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幻視幻影  作者: 矢島誠二
9/12

暗黒実験

「おかえり、どこ行ってたの?」

 玄関で母さんが僕に呼びかけるが、返事をすることができないくらい気が動転していた。玄関の鍵をかけ、急いで母さんの脇をすり抜ける。階段を上がり2階の自分の部屋に向かう。双頭のイヌによる恐怖で何も考えられず、部屋の扉を開けてベッドに思いっきりダイブした。ベッドの中で状況を整理しないと――


(アッ――!)ダイブした後に気づく、葉月が寝ていた。

――バン!!――

 葉月の上におおいかぶさる。先に着地した手で彼女にぶつからないようブレーキをかけるが少し遅い。ぶつかった衝撃で彼女が目を覚ます。

――!!!!――

目と目が合う。顔と顔が合う。口と口が合う。

(これは・・・・・・キスってやつじゃないのか?)

・・・・・・そっと手に力を入れて顔を話す。葉月の表情。困惑し、混乱し、赤面する。少なくとも3つの表情で僕を見つめていた。

 僕は、眠りにつくライオンを起こさないような動きで、相手を刺激しないようにゆっくりと脇にあるイスに腰掛ける。

 葉月はカラダを動かさないまま、視線だけを向けてきた。・・・・・・何か言わなければ

「ア―――そのう――事故だよ。事故なんだよ。ベッドに入って考え事をしようと思いダイブしたら、葉月がそこにいて・・・・・・」

 必死に訴えるが、今の葉月にそんな事実は通用しない。僕に襲われたという虚構が通用するだけ

「・・・・・・あなたの言葉を信用してもいいわ」葉月がそっと告げる。

「エッ?」葉月のアッサリとした態度にはさすがに驚いた。

「あなたは、ウソをついている目をしていない。それに、襲おうとするならあんなに階段をドタドタと昇ることはないし、私の口を塞ぐことぐらいできるはず――家の外で何かあったの?」

 葉月はどうやら僕が玄関からあせって帰ったのまで、分かっていた。なんて地獄耳だ

「実は・・・・・・」

――そう言って僕は、美雪の両親が行方不明になっている事、蓮華の家に行く途中に双頭のイヌに出くわした事、すべて話した。葉月は、さぞ驚くか、妄想だと否定するか、どちらかだろう。しかし以外にも、真摯に僕の話を聞いてくれる。

「美雪の両親も事件に巻き込まれたか、あるいはもともと存在していないか、どっちかだと思うわ」

「でも、美雪の両親って葉月の両親だろう。そんな他人事みたいに言って――」

「私を捨てて両親って言えるの!?」

「・・・・・・」

――マズイな。葉月は『完璧でないから』といって両親に捨てられた。好意よりも憎しみが湧くのは当然だろう

「――――黙っていても解決しないわよ。それに両親の生存なんて、私にはもう意味がない・・・・・・・・・・・・ああ、双頭のイヌの説明をするわ」

 僕を気遣ってくれたのか、本当に両親は関係ないと思っているのか、葉月は話題を双頭のイヌにそらす。

「そこにあるダンボール箱の中から本を取って!」葉月は首を振って目的のダンボール箱を指し示す。入っていたのは、医学専門書でやけに古い。よく見ると“柳瀬沙織”と名前が書かれており、母さんの持ち物だと言う事がわかる。葉月が指定したのは『ソビエト連邦の臓器移植の研究』という古い本。ソビエト連邦という、今はもう存在していない超大国の医学書。葉月の指示で僕は、厚手の表紙をめくり、何気なく目次を開く

「アッ――ある!!」

 そこに『デミコフ博士の行った双頭のイヌの研究について』の項目があった。思わずそのページを開いて、葉月に見せる。


 1954年にソビエト連邦のウラジミール・デミコフ博士が小型のイヌの頭部をジャーマンシェパードの首に移植し29日間の生存に成功した。このイヌは“外科版スプートニク”と呼ばれ、ソビエト連邦の外科技術の優位性が明らかになった。デミコフ博士は『近い将来に植物人間に手足を余分に移植して、それを四肢が欠損した患者に、必要な時に移植できる時代が来るだろう』と言っている。


