下等生物は悪魔の存在を知る
どや顏で治療だと言い切ったら、おかま店長に頭ぐりぐりの刑にされました。そんな私は、やればできるスライム、YDSです。
おかま店長も、レジオンさんも、商業ギルド長とゆかいな仲間達も、みんなぽかんとしていたけど、彼らは別のガイコツさんを連れ帰っていた。ガイコツさん一号をはじめとするならば、ガイコツさんは総勢三名。これは多いのか、少ないのか、それとももうすでに立派な骸骨になっていたから、連れて来なかったのかもしれない。
チビスラ達に命じて、連れて来られたガイコツさんの治療にかかる。
「……で、なんでこいつが簀巻きになっているの?」
腕組みしたおかま店長に直球喰らった。
「えー……と」
YDSの顔みたら、舌噛んだなんて言っていいのかなあ……。
「おい、アムネジア。こいつの口に突っ込まれているカラフルなブツ、見間違いじゃなけりゃあ、ご禁制の危ないキノコじゃないか?」
商業ギルド長はカラフルなブツをガン見しながら、聞いてくる。
あはは、やだなー。
「ギルド長ったら、ご禁制だなんて人聞きの悪い。ちょっとばかり良い気分になれて、すこーし聞き分けが良くなるだけのキノコですよ。たまたま手に入ったので猿ぐつわ代わりにしてるだけですよ」
えへっと可愛らしく笑って見せたら、ギルド長にうわあって顔をされた。
「容量間違えたら、あっという間にあの世行きだろうが……」
呆れたような目で見ながらぶつぶつ呟いてるギルド長に、ぷーっと膨れる。
YDS悪くない。
全力で生かそうと必死になってるのに、協力的じゃないのはガイコツさん本人なんだからねー!
「小娘?」
「だって、店長。こっちが必至で治療しようとしてるのに、全力で抗おうとするんだもん! いかなひーちゃんでも、死人は治せませんよ? 治療に非協力的な患者さんをおとなしくするには、これが一番なんですー!」
私の剣幕に、今度はギルド長がたじたじとなった。
だいたい、死なれちゃ困るのは商業ギルド長のほうだろう。
「あ、ああ、すまない、アムネジア感謝しているぞ、本当だ」
「そうだな。今のはアカガネが悪い。毒も薬も扱う人間の匙加減だ」
「ああ、そうだな……」
困ったような顔でこっちを伺うギルド長に、珍しくおかま店長が釘を刺してくれた。
その通り。ご禁制のカラフルなキノコだって容量用法を守って使えば、立派な薬になるんだからね!
そう! ほらほら、よく言うじゃない。
毒をもって毒を制すって!
…………あっ。
ど、毒じゃないヨ? これっくらいの毒なんて、YDS的にはおやつだから! ちょっと苦くてちょっとばかりピリピリきて、少しばかり(涅槃に)トリップ出来るってだけの、カラフル美味しいキノコだから!
…………うあ、やっべっ! ガイコツさんたら、アンデッド枠じゃなくて人間枠だった!
慌ててぽーちゃんに念を送って、キノコの毒を少しばかり多めに中和してもらう。
心音、オッケー。脈拍、オッケー。やべ、やべ。
でもさ、衝動的に死にたくなるなんて、何に嫌気が差したんだろうね、このガイコツさん。
いい大人が死のうとするには大層な理由があるだろうに。
私の顔がよほど怖かったのかな。こんなに可憐なのに。
むにーっとほっぺたを伸ばしてみる。伸びか? 伸びが足りないのか? 脊椎動物のほっぺた、遊びが少ない。
そんなことを考えながらおかま店長を見上げたら、眉間にしわを寄せた店長が目を閉じて、やれやれと頭を振った。
「少し精神が不安定だったようなので、リラックスしてもらおうと思ったんです。それにほら、彼はスライムに慣れてないし、下手に暴れてうっかり美味しく消化吸収されたら寝覚めが悪くなるでしょう?」
溶かされてたら、主におかま店長がドン引きする。
「……ああ」
まあ、精神安定を図るのはおかま店長たちも一緒だ。心も身体も整理が必要。
有益な薬草採取のはずが、一気にきな臭くなってきたもんね。
気分は二泊三日のアウトドアピクニックだったのに、いつのまにか救命救急24時だもんな。
「せっかく助けた命です、しっかり生きてもらわないと。……せめてギルド長の尋問が終わるまでは」
あとはまあ、風の吹くまま気の向くまま。ガイコツさんの心次第だ。
毒を程よく操作しながらの尋問なので、治癒術を行使していたひーちゃんからぽーちゃんにバトンタッチ。ぽーちゃん監修のスライム点滴の場に、ギルド長が腰を下ろした。
ガイコツさん一号から三号の途切れ途切れの話しを聞いて、さらさらと書き留めている。カラフル美味しいキノコを自在に操るぽーちゃんたら、じつに優秀。
YDSとしてはとても気になるのだが、ニコニコ笑顔のギルド長が壁となって近寄れなかったので、ぽーちゃんに意識を同調させてみた。
主に話を聞いているのは初めのガイコツさん。ぽーちゃんの点滴が効いているのか、ぼんやりとした顔で答えている。
「……ミルーシャ様、捜さなければ……捜して……、あ、あ、赦し、て、ミルーシャ、さ、ま……」
ギルド長とおかま店長、レジオンさんの視線が交差する。
HA HA HA!
