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下等生物は言語機能の限界を知る

「ひっ……っ! い、いやああああっ! こ、来ないで! 来ないでええええっ!!!」


 傲岸不遜にふんぞり返っていた女性は、私の顔を見たとたん、腰を抜かして後ずさった。

 ……あ?


「お、落ち着いてください、奥様!」

「どうなさったのですか、奥様っ!」

「いやああああ、来ないで! 来ないでええええ!」

 扉に向かおうとした女性が、商品棚にぶつかって、そのまま手当たり次第に物を投げ始めた。

 ちなみに、その「物」とは商品棚の商品だ。

 ……代金払ってくれるんだろうか。


「なんでよ! 私は悪くないわ! ただ言われた通りにしただけよ、化けて出るならあの女の方でしょう!」

 がしゃーん!

「あ、あああの」

 投げないでよ、私の優雅な脊椎動物生活の糧!

「来ないで!」

 ぱりーん!

「落ち着いて話を」

「き……消えなさいよ、化け物っ!」

 がしゃーん! 

 顔面すれすれに投げられた、ガラス瓶が砕ける音と共に放たれた言葉に愕然とした。


 なんてこった、正体ばれてる!

 

「私は悪くないわ、ねえそうでしょう、ミルーシャ様!」

 魂切るような訴えに、私は―――――――首を傾げた。

「…………え、誰それ……」


 ……なんだ、正体ばれたかと思ったよ。紛らわしい驚き方しないでほしい。

 んで、ミルーシャ様って誰さ? と改めてお客様を見上げたら、腰が引けてるお客様が、またも武器(※薬ビン)を鷲掴んだ。

 綺麗に撫で付けられてたオレンジの髪は乱れに乱れ、目は血走り、口角からは泡を吹いている。

 淑女とはとても言えない風体に、恐ろしさより困惑の方が勝った。

 彼女は誰を、こんなに恐れているのだろう。

「消えなさい、消えなさいよ、この亡霊っ! 渡さないわ、誰が渡すもんですか、あんたは冥府から羨んでいればいいのよ!」

 ぞわり、背中が粟立つ。

 下等生物としては見逃せない危機的瞬間だ。めちゃくちゃに暴れる女性を前に、逃げなくてはと思ったが、次の瞬間、こっちに飛んできた薬ビンを見て、下等生物の本能の訴えが消し飛んだ。

「消えてっ!」

「ひいいっ! ひーちゃんがもしゃもしゃぷるぷるして一所懸命、完成させた痩身薬ぅぅっ!」

 受け止めようと手を広げた私の足元で、無情にもビンが弾けて粉々になった。

 ひょえええと慌てたおかげで、それまで必死にぐるぐる考えていた事が、きれいさっぱりスポーンと頭から飛び抜けた瞬間だった。YDS、脳みそ容量少ない。


 この薬作るために私がどれほど頑張ったか、人間には分からないだろう。

 ぷるぷるするチビスラ達を何度励まし、応援したことか!

 ……実質、ソファに寝転がって、氷獣をモフモフしつつ、魔獣ハーレムに甲斐甲斐しくお世話されながら、三山向こうの名産品を、うまうましながら声援していたとしても。

 だって私とチビスラ達は一心同体。


 しかし対する相手が悪かった。

 ……大陸序列二位の大国の外相夫人様(国賓)だ。

 くやしい、下等生物から進化したばかりの潰しのきかない小娘では、種族間格差で思わずひれ伏してしまうじゃないか!

 ああ、下等生物として染みついた、絶対服従の精神が憎い。

 しかも脊椎動物のくせに、下等生物に容赦ない外相夫人様(国賓)は、さらに畳みかけるように攻撃して来る。

「……おとなしく冥府へ戻りなさいよ、この化け物っ!」

 次に女性がぶん投げたガラス瓶を見て、目ン玉飛び出すかと思った。

 あの毒々しい汚泥のようなドドメ色のビンは……!

「うひいっ! ぽーちゃん渾身の高性能毒消しぃぃっ!」

 そう、色合いはさておき、味と効能はYDSのお墨付き。ドン引きドドメ色なのに、甘くておいしいフルーツ味。

 色合いはさておき良い香りだし、色さえ気にしなきゃ、美味しい万能毒消し薬なのだ。

 しかも、商業ギルドに収めるようになってから、棚に並ぶと買占めが続発するので、お一人様限定一個となっている人気商品だ。従来の薬はどれもこれも激まず、激臭い悶絶必死の代物だったから。

 そんな革新的な毒消し薬のドドメ色のガラス瓶が描く放物線を、全員が目で追いかけた。

 がっしゃんっと飛び散るガラスとでろりと広がるドドメ色の粘液に、女性のお付き従者達の顔色が一層悪くなる。

「奥様、おやめください、奥様!」

「奥様、お気を確かに!」

「……っ、痩身薬は分かるが、なぜ毒消し薬までが、街中のサロンにあるんだ!」

 従者の言葉に答えたのは、静観していたおかま店長だった。

「あら毒消しだけではありませんよ。うちの売り子の得意技なんですの。毒消しの他にも各種回復薬に痛み止めもございますわ。あんまり品質が良いんで、商業ギルドが取り扱いをさせてほしいと、頼みこまれて……あ、もう一本……青色回復薬、と」

