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下等生物には下等生物のやり方があるのです

 ぼろぼろと目から温かい水を落としていたら、腕の中のチビスライム達が変になった。


 ちかちかひかりだすもの、膨らんだり縮んだりするもの、ぷよぷよ小刻みに震え出すもの、様々だ。

 そして。

 シャキーンッ! と、チビスライム達の身体から無数のとげが飛び出した。


「のうわっ!」

「な、なん、これ、なんなんだ、大丈夫なのかっ!」

 思わず腕の中のチビ達を取り落とす。そんな私の隣で、おかま店長も慌てたように声を上げた。

 大丈夫かどうかだって?


 ―――――こっちが聞きたいわっ!


 まるでウニだ。しかもレインボーカラーのぷよぷよウニ。

 その中でも目を引く白ウニ……いやいや、聖属性持ちの白いチビスライムが、一歩(いや、一ぷよ?)飛び出して、びしぃっと室内を指し示した。……とげで。

 すると次の瞬間、我先にと、次々にとげとげスライム達が部屋の中に飛び込んでいった。


 ―――――そして、目の前が真っ白になるほどの光が生み出されたのだ。


「っま、眩し……」

「な、何が……!」


 部屋の中から、うにゅにゅー、むにゃみゅー、むみゃまーと合唱が聞こえる。

 なんだそれ、呪文か、滅びの呪文なのか、チビ達。

 部屋から漏れ出る光線と音に慌ててる間に、徐々に光が収まっていくのを、瞼の裏側で感じた。

 目を焼くような勢いのある光の渦はおさまったようなので、恐る恐る目を開ける。

 ……目を開いた時には、部屋の中ですべては終わっていた。


「あれ、目が痛くない……」

 

 目と鼻を攻撃してきた強烈な臭気が、綺麗さっぱり消えていた。


「なんてことだ……、この短時間でここまで浄化できるなんて」

 おかま店長の呆然声に、ん? と思っているうちに部屋の中からちびスライム達が飛び出してきた。

 とげとげ武装が消え、元の癒し系に戻ったちびスライム達が弾けるように私に飛びついてくる。

 褒めてー。褒めてー。と訴えて来るちび達を全身に纏わりつかせたまま、私はもう一度室内を覗き込んだ。

 

 つるりん、ぴかんだ。清々しいまでに輝いている。


 くすんで元の色の判別さえ出来なかった壁紙の色が鮮やかになり、地の色か血の色か判断に苦しむ絨毯が、見違えるようだ。

 部屋の調度品も一皮むけた輝きで、目が痛いくらいだ。

 そして屍のごとく累々と倒れ伏しているごつい衛兵たちのキラキラ輝く、つるつるの頭とむき出しのお尻……。

 バッと視線を外して腕の中で誇らしげにぷよぷよしているちびスライムを抱きしめた。

「よーしよーし、ごくろうさま~。とってもきれいになったわね~。さ、レジオンさんに任務完了の報告して帰ろうか~」

 ご褒美は何がいいかな~? あら、添い寝でいいの? うふふ、お安い御用よ。 

「……こら。現実逃避も大概にしなさいよ……」

 そのまま詰め所を後にしようと歩き出したら、おかま店長に首根っこを掴まれた。

 

「ふふふ、なんのことでしょう? だってほら、作業は完璧じゃないですか~。……寝てる衛兵さんたち以外は」

 屍のごとき衛兵さんのキラキラ輝く頭とお尻をまるっと無視して、強引に終わらせようとしたけど、おかま店長は意外に常識人だったようだ。

腕の中のスライム達に質問した。

「ちびちゃん達、詰所の騎士達をどうしたの?」

 おかま店長の声に、私の腕の中で「褒めて、褒めて」していたちびスライム達が、一生懸命、ぷよぷよしだした。

 伸びて、縮んで、左右に揺れて、ぽよぽよぽよんと飛び跳ねて。ああ、可愛。

 一生懸命、状況説明するちびスライム達の可愛さに癒されながら、チビ達の話を聞いてふんふんと相槌を打っていたら、眉間に皺を寄せて目をつぶったおかま店長が、低く呟いた。

「…………小娘、通訳しなさい」


 なんてこと! 

 こんなに愛らしいチビスライム達の渾身のお話しが通じないなんて!

 まあ、お話というより、ジェスチャーだけどね。

 人間ってなんて単細胞。一度細胞分裂からやり直したらいいんじゃないの?

 何を言いたいかなんて、一目瞭然。言葉なんていらないのよ。

 憐れむような目線でおかま店長を見つめていたら、さらに眉間に皺を寄せたおかま店長に、ほっぺたをむにいっと摘み上げられた。


 ふふふ、YDSの私にとってこれしきの抓りなど、痛みの内に入らな……。


「いひゃい、いひゃい、いひゃいっ」

「通訳」

「ふぁい」


 ……何と言う事でしょう。YDSから進化した身体は伸縮性に乏しいらしい。ほっぺたの伸びが足りない、むしろ全然伸びない!

