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戸惑い




 うまく言いくるめられて、そんなこんなで先生の手伝いをすることになった。


 治療費を返すまでどのくらいの労働が必要なのか、先生は明確に示してくれなかったが、どうやら町の復興が落ち着くまでは雇うつもりらしい。何度か説得を試みるものの、ほとんど文無しの自分がお金のことを出されればそれ以上強く言うことができず、従っている。



 僕が魔操者であることは次の日には町中に広まっていて、先生には居心地の悪い環境になった。

迷惑はかけたくないのに。



「イルフのような魔操者なんて、滅多にお目にかかれん。これを手放しては損だろう? 金もまだ返してもらっておらんし、これは私の立派な権利だと思うがね」



 と、上機嫌に話す先生は町人の非難などどこ吹く風で流している。町人も意見はするものの、渋々といった形で了承しているようだ。


 それを可能にしているのは先生の人徳。町人は気さくで優しくて医師である先生に皆、好感を持っている。


 先生の言うことならと、魔操を施されることを嫌がらず受けてくれるほどだ。何をされるか分からないというのに、先生の言葉でその不安が半ば(ぬぐ)われている。


 先生はまるで、人の心を動かす魔操を使えるみたいだ。



「何度見ても不思議だな、魔操というのは」



 僕が魔操を使用している時、先生は暇さえあれば作業を覗きに来る。


 魔操者は何百年も塔で生活し、外界との接触を絶ってきた謎の集団として人間には認識されている。五年前に塔が破壊されて、魔操者は世界に散り散りになった。誰も、魔操を見る機会なんてなかったんだから、珍しいと思うのは頷ける。



(塔……か)



 魔操者の住まいだった、導者の塔。苦い思いの詰まった罪人たちの城。その塔を崩壊させたのは、スピリアという魔操者だという。逃げるのに必死で実際に破壊している姿を見たわけではないが、風の便りで知った。


 あの実験の犠牲者にして、最強の力を得た成功例だ。


 そしてスピリアは今、復讐とばかりに魔操者を殺し回っている。スピリアの姿も存在も、知っていたのは塔の上層に属していた者だけだから、世界に散らばった魔操者の大半は彼女のことを名前ではなく“魔女”と呼んで恐れている。



 最初は、スピリアが死を運んできてくれるならと、目立った行動をして見つけてもらおうかとも思ったが、できなかった。魔操者が人間から受ける迫害が怖くて、力を使うことができなかったからだ。


 でも今、皮肉なことに、良くしてくれる先生が魔操の助けを望むから、魔操者がこの町にいるという噂が魔女の耳に入れば、殺しに来てくれるかもしれない状況にある。そんなことを知ったら先生は魔操の使用をやめさせようとするだろうから、言わない。


 このまま魔女に発見されて殺されるなら、楽だから。迫害の恐怖もなく逝けるから。



「イルフ?」



 先生が興味津々といった顔でこちらを見ていた。物思いに(ふけ)っていると、いつもそんな顔をして、先生は僕が何か話すのを待っている。


 苦笑して、再び治療に専念した。甘えてしまいそうで先生の存在は少し苦い。


 心地良いなんて、思ってはいけない。













 この町に来てどのくらい経ったのだろう。復興は順調で、怪我人の治療も大方終わり、役目はもう果たしたと、そう思って解雇される日を待っているのに、一向にそんな日はやってこない。


 こんな生活、続けていいんだろうか。町人の何人か、特に子供たちは、僕が魔操者だということをもう気にはしていないようで、不思議な力を見せてとせがんでくる始末。なんでそんなに早く切り替えられるのか、不思議でならない。


 でも、受け入れてくれるのは嬉しい。良いなと思う度にわき上がる罪悪感は、すぐさま戒めとなって救いを拒むが。



「ちょっといいかイルフ」



 夕暮れ時、医院の裏手で物思いに耽っていると、先生が隣に腰かけた。



「もう気づいておると思うがな、本当はとっくに金など返し終えておる」



 やっときた。少し安堵するも、少し寂しい気もする。でも、ずっとここにいるわけにはいかないんだから。



「なぁイルフ。お前、ここで医者をやる気はないか?」



 目を閉じ、首を振った。



「先生」


「分かっておる。お前がいつも思いつめておるのは知ってる。だがな、お前にはお前にしかできないことがある。それをここでふるってはくれんか?」



 少し待って、やっぱり首を振った。



「前にも言いました、僕にそんな資格はない。僕は町を破壊した魔操者と同じです。僕に施しを受ける資格も、優しくされる資格も、ない」


「同じではないと、私もこの前言ったな。君は人の命を救える。先に襲ってきた魔操者とは違い、救ってくれた。力の使い方はまったく正反対だ。同じじゃあない」



 その言葉には同意できない。



「同じだ。同じなんです。僕がしてきたことは、同じ……なんだ」



 うな垂れた。自分が惜しくて、抗えなかった過去。何人この手で実験して、何人殺してきたか。悪いことだと分かっていながらし続けた。そうやって見て見ぬふりをして荷担した、それは町を破壊した魔操者たちとなんら変わらない。