やっぱり豹変の原因はYDSか。
ミルーシャ様ねえ……。あん時のうんちゃら国の外相夫人もそういってたけど、こちとら記憶も記録もないのに、皆さん勝手に「ミルーシャ様」の影に怯えて暴走してくれちゃうんだもん、人騒がせな事。
「なぜシードレイク領へ入ろうとした?」
ギルド長が淡々と尋問を続けていた。しかもミルーシャ様の名前が効いたのか、おかま店長とレジオンさんの意識はガイコツさんに釘付けだ。
「……ミルーシャ様が生きていたと……だから、捜しに……捜して……それから…………死ななければ、私は死ななければならな……」
ガイコツさんはそのまま押し黙った。カラフル美味しいキノコの力ではここまでらしい。
「……死ぬ、ねえ……大方ミルーシャ様の名前の出所はあん時の外相夫人だろうが」
「どこまでもむかつく女だ」
「なぜ死ななければならない? その理由は何だ?」
「――――それは…………」
何回か同じ質問を繰り返すギルド長と、答えに詰まるガイコツさんのやり取りが続いた。
ふうとため息を吐いたギルド長の目が私の上でぴたりと止まる。
あ、はいはい。
ギルド長は無言だけど言いたいことは分かった。だって私は空気の読めるYDS。
ぽーちゃんに死なない程度に薬液増量してくれない? とお伺いを立ててみる。
麻薬成分を多めに醸し出してもらったためか、ギルド長の問いかけに頑なに口を閉ざしていたガイコツさんが、ゆっくりと口を開いた。
「……あの、方の……命令、だ。これは……罰なのだ。見果てぬ夢を見てしまった、罰なのだ」
ぽつりと呟いた言葉はやがて嗚咽にかき消されていく。
「―――――あの方とは、罰とはなんだ」
ギルド長の問いかけに、毒によって、歯止めがなくなったのか、ガイコツさんは比較的素直に話し出した。
「あの方は、あの方だ。御名を口にするのも恐れ多い。罰はこの件に関わった聖国ユークリッドの神官に対するものだ。私たちの行いが、ミルーシャ様を追い詰めてしまった……」
「ユークリッドは陣の効力を軽視していただろう? 魔獣に対する唯一の対策は、聖国に属する神官の祈りだと豪語して、ミルーシャ様の魔石工学論に見向きもしなかったじゃないか!」
反応したのはおかま店長だった。
「嘲笑っていただろう。神威を持たぬ非才の国の悪あがきよと。成功例として学会に提出した論文に難癖付けてきたのもユークリッドだった」
レジオンさんがおかま店長に確認するように続ける。
「……魔石工学論が普及すれば、お布施が減るのは目に見えているからな。聖国にとっても死活問題だ」
「生臭坊主の遊興費の間違いだろうが」
ギルド長の言葉にレジオンさんがさらに悪態を吐いた。
その言葉にギルド長が肩をすくめ、おかま店長が眉間にしわを寄せて頷く。
怒りをまき散らす三人の前でガイコツさん……聖国ユークリッドの神官らしき男が続けた。
「魔石を使った新たな陣と……、それから、あのたぐいまれな人材育成術……。ミルーシャ様を何とかして聖国に迎えようと策を練ったんだ……ナデイルから、何とか奪い取ろうと画策して……」
「馬鹿にしていた技術を? どうやって?」
ギルド長が静かに問いただす。
ガイコツさんは何度か口を開けたり閉じたりしていた。毒による強制力に抗おうとしているのか、罪の意識に苛まされて震えているのか、区別がつかない。
ぷるり、とぽーちゃんがふるえた。
やがて、一つ大きく息を吸い込むと、ガイコツさんはすべてを吐き出すように、話しだした。
「あんな、あんな計画……なぜうまくいくと思ったんだ? ミルーシャ様が断罪されて当たり前じゃないか。ナデイルがむざむざとミルーシャ様を奪われるはずがないのに。それが国というものなのに。なのに、なぜ、我らはあんな計画がうまくいくなどと、思いこんだ!」
「―――――どんな策だった?」
ギルド長が冷静に問いかける。
「孤児院だ! ミルーシャ様が支援している孤児院に、細工をした……。帳簿を……帳簿を、院長室に隠して、祭壇の神像をすり替えて!」
