行き着く所
ルフは自分の居場所を見つける事ができるのか......!?
てなわけで、このお話の最終話です。
どうぞ。
「お、目を覚ましたぞ」
「よかった。先生呼んでこい」
周りが騒がしい。頭が少し痛んで顔をしかめる。
「大丈夫?」
視界に光を入れていくと、ぼんやり人の顔が見えた。何人いるんだろう、シルシェットの人たちが僕を覗き込んでいる。
見覚えのある部屋だ。先生の病院。
ベッドに寝かされている。魔操者を殴って森に飛ばして、先生を治療して……その後どうなった?
「せん、せいは?」
治療を完全に終えた記憶がなくて訊いてみると、町人の一人が大丈夫だと教えてくれた。
町人も無事のようだ。報復とばかりに魔操者の男がまたこの町を襲いに来るかと危惧していたが、どうやら徒労に終わったらしい。このまま諦めてくれることを願う。
「この前町を破壊した魔操者がまた来たらしいが、お前が追っ払ってくれたんだってな。……ありがとよ」
その声を発した人物を反射的に見た。言ったのは、初めてこの町で魔操を使ったあの時に突っかかってきた男性だった。町の復興を手伝っていた時もよく思われていなかったのに、どうしてそんなことを言うんだろう。
聞き間違いかと思っていたら、今度は反対側から一組の男女が一緒に顔を覗き込んできた。
「私も。魔操者のこともそうだけど、あの日のこともまだお礼を言えてなかった……。あの時は彼を助けてくれて、ありがとう」
「なかなか話す勇気が持てずに言い損ねていましたが、命を助けてくれて、本当にありがとうございました」
この人たちは確か、先生にすがりついて泣いていた女性と、重傷を負っていた男性だ。この人たちも、昨日まで僕には近づいてこなかった。
「わ、私もありがとう。あなたのおかげで足が動くの。あなたがいなければどうなっていたか。恩に着ます」
「お、俺の腕も」
「僕の指だって!」
「魔操って凄いよね!」
「本当に、ありがとうございます」
僕を殴り飛ばした男性が礼を言ったのを契機として、皆が堰を切ったように感謝の言葉を述べてくる。意識がはっきりしていないから、幻聴なのではないかと耳を疑うが、皆の笑顔が幻聴などではないことを物語っている。
いや、これは幻覚だ。きっと夢だ。先生に心を解かれて、いい気になったらもう、そんな願望が頭を支配している。馬鹿みたいだ。
「お兄ちゃんも早く良くなってね」
そう言って、女の子が花を差し出してきた。白、黄色、桃色。町が破壊されても残った花壇にその色の花々が咲いていたなと思い出して、どうせ夢ならとその子に応えてあげたくて手に取る。
(あれ?)
おかしい。感触がある。
「夢じゃ、ない?」
途端に笑い声が病室を満たした。温かい笑みが溢れている。
「何言ってんだよ、夢なもんか。今の礼は全部心からのものだよ。この町は君に救われたようなものなんだから、当然だろ?」
とても信じられない。そんな顔が露骨に表に出てしまったのか、町人がどうしてそう思うようになったかを親切に説いてくれた。
「ま、みんながこうやって言えるのは先生のおかげだ。最初はみんな魔操者を怖がっていたが、先生が何事もなく接してて、そんな君の態度も怖くないし」
皆、互いに頷き合っている。先生の影響力ならなんだか納得できる。先生は本当に愛されているんだと知れただけで、穏やかな気持ちになれた。
「そうそう、魔女のことも教えてくれたのよ。みんな、言いふらすなんてしないわ」
なんで魔女の話が出てくるのか。不思議そうな目をしたのが分かったのか、一人がその疑問に答えてくれた。
「なんでそんなことするんだって顔してるね? それは、みんな君にここにいてほしいからさ」
「え?」
今度こそ幻聴だと思った。そんなこと、魔操者相手に出る人間の発想じゃない。
