下等生物は従魔にふりまわされる
……さて、当初の予定ではその日の午後にはおかま店長と薬草採取へ赴くはずだったが、思わぬところから待てがかかった。
三日も店を開けるのは反対だと一致団結した、ご近所の看板娘の皆さんと、最近、顧客になってくれたお得意様の旦那衆だ。
説得に苦労するおかま店長の隣で、癒しのスライムエステを提供しながら、ふんふん聞き流していた。
向かう先が山を三つほど越えた先なのが、難点だったらしい。
お得意様には後日サービスをするって言ってるのに、看板娘たちが聞いちゃくれない。
おかま店長が完全お手上げ状態だ。めずらしい。
『若い男女が昼夜を問わず一緒に野宿なんてあぶなすぎるー!』
『私があと三十年若ければ―!』
『うらやまけしからーん!』
……と叫んでいる看板娘と旦那衆に対して。
『あんな小娘に手を出すほど私は飢えてない!』
『三十年若かったら私は生まれておらん!』
『私の好みはもっと上品な大人の女性だー!』
……と叫んでたおかま店長。
にらみ合って、ふーふーと威嚇しあってるのは、猫みたい。
まあ、真っ向から戦ったって、ご近所さんに勝てるはずがない。何やかや言ったっておかま店長はお年寄りやお子ちゃまに優しいのだ。
……しょうがないなあ。
そんな店長に加勢するべくぽそっと呟いた。
「毛生え薬に有益な薬草を発見したんで、既存の薬に配合したいんですよねー……。しかもその有効成分、採取してから三十分以内に抽出しないと薬効が失われちゃうんですよー……」
時間が止まった。
愕然とした旦那衆の顔を見渡した。ふふふ、かかったな。
「……ちなみにひーちゃんのお腹の中で抽出、保存した奴でも、一時間過ぎると薬効成分が消えました。薬効成分を抽出したら、即配合が肝らしいんです。薬師の腕というよりは、時間との勝負?」
小首を傾げながら呟いて。さらにとどめを刺しにかかる。
「きっと今までの薬に配合することが叶えば、劇的な変化が訪れると思うんですよ。野生の勘ですけど」
YDSなだけに!
きっとふさふさ間違いなしだね。
一瞬目を見開いていた旦那衆がみんな、掌かえした。よし。
味方が減ってもまだあきらめない看板娘達にも、一声かける。
「もう一つ、気になってる薬草があるんだけどなー。痩身薬と美顔薬に配合したらいい働きをするだろう薬草なんだけど、これも同じく採取と同時に蒸留して油分を抽出しないと薬効が薄れちゃう奴なんですよー。比較的簡単に採取できるけど、店長一人じゃどうしようもないんですー」
考えてもみてほしい。
苦労して山野に分け入り採取した薬草が、持ち帰ったら雑草扱いになるのだ。へこむ。盛大にへこむ。
だから、この薬草の採取依頼は常時依頼で、なおかつ成功報酬が鬼高い。
現地で採取したら即、薬効成分を抽出しなきゃならないのだから、ハンターレベル以外に薬師レベルまで求められるからだ。薬草によっては抽出方法が違うので、薬師レベルが高くないと依頼完了できないという落とし穴がある。
説得に至らなかったおかま店長がきゃっきゃする看板娘の皆さんを横目に、複雑な顔で壁に向かって何かを呟いていた。
なんか、俺の好みはもっと高尚だとか、あんなガキによくじょーするかとか、ぶつくさ言ってる。
それを耳にした私は、思わずにやりと笑った。
大丈夫、おかま店長! すでにあの山脈は魔獣達によって隅から隅までマーキング、もといリサーチ済みの物件だよ。どこに件の薬草が群生しているか、どこに獲物獲得ポイントがあるか、さらにどこで温泉が湧いているかも実はYDSは熟知しているのだ! 浴場確保は遠征に必須だもんね! しかもうちの黒蛇君と、大鰐君が、お散歩途中に野生の証明をしちゃったせいで、あの山脈筋の常在魔獣はすべて配下に下し済み! そこに氷獣と六郎君までそろえば!
無敵!
待ってて、店長!
店長に最高の採取旅行と、最高の癒しの空間を約束するよ! 美肌の湯で、ビバノンノン。
だからそろそろ有能なYDSを称えるがいいよ!
有能な相棒だと、ご近所さんにカミングアウトする絶好の機会だよ!
ほらほら、実は頼りにしてるんだ、とか。
思ってたよりも有能でもう手放せないとか。
さあ。さあさあさあ!