「1954年!?今から60年くらい前じゃないか!こんな昔から、トンデモないこの技術が存在してたの!?」

 驚く僕に葉月は、さらに付け加え

「この実験だけじゃないわ。もっと前の1928年に同じくソビエト連邦のブルコネンコ博士が、簡単な人工心肺装置を使ってイヌの頭部だけを3時間以上、生存させたのよ」

――1928年!?てことは昭和3年だ。戦前からそんな技術があったことに、思わず息を飲む。しかし、まだまだ先があった。

「デミコフ博士の『双頭のイヌ実験』に驚いた各国の学者達は、こぞって似たような実験を行ったわ。アメリカで有名なのはロバート・ホワイト博士」

「その博士は、どんな実験をやっていたの?」

 葉月は再び別の本をダンボール箱から、本を取り出すよう要求する。僕は段ボール箱から『脳移植の可能性について』と呼ばれる厚手の本を手に取り、ホワイト博士の項目を開く

「うっわ―――――――!!」葉月に見せる前に、中身を読むが、すごい内容だ。


 1970年にロバート・ホワイト博士はアカゲザルの頭部を切断し、別の頭部につないだ。数時間後にサルは目を覚まし、視野に入った人や物の動きを眼で追い、口の中に手を入れると噛みつこうとした。ホワイト博士は『近いうちに頭部移植によって四肢麻痺の患者を救済できるようになる』と言っている。


「・・・・・・40年くらい前からこんなグロテスクな実験があったの?」

 恐る恐る、葉月に質問する。どの実験も僕が生まれる前に行われていて、歴史も古い。なぜ僕たちは知らなかったのだろう。こんなに医学が進歩しているなんて・・・・・・

「この実験には、日本でも長い間こっそり行われていた。なぜだと思う?」

 葉月は少し笑みを浮かべる。僕がその手の話を知らない事に優越感があるのだろうか

「そりゃあ、まあグロいし。倫理上の問題があるんじゃ・・・・・・」

「本来だったら、そうね。でもそれだけじゃないのよ。実はね――」葉月は、もっと重要な理由について話そうとしたが

「2人で雑談?全く仲がいいわね――和彦、葉月ちゃん」

 いつの間にかドアが開けられていて母さんがニッコリ笑っていた。いつもと違い、どこか作り笑顔なのが気にかかる。

「ダメじゃない2人とも、勝手にワタシの私物を開けちゃ・・・・・・葉月ちゃん、和彦。メッ!!」母さんは柔らかい声で注意する。本に母さんの名前が書いてあったから、このダンボール箱は私物なのだろう

 まあ、勝手に開けたのは悪かったと考えつつ、ふと隣にいるベッドに横たわったままの葉月を見る――!?顔が真っ青だ。カラダと唇が少し震えて、明らかに恐怖に満ちた顔だ。

「おい、葉月。大丈夫か?おい!」

 葉月の胴体を揺さぶり正気に戻させようとすると、母さんはスッと葉月に歩み寄り彼女の耳元で「心配しないで葉月。怒ったりしないから」と優しくささやいた。

「さてと、」母さんは、僕の勉強机にあるイスに腰掛ける。ベットにいる葉月や隣に腰掛けている僕は、母さんと対面する格好になった。

「ここから先はワタシ、柳瀬沙織が話してあげるわ」母さんは、やや真剣な眼差しで語り始める。



 母さんは話してくれた。日本で移植の研究が行われていたこと・・・・・・そして、その研究が闇に葬られたことも

「1968年に札幌医科大学の和田教授が世界で30番目の心臓移植に成功したのだけれど・・・・・・」

「?心臓移植なんて、現在じゃ当たり前だろ!」脳や首の移植ならアリエナイ。でも心臓移植はよくニュースで目にする。

「でも、その教授は『心臓移植は殺人の疑いがある』って訴えられて裁判沙汰になったのよ。医者のみんなは殺人になるのを恐れて、1997年までの約30年間、移植手術はタブーにされちゃったわけ。心臓だけでなく他の臓器もすべて」