固まってしまった僕に、皆はまた笑っている。
「また夢じゃないかって思ってるだろ? 皆、あんたにいてほしいのは本当。今まで邪険にしてごめんな」
その言葉を呑み込まないうちに、無意識に首を振っていた。
「いやですか?」
女性が訊いてきたので、また首を振る。
「僕にそんな資格、ありません」
心配そうに皆が見つめる中、青年がこともなげに軽く言った。
「資格? よく分かんないけど、あるんじゃないの? 俺たちを救ってくれたんだから」
そうだよ、とわく声。
「今度は私たちが恩返ししなきゃ。なんでも言ってね。力になれることはなるから」
皆の笑顔が自分に向けられたものなんて、やっぱり信じられない。純粋な感謝の言葉が魔操者の自分に向けられていることも、にわかには信じがたい。
でも、今なら……。
「どうした? 痛むのか?」
毛布で顔を覆うと、心配そうに声をかけてこられて、ますます顔を出せなくなる。
「ほら、お前たち、病人をあまり疲れさすな」
先生の声。無事だと言われて安心したが、実際に声を聞くとまた違った嬉しさがこみ上げてきた。
「そろそろ日も暮れる。ここは私が見ておるから、みんな帰りなさい」
皆なかなか立ち去る気配がなかったが、先生に再度言われては仕方ないと病室を出ていく。
その間際に声をかけてくる人が何人もいた。
「……先生の、仕業ですか?」
皆が病室を出ていってから、心を落ち着かせて毛布から顔を出す。自分でもなんと言ったらいいか分からない、複雑な顔をしていることだろう。
先生は椅子に座りながら得意げに言った。
「誤解してもらっちゃ困るぞ? みんな自分の意志でここに来ておったんだ。イルフが運ばれてきた時のみんなの顔といったら……。見せたかったなぁ」
そう言う先生はとても満足そうな優しい顔をしている。
「どうだい、イルフ。みんなの声は」
「……」
どういう顔をしていいやら、やっぱり分からない。けれど、先生はそんな複雑な気持ちの中にある溢れそうな思いを読み取ったようで。
「嬉しいんだね」
「……いいんですか、こんなふうに思って。こんなふうに救われた気分になって、罪を和らげるなんて」
嬉しい反面、胸に上る戒めが、素直に笑うことを許してはくれない。
「罪に囚われる必要はないと言っただろう?」
「でも……」
まだ悩む僕を見て、先生は呆れるでもなく息をつく。
「自分の価値は自分の評価だけでは決まらないんだよ。そしてこの町の者たちに君は認められている。だから、いいんだ。人を救うことに喜びを感じても、いいんだよ」
「喜び……ですか?」
先生の奇抜な言葉に、また理解が追いつかない。喜びなんて感じていたかと、ここ数日を思い返してみる。
「気づいてなかったか? 人を治療し、よくなる患者を診る度に君は笑顔になっておったんだぞ。その笑顔に何人落ちたことか」
「なんの話ですか」
「恋の話だ」
「恋?」
「人生はいろんな楽しみがあるということだよ」
よく分からない。分からないが、先生の笑顔に喜びを感じている自分がいる気がする。たぶん、そういうことなんだろう。
先生は穏やかな顔に戻って微笑した。
「ここで、暮らしてくれるね?」
「……」
まだすぐには返事ができない。でも僕は――。
――それから十四年後。
そうして僕は、ずっとここにいる。
あれから十四年が経って、先生は大分老け込んだ。髪は真っ白に染まり、皺も目立っている。頬も痩けてきて、老人の風情だ。
一方僕は、三十代後半の年齢に差しかかったが、魔操者の特権というか、魔力が細胞の活性化に一役買っているので、人間で言う二十代の外見年齢を保っている。
初めて会った頃の先生と今の先生を比べてしまうと悲しくなるので、なるべく老いを感じないよう努めているが、なかなか現実は厳しいものだ。
だからその気持ちはなるべく外に出さないよう、先生とは毎日楽しくやっている。
