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下等生物は後方支援に乗り出す

 泣きながら訴えて来る女性達の話を一通り聞き終えて、落ち着かせようと椅子を勧めてみた。

 私は空気の読めるYDS。

「つるつる……どこもかしこもつるつる……なんて、うらやましい……」

「そぅですねぇ」

 相槌を打っていると、さめざめ泣いていた女性が顔を上げた。

「わかってない! 無駄毛の処理に有する時間をわかってない!」

「そ、そうですねぇ」

「一生懸命かみそり当てても、一晩寝れば、チクチクするんですよ!」

「……そ、そうですねぇ」

 少し焦りながら、何とかなだめようとするも、熱くなった女性達には効かない。

「……わたし、彼にぎゅってしてもらって、気が付いたんです。ちくちくざりざりして痛かったはずの彼の顎がつるつるになってて、胸どころか脚もつるつるになってて、それどころか……も、もしかしてわたしの方が……痛いんじゃないかって」

「「「わかる、わかるわぁっ!」」」

 主語が抜けてても分かり合える女性陣の何人かが手を取り合って頷きあっている。

 たかが脛毛、されど脛毛なんだね……。

「……わ、わたし、わたしなんか、素足が触れた時、なんかちくちくするって、い……言われ……」

 わああっ! と泣き出した彼女をみんなで慌てて慰める。

 阿呆っ! 言っていい事と悪い事ぐらいYDSだって分かるよ! 土下座して謝れ!

「…………え、ええと、い……生きてる証拠ですよ!」

 そおれ、わっふるわっふる! と元気になあれと声をだしてみても、ちらっと目線を合わせた女性達はそろって顔を伏せてしまった。

 ど、どうしよ、いたたまれない。

「……小娘、慰めになってないわ」

「じゃ、じゃあ、どうしたらいいんですかー!」

 こんな時こそ、脊椎動物の処世術が知りたい。

 どうしようもなくなっておかま店長の顔を見あげた。難しい顔をしていたおかま店長がため息を吐くと、すっと席を立った。

 来客用にすぐ出せるようにしておいた、茶器セットの前で薄い青の魔石を操る。

 銀色の水差しに、水がたまる音がした。

 次に赤い魔石を取り出し操ると、水差しから湯気が立った。

 軽く温めたティーポットに茶葉を入れ、流れるようにお茶を煎れる。見惚れるような手さばきだ。

 女性達……衛兵さん達の奥様達は、おかま店長の笑顔付きで勧められたお茶に、ようやく我に返ったようだ。

 恥ずかしそうに髪の毛を手直ししたり、スカートのしわを直してみたりと、結構な乙女心を見せつけてくれた。脛毛談義を忘れたような、良家の奥様の顔だ。だが私は忘れないぞ。やっぱり、おかまでもイケメンがいいのか。

 室内にふんわりと香るお花の香りも相まって、女性陣の荒ぶっていた気持ちも収まってきたようだ。

「大騒ぎしてしまってごめんなさいね」と謝る彼女達はもう血走った目付きではなくなっていた。

 漂う花の香りにうっとりと目を細め、夢見心地の顔つきで薫り高いお茶を飲んで微笑みあっている。

 女性達のその落ちついた笑顔に、私はほっと息を吐いた。


 …………いやまて!


 ぐりんっ! と首を後ろに回すと、ピンクスライムちゃんがプルプルしながら頑張ってヤバそうなアロマを生産していた。

 うひいっ!

 だ、だめだめだめ!

 それきっとヤバイ系のアロマ!

 催眠系? 洗脳系? どっちにしろ一般人にはきつすぎる!

「ピ、ピンクちゃん! めっ!」

 目くじらを立てたら、ピンクスライムちゃん略してピンクちゃんが、洗脳に使うためのアイテムじゃないよと以心伝心で伝えてくる。ねえ、主。このメスたち大人しくなったでしょ? と笑う。

 何たるアダルティな反応でしょう。YDS形無し。

 しかも純然たる善意だということが、怖い。

 ……たとえ、当初、一息で涅槃に旅立つ毒ガスモドキを使う気満々だったことを感じていてもね。


 ――――――善意なんだよ、多分。

 

「その、皆様の熱意は痛感いたしました。必ずや、施術所を開いて見せますので、今日の所は」

 