「フーン、その30年間は技術が停滞していたということか・・・・・・」僕が納得すると、母さんは「それは違う」と否定する。

「タブーだからといっても移植の需要が無くなるわけないわ。現に当時の技術は確立していたし。だから闇の世界で需要があったのよ。莫大な研究費も手に入るしね」

「じゃあ、誰にも知られずに細々と続けていたのか」と納得するが、また母さんは否定する。

「闇で行われる研究って言うのはね、規制される法律がないから、技術さえあればどんなことでもできちゃうの。手足の移植。神経の移植。首の移植。脳移植」

「母さんは・・・・・・やったこと・・・あるの?」恐る恐る小声で聞いてみる。母さんは医師で、違法な分離手術を知っている。やってないと考える方が難しい。

「ある。全部ある。禁止されていた当時は、ほとんど何でもやっていたわ・・・・・・違法だけどね」

 母さんの能力の高さに僕は、恐怖する以上に圧倒された。スゴイ・・・・・・でも、この母さんを持ってしても父や僕の遺伝病は治せないなんて

「スゴイよ母さん。じゃあ、葉月に分離手術をしたのって」

 なんとなく不思議に思っていた。母さんがなんで葉月を自分の娘にしたのかが

「私よ。私が葉月の分離手術を担当したのよ」

――ふと思う。分離手術で手足は美雪にすべて移植された。葉月は手足を失ったうえ、両親にも見放され、ずっと理不尽な人生を歩んできた。不平等な手足の移植をしたのが、母さんならば――

「手術の失敗の責任を取って葉月を引き取ったの?」そう自分が納得する質問を母さんに送る。手術の失敗で故意ではない――そう思いたかったが

「違うわ。違うわよ。私が失敗するはずがない。研究のためよ。研究の。移植の研究はやりがいがあるし、社会やそして人類のためになる」

――戦慄する。それって葉月がモルモットみたいじゃないか――

 母さん・・・・・・柳瀬沙織は少し、うっすら笑みを浮かべ恍惚の表情で葉月を見つめる。自分の研究していた実験がうまく成功したかのような喜びで――

「・・・・・・」

 しばしの間、僕と母さんが黙る。葉月が「柳瀬さん“首なし鳥”についても話したら?」と問いかける。彼女が“母さん”と言わないのは、自身がどう思われているのか知っているからだ。

「――――葉月」

「アナタは分からないけれど、ワタシには分かるら」そう、僕にさとす。

 僕が黙っている間に、母さんはダンボールの中から本を取ると、改めて元の調子で語り続ける。


「1945年にアメリカで首を切断されたマイクという名の鶏がいてね、胴体だけで18か月間も生きながらえて歩き回っていたって記録があるわ。首なし鳥の噂は、犯人がその実験を行った後で、第三者が首のない鳥を目撃したのだったら、つじつまが合うわね」


「目的は・・・・・・ていうか、母さ――柳瀬沙織さん・・・っ、犯人?」

 母の名をフルネームで言うのは滅多にないが、これができる技術を持つ人間はそう多くはいない。頭が混乱して思わず口にする。

「私は・・・・・・今回の事件に直接関係してないし、手術もしていない・・・・・・と言っても和彦は信じてくれないかな?」

 母さんは髪を少しかきながら困ったような顔をする。犯人ではないと、心の片隅に残しておこう――――いや、片隅どころかカラダの中でざわめく。“母さん”という認識がはがれ落ちてゆくのに耐えられず、僕は目を閉じた。

 残った認識の中にある物は?そっと、目を開けると


――僕を研究対象としてしか見ない“柳瀬沙織”さんがいた――

「柳瀬さん――」息がつまり唇が震える中で、もっとも口に出しやすかった言葉・・・・・・

(ああ柳瀬さん、僕はもう“母さん”と呼べない・・・・・・)



「もう“母さん”と呼んでくれないのか・・・・・・」柳瀬さんは、僕を見るなりタメ息をつく。

「ゴメン、柳瀬さん」何で――離れていたとはいえ、生まれた時から母親だったのに親近感が持てないのか

「謝ることじゃないよ。和彦。“母さん”なんて呼び方は、私に合わない。ロクに家に帰らず自分の研究に没頭し、夫の身を滅ぼした私に、母親をなのる資格なんてない。でも、遺伝的に和彦は私の子供だ。この世に唯一存在する私の貴重な子供だ。誰かを犠牲にしてでも守りたい・・・・・・」


「じゃあ、なんで・・・・・」

 なんで母さんと呼べないのか。ここまで僕を大切に思っているのに母親に見えなくなった――これは柳瀬さんの眼つきじゃない。それ以外の『何か』が僕に母さんと呼ぶのをためらうように感じる。