 話している間にも、ひゅーんと飛んでいくガラス瓶。がっしょんっと派手に割れる音が続く。

 割れたガラス瓶の色を確認してから、さらさらと手元のボードに書き込んでいくおかま店長の姿に、顔色を変えたのは従者だった。

「ま、まさか最近噂になっていたあれか? 以前までの回復薬とは雲泥の差だという、噂では赤一本が高官の月給並みという……」

「ええ。ちなみに青は赤よりお高いですよ。シードレイク商業ギルドでしか手に入らない限定です。買い占め防止のために高価格になっておりますから」

 彼女の従者達とおかま店長が何かを話し合っている間に、興奮した彼女は次の武器(※薬ビン)に手を伸ばす。

 彼女が次に握りしめた黒のビンを見て私は一層青くなった。

「あ、あーっ! そ、それっ! それはだめっ! ほんとにだめっ! チビスラ達が文字通り血を滲ませて作りあげた、どんな重傷者でも一気に回復させちゃう、黄泉がえりの薬ぃぃぃっ!」


 私の叫びに従者達が慌てて女性を抑え込もうと群がった。


「奥様、おやめください!」

「奥様、落ち着いてください……っ!」


 がっしょんっ!

 

 しん、とその場が静まり返る。

 あああと嘆く私の隣で、おかま店長はボードに「黒一本」とさらりと書き込んだ。

 暴れまくった女性は肩で荒い呼吸を繰り返し、その従者達はがっくりと膝をついていた。


 ****


 もがもが言ってる外相夫人(手かせ足かせ猿ぐつわ)を尻目に、蒼白のお付き従者達と、生き生きと計算しているおかま店長の対比は面白かった。

 

「……高濃度痩身薬十八ビンと、高性能毒消し六ビンが破壊、回復薬、毛根薬が壊滅。そしてトドメの小ビン……小娘、黄泉がえりの薬で間違いないか?」

「……は、はいっ! 皇王様のご注文です……っ! どうしよー、どうしたらいいんですか、店長。この週末まで商業ギルドに納品する約束なんです。同じもの作るには材料も時間も足りなすぎますー」

 がくがくぶるぶるしながら涙目でおかま店長を見上げた。

 速攻で目を逸らされた。つれない。

「毛根薬の顧客には事情をお話して、頭皮マッサージで代替えするとして、回復薬や毒消しは、薬草採取から始めないと仕方がないわね」

「はいぃ……」

「心配しないの。商業ギルドを通じて、顧客の皆様にはお待ちいただくよう、手配するわ。ただ、問題は黄泉がえりの薬の材料よね」

「はいぃ……」

「主な材料は毒魔獣だったっけ?」


 ……そうなのだ。単なる回復薬や毒消しなら、山に生えてる薬草もしゃもしゃぺっしても出来るんだけど、黄泉がえりの薬だけはそうはいかない。

 謎の水棲生物、緑のみーちゃんと、ツンデレ鰐型魔獣のアリー、漆黒の蛇型魔獣のにょろちゃんの三体にお願いして、お願いして、お願いして何とかできるものなのだ。

 しかも向こう三日は三体をごろごろなでなでして、時折ぎゅうぎゅうに巻き付かれて窒息しかかって……やっとこさ動いてもらえるのだ。なんというツンデレ魔獣。

 ちなみに行先はとある毒沼だ。

 YDSならまだしも脊椎動物に進化した今、危なすぎて近寄れない、毒の沼だ。

 毒エキスパートの三体が協力して初めて攻略できる毒沼に生息する危険度トリプルAの魔獣の肝が主原料なのだね。

「納品……」

 あうあうとすでに涙目のYDS。

 三魔獣に、もう一度沼地に行ってもらう為に、また三日間ご機嫌伺いしなくちゃならない。

 しかも、捕獲して解体してからも、薬に使用できる濃度まで毒成分を抑えなければならない。

 解体した魔獣の肝をぽーちゃんが解毒して、ひーちゃんが精製して、聖ちゃんが祝福してやっと使用可能になるモノが薬のもとなのだ。

 

 棺桶に両足突っ込んだ死人でも、飛び起きる激マズ薬は、各国首脳や大商人がこぞって欲しがる特別製だ。毒を以て毒を制すのか、半死半生で生き返った人間は、その後嘘のように闊達になる。


