下等生物は生物としてのサガに縛られる
パチッと目が覚めた。
むくりと起き上がると、顏の上や肩、胸の上からころころころんとチビスラ達が転げ落ちる。
ころろんぶにゅっとつぶれた後で、またよじよじと、私の体をよじ登り始めた。
それを羨ましそうに見ている氷獣と、鰐型魔獣。魔獣達の寝ずの番はローテーションだ。しかし、チビスラ達よ、いつも思うのだが、いったいいつ部屋に入ったんだ?
朝の目覚めイコールチビスラまみれの毎日です。
頭の上までよじ登ったチビスラ一匹が、登頂成功とばかりに胸? を張ってぷるるんっと揺れる。
「むー、なんか変な夢見た気がする……」
いや、よく覚えてないんだけどさ。誰かが叫んでいたような、泣いていたような……?
「うむー? ま、いいよね? だって夢だし。うむ!」
頭の上で「天辺取ったどー」をしているチビスラを右手で捕獲し、ベッドから足を下した。
おはようございます、やればできるスライムです。今日も清々しい一日の始まりですよ!
ベッドの上では、癒しのチビスラたちがぽよぽよしてる。
まずは氷獣と鰐型魔獣に抱き着いて、朝のあいさつ。氷獣は尻尾で私をひと撫ですると満足したのか、魔石に還る。鰐型魔獣の方は、頭をがじがじ、肩をがじがじ、わき腹をがじがじして満足するのを待つ。ひたすら待つ。イテ。イテテ。目玉、目玉、牙刺さってるから! 痛覚あるから、そこはソフトに願います。
顔の半分を血まみれにしながら、ふうと一息つく。ひとしきり懐くと満足して魔石に戻ってくれるので、それをまた懐にしまう。コミュニケーションしないと、魔石の色つやが悪くなってしまうので、割り切ってお付き合いしている朝の流血事情。魔獣ごとに噛みつく部位が違うのはご愛嬌。愛情表現だと思っている。 ……非常食と思われてないことを祈る。
そして魔獣が済むと、赤、白、水色、黄色に紫、漆黒と、各種属性持ちのチビスラ達が待ちかねたように飛び掛かって来るのだ。
そのころには牙が刺さって潰れてた目玉も再生しているし、血まみれの寝具もチビスラ達の良い朝ごはん、血液掃除をかねて毎朝綺麗にしてもらってる。文字通りの自給自足。
朝のあいさつ代わりに順繰りにチビスラ達をもにもにしていく。
おかま店長の店に住み着いたその日から、毎朝繰り返される、恒例事業だ。
ぷにぷに、もにもに、もにゅもにゅもにゅ。
至福の感触に口元が緩むのを止められない。
……嗚呼、これぞ癒し。
うっとりとチビスラ達を揉みこんで癒されていると、チビ達が悶えて何かをプッと吐き出した。
あれ、ぽーちゃんが吐き出したの、治癒効果最大のレアアイテム、聖癒石じゃないか? 色といい艶といい間違いない。ポイズンスライムなのに、聖属性の魔石を吐き出せるなんて、なんてこった、ぽーちゃん!
続いてひーちゃんがぺっしたのは全快石。欠片を煎じて飲めば欠損した部分でさえ生え変わるという、夢の魔石! ヒーラーレベルカンストした魔術師でさえ、ここまでの大きさの全快石は錬成できないはずなのに。なんてこった、この大きさ。
おかま店長なら加工してネックレス辺りにできるだろうか、と考えながらシーツの上に転がる石を手に取った。
ん? その隣で真っ白神々しい聖属性スライムのせーちゃんが、ぴきーんとなっていた。
あれ? と見ているとカチコチになった身体が、光を放ち始め――――光が収まると。
……羽、生えてた。
呆気にとられている私の目線の高さで、ぱたぱたちっちゃい羽を動かしてせーちゃんが飛んでいる。
「せーちゃん……」
私の分身は何時から神の使いになったんだ。
……まあ、皇王様に納品する予定の黄泉がえりの薬を充填しなおしたからかなあ。
毛生え薬や痩身薬、回復薬やらもろもろ混ざり合った中から錬成しなおしたから変化があるだろうと思ってたけど、変わりすぎだよ。神々しいじゃないか。
せーちゃんの天使っぷりにうっとりしていると、足元にぴとっとくっついて我も我もと進化をアピールするチビスラ達。
すごい。火属性のチビスラはまるでルビーのような輝きで、床石を溶かし……あばばば、だ、だめ!
水属性のチビスラはまるでサファイヤみたいな輝きで、室内に水玉……おぶおぶ、おぼれるっ! めっ!
土属性のチビスラはまるでダイヤモンドの輝きで……え? 違う? ヒヒイロカネってなに? 見て見てってぽよぽよしてた身体がしゃきーんっと鋭利になって……ふああっ、壁がなんか、パンみたいにさっくり切れてる!
……うん。ちょっと待った。おうち壊さないでくれるかな?
私の癒しの空間がなんかものすごいことになった。
ざーらざーらとレアな魔石を製造したり、火を噴いたり、水を飛ばしたり、壁切ったり、空飛んだりするチビスラ達。君たち、癒し系だったはずなのに、なんて物騒な進化してるの?