「おほほほ。私達もなりふり構わず押しかけて、すまなかったわ」

「「「「「「ほほほほ」」」」」」

 衛兵の偉い人の奥方を中心に、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑いながら、彼女たちは帰っていった。


 ***


「……小娘。責任重大よ。衛兵たちと違って女性ですもの、繊細かつ細心の注意でかからないと、この先の信用問題につながるわよ」

「あー……ハイ。ワァカッテマァスヨオ」

 やべえ。

 お部屋に女性陣を押し込んで、チビ達放り込む気満々だった。

 そうよね、私の信用イコール、おかま店長のお店の今後につながるもん。気を引き締めてかからないと。


「まあ私達に施術するみたいに、一対一で行うのが安全ね。じゃないと……」

「じゃないと?」

「勢いあまって、全身脱毛になるかも」

「げ」

 盲点だった……っ!

 お部屋に放り込んで頭の天辺からつま先まで綺麗につるっつるにしちゃうところだった……っ!

「は、ははは、あはははー! だ、大丈夫デスヨオ」

 攻撃態勢に入らなきゃ大丈夫なはず。……はずだよね?

 トゲトゲバージョンにさえならなきゃ、穏やかに行ける。だって目の前のおかま店長、目の覚めるような美人っぷりだもん。

 おかま店長は、スライムエステのお客様代表だ。

 早朝の店先の掃除から始まった、地域の皆様への挨拶代わりの限定エステは好評で、順番待ちが出るくらいになった。

 仕事終わりの休息時間を使って、少しずつ綺麗なおかま店長がさらにさらに美しくなっていく。

 あの時はすごかった。もともと美意識に強いこだわりがあったのか、エメラルド色の髪が艶を増し輝くまでに。額や頬、小鼻のてかりが無くなって、まるで赤ちゃんのようなつるもちぷるんなお肌に。

 ひじやひざの硬いところが、見るからに柔らかくなっていったのだ。

 やはり手の男らしさだけは隠せないけど、指先のひび割れも一回のスライムエステでつるりんぴかん。

 つま先とかかとの美しさに、YDSもひれ伏したくなった。

 ……いや、実際ひれ伏してたと思う今日この頃。

 チビスライム達が必至こいておかま店長にサービスする、ハーレム状況。弱肉強食の性かな……フフフ……。

 それはさておき、何というか、神々しいまでの美しさに言葉を失ったのだ。

 そしてそれなりに美しいご近所の看板娘さん達を相手に、施術の回を重ねるうち、どうせならチビスライム達の得意分野を生かした施術をしようと、いろいろ考えるようになった。


 美しいひとはさらに美しく、それなりな人もさらに美しくをモットーにYDSは考えた。


 他にない付加価値を付ければ、お客様は向こうからやって来るんじゃないかな?

 うんうんと考えた。一緒にぽよぽよ揺れてくれるチビスラ達が癒しだ。

 体中の老廃物を吸収して綺麗にするだけなら、YDSでなくてもできる。

 それだけじゃなくて、もう一声、何かないか?

 ヒールスライムなら癒しの波動を持っていたよね。触ってるだけで癒されるもん。……お客様の疲労回復になるだろうか? 胃腸が弱ると身体全体が弱るものね。

 ポイズンスライムならその特性を生かして毒消しだってできそうだ。今も暇を見つけると街の水場に生える薬草をもしゃもしゃしてるから。しかも草食のひーちゃんとぽーちゃんが食べて精製した薬草は普通に成分を抽出した薬より高品質なのだ。ぽーちゃんがもしゃもしゃぺっした薬液を頭から被った、よろよろの爺様がかっと目を見開いて立ち上がったのは記憶に新しい。

 あんまり驚いたから柔な私のスライムハートが、飛び跳ねた。もう少し飛び跳ねてれば、この身体から抜け出せたかもしれないのに、ちぇ。

 そして毒草に至っては、おかま店長からもぐもぐぺっしちゃだめだよと、きつく言及された。

「今みたいに精製してたら、弱い中毒症状しか起こさない毒草でも、致死毒になるわ」

 ぷよぷよと頷くチビスラ達が可愛い。

 毒性の強い魔物だって、もぐもぐうまーしてたもんねぇ。

 YDSにとって軽い毒草なんておやつ感覚だ。

 ……びりびり痺れて刺激的でおいしいのに、と渋るぽーちゃんを宥め、たまのご馳走がと嘆くひーちゃんを慰めた。

 