 その労力と、私の受けるダメージを還元した、今のところの最高傑作。そのお値段たるや、国家予算規模。

「……大負けに負けても星貨クラスの賠償額になるわね……終わったな」

 おかま店長の声に女性の従者達の顔色が青く、そして白くなっていく。


 銅貨<銀貨<金貨<大金貨<白金貨<星貨の順に国家間の貨幣は統一されているけど、なるほど終わったのは彼女の家か、それとも国か。

 一国の外相夫人の負債をどこまで国がかぶってくれるかは、外相の手腕にもよるだろう。

 対しておかま店長は安定の麗しさで、被害状況を冷静に分析し、さらに負債額の上乗せにかかっていた。

 心なしか、喜々としているように見える。

 ……鬼かもしれない。

「製品粉砕による精神的打撃分と、さらにもう一度同じ製品を作り出すための時間と労力、そしてもちろん材料費と、そのための狩猟代も併せて請求するとして。搬入日より遅延する分も見てもらいたいから、これぐらいかしら。踏み倒されないためにも国際的に監視してもらう必要があるから、当事者として皇王に協力を要請しておきましょう。限りなく故意に近い偶然で、皇王さまの薬を貴国の外相夫人が破壊したんですから、貴国に説明責任があるのはご理解いただけると思います。運が良ければ一割引きくらいにしてもらえるかもしれませんよ」

 プライドばっかりバカ高いあんたの国の貴族達が謝り方知ってるかどうかは置いといてね。と空耳が聞こえた。

 前言撤回。鬼「かも」じゃないや。

 鬼だ。

 おかま店長がボードに書き留めた薬類を眺めながら話していると、顔色を悪くした従者達が立ちふさがった。


「ま、紛い物であろうっ! そ、それを事もあろうに黄泉がえりの薬などとうそぶいて、星貨を吹っ掛けるとは厚顔な。しかも、皇王御用達とは貴様がその口で言うだけで、価値など分かるものかっ!」


 負債総額全てをひっかぶせられてはたまらんと、声を上げた年配の従者は、こわばった顔だ。

 男がさらに続けた。


「ゆすりたかりの店とは知らなかった。さあ、奥さま、帰りましょう! このような下賤な店などに足を運ぶことなど無いと申しましたでしょう」

「美を磨くのなど、わが国で充分です」

 そうして、拘束したままの女性を抱えて出ていこうとする従者達の前に、おかま店長が立ちふさがった。

「……では、下賤な店の商品を破壊しても支払い義務はないとおっしゃる? 明らかにそちらの落ち度であるにもかかわらず?」

 艶やかに笑うおかま店長の威圧に、彼らがぐっと詰まった。女性を庇うように前に出た男が睨みつけてきた。

「納得のいく説明と、効能の証明があれば、支払うこともやぶさかではない! だが、証明などできるはずもあるまい、紛い物をそれらしく見せているだけだろう! 我らの眼は節穴ではないぞ、奥さまのご乱心を誘ったその方らのやり方を世に知らしめてやろうか」


「……いらっしゃいませと挨拶しただけなんですがー」


 ええー、と私がじっとりした眼差しで見上げれば、従者の皆さんがさっと目線をそらした。

 ……なんだ、困ったちゃんなのそっちの奥方様だってわかってるみたいじゃん。


「なるほど、器物破損に走ったうえ、言いがかりをつけて、店の評判を落とし込み、正当な請求金額すら踏み倒すつもりなのですね。面白い」

 それでは出るとこ出ましょうかとおかま店長が、嗤った。

 艶やかで毒々しい、笑みに、従者達の腰が引けたようだ。

「え、ええい、黙らんか、奥様のご乱心を良いことに、無礼者め!」

「ご乱心、ね。それは違うでしょう、良心の呵責に耐え切れなくなったのでは?」

「だ、だまれだまれだまれ! 下がれ、下郎っ!」

 おかま店長が呟いた途端、従者達の血相が変わった。

 腰のものに手をやって、いまにも抜き放ちそうだ。

「ミルーシャ様の断罪に関与していると白状したも同然ではないですか。この怯えようではやはり、冤罪だったのですね」

 エメラルド色の髪をかきあげ嘲笑うおかま店長はとても美しかった。

 でもその美しさに見惚れるでもなく、彼女の従者達はいきり立った。『冤罪』という言葉が気に障ったようだ。

「きっ、貴様あっ! 商人風情が、盾突くか!」

「代金を踏み倒そうとする人間は、全商業ギルドの、ひいては、全人類の敵です。人は大なり小なりその能力を切り売りして身をたてているのですから」

「だっ、黙れ!」

 しゃんっと鞘走る音が響き、勢いのまま従者が一刀のもとにおかま店長を切り伏せようとうならせた刃。

 きん、と弾いたのは。

「……何の騒ぎだ、イーニアス。街中まで響くぞ」

 ひょっこりと店に顔を出したレジオンさんだった。

「なんだ、これは。ぼろぼろじゃないか」

 レジオンさんが店内を見て、あぜんとした表情で唸るように呟いた。



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