「なぁイルフ」
「なんですか?」
「まだ腰を落ち着けるつもりはないのか?」
腰を落ち着ける――つまり、まだ結婚しないのかと先生は訊いてくる。年を取ったからか、先生が寂しさでそれを言うことはもう十四年のつき合いだ、分かってしまう。
「先生、そんなこと心配しなくても、僕はここを離れませんよ」
「うむ、分かってはおるんじゃがな」
そして僕はそう思ってくれる先生を見て、ちょっと嬉しくなるのだ。
そんな内面を隠しながら微笑して、窓から見えるシルシェットの町並みを眺める。
「先生。僕は先生と町の人たちのおかけで、この、消えない罪の向かう場所を見つけることができたんです。僕の方こそ、この場所は手放せない。だから、心配しないでください」
「またお前は深く考えおって。……まぁそういうことなら何も言うまい」
ちょっと拗ねたように言う子供みたいな先生に苦笑いを返して、もう一度町を眺める。
魔操者に襲われ、家も人もずたずたにされた痕跡など微塵も残っていないほど、シルシェットは元の姿、いやそれ以上の美しい町並みを取り戻したと、町人は口々に漏らしている。
本当に、この場所は自分にはもったいないけれど。でも、出会ったのだから、素直に受け止めたい。時折己の過ちに心を沈めてしまうことはあるが、どんなに落ちようと戻ってこられる。
もう、彷徨い続けることはないだろう。
そんな優しくて温かい気持ちを窓の外に馳せていたら、ドサ、と何かが置かれる音がしてそちらに目を向けた。
テーブルの上に冊子――というか女性の写真が束になって置かれている。
先生がにやにや笑っていた。
「なんて引き下がると思ったら大間違いじゃぞ! もったいなさ過ぎるんじゃお前は。お前に気のある女子はたくさんおるんじゃからな。だれか娶って……」
「イルフ兄ちゃん! 大変だ!」
どう話を切り上げよう、と脳内で巡り始めた思考が、その声で中断された。
突然入ってきたのは、町長の息子で自称情報屋のユウという少年。
「どうした?」
「魔操者が現れたんだよ!」
十数年経っても、町を襲って力を誇示する魔操者はいなくならない。スピリア――魔操者を殺し回る魔女の存在は多少抑止力になっているが、その魔女の目の届かない所なら何をやってもいいと浅はかな思いに囚われるらしく、年に一度はこういう輩が現れる。
魔操者が来たことを聞くと、いつも決まって困ったように息をつく自分がいる。この町を魔操者から守れるのは自分だけだから、争いたくなくても戦いに赴かなければならないからだ。町を守るのが嫌と言うわけでは決してない。
「タイミングが悪いの」
先生の危機感のない言葉につい笑って、扉に向かった。
「じゃあ、行ってきます」
「うむ。気をつけるんじゃぞ」
そうして今日も、僕は町のために奔走する――。
消えない罪の行き着く場所は。いかがでしたでしょうか?
何か心に響いた言葉があれば、嬉しい限り♪
罪に身を沈める青年に、医師の先生が諭すお話と言えば簡単で、まさに王道といったお話だったと思います。でも簡潔でとても分かりやすい内容でもあるんじゃないかと・・・私の小説にお試しで触れるなら、短編である如月姫かこの話を推薦しますかね。
さて、マジックウィル番外編ということで載せました「消罪」。
とりあえずイルフはこのあと引っ込んでもらって(またあとで出ます)、次は本編「マジックウィル」の過去編です。登場人物はまったく違うのですが、こちらはなんと!私が書くには珍しい、恋愛要素のある話となっております。統一教会員としてはあまりよろしくないジャンル・・・。
ですが!読める範囲・・・だと思います、たぶん。
まぁマジックウィルに繋げる話だと思ってください。
次回からも興味がありましたら、よろしくお願いしますm(_ _)m