――――きらっきらした目でおかま店長、見上げてワクワクしてたら、片手でアイアンクローかまされた。
ちょっ、足! 足浮いてるからっ!
「あああ、あのあのっ、そういえば夜に強くなる薬草を捜してお薬を作って欲しいって指名依頼が入ってました! 眠気覚ましの薬で良いんですよね?」
「何でもかんでも安請け合いするな」
……だってだって、やればできるスライムだって認めてもらいたいんだよぉ!
店長、目が冷たい! ほっぺつまんでひっぱらないで! 種族特性がうっかり出ちゃったらどうすんのさ!
***
……そんなこんなで、私達はうっそうとした山間のけもの道に立っていた。
期限を三日と区切って、ご近所さんやお得意様にお知らせしてからのやまごもり。アウトドアの準備と並行してお風呂セットも準備した。
ちなみに歩いているのは私達じゃなくて、六足熊の六郎君だ。ムツゴロウじゃない、六郎君。
熊にまたがりお馬の稽古と洒落こみたいけど、六郎君の右肩におかま店長、左肩にYDSという布陣だ。
しかも上脚二本で私達を支え、中脚二本で周囲を威嚇し、二足歩行する熊。
楽ちんなんだけど、視覚的にどうだろうか、これ。
のしのし歩く姿は何というか……森のくまさんという可愛らしさは皆無で、どう見てもバイオレンス枠。殺る気に満ちている。
獲物が初見で逃げてくよ。ふふふ、また、エッジウサギが飛び退って逃げてった。ああ、貴重な夕飯の材料が!
そんな感じで、魔王の行進に付き合っていたら、さっとあたりが開けた。
どうやら薬草ポイントに到着したようだ。
六郎君の上であたりを見渡していると、一足先に降り立ったおかま店長が、私を見て諸注意を告げた。
「まずは目当ての薬草を採取することに全力を尽くす事。常に周囲の警戒を怠ってはだめよ」
「はーい。じゃ、ここで調合できるよう、機材を設置しておきますね。店長も薬草採取したら声をかけてください。調合しますから」
よいしょと、六郎君の肩から地面へおりた。
ここで生きてくるのが、雑食スライム変形型、収納スライム君だ!
説明しよう!
この間のチビスラ進化で、彼はもぐもぐしたものをお腹の中で保管できるようになったのだ。
しかも素晴らしいことに、収納した物体を、種類別に保管する優れ技を獲得していた。
まあ、まだ時間を止めて状態を保存できないので、生物を収納できないというハンデはあるけど、家具の移動なんかは実に楽ちんなのだ。そのうち進化が叶って、状態保存が出来るようになれば、君を収納君と呼んであげよう。
ひょいひょいと吐き出される調合機材を受け取り、設置していると、おかま店長は自分の手持ちの武器を確認すると、二三度首をこきこきさせた。
ん? と見ている私の前で店長がぐぐっと身体をしずめる。
――――と、一瞬でその場から、かき消えた。
え、ちょ、て、店長? と私が驚いてきょろきょろしていると、店長の声が天から降るように聞こえた。
「こむすめ、周りを魔獣達に守らせるのを忘れるな。くれぐれも気を付けて採取に向かうように」
声が森の中で反響するように左右から聞こえてくるので、どこに店長がいるのかさっぱり見当がつかない。これは、まさしく……。
「SI NO BI! なんてこった、うちの店長、忍びだったんだ! いや、待てよ。くのいちか……? 物理的に物が付いてるのは間違いないけど、それでもいいって変態的需要は高いはず。店長のお色気によろよろする被害者はきっと後を絶たないはずだ!」
そう。たとえば……。と私は眼差しを遠くへ向けて呟いた。
「……レジオンさんとかレジオンさんとか、レジオンさんとか―」
「ぶふぉっ!」
途端に右辺で誰かがふきだした。
私はゆっくりと頭を回して右辺の草藪を見つめた。敵はとても上手に気配を消していた。素人さんなら見逃すだろう。
「…………あらやだ。噂をすれば影じゃないですか。レジオンさん、店長の追っかけですね?」
「ち……違うわっ!」
少しからかい気味に煽ると、あっさり暴露してくれるとても素直なお人柄に、YDSとしても残念臭を感じる。本当に大丈夫だろうか、こんな分かりやすくて。
(まあ、見張りだろうなー)
使役する魔獣の性質の見極めと、この国に仇なす存在か、危険思考の有無を調べて商業ギルドは最終結論を出すと言っていた。だから人知れずっていうか、スライムの知らない間に誰か付いてきてるとは思ったけど……。
「レジオンさんったら、気配駄々漏れ。さっきから魔石が警告音出しまくりですよ」
やれやれと、肩をすくめながら告げると、レジオンさんが一気に挙動不審になった。
「駄々漏れ? え、まじ?」
「まじです」
おお。左辺でも狼狽えた奴がいる。うーむ、もう一人は右後方、うちの黒蛇くん(身長約二メートル)に換算すると五体分は後ろかなぁ? あと、たぶんもう一人くらい、いるようないないような。いるよね?