ガイコツさんの言葉に肩を揺らしたのはおかま店長だけではなかった。ギルド長も、レジオンさんも固唾をのんで注視している。
「……神像……どんな形状だ?」
囁くようにギルド長が訊ねた。
「黄金の神像だ!」
泡を吹きながらガイコツさんが叫ぶ。だけど、ガイコツさんを囲むギルド長をはじめとした男達は眉一つ歪ませずに言いつのった。
「もっと詳しく」
「……神像を、漆喰で塗り固めて……無骨な石作りの神像に見せかけたんだ。わざと泥で汚して! 誰も見向きもしない、古ぼけて、みすぼらしい姿に偽造した!」
ガイコツさんの言葉に、ギルド長たちがようやく肯いた。
「あれだな」
「ああ、あれだ」
「ようやく、だ。証拠の一端が掴めた」
三人が三様に拳を握りしめた。
「―――きさまのせいで、ミルーシャ様が売国奴のそしりを受けたんだな」
ギルド長の口調は穏やかだが、その瞳は抑えようもない怒りにぎらついていた。
「―――――証言は記録させてもらうぞ。まあ、この自白だけでひっくり返せるとは思わないがな。ただな、今この国に来たのなら、なぜあの時出てこなかった? ミルーシャ様が投獄されたことはあの時、各国に知らせただろう? シードレイク領の嘆願要請を知らねえとは言わせねえぞ。あれに耳を傾けてくれる国はひとつもなかったけどな。あの頃口をつぐんでおきながら、今頃のこのこと懺悔のつもりか?」
シードレイクの助命嘆願はことごとく無かったことにされた。
商業ギルドの建物は封鎖され、当時のギルド長は獄死した。表立って動いていた冒険者アカガネとイーニアスは拘束されて王城の牢に、騎士団にいたレジオンとその仲間もまた馬房に縄で拘束されて転がされた
「ちがう! 助けるつもりだったんだ。 売国奴のそしりを受けても、傷心のところをお助けすれば、ミルーシャ様もユークリッドへ亡命してくれるだろうと!」
「今ならいくらでも言えるよな」
「ああ、そうだな。間に合っていたら今頃きさまの思惑通り、ミルーシャ様は生きて貴様の国に身を寄せていただろう」
「信じてくれ、ミルーシャ様に引き合わせてくれると約束をして……約束したから、言われた通り細工をしたんだ。ナデイルと袂を別つためには必須だと説得されて、従ったんだ。魔獣の持つ魔石を基点に陣を形成する方法を発表した場所で、アンジェ様が、聖女様が! きっとうまくいく、万が一、囚われても、すぐに助け出すから、心配ないと! 亡命の手助けもするからと! ミルーシャ様だってユークリッドの熱意を知れば無下にしないだろうから、と!」
「アンジェ!」
「聖女を語る、あの売女! やっと! やっと尻尾を掴んだ!」
おかま店長とレジオンさんが叫ぶ。
でもギルド長は難しい顔のままで、ガイコツさんに詰め寄った。
「だが、救いに行かなかった! そこまで言っておきながら、なぜ、助けに行かなかった?」
「そ、れは……助けに行ったんだ……我らがそこに向かった時……ミルーシャ様は微笑んで、あの方の隣で……微笑んでいられたから……」
「それは本当にミルーシャ様だったのか?」
ギルド長の声が、低く響いた。
ガイコツさんの落ちくぼんだ眼が遠くを見ていた。ひくり、と喉が鳴る音がした。
「う、うああああああああああああっ! あれは! あの女! あの女が!」
「―――――入れ替わりの悪魔」
おかま店長の声が重く、低く、空気に溶けていった。
******
「アカガネ、三年前とは訳が違うぞ。今や立派な王子妃だ。凶人の戯言でその地位が揺らぐはずはないぞ?」
「……ああ、そうだな。ちゃんと証拠を集めなければ」
「ではこれからどうする?」
「……まあ、狂いかけとは言え、立派な生き証人だ。しかも、聖国の元神官。しっかり養生してもらおうじゃないか。それから、イーニアス、魔石を基点に陣を構築する術を完成させたのは三年ほど前だったな?」
「魔石を使う事に気が付いたのはもう少し前だもんな。五年……六年前か?」
「ああ、そうだな」