 引っ張られてひりひりじんじんするほっぺたを押さえながら、おかま店長の顔を見あげた。

 大変だ、私のスライムとしての存在意義が揺らごうとしているよ……! 引っ張られて身体が伸びないのなんて初めての経験だ。


 ……あ、でも今は脊椎動物だったっけ。


 いかんなー、脊椎動物の痛覚神経に身体が支配されているようだ。

 まさか、抓られたくらいで痛みを感じるなんて……っ。スライムとしては有ってはならない事だ。

 なんて痛みに弱い、脆弱な身体かと絶望してたら、また目から温かい水があふれ出した。

 本当になんなんだ、この温かい水。

 そんな私の顔を見て、おかま店長が慌てだした。

「あっ、あ、す、すまない、つい……。い、痛かったな。私としたことが女性に手を上げるなど! ひ、冷やさなければ」

 抓りあげていた手を引っ込めて、大慌てで顔を覗き込んできた。

「あ、いえ平気です。本当はもっと伸びるはずなのに悔しくて。どうしてこんな硬い身体になったのかなあ。しかもこの温かい水、止まらないんです」

「……伸び……? 人間のほっぺは伸びるものじゃない。そしてそれは水ではなくて涙だ、小娘、そんな言葉も忘れてしまったのか……。よほどひどい目にあったのだろうな。そうだ、それで、彼らはなんと言っているんだ?」

 おかま店長は私の腕の中のチビスライムに視線を向けた。

 部下の仕事の評価報告は大事だ。

 私は訴えかけてくるチビスライム達の感情の揺らぎと、身振り手振りを解釈して伝えた。

「――――あまりにも部屋が汚くて、悪臭の発生源を捜索したら彼らに行きついた、そうです。滅菌作用を反映させた光魔法で徹底除菌をしたと言ってます」

「部屋の掃除のために聖属性の光魔法……何という才能の無駄使い……」

 部屋に面した廊下で、おかま店長ががっくりと膝を付いてしまった。

 両手両膝を付いたおかま店長の姿に、チビスライム達が興味を惹かれたのか近寄って、飛び跳ね始めた。

 ぽよん、ぽよん、ぽよよんの脱力系愛玩動物だ。その魅力におかま店長も、うっすらと口元に笑みを浮かべている。

 可愛いでしょー? 

 ね、ね、可愛いでしょー?

「あのぉ、がんばったんだよー、褒めてよーと、言ってます」

「はは、は……よくやった……うん、よくやったわ……」

 わーいわーい褒められたーと喜び跳ねるチビスライム達を前に、乾いた笑いを浮かべたおかま店長は、それでも傾国だった。

 

 ……さて落ち着いて考えてみたが、あのトゲトゲ姿はちびスライムの攻撃態勢だったのだろう。


 私の攻撃スタイルが大風呂敷を広げることだったから、わからなかった。おたついてごめん。

 何はともあれ、ちびスライム達が敵認識して攻撃態勢に入ると、あのとげとげスライムになるらしい。

 しかも能力、効果共にパワーアップで、成功すると大人の階段上っちゃうという、おまけつき。

 ……そう。

 ちびスライム達は掃除が終わると一回り大きくなって、さらにそれぞれが持つ魔法が一段階進んでいた。

 レベルアップって奴だ。

 汚部屋おへや汚男子おとこを掃除して上がるレベルってなに、と少し遠くを見つめてしまった。

 羨ましくなんかないやい。

 だっていくらYDSでも心は乙女。

 脊椎動物に進化して、元のプリチーな身体に戻れないのがもどかしいとか、みんなレベルアップしてるのに、私だけ痛覚あるとか、むしろ進化じゃなくて退化じゃね? とか思ってないから。


 この部屋で素っ裸でテカテカしてる衛兵さん達の方が不憫よね。

 チビ達のやる気を引き出したのは間違いなく私だからね。


 でもまさか、汚くしてただけで敵認識されて、全身永久脱毛の刑に処されるなんて誰も思ってなかっただろう。


 部屋の汚れと同列、むしろ、汚れを生み出す元凶とみなされた衛兵の皆さんは、ちびスライム達のお掃除の結果、身包み剥がれて掃除をされていた。

 