「いずれ分かるわ・・・・・そのうち、和彦や葉月も私を“母さん”と呼んでくれるはず」

「わけが分からない。『いずれ』って結局のところ、今は言わないってことだろう?何があったんだよ!」思わず口を荒げる。すると柳瀬さんは、僕の耳元でささやいた。

「・・・・・・鹿目蓮華の家に行けば分かるわ。それが私からのヒント・・・・・・」僕にしか聞き取れない声で言う。

「蓮華と柳瀬さんって知り合いなのか?」柳瀬さんに聞き返した。今までそんな素振りも、柳瀬さんは一度もしなかったのだが

「アナタが真実を見たいのなら、ワタシにそれを止める権利はないわ」と柳瀬さんは穏健に蓮華の家へ行くように勧める。柳瀬さんや蓮華、葉月について聞くうちにいったい何を信じればいいのか分からなくなる。でも、真実を知りたいのならば前へ進むしかない。

「分かったよ柳瀬さん。蓮華の家にもう一度だけ行ってみる」

 そう言うと、柳瀬さんは満足そうな顔をして部屋を去る。後に残るのは部屋に突っ立っている僕と、ベッドに横になっている葉月だけ。もちろん葉月は起きている。

「それで?これからどうするの?」と葉月の問いに、僕は「少し考えながら寝るよ」とはぐらかして答える。

「眠れないくせに、それとも私とベッドで一夜を共にしたいの?」と葉月は言い返す。

「いいや、でも、少し考えたい」僕は葉月にかまわずベッドに入り込む。その途端、葉月が急に無口になった。その代わりに僕が、彼女の前でひとりごとを言う。彼女に聞こえるように。聞いてくれと願いながら――

 少し頭をかきながら情報を整理する。柳瀬さんや葉月の言うことが真実ならば、犯人は蓮華で『首なし鳥や双頭のイヌで練習をし、そして美雪を使って実験をした』ことになる。その実験で美雪は、警察の鑑定では死んでいるとされ、葉月の感覚では生きている状態になってしまった。果たして、蓮華は何の目的や動機があって――そしてどんな方法で美雪をああいう状態にしたのか・・・・・・

 勝手な独り言を聞かされて、葉月がどんな顔をしているのか気になり、僕はそっと振り向く。無表情な葉月の顔は、隠し事しているように見えない・・・・・・がなんだか顔が赤い

「何!人の胸に手を付いているの?」

「アッ――」慌てて手を放す。ベッドの布地だと思っていたら、葉月の胸だ。服を着ていたので、違いが分からなかったが、それを葉月に言うと彼女の心が傷つくだろう。

「ゴメン、悪気があってやったわけじゃないんだ」弁解に対して、葉月は「ええ、そうでしょうね。アナタがそんな理由で胸や尻を触るなんて悪気があるわけじゃないものね!」と嫌味な口調で返答してきた。

 ふと、なぜか僕の手が葉月の胸に無意識で触ろうとしていたのに驚き。困惑する。そんなに自分はエロい事を考えているのか――僕の手足に違和感を覚える。

「アナタの独り言を聞くと、まず学校に行き倉庫を調査した後で、蓮華の家に行った方がいいのではないかしら?あの倉庫も調査してなかったし、まず証拠を固めてから蓮華の家に行くべきだと思うわ」

 確かに倉庫の調査をしてから蓮華の家に行く葉月の提案がいいと思った。これまで集めたのは、蓮華が怪しいという考えであり証拠ではない。しかし、ふと疑問に思う。

「でも、葉月。お前はさっき美雪が生きているって言ってたじゃないか・・・・・・それなら、先に蓮華の家に行って美雪を救出した方がいいんじゃないのか?生きている可能性があるとしたら、怪しいのは蓮華の家なんだし」

 それとも、葉月は美雪がこのままの状態でいる方がよいのか?美雪を助けることよりも自分たちの無実を証明することが重要なのか?そんなことを考えてしまう

「蓮華の家は考えられないわ・・・・・・あの家と犯行現場の学校はかなりの距離がある。生きている人間どころか死体を運ぶのにも大変な労力がかかるのよ」

 確かにあの一本道で美雪のカラダを運ぶのには労力がいる。蓮華の体力からいえばスーツケースに入れて運ぶことも可能だが、それならば最初から美雪を自分の家に誘うほうがよい。

