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下等生物は分身を愛でる

「レジオン、か。……」

 剣を遮ってくれた、命の恩人に向けたおかま店長の表情は、それはそれは不満顔だった。

 少しぐらい隠せ。

 ついでに、店長が続けて呟いた言葉を拾えた人間はいなかった。

 が、このYDSの耳だけはごまかせない。

 おかま店長……、来るのが早すぎるって、どんだけ相手から毟り取ろうとしてたの……。


 不満顔を隠しもしないおかま店長を尻目に、レジオンさんは自分が抑え込んでいる男に視線を向けた。

 そのレジオンさんの背後。

 大きく開け放たれたままの扉の向こうでは、ご近所の看板娘の皆さんが、心配そうにこちらを見つめていた。

 なるほど。

 あれだけ騒いでいれば、そりゃあご近所の看板娘の皆さんが気付くだろう。

 最近は、魔獣ハーレムのおかげで減ったけど、それ以前は迷惑な客を、近隣の商店主が連携して撃退していたそうだ。持ちつ持たれつのご近所関係の端っこに、私も入れてもらえたんだなあ、と少しうれしい。

 毎朝の向こう三軒両隣の玄関先の清掃作業が実を結んだ結果だね!

 レジオンさんの仲裁が入った訳が分かって、納得がいった。

 

 ……破壊音があたりに響けば、衛兵隊の詰め所に走りもするだろう。

 

「従者殿、まずは剣をお納めください。シードレイク領商業地での破壊行為は、衛兵長として見逃せません。さらにこの店内の状況、そして街の住民という第三者の目の前で、衛兵が制止したにも拘らず店主を害したとなりますと、情状酌量の余地さえ消え去ります。国家間の通商条例違反とみなされ、賠償額が増えますよ」

 腕を抑えつけたまま、淡々と告げるレジオンさんに、従者は厳しい目線をやった。

「き、貴様、この平民の肩を持つつもりか! ええい、衛兵ごときでは話にならん、上官を呼べっ!」

 わざとらしく大きなため息をついたレジオンさんが、目を細めて男を見据えた。

「……私以上の高官は衛兵師団長か将軍閣下です。そしてお忘れですか。彼は確かに平民ですが、シードレイク商業地に店を構えることを許された商店主です。まさか、高位貴族の従者殿ともあろうお方が、シードレイク商業地に店を構えることの意味を知らないとは言わせませんよ?」

 レジオンさんの眼差しに、気圧されたのか、従者の男がぐっと詰まった。だが諦めきれなかったのか、顔を上げるとレジオンさんに向けて訴えた。

「だ、だが、この店主は事もあろうに、賠償総額は星貨になるだろうなどと、うそぶいて!」

 びしっと割れたビンの欠片を指さす男に、呆れた表情を隠しもしないレジオンさんが、あっさりと頷いて見せた。

「当然でしょう」

 

