下等生物の3分クッキング
「ほああああ、いい朝だねえええ」
数多のスライムに纏わりつかれ、さらに、椅子になりたがりな魔獣たちを、順繰りになだめる。
いつもの朝です。
いかに流血の惨事であっても!
すわ、凄惨な殺人事件の現場と見まごう有様でも!
清々しい朝にみるような光景じゃなくても!
魔獣の甘噛みはスキンシップと心得ている。
それが、やればできるスライム、やればできるスライムなのです!
やっと出番だと喜んでなんかいませんよ!
一人用テントの中で魔獣に囲まれ寝ていた私を、ちびすら達が起こしに来てくれたようだ。
そして、こんなに私のまわりにいるということは。
「治療が、終わった……のね?」
私の問いかけに、いっせいにジャンピングで答えてくれる、ちびすら達の可愛さよ。萌え。
いつものように甘噛みでぴゅーぴゅー出血している私の身体を癒しつつ、僕がんばった! ほめてほめてと訴えかけてくる。
「えらいえらい! あ、ここんとこ、毒注入されてるから、毒消し剤もお願いねー」
首やら脇腹やらに付いてる噛み跡を指すと、がってんだ! とばかりにぽーちゃんがぴったり張り付いた。
ぽーちゃんの施術は、そのままに、いつものお仕着せに着替える。
「んじゃあ、正気に戻ったみたいだし、店長とギルド長に連絡してー、あとは精の付くもの作って食べさせてやらなくちゃねー……店長が」
なんでかな、YDSったら調理場出入り禁止になってるんだよね。
店長のところにお世話になって、そう日もたってないころ、殺意マシマシで六足熊が捕ってきた獲物をつかって私が愛情込めて煮込んだスープを、差しいれたことがあった。
店長が繊細な味覚を保持しているのは分かっていたけど、においだけで全力拒否された。
スープすごくおいしくできたのに。ひとりで食べきることは可能だけど、か弱い乙女を装うには、男前な量だった。鍋持参で商業ギルドにおもむいた。
遠巻きにする冒険者たち。青ざめ口元を抑えるギルド職員。
「あ、においに敏感な方は、無理しなくても大丈夫ですよー? うちの店長も無理だったんで!」
にこにこ笑顔で冒険者の皆さんに手ずから給仕する。
ごくりと息をのむ音が響いた。そうそう、おいしそうでしょー?
「(おい、本気か?)」
「(かわいい女の子の、手料理なんざ、この先食べられることなどないだろう、俺はいくぞ!)」
「(おまえそれ、死にに逝くと言うのと同義語だぞ、第一、食べ物のにおいじゃねえぞ)」
「(止ーめるな!)」
和気あいあいと皆さんでテーブルを囲み、いざ実食。
ごふっとか、ぐふうっとか、くぐもった声も聞こえたけど。
むっちゃんが狩って来てくれた、やぎと獅子と熊の三つ首魔獣の煮込みを、うまー、とかみしめた。
背中のちょっと鱗っぽいとこのカリカリ食感と、毛のざりざりした感じもなかなかの野性味。皮目と肉の境目の脂もこってりぎらぎらしてる。
未処理の内臓のほろ苦さが前面に出てて、実にパンチのきいたお味。
実に懐かしい、洞窟の中で野生の証明していたころを思い出させるワイルドさ。うまー。
あふれんばかりの血の香りによだれがとまらない!
にこにこうまうましてる私以外の人間が、スプーンくわえて白目をむいた。
青くなったり赤くなったり、鼻から火を噴いたり、目から光線を放ってたから、あれえ?って思った。
おっかしいなー、こんなにおいしいのに。むいむいと太い尾骨から肉をこそげて、さらに、ばりばりと骨をかじって飲み込んだ。
「アカガネ! こっちにアムネジアが来てないか……いたあああああ! こむすめ! ああ! その鍋! 捨てろって言っただろうが!」
走りこんできたおかま店長に、脳天にきつい一発いれられた。でも反論したい!すごく上手にできたのに!
あの日、YDSは人間の胃腸は、ずいぶんとやわなんだと学習したのだ。
なんでこんなもん食べさせたんだ!と叫ぶ店長に、毒なんて入ってないですよー!っと叫ぶ私。
「むっちゃ、レアな魔獣肉で作った、スープですよー! 三つ首の四つ足の獣でー、しっぽが肉厚でうまいんですっ」
「うまいわけあるか!皮もはがない、血抜きもしてないだろう!」
「皮はいだり、血ィ抜いたりしたら、うまみ逃げちゃうもん!」
血相変えて叫ぶおかま店長の声に、えずいていたギルド長がよろよろと顔を上げた。死ぬかと思ったとかつぶやいてる。失礼なー!
