下等生物は有能さをアピールする
青黒の大鰐の大きな口から、人というよりは干からびた、生気の無いガイコツさんがこんにちはしてました。
ひええええっと飛び上がった瞬間に文字通り、意識が飛んだ。
こんにちは、皆さん。やればできるスライム、YDSです。
「これは……」
うひいいいい、てて店長っ! ガイコツさんは道端でひっそりとおとなしく黄泉路に旅立っていただいた方が、心の平穏、今、涅槃ってやつでないかな!
顔色を変えて大鰐のアリ―に近づいたおかま店長に、飛んでた意識を根性で戻す。
「さ、触っちゃだめですよ。お腹の中にガスがたまっているかもしれないし、傷口に触れたら大変です。病原菌の塊なんですよおおお、いつ、どこで、どのようにして亡くなったかわからないご遺体には、腐肉もおいしく楽しく頂けちゃう魔獣ならともかく、柔で脆くてすぐ死んじゃう人間は触れない方が……」
「小娘、殺すな」
「……フヘ?」
「生きている。立派な死にぞこないを、ご遺体呼ばわりするな」
……。
………………あ、うん。
でもYDS、死後感染症に対する知識を口にしてただけで、おかま店長ほど毒舌じゃないよ。なんなの「立派な死にぞこない」って……。ガイコツさんがガイコツじゃなく、まだ人間の範疇内だってだけじゃないか。
見るからにご遺体だけどな!
あんまりなお言葉に、商業ギルドのハンターの皆さんも、うげーって顔をしている。
本当に生きているのかしらん、とほっぺの辺りをつんつんしてみたら、おかま店長に止められた。
「……死人でないだけでどんな病を持っているか分からないままだ。自分で危ないと言ってるそばから触れるな。……治癒術つかえるスライムがいただろう。とっとと呼び戻せ」
「はぁい」
じゃあ、視覚の暴力的になんだから、ここにおろしてねと、大鰐君にお願いする。
お昼用に敷いたピクニックシートが、その瞬間トリアージの場になった。タグの色は何色ですか?
それからヒールスライムのひーちゃんに思念を送り、ついでに聖属性スライムのせーちゃんも飛んでおいでーと声をかける。
うぬぬう、ポイズンスライムのぽーちゃんも呼ぶべきか?
どのような経緯でガイコツさんが立派なガイコツさんになったのかわからないからなあ。
病か、呪術か、はたまた毒か。
故意か、偶然か、はたまた単なるうっかりさんか。
うん。うっかりさんだといいな。うっかりで死にかけるとかどんだけだよーって、いじり倒して終われる。
……うン。そんなわけないだろうって、YDSだってわかるけどね。
すこしして、頭のてっぺんにぽよんっと柔らかな感触が降り立った。
ぽよよん、ぷよん、と揺れ動く、魅惑のぷにぷにボディ、ヒールスライムのひーちゃんだ。
「おつかれ、ひーちゃん。さっそくだけど、このガイコツさんの全体を走査してくれないかな? どこが悪いのか知りたいの」
ういー。がってんしょうーちのすけー、とばかりに、ひーちゃんがぶわりと「開いて」ガイコツさんの身体を包み込んだ。
うーん。なぁんて艶めく種族行動。胸がきゅんって高鳴るわー。どうする、繁殖しちゃう?
でもやっぱり、魔獣の身体の中に収められるって恐怖の源らしくって、ハンターの皆さんがドン引きしている。まあ、レジオンさんは見慣れているからか平気な顔だけど、商業ギルドのギルド長は、目をらんらんと輝かせて、興味津々に見入っている。
見世物じゃないのに、もう。
そういえば、一等最初に施術を施そうとした、ご近所の麗しマダムの皆さんたちにも驚かれて大騒ぎになったっけ。
そんな治癒術行使のスキャンダラスで、一見するとデンジャラスな一面も、今じゃあ、すっかり町の日常風景だけどね!
私もうっかりすると、昔、あんな風にご飯を取り込んで野生の証明してた事を忘れちゃうの。
脊椎動物らしい食事方法に変わったからかな。
でも今日のこの、ロケーションといい、緑かおる山の原風景といい、奥底にある野生を呼び覚ましてしまうかもしれないなぁ。
一応、釘刺しとこ。
「ひーちゃん、調べるだけだからねー」
食べちゃダメだぞ☆
****
薄い膜となったひーちゃんは、ガイコツさんの身体の表面でうぞうぞと動いていた。
にゅーむ、うにゅーむと、ガイコツさんの体表でさざ波を起こしたあと、ぽちゃんっと元のラブリーな姿に戻った。
ふはあああああ、癒されるうううう。
「どうだ?」
「どうかな?」
おかま店長もひーちゃんの姿を覗き込む。
私は、ぽよんぷよん、ぷよよよよっと震えるひーちゃんの言葉に、耳を傾け、通訳した。
「ふーん。衰弱しているのは単なる飢餓状態かららしいですが、嗅覚に異常があるみたいです。なんだか、呪術っぽいって言ってます」
「嗅覚に対する呪術? なんだそれは」
「さあ?」
鼻の機能をマヒさせる呪術なんて聞いたことないや。呪術っていうのはもっと大々的に相手を呪い殺す勢いで、魔物の内臓やら血潮やらでべったりと描かれるおどろおどろしいものでしょう?