 頭髪も口髭も、胸毛、腕に脚、玉と竿と尻のあたりまで、実に見事に綺麗さっぱりつるりんぺかんだ。

 すごい。

 竿の付け根裏までつるつるじゃないか。いー仕事してますねぇ。

 後学のために良く見ていたら衛兵の皆さんが股間抑えて悲鳴を上げた。

 ……生物学上、体毛の有無は雄としての威厳に直結する。そして雄としての魅力が減退するからだろうか。泣きそうな顔で必死に急所を隠していた。


「ぃ、イーニアスッ! こ、こんな、こんなお嬢さんに、こんなところを見せるなんて、嫌がらせにも程があるっ」

「……いや、むしろそのお嬢さんが加害者なんだが」

「お嬢さんっ、俺はその、見せたくて見せてるわけじゃなくてですね、知らぬ間になぜかこうなってて」


 股間を両手で隠しながら、前かがみで訴えて来るけど、これが普通の人間の雌なら悲鳴上げてるところだ。


「……なる。店長のお話を聞く前に店長の嫌がらせだと断じるくらい、嫌われてるんですねー」

 つるつるの汚男子達と、綺羅綺羅しいおかま店長を眺めた。

「被害妄想よ」

 言い切ったおかま店長は、ふんと顎をあげた。

「さしずめ、店長の美貌にやられて告白したけど相手にされなかったか、男だとカミングアウトされたか、トリプルAランクの実力に押し負けたか、実業家としても男として敵わなくて自尊心メタメタにされたか……好きな人を取られたか……あれ、全部の気がして来た」

 まあ、この美貌だ。よろけちゃう男の気持ちも分かるし、女の気持ちも分かる。


 それにしても不可抗力というか、運がないというか……。

 ただ生物学的にメスに分類される私にさえも、隠さなきゃならないほど、貧相な生殖器なのはもうしょうがないね。

 人間界の雄も子孫繁栄の道を極めるのは難しいようだ。

 人間の雄の定義は難解だ。

 男らしさで言えば、おかま店長の能力がこの中の汚男子のうちの誰よりも高いだろう。ぱっと見傾国並みの美女に見えたとしても、雄の存在感を醸し出しているのはおかま店長の方が強い。

 そんな風にのんきに考えていたら、おかま店長に目をふさがれた。

 前が見えないよー。

 

「嫁入り前の小娘がまじまじ見ていいものじゃない。貴様らもさっさと見苦しい物を隠せ」


「ふ、服っ! 替えの服があったはず……」

 騒いでいる衛兵さん達の声に、あれ? と思ったのはご愛敬か。

「な、ない……。タオルもカーテンまで全部消えてる……」

 あ、やっぱり。

 絶望の色濃い絞り出すような声に、おかま店長がいらついていくのを感じた。

「もっとよく探せ」

 ドスのきいた低い声でおかま店長が口をはさんだけど、私はその腕をクイクイ。

「……店長、無理ですよ。ちびちゃん達、たぶん全て吸収しちゃってます。彼らがあの状況なんですから、替えの下着や隊服なんかもきっと処分対象です。生半可な洗濯くらいじゃスライムの敵認定は外せませんよ」

「……あ」

「むしろ本体だけでも消化吸収されなくて良かったですねって喜ぶとこです」

 なんたって、毛根まで汚れの元とされてんだから。


「知らぬ間に消滅の危機……。お前ら、良かったな、毛ぐらいですんで」


 しみじみと感想をのべるおかま店長と、目が点になった汚男子達。

 そんなこんなで詰所を後にした私たちは、翌日もごく普通に魔石店を開けた。

 ……そしたら女性陣に押し掛けられた。目が血走っている。怖い。

「な、なに」

「なに事ですか!」


「「「「「「この店に、凄腕の美容師がいるってきいてきたの!」」」」」」

「「は?」」

 思わず押し掛けてきた女性陣を、口を開けて見つめてしまった私達になおも女性たちは追い込んでいく。


「「「「「どうかあの施術を、私にも!」」」」」

「「へ?」」

 その剣幕におかま店長と顔を見合わせる。

 そんな私達を尻目に、女性達が囲いこんだ。

 うわ、にげられない。


 そして彼女たちが思いの丈を叫んだ。


「「主人の剛毛が!」」

「「もじゃもじゃのジャングル状態の体毛が!」」

「「悩みの種だった頑固な青髭が! 毎朝剃っても直ぐに生えて来たあの、忌まわしい濃い髭が!」」

「「「「「つるっつるの、ぴっかぴかなんです!」」」」」

「「今じゃ私よりお肌つるつるなんですよ!」」

「生えてくる気配もないんです。あんなつるつるな脛なら私だって……!」

 次々に訴えかけては泣き崩れていく。

 もう泣いていない女性は私だけだ。

 おかま店長も呆然としている。

「うぶ毛すら無いんですよ、今じゃ私の方が毛深いくらいで、このままじゃ、愛想を尽かされます!」


「「「夫より毛深い妻と思われるのは嫌なんです!」」」


 あ……うん。

 ご説ごもっとも。

 そ、早急に対処させていただきます。



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