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幻視幻影  作者: 矢島誠二
8/12

幻視幻影

「お帰り、今日は早かったのね」

 家に帰ると母さんは、僕が早く帰って来たことに驚きもしなかった。

「今日、学校は休みだって――いつ再開するか分からない」

――葉月といっしょに無駄足をしたが、母さんは先生から事前に「明日は学校に来なくていい」と連絡を受けていた。(頼むから、それを早く言ってほしい!)

「ああ、葉月ちゃん。例の機械を出しておいたわ。いつでも使っていいわよ」

 僕の追及をかわすように、手前にいる葉月に伝える。葉月は「分かった」と言って、リビングへ行こうとする。慌てて葉月を制止させて、車イスの車輪を雑巾でふく。車輪をぬぐうと母さんが

「あ、そうそう葉月ちゃん。アナタ達に言い忘れたことがあったわ」

 母さんはかすかな声で「あまり深入りしない方がいいわ。アナタは、今のままで幸せだと思うから」と葉月にささやいた。

――母さん、いったい何に?――そう、しゃべろうとするが、葉月の凍りついた表情を見て慌ててやめる。意味かまったくわからないまま

「葉月?一体どうした?」車イスの車輪をふき終った僕は話しかける。

「何でもないわ――実験の準備を始めましょう」

 葉月は車イスを操作し、僕と一緒にリビングへ向かうが

――この後、人生最大の激痛を味わうことを僕はまだ知らない――


「何これ???」

 リビングのテーブルに黒く大きな箱がある。

 変な箱だと思いつつフタを開けると、中にはガラスや金属の刃物、外枠は木製のようだがかなり頑丈で中央に仕切り板がある。左右側面に親指で押せるくらい大きいボタンがあり、手前に腕が入るくらいの穴が開けられていて、中をのぞくとガラスが万華鏡のように反射している。

「そのフタを閉じて、両腕を穴から箱に入れるのよ」

「?こうか・・・・・・」

 葉月の指示で両腕を入れると、ガラス越しに腕が透けて見える。葉月が自分の顔を側面のボタンに近づけて

「腕をよく見ていて!」

「えっ・・・・・・何で?」僕が理解するより前に、葉月は顔でボタンを押した。


――――ズドン――――箱の中で刃が落ち、右腕が切断される。


――ウギャアアアアアアア!!!!!!!――

 痛い!痛い!痛い!イタイ!イタイ!イタイというよりアツイ。必死に引き抜こうとするが、何故か抜けない。脳が沸騰する。カラダがしびれる。

「はづ、葉月ぃぃぃぃ!!!おまっ、お前ええええええ!!!!!!!」

「・・・・・・腕が無くなるってこうゆう事よ。わかった?和彦」

 全く動揺を見せず微笑む。このサディストが!!!

「ほら、さっさと眼をつぶって深呼吸なさい。安心して右腕は切れてないわ」

「!!!どういう???」

「いいから早く!」

 思いっきり眼をつぶるがそれでも痛みは無くならない。特に右手に激痛が走る。歯を食い縛り必死に耐える。葉月はなにやら箱をガサゴソ動かすが、それでも右手や右腕の痛みが消えない。

――右腕?――

 おかしい、僕の右腕は切断されたハズだ。なのに何で、右手や右腕の痛みが消えないのだろう――

「もういいわ、眼を開けて」

 おそるおそる眼をあける、ちゃんと右腕が存在した。眼が右腕を認識する。同時に焼けるような痛みが消えていく――

「・・・・・・何だ?今の痛みは」

 あらためて箱をのぞき込むと、中にマネキンの腕がある。よくよく見ると葉月が持つ成功な義手だ。本当に僕の腕とよく似ている。それが箱に備え付けられた鏡に反射し、立体感のある自分の腕に見えたらしい。

「幻肢って知っている?」

――ゲンシ???――

 僕が知らない事を確認したのか、葉月は語りだす。

 例えば、事故で右腕を切断したとする。本来は右腕がないはずなのだが、脳は右腕が持つ感覚をそのまま維持している。そのため、無いはずの右腕があたかもあるように感じてしまう。無くなったはずなのに感覚や感触はある。これを幻肢という。

「あなたは人一倍、感受性が高いわ。腕が切断されたのを見て、脳があるはずのない痛みを感じてしまったのよ。そこに存在しない物を感じ取れる。それが人間の脳よ」

「脳ってそんなにいい加減なのか?」

 いまいち実感がわかない。葉月によれば、目に見えている光景は、実際に映る映像ではなく、脳が認識して改変した映像なのだそうだ。そうした感覚のズレが幻視をまねく。でも、そうすると手足がない葉月にも幻肢の感覚があるはずだ・・・・・・