「……いや、まて、三つ首四つ足って、おい、まさか……」
ギルド長が素早く大鍋の前に立ち、ふたを開けた。
その鋭いまなざしが、大鍋の中の白目むいてるやぎ頭と、でろんと舌を伸ばしている獅子頭、黒い短毛の熊の頭の慣れの果てと合わさる。
無言で鍋の中身と、見つめあうギルド長……。
ぽく・ぽく・ぽく・チーン!
ギルド長の頭の中の魔獣帳の情報と、大鍋の中の食材がかちあった。
「レ……レオポルドゴートキメラああ!ちょ、ちょっと待て本物か?しっぽは!レアものだぞ!」
「あ、おいしかったです!」
製造者の特権ですよねー、己の一番好きな部位を一番おいしい状態の時に食べられるんだもん。
ギルド長がずしゃあっと膝をついた。
「どんなにレアでも、皮もはがずに毛並みそのまま、内臓はもちろん、血抜きすらしていない魔獣肉をただ煮込んだだけなんて、およそ人の食べられる代物じゃないんだよ!」
額に手を当てて、苦悩する店長、うるわしい。大丈夫です、誰も死んでないよ!
ギルド長が、心底、悔しそうにうめいた。
「素材のままならどれほどの売り上げになったものか……」
鍋を食べてないギルド員に発破をかけて、回復ポーションを配ろうとしたギルド長の目の前で。
YDS謹製スープを飲んだ人間が、きらきらと光輝きだしたのだ。いやあ、まぶしかった。
「からだが、かるい……!」
「ちょっと川の向こうで、死んだばあさんにあっちに行けと、追い払われたんだけど、なんだか、力が湧いてくるような……」
「うそだろ、古傷がきえた……ひきつれもない……」
「あれ、なんか知らないうちに、魔力総量が上がって、る?」
身体検査をしたら、のきなみ含有魔力や、潜在能力値がふえてたのも、間が悪かった。
死ぬほどまずくて、事実、おそるおそる掬ったスプーンいっぱいで涅槃を観光できちゃう代物だけど、そのギフトはすさまじく有用という……。
「どうやって作ったんだ、手順は?」
ギルド長には悪いけど、そんな特筆するような手順じゃないよー?
「むっちゃんが狩ってきた獲物を、よいしょと大鍋にこう、押し込んで、水からコトコト煮込んだだけです」
「悪用されるのも問題だけど、このまずさでは毒殺現行犯で、速攻、処刑されるわ」
と、いうことで、YDSクッキングは永久にお蔵入りとされました。
大鍋まで取り上げられちゃって、YDS、しょんぼり。どんな魔獣も丸ごと一体煮込める、最適な大きさの大鍋だったのに。
ちなみに、ギルド長は往年のカンを取り戻せたと喜んでいて、その夜遅く、台所で白目むいて気絶したおかま店長の姿があった。その右手には、鍋パの後に、鍋を食べてない冒険者の皆さんに配られたポーションビンがあった。
美形は白目むいてても美形だと思い知った夜だった。
山中で拾った骸骨さんたちにも、本当は食べさせてあげたいけど、あの時の三つ首の魔獣ってなかなか獲れないのよねー。
まあ、死にかけの骸骨さんに食べさせたら、完全完璧な死体になっちゃうだろうから、無理だね!
癒しのスライムたちの術中に陥って、心身ともに立ち直ったなら、ゆっくり回復すればいいよ。
まあ、おかま店長の詰問と、ギルド長の尋問の前に、軽くおなかに入れられるものでも、と、店長が持たせてくれたバックパックの中をごそごそしてたら、ヒールスライムのひーちゃんと、聖ちゃんがすでにポーション瓶にきらきら光る何かを詰めてくれてた。
「なるほど先に飲ませとけってことね」
そうだよーそうだよーと、ぽよぽよ波のように順にジャンプしていくちびすら達。
はー。癒されるう。
けど私は、やればできるスライム、やればできるスライムなので!
「ぴんく、やばいやつを紛れ込まさない」
そっとポーション瓶の列に差し出された、ショッキングピンクのブツは、速攻ぴんくちゃんの口に突っ込んだ。さー、ないないしようね!