「……先生、ここに置いてくれて、本当にありがとうございました。でも、もう苦しいんです。明日発ちます……」


「イルフ」



 先生が何か言おうとしたが、聞きたくなくて立ち上がる。慰められればそれだけ罪は深まる。心も揺れる。振り払わなくてはだめだ。



「資格がないとは、そんなに大切なことか?」



 足が、止まってしまった。



「そんなに罪が大事なのか? 私には、罪に身を沈めて罪悪感に陥ることを頑なに守ってる、そんなふうに見える。それを失くせば自分がなくなると、恐れておるように見える」


「……」



 先生は少し肩で息をした。



「変化がないのは楽だろう、イルフ。自分の世界で生きておれば、これ以上傷つくことなどないからな」



 これには怒りだろうか、いつの間にか拳を握り、振り向いて声を荒げていた。



「あなたは何も知らないだろう! 人を引き裂いて、傷つけて、酷い形に変えて、殺して! それがどれだけ非道で、やり続けた僕の弱さがどれだけ罪深いか! このままじゃ進めないことくらい分かってるんだ! でも過去を忘れて償いなんて、救いを求めようなんて、してはいけない! それだけのことを、僕はしてきたんだ」



 誰にも分からない、この苦しみなんて。抜け出してはいけないこの苦しみなんて。

 この苦痛の中で生きることが、僕のしなければならないことなんだ。


 先生は僕の怒りに任せた言葉にも、平然としている。



「イルフはエムだな。ということは逆の性格の娘がいいか……」


「先生!」



 この状況では馬鹿にしているとしか思えない言動に、つい熱くなってしまう。こんなに強く声を発するのはいつぶりだろう。


 先生は肩を震わせて笑っていたが、やがてこちらに体を向けて穏やかに笑ってみせた。



「私はね、イルフ。とてももったいないと思うんだよ」


「もったい……?」



 また意味の分からないことを言って、混乱させるつもりなのか。



「そう、もったいない。君は人間では救えん命を救うことができる。そういう力を持ち、それをそういうことに使える意思を持っておる。罪悪感を抱けるような優しさを持つ魔操者なんて、そうそうおらん。そんな君の存在は貴重なんだ。私はそれを無下にしてほしくないんだよ」



 理解できず、眉根が寄る。

 先生の顔は穏やかだ。



「過去は消えんよ、イルフ。その苦しみの過去があるから君は、力を破壊には使わんのだ。それがあるから、命を救われた人がおるんだ。君が塔でしてきたことを肯定するつもりはないし、自分が死に追いやった者を(いた)むことも必要だ。しかし、自分自身までそちらに行くことはないんだよ」


「……」


「君は生きておるだろう。死なずに生きてる。怖いから死なんのはみんな同じだ、恥ずべきことじゃあない。恥ずべきは、罪悪を抱く行為を強制した者に囚われ続けて、生きるものに目を向けられんことだ。本当にもったいないと思うんだよ、それは」


「……」



 否定も肯定も、できなかった。


 先生が立ち上がる気配。逃げることもできずに(たたず)む僕に、ゆっくり近づいてくる。

 顔を見ないようにするだけで精一杯だった。



「君には酷なことかもしれんが、考えてほしい。君にとって本当に大切なものがなんなのか。本当は何がしたいのか。考えた末に出した答えがこれまでと同じだって構わんから、進む一つの候補として、ここにとどまることを加えてはくれまいか」


「……」



 先生の手が、腕に触れた、その時だった。



「何勝手なことぬかしてんだか。お前ら下等生物の手なんか、俺たちが取るかよ!」






先生のこの言葉、「恥ずべきは、罪悪を抱く行為を強制した者に囚われ続けて、生きるものに目を向けられんこと」実は現在の私の一つの指針にもなっております。


例えば、善いことをしたのにそれを無下に扱われたり、否定されたりしたら、「もうしない!」という考えになりますよね? でもそれって、せっかくの自分の善心を無下に扱った思いやりのないもの(悪)に打ち消されることだと思うんです。

せっかく善いことをしたのに、それを行動に起こしたことが素晴らしいのに、そんな自分を悪にもっていかれてなくしてしまうなんてもったいない。


無下に扱われたことに囚われて私もそちらへ行かないようにすること。思い知らされます。



統一原理、奥深し。


次回、バトルです!



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