「葉月にも、その感覚はあるの?」との問いに、彼女はキッパリと断言する。

「あるわ。そして今でも生きて、動いている――」

「動いている?」

 疑問がわく。動いているのは、「手足は自分自身が持つ感覚以上に、動きを感じている」という意味だ。そして、葉月はジ―――っと箱を見つめ続けながらつぶやく。

――だから美雪は生きている――



 葉月から2人の分離手術の詳細を聞いたときには心底驚いた。分離手術は以前に母さんから聞いていたが、まさか両方が共有していた手足を、すべて美雪の方につなげていたとは・・・・・・

 そして、手足をもぎ取られた葉月には感覚だけしか残っていない。彼女の手足について、真相を聞きだし早く気づくべきだった。

・・・・・・ふと疑問に思う。

「でも葉月――手足が無くなった後の感覚は、脳が認識していた時の名残だろう。だったら、今の美雪にある手足の感覚は伝わらないのでは?」

 葉月は「私も最初、そう思ったけれど・・・・・・やっぱり違う」と答える。

「感じるのよ。走ったり、飛んだり、跳ねたり、その動く感触が・・・・・・小さいころだった時よりも強く、そしてはっきりと」

 僕にとっては、さっきの痛みでようやく理解した程度だが、葉月にとっては長い時間の中で達した結論だ。

「ねえ和彦、双子の意識が共有される話をアナタは聞いたことがある?」と葉月は僕に問いかける。

――ああ、確かに聞いた事がある。双子の片割れに異変が起こると、遠くにいるもう1人の片割れが不調を訴えたり、やな予感がするというあれか・・・・・・

「ああ、あるよ。つまりこう言いたいんだね。葉月」


――葉月と美雪は見えない感覚で繋がっている。決して消えることのない感覚で――

「美雪が生きているって分かるのよ。私の感覚が激しくそう訴えるわ」

 葉月は僕に激痛を与えた黒い箱をカラダを使って抱きかかえる。そしてマネキンの腕を凝視し、それを切断する。いや、切断するように見せた。

「だから、時々こうして感覚を消すのよ。この気持ち悪い。そして憎たらしい感覚を・・・・・・」

 葉月はその感覚に、ずっと困惑していたのか。胴体の応力だけで、思いっきり黒い箱をテーブルから投げ飛ばす。投げた箱は壁に穴を開けながら粉々になる。

「おい、葉月?大丈夫か・・・・・・」

 葉月は箱を投げた反動で、車イスから落っこちて、フローリングに顔を強打した。普通の人間ならば手で床を押さえ込めるが、葉月にはそれがない。うつ伏せのままで表情はわからなかったが、周囲から透明な液体が流れ出て、僕はそれを察した。

「たのむ・・・・・・頼むから・・・・・・」

 葉月は弱々しい声で静かに

――この感覚を消しさって!美雪を殺して!――



 葉月が悲しむ姿を見ていたたまれなくなり、僕は家を飛び出した。でも、行き先を考えてないので、しばらく近所の公園のベンチで時間をつぶす。

――フウ――

 ベンチに腰掛け、空を見上げながら、葉月について少し考えてみる。彼女は美雪を恨んでいる動機がこれで分かった。少なくともあの声、あの涙は演技ではないと思う。

(美雪が生きていると考えられるのは――)

――偽装殺人――

 だけど、死体を誤魔化せるのだろうか?方法はいくらでもあるが、それならば校舎の裏にある森で死体を燃やした方が、いくらでも誤魔化せる。バラバラにする必要など全くない。

 それに、死体が偽装だとしたら、僕があの死体を見つけた時の“美雪だ”という直感は信用できないという事になる。人間の感覚は当てにならないのは、黒い箱で思い知らされたのだが――

 でも、そうすると葉月の泣きじゃくる声や涙は演技だった可能性も否定できなくなるし

「ダメだこりゃ・・・・・・」

 考えれば考えるほど、ドツボにはまる。ここは一旦、仕切り直して考えよう。

――考える事、数分――出た結論は

(美雪の家に行ってみるか・・・・・・)

 学校で刑事にあった時に、メモ帳に書いてある住所録をのぞいていた。住所はちゃんと覚えているし、探し出すことができる。

 そう考えて、公園のベンチを後にした。



「君だれ?住所を言いなさい。名前は?」

(弱ったな――)

 自分が犯人だと疑われているのに、とんでもない事になってしまった。現在、美雪の家がある3LDKのマンションで警察官から職務質問を受けている。

――まあ、当然だな――

 被害者である美雪の家に行けば、何か手がかりがつかめると思った。でも、警察も僕と同じ考えだったらしく、マンションにいたので、来て早々に職務質問になった。ただ、あの刑事がいなかっただけましである。

 嘘を言って疑われても困るので、自分が同級生であること、犯人が気になってやって来たことを正直に話す。ついでに美雪の家についても刑事に探りを入れたが、有力な情報は得られないし、家の中を見せてもらえなかった。