七色のビックスライムの腹の中から吐き出された骸骨さんたちに、ひーちゃん、聖ちゃん謹製のお薬を口の中につっこんでいく。あんなに暴れて治療拒否してた人間たちが、なぜかおとなしく従うのに驚いた。
なんだか、拝まれているような……。いーやいや、気のせい、気のせい。
上下左右に振動し、伸縮運動にいそしむスライムたちが、おのおの伸び縮みするたびに、自分の特性をくんだポーションを作り出す。
幸い、高ランクの薬草採取依頼もつつがなく終わりそうだ。
だってやればできるスライムが、本気出して採取に励む気満々だもん、ちびすら達が取らいでか。
ヤル気に満ち溢れて、なんだか光量まで増えてる気がする。目が痛い。
……まあね。昨夜は、もう夜も遅いし、骸骨さんたちも目覚めないからって、店長とギルド長のテントの側に、一人用テント張ってもらって、そこで魔獣たちと眠ったよ?
起きたら枕元に、依頼書に書かれてた薬草の束が、整然と並んでましたが何か?
何なら、薬効成分引き出されまくった、ある意味、ヤバイブツのオンパレードでしたが、何か問題でも?
「少なくとも到着してから三日は採取依頼に費やすつもりだったんだがな……。大体、おかしいだろ、一晩寝て朝になったら、枕元に並んでましたって。何なら、すごくきれいな魔石もあるんだが、なんだこれ、貢物? 貢物か?」
「だって、ここにあるし。誰がとってきたかなんて、一目瞭然?」
ほらほら、ちびすら達が胸張ってますでしょ?
なんなら六足熊のむっちゃんが、魔石転がして遊んでるでしょ? こっちみてるよ、氷獣も大蜘蛛も大鰐もさー。
みんな夜なべして採取に励んでくれたんだから、ほめてあげなきゃー。
「しかも、対処しないときちんとした薬効が出ないはずの薬草まで、完璧、処置済みとか……鑑定能力でもなかったら説明がつかないだろう」
自分の言葉にたった今気が付いたように顔を上げた店長が、ちび達はまさか鑑定能力まで持ってるのか?とこちらを見てつぶやいた。
「もー、てんちょーったら、まぁだぶつぶつ言ってるー!」
褒めようよ、褒めて上げよう?
ついでにその賞賛すべきちびすらのトップたるYDSも褒めてくれてもいいんやで?
ぴっこぴっこしているYDSを尻目に、店長はちびすらを一体一体掬い上げて眼光鋭く、ちび達にせまる。
ちび達はぷるぷるからぶるぶるになった。
覇者の威圧!
氷獣だったら、腹を出して降参しているだろう。もちろん、下等生物代表者のYDSも。
「あきらめろ、イーニアス。常識外れの嬢ちゃんを引き取ったお前のせいだ」
「常識はずれにも、ほどがあるだろうに!」
そんなン言われたって、ちびすら達と、魔獣達が先を競って薬草やら魔石やら採取するなんて、さすがのYDSだって思わなかったんだよー!
しかもおのおのレベルアップしたせいか、薬草採取の肝である鮮度や、取り扱い方法まで完璧とはこれ如何に。こんなん、完璧に仕上げられたら、YDSの存在意義が脅かされ……いやいや!
YDS、そこにいるだけでハッピー! だってたぶん、私に捧げる獲物だもんね。
しかし、店長も言ってたけど、鑑定かー、だれか鑑定能力でも授かったのかな……。
ぽよぽよ、うふうふと揺れているちびすら達に目を向けた。
……かわいいーやだかわいいしか勝たん。
鑑定能力が授かるって、種族変化かな、属性変化かなー。
でも、ま、いっか!
だって私はやればできるスライム!考えるのを放棄したともいうけどね。
スライム万能でいいじゃん! 全魔獣に愛されたっていいじゃん!
なるほど、これが人間が言うところの……。
「モテ期ってやつか……」
愛情表現がバイオレンス極ふりで、流血沙汰になってるけど愛は骨身にしみてる!
「小娘、モテてない。モテてないからな、魔獣にかしずかれているか、保存食料として大事にされてるだけだ」
「いや、アムネジア、これで結構イーニアスのやつや、レジオンのやつがなあ、」
「あ”?」
「あはははははは、いーやなんでもないぞお!」
ひとしきり笑ったギルド長が、顔を上げて店長をみる。
「食事したら撤収だな。なるべく目立たないようにあの三人を連れて行くぞ」
「ああ」
「あ、じゃあ、落ち着いたところで大鰐が仕留めてきた、でかいトカゲで滋養強壮のスープでも……」
「つくるなよ(マジで殺してしまうからな)」
「つくるなよ(レア素材が無駄になるだろうが!)」
もー!
