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乙女ゲームのシナリオを台無しにしました。

作者: 千条 悠里


 恋敵を貶めるために冤罪をでっちあげるという、物語の中では定番の悪巧みがある。

 冤罪の種類こそ数多くあるが、例えば「〇〇さんにいじめられた!」と嘘をつくなんていうのが定番だろう。

 程度の差はあれ、子供も似たようなことをして周囲を騒がせたりする。その場合は悪戯の類がほとんどだが。


 そんな子供がするような手段で、意中の男を婚約者の女から奪おうと画策する悪人がいる。

 ここ最近、王立魔法学院を色々と騒がせている新入生の少女だ。

 我が国の第一王子アルフォード様に何故か気に入られて、それだけでなく学園の人気ある男子を虜にして回っているそうだ。

 男を手当たり次第に漁っては籠絡している、なんて悪評が学園中で囁かれているが、本人に改めるつもりはないらしい。

 それどころか、邪魔になる相手を排除しようとしているようで、今も周囲に人がいないかを見渡しながら、何やら思考に耽っている。



(まあ、何考えてるのか私には筒抜けなんですけどねー)



 自室でお気に入りのお菓子を頬張りながら、私はそんな男漁り少女アロエの様子を覗いている。

 遠見の魔術といって、遠くの風景を見るための魔術だ。おまけで心の中を覗き見る読心の魔術も併用すれば、プライベートなんてものは脆くも崩れ去る。

 何故そんな魔術が野放しなのかと言うと、これが超高難度魔術だとかで、呪文は残されていても使い手は現代に存在しないとされているからだ。

 まあ、私は使えるのだが。ばれるとめんどくさそうなので周囲には秘密にしている。


(さて、これどうするかなー……ここで無理矢理止めたところで、同じことするだけだろうし)


 魔術で読み取った少女の思考は自分勝手なもので、目的のためなら他人は平気で踏み潰す、というひどいものだった。

 本人は色々と理由をつけているようだが要約するなら『美形の男を侍らせたいから邪魔な奴は殺してでも奪い取る』といったところ。

 アルフォード王子の本来の婚約者であるエリーナを罪人に仕立て上げて、最終的には死刑にまで追い込むつもりらしい。

 そんなことが可能なのか、はともかくとして、そんな阿呆な計画を実行しようとしてる時点で、私としては遠慮するつもりはない。

 

 親切丁寧に説得して反省させる、なんてめんどくさい上に、それは相手が反省できる人間でなければ実現不可能だ。

 婚約者に無遠慮に近づくアロエに、あくまで貴族としての忠告の行っていたエリーナに対して、死刑に追い込もうとするような人間に反省などできるわけがない。

 何より私の友人であるエリーナに危害を加えようという時点で敵なのだ。敵に遠慮してやるほど私は甘くない。



(まあ、ひとまずは最初の一手は……これかな)



 ぱちん、と指を鳴らすとそれを合図に新たな魔術が発動して、遠見の魔術で見える光景に変化が起こる。

 自分で階段から落ちて、それを「エリーナに突き落とされた! 彼女はいじめの実行犯だ!」と、囲っている男達に告げるつもりである少女アロエ。

 その彼女の真後ろに、彼女が侍らせようとしている数人の男達が突如として現れたのだ。



(テレポートで男達を移動させてー、それから少女に声が届かないようにサイレントかけてー)



 私は黙々と魔術を発動させ続けて、状況を作り上げていく。

 テレポートで学園中から唐突に空間転移させられた男達は、困惑しながらも目の前にいる少女に声をかけようとする。

 しかしその声はアロエには届かない。声を響かせないようにする魔術が、男達の声だけを阻む。



「何故シナリオ通りに嫌がらせしてこないのよ……こうなったら、冤罪ふっかけて無理矢理にでも断罪イベントに……」



 そんな男達に、少女の呟きの声だけがはっきりと聞こえる。

 アロエが本心を思わず呟くように、犯罪者に自白させるための魔術を弱めにかけて、その呟きがちゃんと聞こえるように彼女の声だけを響かせる魔術を使って。

 いくつもの魔術を同時に発動させるのは少しめんどくさいが、それももう終わりだ。

 最後の引き金は、馬鹿な女が自分で引いてくれる。



「全ては、逆ハーレムを作るために……!」



 そう言い残して、彼女は階段を自ら転がり落ちていった。

 他ならぬ、自分が騙そうとしている男達の目の前で。



(あんたが作るのは逆ハーレムじゃなくって、黒歴史だよ)



ひとまず魔術を唱え続ける作業が終わったので、魔術の継続を全て終わらせる。

そして私はのんびりと、残りのお菓子を食べ始めた。




   〇




 その後も少女アロエが何か悪巧みをする度に、私はそれを全て台無しにしていった。

 冤罪をでっちあげるために「エリーナの悪事の証拠」を自分で作ろうとしてるところを、男達に目撃させたりだとか。

 醜い本心を独り言として呟かせて、それを聞かせたりだとか。

 それをずっと続けているうちに、男達もアロエという少女がどのような存在か理解して、徐々に距離を置き始めた。


 恋は盲目ということだろうか。

 しばらくの間は「あれは何かの見間違いだ」と男達は自分に言い聞かせていた。

 けれどあまりにひどい本性を知れば百年の恋も冷める、というもの。

 やがて全員がアロエという少女を見限っていた。

 そうやって離れていく男達の様子に焦ったアロエが、さらに過激な手段を取ろうとして――あとはそれを大勢の人の前でばれるように誘導してやるだけで終わりだった。


 アロエが頼りにしていた「前世の乙女ゲームのシナリオ」とやらでは、卒業式の日に断罪イベントとやらを行ってハッピーエンド、だったらしいのだが。

 学園中の人々に悪事の現行犯を目撃された彼女は、卒業式どころか1学期の終了を待たずして、獄中へと送られるというバットエンドを迎えることになった。

 まあ、私にとってはハッピーエンドなんだけどね。






「私は、王族に……いえ、人として、恥ずべき行いで皆様にとてもご迷惑をおかけしてしまいました。

 そんな私を許してくださった皆様のため、そして……理不尽な扱いをした私を、それでも愛してくれている婚約者のために、これからは――」



 そして今、アルフォード王子は憑き物が落ちたような顔で、生徒代表として壇上で終業式の挨拶を行っている。

 明日からの長期休暇では、エリーナと旅行に行って友好を育むそうだ。

 他の、アロエに逆ハーレム要因として侍らせられそうになっていた男達も、心を入れ替えて過ごしている。

 乙女ゲームとやらのシナリオは台無しになったが、そもそもアロエが行おうとしていたのは「ゲーム知識を悪用したシナリオ改変」でしかない。

 だから、シナリオを崩壊させてヒロインを追放させたことに、私はまったく罪悪感を感じていなかった。



(そんなことより、明日から何しようかなー。実家に帰るとして、魔術の研究は学校でもできるしなー……)



 夏期の間は休みが続くのだが、どこか出掛けるにも熱くてめんどくさい。

 とはいえ実家でも、貴族の令嬢としてはだらだらと過ごすわけにも行かないわけで。

 適当に家を抜け出す口実でも思いつかないかなー、なんて考えているうちに。

 学園を騒がせたアロエという少女のことなんて、どうでもよくなっていた。


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