はい、整列!
ずらっと並んだチビスラ達に反省を促しつつ、ひーふーみーと点呼する。
……あれ、一匹足りない……。
「こむすめ」
「はいっ!」
びょんっと私のガラスハートが文字通り飛び出しそうになった。ちっ、また、分離しそこなった。
あわあわと、扉の方を振り返ると、おっそろしくエロい雰囲気駄々漏れのおかま店長が、寝起きの色気満載で扉にもたれていた。やべぇ、十八禁のフェロモンでてる。吐息だけでイケるんじゃね?
「……飼い主なら飼い主らしく、魔獣のしつけを怠るな」
そう言って重々しく目の前に差し出されたのは……。
「ピンクちゃん」
あわあわと手を出した私の両手にポトンとピンクちゃんを落としたおかま店長は、長いエメラルドの髪をかき上げて、睫毛を伏せると、気怠いため息をついた。
おおう。その瞬間ぶわわっと色気が巻き起こる。
負けた。生物としての存在にも、雌としての存在にも負けてる。
「……俺の部屋に、妙なものを、近づけるなと、あれほど、言っただろうに……」
言い聞かせるように区切りながら話すおかま店長の、吐息がピンクだ。一体何をした、ピンクちゃん。
「ごめんなさい、店長!」
へこへこ謝る私の目の前に、茶色のビンを差し出し揺らした。ちゃぶん、と水音がした。
「げっ!」
げええっ!
「……薬の管理も、怠るな。今日は、午後から薬草採取に行くから、小娘も準備しておくように」
「は? 薬草採取に行くんですか?」
だって、納品は済んだはずですよね?
小首を傾げておかま店長を見上げたら、おかま店長が色っぽい流し目で私を見た後、悪どい顔で笑った。
「……た、ま、た、ま、在庫があった薬を納品しただけ、そうだろう? それは「私」の店のお得意様へ対する誠意であって、あいつらの誠意じゃない。た、ま、た、ま、在庫があったから納品しただけだ。だから、足りない分の素材採取の依頼を出すことは当たり前の行いだな。
そして「俺」はシードレイク領のトリプルAのハンターなんだから素材採取の依頼を受ける。もちろんトリプルAのハンターへの採取依頼料が別途発生して値上がりするけど、それは向こうさんの都合で「私」の都合じゃない。そして当然「俺」はハンターとして最高の相棒を同行させるつもりだ。なんせ、護衛の必要が全くない凄腕の「薬師」を知っているからな。そのAランク薬師の成功報酬がほかの薬師のそれより高いのはその薬師のせいで「俺」は関係ないし、もちろん「私」の店はそれに関知しない」
悪い顔であとどれぐらい搾り取れるかなぁと呟いているおかま店長を、見上げた。
生物としての力に満ちている。
YDS、おてあげ!
「じゃ、寝なおす、起こすなよ」
ひらひらと手を振るおかま店長を見送った。
それから、私はおもむろに胸に抱いたピンクちゃんを目線まで抱え上げた。
「……ピンクちゃん、あんまりおかま店長で遊んじゃだめよ?」
てへっみたいな雰囲気でごまかそうとしたって、だめ。
例の危ないお薬は当分持ち出し禁止だからね?
……まあ、人間のエロい気分を盛り上げて、大好物の精気をたくさん取り込みたいのは分かるんだけど、あれでおかま店長、自制が効くから、かえって周りが大変な目に合うんだよ?
主に、YDSとか。YDSとか。YDSがね。
スライム使い荒いのよ、しくしく。午後の薬草採取ツアーが過酷なものにならないことを祈るだけだ。
***
「イーニアスはいないのか?」
「午前中、お休みなんです。午後から薬草採取に向かうので、ご用件がありましたら、お話しお伺いいたしますよ?」
「……いや、昨日の奴らの証言の控えを持って来たんだ。照らし合わせがしたくてな」
午前中、御予約のお客様に施術をしながら、店番していると、レジオンさんがひょっこり顔を出した。
おかま店長は後で店に顔を出す予定だと伝えると、レジオンさんが頷いた。
とりあえずお茶の用意を、と思って振り向いたら、大蜘蛛さんが茶器の盆を、糸でくるんで持って来てくれた。
若干引いた感じのレジオンさんにかまわず、笑顔で受け取る。
魔獣ハーレムの構成員達は、昨日の事件があったので、これからは影に隠れて護衛するのを止めたようだ。実際昨日の現場にも魔獣はいたのだが、威嚇にならなかった。なんせ昨日の当番はピンクのネズミさんだったので。あっ、あんまりいうと、いじけるあまり、つがいを捜して一大家族を作ろうとしちゃうから、あんまり責めないで上げてね? 数の暴力に訴え出て、国家消滅しちゃうから。
「アムネジア。昨日は大変だったな。ケガはないか?」
「ありません、皆さんの尽力のおかげで平気です」
主なケガは毎朝のスキンシップで受けてますけど、何か。
「何か、思い出したことはないか? あの大騒ぎした外相夫人に見覚えは?」
「ないです、すいません」
顔も名前も分からない人に、あれほどまでに言いがかりを付けられるんだから、この身体の女性は一体何をしたんだろうかな、と思うけど。
「ミルーシャ様と呼んでましたけど、それが自分なのかと言われても、実感がないというか」
別人というか、別スライムなので!