 …………その瞬間のおっさんの顔は見物だった。


 ****


 すごすごと宿舎に帰る外相夫人とその従者の皆さんを見送った。初めの威圧的な雰囲気が消え去って、負け犬的雰囲気を押し出した敗者の影が似合う背中になっていた。


「終わったわね」

「はぁ」

「終わったな。さて、詰め所に戻って報告書を作るか……あっ! ミザリー婆ちゃんがっ!」

「腰か、膝ね。ミザリー姐さん、助かったわ。レジオンを呼んでくれてありがとう。でも今度は、誰か代役を立ててね、助かったけど、姐さんが大丈夫じゃなくなるわ」

「店長、店長。お疲れのミザリーお嬢さんをエステ室に運んでください。癒してあげたいって、ひーちゃんがぷるぷるしてますー」

「あらそう? じゃ、ミザリー姐さんちょっと我慢してて。運ぶわね」

 おかま店長が軽々と、お隣のお婆ちゃんをお姫様抱っこした。

 ミザリーお嬢さんは、ふがふがと嬉しそうに笑っている。

「ふははは、潤った!」

 約一名呼んでないお客様がいるけど、まるっと無視しておかま店長とお婆ちゃんの活躍に感謝した。


 この騒動が終わったのも、外相夫人の一族が終わったのも間違いはない。


 ふと、彼女の国は助かるのだろうかと考えて、隣でホクホク顔のおかま店長と……商業ギルド長のつやつやの顔を見て、かぶりを振った。無理だな。

 きっと年内にどこかの国が一つ消えてなくなるか、大国に吸収されて地図上から消えるのだろう。

 YDS悪くない。おかま店長だって悪くない。正当なお代を請求しただけだもん。


 ……あのいかにも燃え尽きましたって風情の外相夫人ご一行の有様は、なんてことはない。身から出た錆だ。

 話し合ってる途中で仲裁に現れた商業ギルド長のせいだなんて思ってない。思ってないよ。


 ばーんと扉を開け放ってあらわれた、ギルド長のおじさんはそれはそれは胡散臭い微笑みで、私達の間に立った。


「まあ、まあ、どうぞ落ち着いてください。ささ、こちらへお掛けになって……イーニアス、こちらのお客人にお茶! ええ、初めましてでよろしいでしょうか。私、シードレイク領商業ギルドを任されております、イプシニオンと申す者でして、こういったトラブルの円満な解決をご一緒に考えるのが仕事なんですよ」

 ニコニコ笑顔で立て板に水の口説き文句、口を挟む暇もない。

 むしろ、店主面でおかま店長を、顎で使う厚顔ぶりだ。

 ちっと舌打ちしたおかま店長の眉間に、深い谷が出来上がった。

 HAHAHAHAと笑顔を振りまくギルド長は頓着しない。

 どっかりと椅子に座って、その場を支配してしまった。

「ええ、さて、話は聞いておりますよ。そちらの奥様がご乱心なさって、店の備品を『誤って』壊してしまったと、そういうことですね? 確かに壊したが店長の言うほど高価には見えないと、ええ、それは使ってみなけりゃ分かりませんものなあ。ごもっともでございますとも!」

「で、では!」

「ええ、ですがね、やはり無償という訳にはいかないのもご理解いただけると……」

「なにも払わないと言っているわけではない、ただあまりにも高すぎないかと……」

「高すぎる?」

 ピクリとギルド長の眉が動いた。

「そうだ、言うに事欠いて総額で星貨になるだろうと言いがかりを付けてきたのだ。馬鹿を言うな、こんな薬ビンひとつが、金貨や白金貨で取引されているとでも言うつもりか」

「ほほう、お客様は薬品をお買い求めになったことはありませんかな?」

「あるに決まってるだろう。まあ、だからこそ高過ぎると気付けたのだが」

 ふんと鼻息を荒くする従者に、笑顔のギルド長がさもありなんと頷いた。

 同調してくるギルド長の様子に、従者の男もホッとした顔をみせた。場の空気が和らいだころ、ギルド長が、居住まいを正した。

 ピン、と空気が張りつめた。

「……お客様は適正価格というものをご存知でしょうか?」

「そう、その通りだ。モノには適正な価格というものがあるはずだ!」

 身振りを交えて同意を示す従者に、対するギルド長は、淡々と。

「……ええ、物には適正な価格というものがございます。それは、その物が持つ価値が公的に認められ、その価値に見合った価格設定が行われているということです。そしてシードレイク商業地において、商品の価値は商業ギルドの威信をかけて、細心の注意と最高の技術を使い、複数のチームによる検査によって定められます。お客人はシードレイク商業ギルドの心得をご存知でしょうか」

「もちろん知っているとも。いかなる国家権力、教会権威、政治的圧力に屈しない公明正大な事がシードレイク商業ギルドだ。私心を挟まず公正に物事を行うゆえ、シードレイク領の商品には全幅の信頼と信用がつく。だからこそ、各国貴族からの絶大な支持とシードレイク領産というだけで注目され、羨望され……る……」