鼻をマヒさせて何の得が……。
「嗅覚をマヒさせる……? 魔獣よけなら有効な手だが、なぜ人に?」
……人族にはあるらしい。
魔獣よけかー。避けられる方だったから気が付かなかった。
そんなことを考えていたら、ひーちゃんが一所懸命ぷるぷるしてた。
「ん、なになに?」
「まだあるのか?」
「ん、えーと……。旅人が使用する魔獣よけじゃなくて、呪術を使った嗅覚異常ですって。嗅覚を刺激する呪術を媒介にこの人間に幻覚を見せて、山中を彷徨わせてるんじゃないかって……それぐらい強い悪意を感じるって」
「ではなおの事、助けなければなるまいな」
重々しく告げたのは商業ギルドのギルド長だ。
「アカガネ」
「シードレイクからそう離れてもおらん、こんなところで、好き勝手に呪術を使われたらかなわん。すまないが、治療を頼むぞ。今のところ施術料は商業ギルドが持つ。とにかく、生かして有益な情報を掴まねばなるまい」
言外に絶対に殺すなよ、生かして理由を聞いたら、呪術師取っ捕まえて、きっちり払うもの払わせるから頑張れって聞こえた。
たぶん、空耳じゃない。
「アカガネ、周辺をもう一度走査しよう。まだ、被害者がいるかもしれない」
「そうだな……お前達も、分かっただろう、散会して索敵しろ。敵は呪術師だ。惑わされるなよ」
即席医療現場で、聖属性のせーちゃん監修のもと、治療を行うことにした。
せーちゃん主導で呪術を無効化しながら、ぽーちゃん監修の滋養強壮の薬をスライム点滴。
ふふふー。もちろんそれだけだったら、誰でもできる。
体表に取りついて、細い管を体内に差し込むでしょ? 吸い上げた血液をスライムの体内に取り込んでー、その血液から悪い物を分離させてー、精製された綺麗な血液をー、またスライム点滴で体内に戻すのねー。
下等生物の深層心理のどこかで、ジンコウトウセキという名称で呼ばれている、ぽーちゃん渾身の大わざです。
よーしよーし。
大技を行使した結果、患者さんであるガイコツさんは、見事に目を覚ました。
頬のこけた顔に生気が戻り、喜び舞い踊るチビスラ達を見て、目を白黒。
うん。わかるわー。どうして生きているのかと、自問自答しているんでしょうねー。
おそらく、目を覚ますことはないと覚悟して、目を閉じたのだろうし。
そして彼は私の顔を見て、驚愕に目を見開くと。
「ぐっ」
舌を噛んで死のうとしたのだ。
****
「ひーちゃん、治癒! せーちゃん、対精神安定! 麻薬効果上げていいから、ぽーちゃんやっちゃって!」
とっさに、チビスラ達に指示を飛ばした私はやっぱりYDS。
そうたとえ……。
うわ、やっべ、やっべえって慌てていても、おくびにも出さない、やればできるスライムなのだ!
「……少しくらい麻薬成分多めでいいからねー。ガッツリ嗅がせてやんな! ふいー、スライム点滴外さなくてよかったー。商業ギルドのギルド長に、あんだけ殺すなと言われておきながら、死亡させちゃまずいじゃんよねー」
よっしゃ。簀巻きにしてしまえ☆とばかりに、大蜘蛛さんに頼んで糸を吐いてもらった。
ぐるぐるだ。
そのまま、チビスラ達に癒されながら、おかま店長たちの帰還を待つことにした。
ほっこりぬくぬく。六足熊に集めてもらった薪に火をつけ、お湯を沸かして。
お茶を煎れて飲んでいると、レジオンさんを皮切りに次々と帰ってきた。
ガイコツを担いでいるもの、いないもの、それぞれだけど、焚火の光にほっとするはずのハンターさんですら、簀巻きで転がされてるガイコツさんを見て、足を止めた。
「……小娘……」
「必要な治療方法ですよ?」
やん、そんな目で見ないで。