「魔石状態でも危機察知できるのか?」
「できますよ。さっきから、青黒の魔石が警告音だしてますんで、マジ危険です。ちなみに青黒の大鰐君は獲物捕獲スピードと獲物捕獲にかける執念とその食欲は、魔獣達の中でも一、二を争う子です。魔獣の餌は各自で、山の獣もしくは敵対魔獣をと言い聞かせてありますけど息ひそめて隠れていると、山の獣と勘違いしかねないんで、できれば、餌になる前に出て来た方が」
左辺の辺りを指差す。青黒大鰐の巨大な身体は下草のせいで、よく見えないけど、たぶんそこらにいるだろう。下草が生い茂ってると、黒の大蛇の姿も見えない。エッジウサギなんかで満足しててくれるといいんだけどなあ。
「大鰐君なんか、まるで置物になったみたいに微動だにしないんで、近寄ってても大丈夫って勘違いされるんですよねえ」
ぱっかり口を開いた状態で、日向ぼっこしている姿は、一見すると鈍重そうに見えるからね。
うっかりぱっくりやられても、それはもう自業自得ですからね?
弱肉強食、これ真理、と小首を傾げたら左辺から人間が飛び出して来た。
「降参! 降参する!」
「エサは嫌だぁあああ!」
「やれやれ……従える魔獣の質が高すぎて、話にならん」
大慌てで姿を現したハンターらしき人と、呆れたように頭を振るギルド長に私は笑顔を向けた。
「こんな辺鄙なところでかくれんぼですか?」
「はははは。魔獣使いとしての力量を図るには、最適だろう? 魔獣の管理は徹底しているようだし、無駄に人を襲わせないことも確認もできた」
「いつかぱっくりやられても知りませんからね」
「……そうなる前に、きっとアムネジアが止めてくれるだろう?」
笑い皺が色気を醸し出しているギルド長の流し目に、むんと膨れっ面を見せた。
「無条件に信用されても困りますよ」
魔獣達は今のところYDSに絶対服従だけど、いつその関係性が壊れるか、私だってわからない。
勝手に安全だと鵜呑みにして、猛獣の折の中で踊るような真似は控えて欲しい。
「ははは。本当の悪党ってのは、こういう時は任せておけというものだ。なおさら安心した!」
……怖い顔で脅したら、信用されました。
なんでだ。
****
「……なぜ、人員が増えている」
「こっちが聞きたいですよ、店長」
音もなく背後に降り立ったおかま店長が、不機嫌さを隠さずに言い放った。
おどろおどろしい声音に、背中がびゃっと震えた。
ギルド長が良い笑顔で応酬する。
「監視がてら、薬草の補充だ。いやあ、希少な薬液がこうも短時間に生成できるなんて、嬢ちゃんの魔獣達はすごいな!」
やん、もっと誉めて!
そうなの。うちの子達はすごいのよー!
「あっ、そこ! 手を止めない!」
手伝い要員と化した、ギルドの用心棒(ただし性能に難あり)の手元がお留守になっていた。
いくら店長が人外の美しさだからって、見惚れるのもたいがいにしろ。
時間との勝負だと言ってるだろー。
「蒸留したら、この瓶の中身と混ぜて、ひーちゃんにもぐもぐしてもらってね。あ、こっちの毒草の奴は生成したら、こっちの中身と合わせてぽーちゃんに食べさせて、瓶詰めしてね……あれ、見回り終わりにするの?」
せっせと薬草を煎じていたら、傍らにのそりと現れた、青黒の大鰐君。
きょろりとした爬虫類の眼が私を見つめた。
周囲に威嚇と索敵かねて練り歩いていたはずの大鰐君が、その大きな口をかぱりと開いた。
「ん?」
大鰐の口の中に、山中で御目にかけてはいけないものが、あった。
「ぎ、ぎゃあああああああ!」
「こむすめ、どうし、うわっ!」
大鰐が咥えて来たのは、干からび、骨のようになった人間だった。