・・・・・・とはいえ、僕の立場はあくまでも同級生であって親族ではない。その辺の事はわきまえているつもりで

「それでは、瀬川美雪さんの御両親によろしくお伝えください」そう社交辞令を述べて帰ろうとした時に。警察官が不思議そうな顔で「君、両親を知ってるの?」と尋ねてきた。

「・・・・・・?」

――どういう意味だ?普通の家族で子供が高校生だった場合、1人暮らしはアリエナイ。両親と死別したとしても児童養護施設にあずけられる、わざわざ3LDKのマンションに住む必要はない。

「両親と連絡が取れないんですか?」

 さりげなく僕が尋ねると、警察官は「瀬川美雪さんの両親を教えてくれないか?」と逆質問をされてしまった。そんなの僕だって知らない。

 警察官に「両親は知らない」といい、逆に美雪の両親について少し尋ねてみた。警察官は最初イヤな顔をしたが、僕の身分を明かしつつ「美雪の両親を知っている人がいたら連絡する」と伝えたので、美雪の両親について分かっている事を教えてもらう。

 結論から言うと、警察官は美雪の両親について何も知らなかった。マンションの借主の住所、学校に記載されている保護者のリストをたどっても、所在が全くわからないまま。3LDKのマンションで明らかに家族が住むマンションに家族の痕跡がなく1人暮らし、両親を証明するものが一切ない。―――なに、このミステリアス???

 全く理解できないままマンションを後にする。キツネにつままれた感覚だ。この話を聞くと、葉月が肉親だというのも怪しい。後で彼女を問い詰めよう

(・・・・・・さて、次は蓮華の家に行くか)

 学校の裏手にある蓮華の家には、崖をさけて遠回りをしなければならず、結構しんどい。一応、道路は舗装されているが車1台分の車幅しかない小道を1人で歩く。

――なんだ、妙に寒気がする――

 風を感じないのに肌が冷たいのは、おそらくこの静けさだろう。再開発から取り残されていた場所なので、家が所々にしかない。狭くて不便すぎるこの1本道を登るのはキツイ。

(やっべえ!日が暮れてきた)

 この道には街灯がほとんどついておらず、あっても旧式の蛍光灯で、明るい水銀灯やLEDではない。おそらく蓮華の家に入ったら最後、帰れなくなってしまう危険性がある。大袈裟かもしれないが、真っ暗闇というのはペンライトの明かりさえ暗闇に溶け込む。なんでも黒く塗りつぶすから、持っている意味が無くなってしまう。

――やむをえない、引き返すか――

 あと3分もあれば蓮華の家だが、折り返すことを考えると無駄と考える。いや、たぶん心の底では、怖いからなのだろう。犯人の可能性がある蓮華の家に行くのが・・・・・・

 自分にさんざん言い聞かせて引き返そうとしたその時。

 ガサガサ・・・・・・クウン

 近くで物音がする。どうやらイヌのようだ。イヌは嫌いではないが、大きいイヌだったら襲われるかも

 クウン、ワン、ワン

 イヌが草むらから出てきた。少し小柄でおとなしそう。犬種は全くわからないが、頭が茶色い。でも、他のイヌの鳴き声がするから、もう1匹いるのはずなのだが


――――!!!!

 絶句。見てしまった。おとなしそうなイヌの首の近くにある黒いカタマリ。暗くて黒くてよく分からないそのカタマリを。黒いイヌの首を――

 ワンワンワン

――双頭のイヌ――

 美雪から「見ると死ぬ」といわれて、あるわけないだろうと頭の隅に追いやった。この町の恐怖の対象がそこにいる。

 クウン、クウン――

 ワン!ワン!ワン!ワン!

 おとなしい茶色の頭のイヌに比べて、元から付いていたであろう、黒い首のイヌは僕に敵意を向けた。

――――ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア―――――――――

 気がつくと恐怖のあまり、僕は走り出す。


 暗く狭い一本道。道路のアスファルトが、かすかな空の明かりに反射し、光る。 意識を光の道に集中させて、全力で、もと来た坂道を引き返すが

「ツッ――――!!」足に激痛が走る。どうやら、イヌの片方の頭が、右足に噛みついた。

 ここで立ち止まると、暗がりに強いイヌの方が有利なので、脳に必死に働きかけ、足の痛みを消す。全力でダッシュし、ようやく大通りに出たら

――オウァァァァ!!!――思いっきり転ぶ。もう片方のイヌの頭が、右手に噛みついく。

 片手と片足を噛みつかれて身動きがままならない。必死になって考えたすえ、ポケットに左手を入れた。取り出したのはカメラ付き携帯電話

――これでも喰らえ!!!――カメラのフラッシュボタンを押した。

「キャウウ!――」

 イヌがフラッシュに驚いた瞬間、噛みつかれていない左足でイヌに蹴りを入れ、引き離す。左手で携帯電話をイヌにブチ当てて、右腕で思いっきり投げ跳ばす。イヌは携帯電話をくわえたまま、畑の向こうの川に落ちていった。

(いまだ!!)

散々なめにあい、家まで全速力で逃げ帰った。



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