「そうか。だが、今後ああいった客が増えるだろう。この店の商品価値は高いから、外国の要人の耳に入りやすいのだ。そして、ミルーシャ様は隣国ナデイルの侯爵令嬢で……俺たち孤児の先生だった人だ」
「ええ? 店長とレジオンさんの先生ってことは、ミルーシャ様って、けっこうお年を召していたんですか? あのご婦人見る限りでは、二十代前半くらいに見えますけど、あれって結構頑張って若作りしてますよね?」
例の外相夫人、三十代後半から四十代と見たんだけど。ううむ、ミルーシャ様ってば年齢不詳ー。
「ばっ……、ミルーシャ様は齢七つでナデイルにおける貴族子息の学園の学習を修め、十歳の誕生日に自治領の学園を研究施設として父にねだった才媛だ! あんな若作りの色ボケババアと一緒にすんなぁっ!」
怒られた。
「……うるさいわね、朝っぱらから営業妨害かしら、レジオン」
「あ、てんちょー」
「イーニアス」
「小娘。目覚めにふさわしいお茶。レジオン、おまえはこっちだ」
おかま店長、存在が怖い。
ほいほいと指示に動いてしまうのは、やはりしがない下等生物のサガなのか。いいや、おかま店長の生物としての資質が上すぎるからだ。決して、尻尾を巻いてるわけじゃない。腹を出して降参ポーズを示してるわけじゃないんだ。
あ、ありがとー、大蜘蛛ちゃん。
するすると天井から銀製の茶器セットが下りて来たので受け取る。
ひーちゃんがぷよぷよしながら、水を出してくれ、火属性のスライム、命名ルビーちゃんが、一瞬で沸騰させる。ヒーリング効果大の聖水でお茶を煎れるなんて、YDSはやはりYDS。有能!
あ、でも、エッセンス代わりに危ないお薬垂らさなくていいから、ピンクちゃん。おかま店長とレジオンさんがくんずほぐれずでアーな事になったらどうするの。……濃い精液は望むところだって……コラ。
*
「小娘には余計な情報を与えるなと言っておいただろう」
「だが、どうして襲われるか分からなければ、対処のしようがないだろう」
「……まだ、見極めが終わってない。今日の遠出が最終確認だ。ギルド長も付いてくると言っていた」
「……お前、まだ疑ってんのか。裏を取ってみたが、どこの国とも繋がりはなかっただろう。失踪届も出てない。裏も、表もだ。研究所で秘匿された魔獣使いかと各国実験施設も探ったが、めぼしい成功結果はなかっただろ。お前も研究施設の血生臭い現場を見ただろ? かろうじて自我が残って生き残ってた個体だって、ギルドで集中管理されてる。あれはどう見ても、生み出したはいいけど精神を縛る前に逃げ出した個体だ。少しばかり使役している魔獣がレアで、本人が現状を分かってなくて能天気すぎるけど、四六時中一緒にいるお前の方がよく分かっているだろう、あの子は、魔獣使いでスライム使いなだけの、普通の女の子だ」
「…………魔獣使いが普通の女の子のはずあるか」
「あーまあな。だけどアムネジアはミルーシャ様じゃない。周囲に溶け込もうと必死だし、喜怒哀楽ははっきりしてる。しかも、次期王妃と目され、貴族令嬢の模範と言われたミルーシャ様があんな大口開けて笑うかよ。まあ、あの顔を見て罪悪感や恐怖から襲ってくる敵をたたくには良い囮だけどな。あのままでは躱せる痛みすら躱せないままだ」
「……分かっている……だから小娘の周りを極力守っているだろ」
「まあ、お前の魔方陣と、魔獣達ががっちり固めてるからなぁ。手なんか出せねえのはよくわかってるよ。だから引っかかるのが、敵さんだけだというのも承知している。ようやくおびき寄せることに成功したんだ。しっかりした証拠を押さえて、ナデイルに突き付けてやりたい。ミルーシャ様を殺した奴らに報いを受けさせなくては、寝覚めが悪い」
「ミルーシャ様の名誉を取り戻して、彼女の功績をしっかりと歴史書に書き留めさせる。ナデイルは潰さない。後世まで存続させて、王侯貴族の生き恥を晒し続けてやる」
「大国ナデイルではなく、愚か者の国ナデイル、か?」
「そうだ。底辺を彷徨えばいい。どんなに抜け出そうともがいても、俺がそれを許さない」
……なんか深刻そうな顔して、話し込んでいる二人の話に、動けなくなってしまった。
こんにちは、客室に入れず入り口で困っているYDSです。
うむ、なんか裏でいろいろやってるだろうとは思っていたけど、思ってた以上に殺伐としていた模様。
しかし目下の悩みは。
どうしよー、お茶が冷める。