*****
さて、時は少しさかのぼり、小娘がえっちらおっちら大鍋抱えて商業ギルドへやって来た日のことだ。
大騒ぎの昼食会が終わり、イーニアスに首根っこつかまれた小娘が、取り上げられた大鍋に未練たらたら、帰り着いた後の話だ。
商業ギルド管轄の、とある倉庫の中に、腕利きの解体職人が呼ばれていた。
ごつい!むさい!怖い!の三拍子そろった、シードレイク一番の解体屋だ。
目つきの悪い男が、さらに機嫌悪くギルド長をにらみつけた。
「……まあな、お前が俺を名指しで呼ぶんだから、厄介ごとだと思ったけどよ。これはねえわ、アカガネ。誰だ、こんな罰当たりな真似した奴は」
腕まくりして怒りをあらわすごつい男に。
はははーと笑いながら、ギルド長―――アカガネが答える。
「……アムネジアんとこの魔獣が、獲ってきたんだと。そいでアムネジアが、毎日忙しいイーニアスに滋養強壮のうまいスープを飲ませてやろうと、完 全 な 善 意 で 作ったスープだ」
「……善意……この結果で善意……」
「しかも、ひとりだけ、このスープをどんぶりいっぱい飲み干してたぞ。すごい満足そうな顔をしてた」
男二人が、何とも言えない沈黙の中、目で語り合った。
「…………ま、まあ、あれだな! どういう工程をたどったとしても、こいつのエキスは滋養強壮、魔力回復に効くからな!問題ない!よし!」
「……いや、問題あるから呼んだんだ。このスープ、スプーン一杯だけ飲んだ奴らがいてな。気ィ失ったんだが、そのあとの回復がすごいんだ。魔力総量が跳ね上がったり、ひとりなんか、古傷がきれいさっぱり治ってた」
またも沈黙が場を支配する。
「魔力回復じゃなく、魔力総量増加だと?しかも、古傷が治るなんて、ヒールポーションでもランクの高い奴じゃないと無理だろう?おい、気のせいってことじゃないのか?」
「飲んだ奴の魔力量を測りなおしたぞ。気のせいじゃない」
「おいおい、アカガネよ、スプーン一杯でいいなら、この鍋……」
真顔で大鍋をのぞき込む男に、アカガネがにやりと笑って続けた。
「おたからだろ?」
解体屋の男が呆然とした顔で、うなずいた。
「おたからだな。見えねえけど」
しかし、どう処理したもんかなーとアカガネがつぶやいた。
スープというより、レア魔獣の姿煮込みだ。まさか、丸のまま使う勇者がいるとは思わなかった。
だが、アムネジアの味音痴のおかげで、薬効が格段に上がっているのが分かったのだ。
活用せずにいられようか!
「まず、スプーン一杯ずつギルド員に飲ませる。あとの残り半分は越してスープだけビン詰めにして、保存魔法でどれだけの間薬効が持つか実験だな……」
「あのな、飲めと言われて飲める代物か?このまま煮込んで、粘度を上げて丸薬にしようぜ」
気絶するのもわかるひどい匂いに、顔をしかめる解体屋。
臭い匂いも、ひとつぶくらいなら、なんとか流し込めるだろう、と提案するが、アカガネは首を振った。
「丸薬にできればいいが、それで薬効が保てるかわからない。半分はこのままにしていざというときに使いたいんだ。残り半分は研究のために煮込んでもいいし、それぞれの部位ごと取り出して実験してくれて構わない」
アカガネの言葉に、確かにそうだなと同意した。味を優先して、効果が半減したら意味がない。
しかも単純に煮込まれてるだけなら、取り出した眼球や、心臓や、肝、睾丸なんかもまだ使える可能性があるだろう。皮なら、ひと手間省けたくらいだ。
「ひとさじ飲んだら気絶するってのは、体内の魔力根を総回復させるための昏睡かなあ」
「鑑定でわかるか? このままじゃ味と匂いの悪さで毒を疑われる。奇跡の魔力回復薬、ただし、味の保証なしと鑑定書を添えたい」
「ま、いやなら飲まなきゃいいのさ。味を取るか、実を取るかだ。これも冒険者の選択さ」
目端の利く奴は、俺たちが相談して決めることを、自己判断している。ここに大鍋を持ち込む前に、ポーションの空き瓶に、それぞれが詰めて持ち帰った男達のように。
その日の夜は、シードレイクの街のあちこちで、家人が気絶したと騒ぐものが多かったそうだ。




