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流れ着いた罪人、医師と出会う




 床に散らばったガラス片、様々な色の液体、血痕、テーブルにも妙な液体が置かれ、血のついたナイフが何本も散らばっている。


 異臭のする奥の部屋には、椅子に縛りつけられた少年がいた。切り傷、火傷、皮膚が変色していて、拷問でも受けたのかと思うほどの悲惨な有様。


 もう、息はない。なのに、少年は狂ったような笑みを残している。



『どうか、数百年の悲願を叶えて。そのためなら、僕はなんだってするよ!』



 この世界を導く者として、魔操者が再び世界に君臨するためならばと、この少年は自らの体を実験に差し出した。


 この塔で生まれ、理想郷を願う過度な教えを受けた者は皆、塔のため、魔操者たちのために自らの命を顧みない。俗世でもまず考えられない、洗脳だ。


 狂っている。この塔は狂っている。



「ごめん。……ごめん、なさい」



 人道に反すると分かっていても、何度涙を流しても後悔しても、それでも僕は、自分の命惜しさに、従わざるを得ない。こんな自分嫌なのに、恐怖に負けて、結局は生にしがみついてしまうんだ。







     ***







「ごめん、なさい」



 夢。塔で暮らした悪夢のような現実の日々。もう塔が崩壊して五年が経ったというのに、脳裏に焼きついて離れない、罪の連鎖。


 自分の嗚咽で、目が覚めていた。



「おはよう。気分はどうだ?」



 声のした方へ顔を向けると、側に男性が一人、上から覗き込むようにしてこちらを見ていた。

 黒と白のまだらな髪はかろうじて判別がついたから、年齢はなんとなく想像がついた。

 顔がよく分からなかったのは焦点がはっきりしていないのではなく、自分の涙のせいだ。夢の中の出来事に涙を流すところなんて、初対面の人に見せるようなものじゃない。



「っ!」



 邪魔な水分を拭おうと右腕を上げたが、すぐに鋭い痛みが襲ってきて顔をしかめた。

 腕には包帯が巻かれている。



「まだ動いてはいかんぞ。君は崖から転がり落ちて、怪我を負っておる。動けるようになるまで最低一週間は必要だ。大人しく寝てなさい」



 怪我? ああ、そういえば森の急斜面で足を滑らせて、その後気を失ったんだ。それをこの人が見つけて手当てしてくれた、ということか。



「ご迷惑を、おかけしました」



 情けない。人の世話にはならないようこの五年、生きてきたのに、とんだ間抜けだ。



 ふーむ、と初老の男は髭のない顎を擦って、こちらを興味深く見ていた。何か変なことを言っただろうか?



「そこはありがとう、と言うところじゃあないかね? 助けられたのが不本意、そんな顔しとるぞ」



 いっそ知らない間に死んでいたら楽だっただろうか、そんな思いが無意識に顔に出てしまったらしい。そんな小さいことを指摘されるとは予想せず、少し目を(みは)ってしまった。



「すいません……」


「いや、すまん。ついな」


「あの、ここは?」



 気まずい雰囲気は望むところではないので、すぐに話題を変える。



「ここか? ここはシルシェット、そして私の病院だ。私はザクロという。して、君はなんと言うのかな?」


「……イルフです」



 先生は満足そうに頷くと、急に真顔になってじっと凝視してきた。

 その視線に耐えられなくて、戸惑う。



「あの、何か?」


「ん? いやいや。君はなかなか見目のよい顔をしておるなぁと思って。誰が似合いかと考えておった」



 言っている意味が分からずポカン、としてしまった。似合い? 



「先生、ちょっと手を借りてもよろしいですか?」



 奥から誰かが先生を呼んでいる。先生は返事をすると、ゆっくり立ち上がった。



「一応確認しておくが、君に想い人はおるか?」



 さらに意味が分からず眉根を寄せてしまったが、とりあえず「いませんけど」とだけ答えると、先生はまた満足げに頷いて部屋を出ていった。



 なんだかすっきりしないが、深く考えずに体の力を抜く。

 早くここから出ていかなければ。そんなことを思っていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。





 

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