おかま店長の眼差しが宙を彷徨う。過去を思い浮かべているのだろうか。
ギルド長がおかま店長の首を掴んで、ガイコツさんの真ん前にずいと押し出した。
「ミルーシャ様の推薦で陣の解説をしている学生の中にこの顔はあったか?」
「よーく見ろよ。この女顔だ。見間違えるはずはないだろう?」
「アカガネ! おい、こらレジオンまで!」
「ああ、黙ってろ、イーニアス」
レジオンさんまでおかま店長の背中をぐいぐい押している。ガイコツさんの眼差しがおかま店長を見た。少ししてからガイコツさんが首を振る。
「間違いないな? では間違いなく、三年前の国際会議の場だな。それ以前の発表には必ずこいつがいたからな。ほら、思い出せ。研究発表を聞いただけで、ミルーシャ様と本当に面識がないのだな?」
「……遠目でミルーシャ様の姿を見た。とても素晴らしい魔石工学論で、聖国でも実現できれば、飢える民も、弱る民も、減少するだろう、と。なんとかして、彼女に、近づきたいと話してい、て……、聖女が……アンジェ様が、声をかけてきた。ミルーシャ様は私財を投げうって平民達に学び舎の門を開いたため、資金繰りに困っていると、支援を持ち掛けて、スポンサーになればいいと、そう教えてくれた。でも、ミルーシャ様の生家は司法を司る厳粛な一門で、他国の支援を受けることは国の面子をつぶすことになるから、表立って受け入れることはできないのだと、だから……橋渡しをしましょうかといわれ、て……」
「……それで、金をわたしたのか? アンジェに?」
「ああ、そうだ」
「証文は?」
「ない……」
ちっとギルド長が舌を打った。あの狡猾な女狐め、とレジオンさんが低く唸り声をあげた。
ぼんやりとした表情のガイコツさんは、そんな二人の顔をゆっくりと眺めて、呟いた。
「ない、が……、支援金を手渡した後に、聖女がミルーシャ様からの礼状だといって手紙を……」
ギルド長とおかま店長のするどい目線がガイコツさんに突き刺さった。
「……思えばなんであんな女の言葉を信用したのだろうな。舞い上がった私の浅はかな行動が、ミルーシャ様に売国奴のそしりを受けさせてしまった……」
後悔のにじむ声だった。
呟きながら、ガイコツさんは自分の胸元を探る。がさりと取り出したモノは、およそ三年の時を経て、色あせていた。
「これは……」
「……ああ、」
「イーニアス……」
ギルド長の声に、おかま店長が、レジオンさんが、顔を上げた。
手紙に目を通す三人がくしゃりと顔を歪めた。三人ともに泣きそうな顔で、笑っていた。
「……やっと、だ。これは立派な証拠になる……!」
「ああ」
レジオンさんも、おかま店長の手元を覗き込んだ。
「支援を感謝する。これで新しい研究に取り組むことが出来る。子供達も感謝している……普通の礼状だ。だけど、レジオン、見ろよ、この文字」
「……ああ。これはひどい」
「こんなバランスの悪い崩し文字、ミルーシャ様の手のはずがない」
「はは、こんな、無様な手紙で足が付くとは思ってもいなかっただろうな、あの女!」
「これでユークリッドが金を渡した相手はミルーシャ様ではないと証明できる」
「やっとだ! やっと、売国奴の誹りを覆せる!」
******
三人の追及がなくなっても、ガイコツさんは中空を見つめたままだった。
うつろな眼差しに、少し心配になったので、ぽーちゃんに念を送ろうと動いた時、ガイコツさんの瞳とかちあった。
思わず固まってしまった。
ど、どどど、どうしよう。おかま店長、たすけて。
天敵にロックオンされた感じで、冷や汗をかいていると、ガイコツさんがよろよろと近付いてきて、足元に跪いた。
「……なんども夢を見るのです。ミルーシャ様、あなたに責められ罵られる夢です。信じていたのにと、どうしてのうのうと生きているのだと、私と同じように、おまえも魔獣に生きながら食われて死ね、と……追いかけてくる、今も、そこで私を見ている。見ているのです……」
はい、それYDSですけどねー!
