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下等生物は地団太を踏む

 柔和に微笑んだあのお方は、私達神官たちを前に言ったのだ。

「欠片一つ残さずに連れて帰っておいで」と――――――――。


 ***


 聖国ユークリッドは、神に一番近い国と謳われる国。

 とはいえ、貧しい農民が糊口をしのぐために、自分の子供を売りに出すことはよくあること。ただ、他国と違うのは、聖国の場合、売りに出される先が神殿だということか。


「……私もそうして、幾何かの金と引き換えに神殿預かりの孤児院に入り、そのまま神官への道を進んだ一人です」

 ガイコツさんは座り込んだまま、淡々と話し続けていた。


「親に売られた子供たちは大人に対してやたら警戒心が強かったけれど、そんな子供達は、お世話してくれる神官たちに頓着せず、神の名のもとに日々を過ごしました。硬いパンでもないよりはまし。雨風しのげる屋根があるだけ幸せだと思っていました。歯をむき出しにして威嚇する子供たちの面倒を見ていたのは、もっぱら下級神官ばかりで、上級神官の姿はありません。当然ですよね、農奴まがいの無学な子供ばかりだったのですから」

 そういって、ガイコツさんがくすりと笑った。


「でもそこで、私達は、あの方に会ったのです」


 孤児院の生活は下級神官たちにとって、まるで野生動物との生活だ。私たちにまともに接してくれる神官はいませんでした。


 たった一人を除いて。


「家畜のふんを投げても、慈愛の微笑で抱きしめてくれるのですよ? 素晴らしい方でしょう?」


 ……え。いやそれってどうなんだろう。YDS、よくわかんない。



 *****



「ぎ、ぎゃあああああ、やめろおおおおお!」

「あーっはっはっ、気を引きたいのは子供の性だよね、分かってる。分かっているよ、愛しい子」

 家畜のふんにまみれたままの姿で子供たちの息が切れるまで、追い掛け回し、キラキラした笑顔で抱きしめてくる、紫紺の髪をした男。

 胸に顔をうずめさせられ、ただでさえ息が出来ないのに、大きく息を吸い込めば、自分が投げつけた家畜のふんの匂いに涙が出た。

 だけどそれだって、神が与えたもうた試練だとうそぶく男は、濃い藍色の目じりを柔らかく下げ、どこまでも追いかけてくる。

 マジで何なの、この神官はと、子供心に戦慄したものだ。

「こ、こっちくんな、このエセ神官!」

 神殿に数多いる神官たちは、衣の色で階級が決まっていた。

 上級神官は日の光のような明るいオレンジ色。

 下級神官は、雑用に適した黒や茶色の色の濃い衣を纏っていた。

 だが「彼」だけは、誰ともかぶらない色の衣を身に着けていた。見慣れない赤い衣は、男を神官らしく見せない。だから孤児院の子供たちは「彼」をもっぱらエセ神官と呼んでいた。

 じっさい、孤児院で「彼」が何をしているかと言えば、子供たちと走り回って泥だらけになっているだけだ。

 神官らしくふんぞり返って、孤児たちを見ると眉を顰めてしっしっと追い払う事をしないのだ。

「あははは。そーれ、神の慈愛!」

「ぎゃあああああっ!」

 孤児に石を投げられ罵倒されれば、額からだくだくと血を流したまま、石を投げてきた子供たちを笑顔で追いかけまわし、最終的に泣いて謝るまでやめない。

「こいつ、怖えよ、神殿の常識が通じねえ」

 世の中の世知辛さを、骨の髄まで知り尽くしている子供たちをもってしても、首をひねる男だった。

「常識? 見なさい、このしなやかな筋肉に彩られた立派な身体を! 神の慈悲を体現するために培われたものだ。どんな困難にも立ち向かえる。さあ、お前たちも鍛え上げて、神の御意志を世の迷える子羊たちに伝えねばっ」

「ぎゃああ! まっちょはやだああああ!」

「魔獣はそっとしておくべきだろおおおお!」

 思惑はどうであれ、「彼」は一風変わった神官で、武闘派で名を売り、一目置かれていた。


 ……ああ、うん、正直に言おう。

 見て見ぬふりで、ほかの神官たちからは、あからさまに避けられていた。


 よく鍛え上げられた肉体美を誇る偉丈夫だった。噂では、外界に出ては神罰覿面と叫びながら、魔獣を倒しまくっているらしい。

「魔獣ハンター」の方がしっくりくる男だ。神官服が着せられているようにしか見えない。

 でも唸る剛腕から繰り出される神の慈愛という名の物理攻撃は、魔獣を蹴散らし、近隣の盗賊たちを震え上がらせたそうだ。

 私がほんの子供だった頃、盗賊から入信する者が増えたというのも「彼」の功績だろう。

 

 悩める者の隣に寄り添い、手を携えて困難に立ち向かい、神の偉業をたたえつつ民の心の安寧を祈る姿はまさしく神の使徒といえた。


「お前みたいな乱暴もんが、神官だなんて信じられるか、このすけこまし―!」

 端正な顔立ちの「彼」はそのしなやかな肢体もあってか、大層もてた。孤児院の女の子たちはみんな「彼」のとりこだった。

 ほのかに恋心を抱いていた少女に振られたのも、今となってはいい思い出だ。……やせ我慢ではない。

 

