り響いてる。
どーしよー!
おそるおそる店長の顔色を窺ってしまうのは、下等生物の生存本能ゆえだと思う。
でもそこはやればできるスライム!やればできるスライムの私。
店長の雷が落ちる前に、腕の中からするりとぬけだして、すかさず床にスライディング。
続けて流れるような美しいフォームで土下座した。
「ごめんなさい、店長! とめられませんでした!」
子分の不始末は、どうか、このYDSに!