真っ暗な眼差しがまっすぐ私を指していた。
この身体の持ち主があの竪穴に落とされた事を知っているのなら、ここでピンシャンしているYDSは立派な亡霊、悪霊だ。
復讐しに来たと思っても仕方ない。
足元に蹲り懺悔するガイコツさんに、そっと声をかけた。
「怨んでないとは言えません」
まあ、YDS的には、落としておいてくれてありがとうだけどね。おかげで一気呵成に脊椎動物に進化できたし。
でも、とひとりごちる。
落とされたミルーシャ様って人にとって、なかったことにはできるまい。
「だから死なないでください。元気になったら、どうしてこうなったか、みんなの前で話をしてくれると、うれしいです」
そうすれば、この身体の持ち主であるミルーシャ様って人も、浮かばれると思うのだ。
私の言葉にガイコツさんも頷いた。
「……どうしてこんなことになってしまったのか……あの時、我先にと皆が手を挙げたのです。必死だった、ミルーシャ様のために忌々しい女を葬るのだと、誇らしいとさえ思ったのです……」
「ミルーシャ様の為にミルーシャ様を殺したの?」
ええ? それって変じゃない?
ガイコツさんは大きく頷いた。私たちの話し声に、おかま店長たちも集まって、耳を傾けていた。
「あの時、あの場にいた者全てが彼女を拒絶したのです。誰もおかしいと思わなかった。皆、誰一人、疑いもせず、踊らされるがまま、たったひとりを追い詰めた。ミルーシャ様のためにと言いながら、ミルーシャ様を……」
「なぜ、誰も止めようとしなかった?」
おかま店長の声が響いた。
ガイコツさんはそれにかまわず、言葉を紡ぐ。
「私達はミルーシャ様を崇拝していた。尊敬していた! 魔石工学論がなくとも尊敬に値する女性だった。神殿長も! 国王様も! だから何とかして手に入れようと必死になった! あの方だって、そうだ」
「あの方とは誰だ」
「あの方はあの方だ。御名を口にするなど許されない。ただ、あの方は死んでも赦さないといった。わかっている、この私に赦しなどあるはずない。赦しなど望むべくもない。ただ自分も同罪だと言ってくれた……。だからこれが、私にできる精いっぱいの謝罪なのです。私は生きて必ず、証言すると誓います、ミルーシャ様……」
額ずいたまま、山歩き用の粗末な服の裾に、口づける。
「あのかたは……言ったんだ……。同罪だと……。罰を受けるために生きると。何年かかっても、彼女の名誉を取り戻して見せると。……入れ替わりの悪魔の思い通りにはさせないと……言って、くれたから、私は、生きるために足掻くのです……。彼女の魂を慰めてあげてくれと、あの方がこの地への道を示してくれたのです」
「いつ?」
「最初は神官みんなで、祈りを捧げて、でも足りないと、とても足りないと言われたんだ……」
「いつ、誰に言われたんだ」
ガイコツさんに尋ねるも、明確な答えとわかる言葉は返ってこない。
それでも、誰も言葉を遮ることはなかった。
「祈ってもミルーシャ様は帰ってこない。だからせめて彼女だったモノを全部集めようと……血肉を吸った土も、骨も、髪の一筋でさえ、残らず集めてこようと、皆で国を出たのです」
「国中を歩いたのか」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、ガイコツさんは頷いた。
「……それがミルーシャ様に対する償いとなるならば……」
ガイコツさんの真っ暗な眼から、血の色の水が流れた。それはそうだ。身体はとうに干上がって、流す涙はないのだろう。
「けれども、私達の覚悟は遅かったのです。遅すぎた……」
息を呑む音がした。
そんな私達を尻目に、ガイコツさんは淡々と言った。
「……あのお方はもう既に狂ってしまわれた。私たちが、民が、そうした。そうしてしまったのです……」