従者の顔色がどんどん悪くなっていくのを、ギルド長はあらかじめ分かりきっていたかのように見つめたままだ。

「……ご理解いただけたようで何よりです。では当ギルドが査定して決定したこの店のオリジナルの薬について、納得いくまでご説明いたしましょう。なに、納得いただけるまで何度でもご説明いたしますよ」


 ギルド長の微笑みは、おかま店長と同種同属の微笑みだった。


 手始めに薬の主原料とその採取別難易度から入った、ゴブリンでも分かる薬草学。採取依頼した場合の各国ギルドの成功報酬と、その平均値。

 さらに採取依頼を受けた冒険者たちの平均的費用と採取に掛かる平均的日数。

「ちなみにこう見えてもイーニアスはトリプルAですので、採取依頼の難易度もぐんと上がります。あ、こちらが難易度別の依頼報酬ですね。しかもトリプルAのハンター相手だと採取依頼が希少価値の高いものとなり、従って成功報酬もより高くなります。当たり前ですけどね」


 さらにさらに採取した原料から薬液にする為に医薬学ギルドにおろした場合の手数料と薬剤師が得る基本報酬。

「もちろん、薬剤師にもランクというものが存在しましてね、オリジナルの良く効く薬レシピを一種類でも持っていると、たいていの国のお抱え薬剤師になれるということくらい……あ、知ってますか、よかった。では彼女の薬剤師としてのランクも概ねお分かりいただけると思いますが、因みに彼女のオリジナルはすでに十種類以上になってまして、中でも各国の誰とは言いませんが、それはそれは高貴な方が顧客になっておりまして、当ギルドとしましても、引き抜きだけはご勘弁をとお願いしている有り様で」


 薬液に仕上げる為の作業工程にかかる費用、掛かる日数の平均。それで得られる薬効成分、期待される効能、効果までを事細かく説明していく。製作者より詳しいので驚いた。


「さて、ここまでよろしいですか? ではこの、最大の売りである、この薬ですね。誰にもまねのできない薬というのは事実です。実際彼女以外にここまで薬効成分を引き出した薬剤師はおりません。彼女が持ち込んだ薬を商業ギルドの威信をかけて調べました。あらゆる方向から薬効はもちろん、違法植物を使用していないか、常習性はないか、副反応はないか、身体能力の欠如はないか、麻痺はないかなどなど、調べた結果、良薬と認定した一級品です。市場に出るまで約半年かかりましたが、いま現存する薬品でこれ以上のものはありません。最も高すぎて皇王様以外に買える人間がいないという、特別な薬なのですが……」

「……で、では、星貨というのは……」

 ガクガクしながら言葉を紡いだ従者の前で、ギルド長が溜め息をついた。

 ちらりとおかま店長を見ると……。

「……イーニアス、安売りはするなとあれほど言っただろう。商業ギルドの面目潰す気か! しかも各国政府に納期の遅れを申告しないとならん。そして、皇王様に誰がお詫びに行くと思っているんだ。星貨六枚は貰わないと割に合わん!」

 被害総額の上乗せを図った。

 ギルド長はおかま店長以上の鬼だった。


 ****


 すごかった。

 もう、すごいとしか言いようがなかった。

 従者の皆さんは、魂が抜けきった顔で、力なく肯くお人形になっていたけど、おかま店長にしっしっと追いやられるまで呆然と彼らのやり取りを見ていた。

 YDS、あんなつわものに太刀打ち出来る気がしない。腹を出して絶対服従する未来なら見えるけど。

 仕方なく、チビスラ達を引き連れて、ガラスの破片が散乱する玄関付近の掃除に向かった。


 男三人とおかま一人で話し合ってる内容は、誰にどのような負債が生じ、どうやって負債額を返却していくかに移行していた。

 何とか、減額したい従者達と、巻き上げる……げーふげふ。尻の毛を抜く……ごーほごほ。生き馬の目を抜いてとどめを刺したい、ギルド長とおかま店長の攻防だ。レジオンさんは貝になっていた。