 火の属性魔法を使える赤いチビスラは、患部を温める温感療法なんかどうだろう。三軒隣の食堂の看板娘さんが月のものが来た時、腹痛がひどいと言って懐炉で温めてたじゃないか。赤い鳥の魔石とくっ付いていたら、炎の魔力値が上がったの~と嬉しそうだけど、お客様に発揮しないように言い含めとこう。


 水の属性魔法を使える青いチビスラは冷感療法でいけそう。宿屋のおばさんが、重い物を持ち上げて腰をやったと冷やしてたよね。氷獣の青い魔石とよくくっ付いているけど、水属性魔法の上級、氷系魔法を学習したと、飛び跳ねてた。……患部冷やしすぎないように言っとかなくっちゃね。


 慢性的な痛みに嘆いていたおかみさんには、雷ばりばり黄色のチビスラで、軽い電気ショックなんかどうだろう。痛み全般に効くかも。黄色い魔石の核を持つ六足熊と仲良しだけど、そのうち六足熊が電撃放ちそうで怖い。


 悪食スライム中心に施術していたけど、今後は特技を持っている色持ちのチビスラ達と組ませる事にした。

 ……施術方法を変えて行く為に、実験を始める。 

 もちろん実験台はYDSたる私ですよ。

 この実験体になるために痛覚が戻ったのかなと思うくらい、実にタイムリーな脊椎動物への変化でした。


 ……まあ、燃えたり。(赤いチビスラで燃やされてヒールスライムのひーちゃんのお世話になった)

 凍り付いたり。(青いチビスラが頑張りすぎて、凍り付き、溶かそうとして頑張った赤いチビスラに燃やされた)

 小一時間痺れたり。(黄色いチビスラが以下同文)

 悪食高じて表皮溶かされたり。(悪食チビスラが以下同文)

 体表が青黒くなったりと大変だった。(ポイズンスライムのポーちゃんが以下同文)


 ……もちろん研究の合間にヒールスライムのひーちゃんが頑張ってくれたおかげで、YDS元気です。


 ついでにご近所さんとのつながりも強固になりました。

 経過も良好で、特にご年配の看板娘さん達の、支持の高さったらない。

 加齢と共に諦めていた、髪のボリュームがアップしたらしいよ。ものすごく感謝されて、びっくりした。


 他の看板娘さんの感想もお伺いして、そろそろ軌道に乗せようかと思っていた矢先の、衛兵詰め所の大掃除だったのだ。


「……小娘を物理攻撃したら全身脱毛……危ない橋だったのね……」

 おかま店長が遠い目でなにかを呟いていた。

 

 ……そんなこんなで魔石店の営業妨害かと思えるほどの女性達の来襲から、施術場所を確保することが、最大級の急務となった。


 あれから数日。

 目の前にはニコニコ笑顔のギルド長と、私の隣に苦虫噛んだ顔のおかま店長。

「……なんでお前がここにいる」

 出店願いを出すために訪れた商業ギルドで、本来ならいるはずない人間が窓口にいた。

 キラッキラした笑顔で迎えられて、引く。

 ほんと、なんでここにいるの?

「聞いたぞ、イーニアス! こちらのお嬢さんが出店希望しているそうだな! 第一衛兵師団の師団長じきじきに便宜を図るようにお達しがあったぞ」

「……恐妻家……」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもない」

 そんな二人のやり取りをおろおろしながら見守る。

 

「……で、魔獣使いとしての腕を買われたんだろ? 護衛か? 用心棒か? 衛兵師団に入団するのか? 商業ギルドとしても強い魔獣使いの腕は高く買うぞ、忘れずに登録内容を変更しておこうな?」

 ……しかも話半分聞きかじったような状態みたいだ。こっちの意向を知らないらしい。

「……何度も言うが、こいつの実力はランクFのド素人だ。戦いに駆り出したところで足手まといになるだけだ」

「またまたぁっ! 六足熊を言葉一つで使役する魔獣使いなんてそうそういないぞ! 強い魔獣を使役している魔獣使いには、街の治安を守る義務がある」

「小娘を当てにするようじゃ、この街の男たちは腰抜けと呼ばれるぞ。二つ名が泣くぞ」

 なあ、アカガネ? と囁いたおかま店長が艶やかに笑った。

「ぐっ……、だ、だが、持てる者には義務がある!」

 アカガネと呼ばれたギルド長が毅然と言葉を返し、おかま店長とにらみ合った。

「……ギルドの信念はどうした。大地を守り大地に息づくすべてのものを守る、それが我ら挑戦者だ。女はその身の内に次世代を育む大事な存在だ。それを守りもせず、初めから一緒に戦う同士として最前線に引きずり出すのが、貴様の正義か」