「だから、最初に学校を見るべきだと思うわ。私たちが見落としている何かがあるのかもしれない」

 まあ、確かにそうだ。本当ならば今すぐ、蓮華の家に行き美雪がいるのかを確認したいが、さすがに双頭のイヌに追いかけられたあの道を夜に歩きたくはない。それに葉月も行くとなると彼女の身も僕が守らなくちゃいけない。葉月には手足がないので、戦闘能力はほぼゼロ。蓮華の家で襲われたらひとたまりもないが、学校だったらその心配がない。場合によっては葉月だけ自宅に引き返せばいいし

「それもそうだな。じゃあ明日の朝にでも学校へ行って見るか――」僕は首と肩をコキコキ鳴らしながら、葉月に言う。

「明日の朝じゃないわ。今夜よ!」葉月はあきれていた。

「おいおい、まだ休んでいないよ。帰って来てからまだ2時間しかたってないじゃないか!」葉月は僕が帰ってくるまで、たぶん寝てたのだろう。最初にあった時もグースカ、グースカ眠っていたし

「5時間だけ休ませてくれ!確かに僕は眠らない・・・・・けどな、カラダや脳は疲れるんだ」

「アナタは自分の友人が犯人でワタシの姉が被害者な時に、ノンキに休むの?そんなに非情だとは思ってなかったわ!」

 葉月は涙目で言うが、僕には何の感傷も湧かない。だって「殺したいほど憎んでいる」と姉について語ったのは彼女なのだから

「疲労を取らないと、とてもじゃないが途中でぶっ倒れるよ。僕の病気について葉月は聞いているよねえ!?」強い口調で言うが、考えてみればコイツは今まで頭だけしか使っていない。脳は大量の栄養を消費はしているが、体力を使ったことのない葉月にとっては肉体の疲れが分からないのではないか――

 「もちろん知っているわ。アナタと会う前に病気について柳瀬さんからレクチャーを受けているんですもの」そして、葉月は具体的な内容を話し始める。


「脳幹にある呼吸中枢に、何らかの異常があって眠ることができない。普通の人は意識せずに呼吸をしているし、寝ている時も自律神経によって自動的に呼吸ができるから問題ないわ。でも、アナタの場合、何らかの原因でそれが故障していて、意識を保たないと呼吸することができない。原因は現代科学でも分からない奇病で四精霊の逸話に基づいてこう呼ばれている――『オンディーヌの呪い』と」


最初から知ったような口ぶりで答える葉月。確かに現在の僕が抱えている病気の原因はそれで大体説明がついてしまう。医師もそう診察するだろう。だが、葉月は続けて

「でも、そうすると理解できないのは、眠らないことよね。普通その病気の患者さんは人工呼吸器をつけて寝るけど、アナタはそうしていないのは理由があると思う」

「僕は『眠ると記憶が消えてしまうからだ』と、柳瀬さんが・・・・・・睡魔が出ないのはその副作用だと」

 その証拠に、父と一緒に生活した記憶が全くない。父の葬儀が行われた時の記憶が最も古いが、父の死のショックで忘れてしまったのだろう・・・・・・いや、意図的に忘れたのかもしれない。なぜなら、父は葦原家に続く代々の遺伝病のせいで発狂してしまったのだから、それを忘れるために眠ったのかも

「とにかく、僕は葦原家に代々伝わる遺伝病のせいで、僕は苦しめられているんだ。『年齢が高くなると発狂する』って柳瀬さんが言うし、夢と現実の区別がつかなくなっていくのが怖いから・・・・・・あれ?」

――何かがおかしい?そう気づいたのは葉月だった――

「父と会った記憶がないのに、父が葦原家の遺伝病で発狂したと知っている・・・・・・おかしいわね。それに、父親は何で発狂してしまったの?記憶を失うという代償があるけど、死んでしまっては元も子もないじゃない」

「いや、それは眠ると死ぬ病気で・・・・・・」

「じゃあ、アナタが記憶を持っていないのを眠ったことにするのは変よ。眠ったら死んでしまうのだから」

 葦原家の遺伝病の事、父親の発狂の事、自分の身体能力の事は、全て『柳瀬さんから間接的に聞かされたもの』だと気づかされる。

――全部ウソだった???――

 僕は急いで自分の部屋のクローゼットの中から束になったアルバムを取り出して床にばらまく、その中から古そうな物を取り出してページをめくってみる。

「なんだ。みんな写っているじゃないか・・・・・・」

――みんな写っていた。僕の他に父と柳瀬さん・・・・・・そして――



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