 何としなしに耳を傾けていると、ギルド長の雰囲気が変化した。

 なんというか……春の陽だまりで誰を刺し殺そうか考えている連続殺人犯みたいな感じだ。どれにしようかな、と使うナイフを選んでいる凄腕の殺人者みたいな感じだ。

「そちらの言い分はよくわかりました。ですがこのまま負債額を払えないでは、国民ごと国を売っていただくしか方法はありませんね。ですが、単なる外相夫人の従者ごときにそこまでの決定権はないこともわかります。そこで、私どもの方から一つ妥協点を提案させていただきます。よく考えてお答えくださいね。負債総額の減額に応じるか否かは、あなた方の答え一つです」

「た、頼む」

「あなたが、その雌が生まれた時から仕えている事は知っています。嫁ぐにあたり生国から付いてくるほどの忠臣ということも知っています。だから聞きます。その雌に聞いてもいいけど、おそらく覚えていないだろうからね。その雌の、ナデイルでの所業を洗いざらい白状する事。それが負債額の減額に応じるただ一つの方法です。そしてそれ以外の情報には何の価値もありません」

「なっ……!」

「調べはついているんだ。貴様の主であるその雌がどのような手を使ってトルデリーノ公国の王家筋に食らいついたか私達は知っている。誰の尻馬に乗って誰を罠にはめたか、誰を陥れたか。こちらがそろえた証拠と、本人の自白と照らし合わせをしたい」

「し、知らん! 何の話だ!」

 がたんっと立ち上がって、わめきだす従者を見据えたギルド長は、朝焼け色の瞳を細めた。獲物をなぶる肉食獣の眼差しに、従者の男が、息をのむ。

「知らない、か。ならば、いいだろう。今週末にもトルデリーノ公国が地図上から消えるだけだ。それもこれも、頭の足りない着飾ることだけに熱心な、浪費家の雌を娶ったばっかりになあ。トルデリーノ公国と言えば、芸術の都、百万の富を生み出す花の都と謳われた……貴様のせいで滅ぶのだな」

 さげすんだ眼差しに、耐えられないとばかりに従者が崩れ落ちた。

「話す……話す、から。だから、負債額の減額をどうか口添えしていただきたい」

「……いいだろう」


 

 ****

 


 さて。

 なんか従者のおっさんが打ちひしがられているけど、なんのこっちゃ。

 人間同士の難しいお話は、YDSには早すぎますねー。

 あ、ところで。やればできるスライムの特性忘れてたよ。

 すごすご帰る外相夫人一行を見送って、ほっと一息ついて何の気なしに足元を見た。

 整然と並んだチビスラ達が、砕け散った薬ビンと薬品を床の上から綺麗に掃除してくれてた。

 わー、いい子ねー、さすが私の分身と喜んでいたら。

 雑食チビスラがもぐもぐペッしたガラスの破片が、みごとなガラス瓶に戻ってました。

 ぽかーんだった。

 お腹の中でどういった化学変化を起こしたのかYDS聞きたい。高炉内蔵型スライムだなんて聞いてないぞ。まあ、ガラス瓶発注する手間が省けて助かるけど。

 そしてリサイクルされたビンにひーちゃんとぽーちゃん、セーちゃん達が頑張って薬液を充填し直ししてました。

 あ、なるほど。ヒールスライムのひーちゃんが主に回復薬で、ポイズンスライムのぽーちゃんが毒消し薬を、聖属性スライムのセーちゃんが痩身薬を吸収した液体から生成しなおしてくれてたのね。

 なんって優秀なんでしょう、うちの子たち。

 あ、でもピンクちゃん。妙な気分になるアロマ入りの薬液はビンに詰めなくていいから。媚薬成分強すぎて、一目惚れじゃ済まなくなるからね、だめだよ。うっ、そ、そんなつぶらな眼差しで見上げてプルプルしないで……っ!

 し、しかたないな。一ビンだけだからね? えーと、このビンでいっか。

 愛い奴とばかりに、せっせと薬ビンを再生させていくチビスラ達を見ていた。


 そして、はっと気づく。YDS遅い。


 あれ、これ、納期間に合うんじゃね?


 もしかして、国一つ潰せるくらいの負債、負わせることなかったんじゃね?


 

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