「だが!」

「それでも、女だ。男たちが最善を尽くしてそれでも敵わなかった時に、頼むのが筋だろう。始めから駒の一つと数えさせるつもりはない」

 ギルド長が押し黙った瞬間、意を決して前に出て叫んだ。

「あのっ! わ、私が出店希望するお店は、魔獣を使った癒しのサロンなんです」

「……は?」

「癒されて心も身体も美しくなるエステサロンなんです! その、身体の中から元気になれるんです。美しくなりたい人、傷を癒したい人なんかに最適なんです」

「はぁぁ?」

 厳つい顔のギルド長が、きょとんとした顔で私を見た。……あ、六足熊のむっちゃんのしぐさに似てるわぁ。親近感。

「……まあ、物は試しだ。お前も一度施術を受けてみろ。こいつは前線で戦わせる駒じゃないと分かるだろう」


 *****


 当初の予定通りおかま店長の魔石店の一角を借りての開店となった。

 施術を受けてくれたギルド長が『なるほど後方支援か。気力体力魔力の回復度が段違いだ』とかなんとか言っていたけど、なんのこっちゃ。しかも最後まで表通りに面した商業ギルドの空き部屋を押してきたけど、断った。

「こんな広い部屋、持て余しちゃいますよねー」

「……それ以前の問題だな。顧客がここへ来ると思うか?」

 呆れたようにおかま店長が呟いた。

 たしかにムサイ、ゴツイ男達が出入りするギルドに、アロマ香る乙女仕様の癒しのサロンは似合わない。

 それに対象とするお客様がしり込みするような場所じゃ、せっかく開店しても鳴かず飛ばずは目に見えている。


 ……そんでなし崩しで、何でも屋になっちゃいそうだし。


 たとえば、危険な討伐依頼を受けざるを得ない状況になるとか、レベルの高い護衛依頼を受けざるを得ない羽目に陥るとか。まあ、今まで貯めておいた魔石をこっそり流通させる分にはいいけど、率先して戦いに首を突っ込む気は無いのだ。もちろん慕ってくれてる魔獣達を食料調達以外の目的で血塗れにする気もない。

 獲物は各自で、食べられる分だけ。溜め込んだ魔石は、小出しにして足が付かないように。

 貢物はいらないからねと言ったのに、魔獣達は貢物を欠かさないのが悩みだ。

 本当にいらないんだってば。……朝起きたら鼻先三寸に血塗れの山岳山豚の死骸とかどうすんのさ、美味しく解体してご近所さんと分けたけど。

 ふふん、YDSの頃にとった杵柄と華麗に皮剝ぎの術を披露していたら、おかま店長の顔が引きつって、肉屋の親父さんが狂喜乱舞していた。おっかしいな、綺麗に剥げたと思うんだけど。

 皮剥ぎの後の解体作業もお手の物。山の中で練習したのが生きて来たね。練習してて良かった!

 そして、YDSは肉と一緒に小さな魔石を差し出すのだ。

 YDSは大家さんに媚びを売るのを忘れないよ! スライムエステより高品質の魔石の方が喜んでいることぐらい、お見通しなのさ!

 

「……ここまでの腕を持つ解体屋は貴重ね」

 丸くつやつやした小さな魔石を日に透かしながらおかま店長が言う。頭の中では、この魔石をいかに美しく細工して飾るか、図案が浮かんでいるんだろう。傷一つない魔石を扱うことは魔石細工職人にとって、至福の時間らしい。

 本当にちゃちな魔石ひとつで、細工室に籠りきりになってしまった。

 ……出来れば、私の中に納めてある、例のきらきらしい最高品質の魔石を貢ぎたいものだ。

 きっとため息しか出ないような、細工物を作り出してくれるだろう。それこそ、国宝とか、世界遺産とか、国宝とか。

「えへへ、勉強しました。得意なんです」

 なんたって魔獣をしとめる魔獣が揃って特A級の魔獣なもんで、人間達のように心臓射止めて捕獲なんてまどろっこしい事はしないのだ。瞬殺も瞬殺。六足熊に至っては、姿を見せて威圧感を放つだけで仕留められる。