「おお神よ、この者の暴言をお許しください……」

「いだだだだだだ! こ。こんの、どっちが乱暴もんだっ」

「おお神よ、聞くに堪えない暴言も、きっとあなたがもたらした試練なのですね。ええ、わたくしは耐えます。耐えて見せますとも」

「き、きーけーよー、この!」

「ふふふふ、この暴言も、あの罵倒もそして降りかかる火の粉も! 神のもたらした試練だと思えば、何と香しく芳醇なものでしょうか!」

「馬糞だけどな! くらえ! 馬糞バクダン! あっ! よけんなー!」

「おお、神よ。この試練、わたくしは甘んじて受けましょう」

 笑顔で素早く仲間の背後に回り込むと、まとめて私達を締め上げ……コホン。抱きあげてくれるのが、日常だったのです。

「思いっきり報復してんじゃねえか! 非暴力はどこ行ったー!」

「フフフ。小鳥のさえずりが聞こえますね、わたくしの慈悲を感じ取って謳いあげているのでしょう! さあ皆さん、神に感謝し、いのりましょう!」

「ほっぺた、ひねりあげんじゃねえええ!」


 巷で歌われる、神官像とは確かにかけ離れてはいるけれど、等しく慈愛に満ち満ちた存在ではあった。……たぶん。


「おやおや、みんな馬糞まみれではないですか。いけませんね、清潔に勤めることも神への奉仕となるのですよ。さ、お湯を沸かしてみんなで綺麗になりましょう」

「だれが馬糞まみれにしたんだよ、この!」

「その言葉そっくりお返しいたしましょうね」

 べちゃりと頭のてっぺんに馬糞がなすりつけられた。べちょりと頬を落ちていく物体に子供達が固まるのを「彼」はいつも楽しげに見ていました。


 ―――――私たちは無学ゆえに知らなかったのです。


「さあ、お風呂に行きましょう」

 ゆったりと優雅に裾をさばき、歩き出すあの方が纏う緋色の衣の意味を。

 慈愛に満ちた濃藍色の瞳と、さらりと揺れる紫の髪の意味を。


「彼」が、聖国ユークリッドにおいて、神殿長よりも国王よりも、高位に当たる存在だという事を。



 *****


「緋色……」

「まさか、お前があの方と言うのはユークリッドの聖神官のことか?」

 ガイコツさんのお話が一段落し、一息入れるのかと思ったら、おかま店長とギルド長が驚きを隠せないようです。

 YDS、人の勢力図に疎いので、緋色の衣のどこら辺が驚き処なのか、さっぱり見当がつきません。ちなみにレジオンさんも見当がつかないみたいで、おろおろとおかま店長とギルド長を窺ってます。なかーま。


「……緋色の衣を許された神官は今代にたったひとりだぞ」

「金の神像を持ち出せる者など、数えるほどしかいないが、まさか、ユークリッドの聖神官が、ミルーシャ様を陥れたというのか」

 おかま店長が顎に手を当てて考えている。

「俗世に関わらずが聖国ユークリッドの教えじゃないのか? たしかに最近はずいぶんと間口が広くなっていたが、あの方とミルーシャ様につながりなんぞあるはずが……大体知り合うにしても結構な年の差だぞ。親子ほどの年の差だ」

 ギルド長もまた考えていることを口に出して、整理しているようだった。

「なあ、ミルーシャ様の母君は聖国出身だぞ。……身内ってことは?」

「確かにないとは言い切れないが、ならばなぜ」

「結果としてミルーシャ様は陥れられたことになったが、こいつらの言い分じゃ、本来は迎え入れる予定だったんだろう?」

「そう、だな」

「じゃあ、髪の色はどう説明する? ミルーシャ様の母君はミルーシャ様と同じ色合いだったぞ」

 ほうほう。それは金髪碧眼ってことですね?

 ではありえないという事でいいのかな?

「聖国の聖神官にとって髪の色は重要な意味を持つだろう。始まりの大地に降り立った大地の神ユークリッドと同じ紫紺の髪、濃い藍色の瞳であることが重要だったはずだ」

「髪の色なんかどうでもいい。要は魔力量だ。当代Sランクのハンターですら敵わない実力者だぞ。なんせ、従わせている魔獣の数は数え切れないという、あの噂の」

「ああ、異色の経歴だな。魔獣ハンターで、史跡発掘家で、古代魔法の探究者。生きた伝説だよなあ……」

 少しあこがれる、とおかま店長が呟いた。

「そうそう。彼が半生をかけて収集したという聖神殿で管理されている魔獣軍は、人が築きあげた軍隊よりよほど、秩序正しく使役されている、と…………」


 ふんふんと聞きながらうなずいていたYDSの頭の上に、三者三様の視線が集まり、沈黙が落ちた。

 静寂が重い。

「あの?」

 な、なんでしょうと、彼らを見上げたら、また三者三様にゆるゆると首を振られた。なに、そのYDSの軽い扱い。むきー! 下等生物のサガに従って尻尾巻いちゃうじゃないのー!


「ないな(アムネジアが使役する魔獣の出所が聖国とかありえねえし、ハッハー、アカガネともあろうものが耄碌したわー)」


「ええ、ないわね(このポヤポヤの血縁者にあの偉大なる探究者の名前が連なってるかもしれないなんて、考えるだけでもおこがましいってものね。まあ、確かに気が利くし、一所懸命で健気なところが可愛いと思……げふんげふん)」


「ないない(まー確かにはじめはミルーシャ様に似てると思ったけど、このあり得ないうっかり加減とか、おまぬけ加減とか、全身全霊でミルーシャ様に謝れって詰め寄るレベルだもんなー)」


 何事かをそれぞれに考えて、ふと目を合わせた三人がそれぞれ、にやりと笑い合った。

「「「あははは!」」」 

「……なんか、納得いかないんですけど……」

 分かり合ってるぜ、俺達☆って雰囲気を醸し出してる三人組を前に、YDSはむっとした声を我慢できなかった。

 ねえ、てんちょー。

 地団太ふんでいい?



……残念な描写ありっていうタグがどうしてないんだろう……?

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