 獲物は弱点を射抜かれてないから、取り出される魔獣の核はまっさらな代物ばかりだ。

 つまり、高性能、高品質。最高級品だ。

 商業ギルドは沸きに沸いた。沸騰だ。

 いつの間にか名指しで解体依頼、皮剥ぎの依頼状が届くようになったのはご愛敬かな。でも人間が仕留めた魔獣じゃ、仕方がないので丁重にお断りしている。

 だから、まあ、私の魔獣達がご飯を取りに山へ向かっていくのを誰も止めなくなっていたのだ。


 おかま店長の魔石店にも、魔石を下しているけど、数が数なので商業ギルドに品物を納めていた。


 しかし本業は癒しのエステサロンの主催者だ。

 ……ふふん、おかま店長、手放せなくなっただろう?

 店番を新たに雇う必要もないし、何より集客になるし、そして思いの他有能な私の使い魔達が、完璧に店を警備してくれる。

 可愛いし癒されるし守ってくれるし理想的な店子だろう?

 そろそろ、使える有能な店子として認めてくれてもいいじゃないかな?

 

 有益な隣人として人間界に紛れ込んだと思ってもいいよね?


 さりげなく、お役に立てる、あなたの隣人、無くてはならない存在。さあ、さあ、私の魅惑の施術に溺れよ。癒しのエステサロンよ、人間達の憩いの場になるがいい!


 ……なんて思ってた日もあった。

 奥様の口コミってすごい。


 初めの頃は部屋に二つの簡易ベッドと簡単な仕切りくらいで、あっさりしたものだった。

 開店は朝十時からお昼までの、一日、四人限定エステ。

 ピンクちゃんに精神安定効果のあるアロマを中心に醸してもらって、癒しの空間を演出してさ。

 薫り高い紅茶で持て成しながら、お客様お一人につき、チビスラ三体付きっきりで、施術して。

 基本、頭部マッサージと、上半身マッサージと、下半身マッサージの三部制。

 脂肪のついた腹部や脚部の施術をお望みの方は別料金発生で、ヒールスライムのひーちゃんか、ポイズンスライムのぽーちゃんが、体内精製した薬で脂肪を分解、吸収する。

 スライムの妙技に惚れるがいい! 

 施術が終わると、全身の毛穴という毛穴が浄化されたと大喜びで家路につく奥様方を見送る。

 実際、頭皮の痒みもなくなり、指通りが良くなったとか、髪のボリュームが出たとか、肌の艶が良くなって化粧のノリがいいとか、精神的に大らかになって笑顔が増えたとか、いらいらが減ったとか。


 ……サロンを閉めて、昼ごはん。それが終わると魔獣達が仕留めてきた獲物の解体作業に移行する。

 商業ギルドに注文された魔石を確保し、納入し、作業場に籠る麗しのおかま店長と交代して店番。

 そんな毎日を送るうちに、いつの間にか、癒しのサロンが夫婦円満のカギを握っているとかいわれるようになっていた。


 夫の夕ご飯の品数が増えたとか、子供たちにかける言葉が優しくなったとか、育児が楽しくなってきたとか、思春期の子供たちとの関係が良くなったとか、甘え上手になったとか……。

 そんな雑談を笑顔を振りまきながら聞いていたおかま店長が、ある日『夫婦の記念日に魔石細工を贈ろう』キャンペーンを始めた。

 エステ時間が終了した奥方様たちを迎えに来た旦那様方が、そのまま魔石細工のお客様になりました。

 うはうはだ。

 魔石細工は魔獣達の自給自足の獲物から。

 解体はYDSな私が担うので、格安。

 街の商業ギルドも潤い、奥様が美しく優しくなって、子供たちは安く手に入るようになった、美味しいお肉を食べてさらに元気に駆けまわる。

 街が活気にあふれ、道行く人たちがみんなにこにこと、穏やかに笑う。


 YDS、すごくね?

 でもさ、まさか、エステサロンの評判が、国をまたいで他国へまで聞こえていたなんて、知らなかったんだよ。





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