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幻視幻影  作者: 矢島誠二
4/12

異体同心

「ハァー、遅刻だ」

 眠くないのにカラダはすごくダルい。眠らないとはいえ、普段はもっと休息を取るので疲れることはない。しかし昨日、葉月の事で散々なめにあったばかりか、朝の着替えやトイレも大騒ぎ。おかげで、1時間目の授業はとっくに終了しており、2時間目の授業に何とか間に合わせた。

「カズが遅刻なんて珍しいわね」

 隣で蓮華がいう。先生は「今朝、軽い貧血があった」と説明するだけで信じてもらえた。自分でいうのも何だが、日頃から成績が良い事や遅刻をしなかった事が幸いしたかもしれない。

(学校から帰ったら、母さんは居るだろ、だから葉月は心配してしない)

 そう考えながら、窓から校庭を眺める。いつもと変わらない景色。いつもと変わらないはずの日常。

(だが、なぜか気分が悪い。授業に身が入らない)

 たぶん、今朝の騒動で本当に疲れてしまったのだろう。本当に軽い貧血がする。めまいもする。

(ヤバイかもしれない)

 もしここで、気を失ったら心停止・呼吸困難で病院送りだ。最悪、死ぬかも。授業は始まったばかりだが、仕方がない。

「先生、気分が悪いんで保健室に行きます」ダルい気持ちを抑えながら手をあげる。

「・・・・・・そうか、顔色が悪いな。付き添いの委員長の瀬川は・・・・・・あれ?休みか。だったら」

「いえ、1人で充分です」

 僕はふらふらに成りながら、教室を出て廊下を歩く。普段、授業中に廊下に出ることはなかったが、こうも静かとは

 保健室に行き扉を開く

「?」

――誰もいない。

と思ったら、保健の先生がベッドで大の字になって寝ている。ベッドは1床しかないので、先生を起こそうかと思ったが、なんだか気が引けるな

「校庭の木陰で休むとするか・・・・・・」

僕は、通用門の隣の木陰で休憩を取っていた。数時間したのち

「こんな真っ昼間からサボリ?」

「!――葉月」

 見ると、車イスに乗った葉月がいる。今朝、2階のベッドに寝かしつけてきた上に、車イスは1階の玄関に置きっぱなしだ。どうやってここまで――

「今朝、ママ・・・柳瀬さんが来てベッドから私を開放してくれたの。姉さ・・・『美雪のことが気になるなら学校に見に行ったらどう?』って言うから、車イスで来たってわけ」

「ふうん・・・・・・で、母さんは?」

「校門前の近くまで一緒に来てくれたんだけど、『校舎内は和彦が案内するから安心して』って勝手に帰えちゃったのよ――――別に、あんたと一緒にいたいなんて思ってないけどね」

 母さんは僕に葉月の世話を押し付けたことが分かった。

「ああ、事情はわかった。でも葉月、残念だったな。美雪は今日、休みだぜ」

「休み?」

「ああ、美雪にしては珍しいがな」

 僕は、美雪が不在と知ったら出直すだろうと考えていた。でも、その考えは甘かった。

「ちょっと、校内を探索してみるわ」

「えっ?」

「だって、せっかく来たんですもの。中をのぞいたっていいじゃない」

「キミはこの学校じゃないだろう。それとも、転校してくるのか?」

 そういえば、葉月はこの学校に転校するのだろうか?そうなると、いろいろ面倒なことに

「この転校生になる予定はないわ。けどここで学ぶことになると思う」

「?どういう意味か分からないけど。僕は休憩を取っている真っ最中だ。学校の案内はまた今度に」

「気にしないで、私は1人でできるから」

 そう言って、葉月は車イスを前に動かした。手足もないのにどう動かしてるのか尋ねると、セグウェイのように重心の移動によって動かす最先端の車イスらしい。葉月が前かがみになると、前に動いた。葉月は校舎内へ入ってしまったので、僕も中に入る。

「もし見つかったら、大変なことになるぞ」

「その時は、美雪に成りすませばいいでしょう?ケガをしたけど車イスで来たって」

(どんなケガだよ!)

 心の中でそうツッコむが、もし美雪が学校に来たら、ココにいるのは誰なのか騒ぎになる。それとも、ばれない自信があるのだろうか?とにかく、教室に行かせるのは得策でないだろう――だったら

「よし、生物室へ行くぞ」

 今は、授業中なので教室に入ることはできないが、別棟にある生物室には入ることができる。生物室は保健室と同じく1階だ。車イスを持ち上げて階段をのぼらなくてすむ。それに、美雪が部活をしている場所だから、美雪の事が少しはわかるだろう。

 そう考えて、僕は葉月を強引に生物室へ案内した。



――誰もいないな――

 授業がないので、生物室は静まりかえっている。前の時間で授業をやっていたせいか、少し鼻につくにおいがする。

「えっと・・・・・・美雪のものは」

 美雪は生物部だから、何か所持品らしきものが棚に残っていると思ったが、あるのは実験に使う器具ばかり

・・・・・・隣の準備室にあるかも

 僕は、隣の準備室の扉を開く。

「あら?カズ」

「えっ!蓮華?」

 目の前の鹿目蓮華が、メスを手に持って何かの実験をしている。肉片が見えるが、何の解剖だろうか?

「具合は治ったの?保健室に行ったけどいなかったから、てっきり帰ったかと思ったわ」

「いや、校門の前の木陰で休んでいただけさ、蓮華こそ授業はどうしたの?」

「今朝のホームルーム聞いてなかったの?このあたりで動物惨殺と不良に暴行の事件があったから、生徒の安全を優先して授業は早めに切り上げるんだって」

 蓮華はメスを横に置いて手を洗っていた。肉片を見る限り、どうやらカエルか何かの解剖をやっていたらしい。

「まあ、カズが気を付けなきゃいけないのは動物惨殺よりも不良の件ね・・・・・・たぶん仕返しをしようと何処かで待ち構えているわ」

「えっ、そうなの?」

「たぶん・・・・・・ね。だから帰るときは、裏の通用門から繁華街を通らないで大回りした方がいいと思うわ」

「ああ、そうしておくよ。ところで蓮華は何やっているの?なんかの解剖?」

「ええ、ウシガエルの解剖よ。今一通り終わったわ。ほんとは美雪とやるはずだったんだけれど、今日いないから・・・・・・」

 そういえば、蓮華と美雪は部活が一緒だった。蓮華なら美雪の所持品の場所を知っているのでは?

「なあ、瀬川さんが使う物も生物準備室にあるのか?」

「あるけど・・・・・・でも、どうするの?」

 さりげなく聞いたつもりだが、蓮華は少し怪しんでるような顔をする。「美雪に頼まれた」と言いたいが、その証拠もない。・・・・・・どうしよう

「美雪がここに居なきゃ、見せれられないわ。プライバシーの侵害ですもの」

(ごもっとも――)

 僕が小さくうなずくと、蓮華は顕微鏡を元に戻すため隣の生物室に行った。・・・・・・なんだろう、何か忘れているような?

――ドサッ!

 アッ!――顕微鏡を落とす音と同時に思い出した!隣の生物室には葉月がいた。

 後を追って生物室の扉を開いた。そこには葉月に驚いた蓮華と、驚いた蓮華に反応してカラダを身構える葉月の姿。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 両者、全くしゃべらない。無理もない、蓮華はいないはずの美雪に驚いていたが、葉月の方は相手の名前を知らない。そのためか、どう声をかけていいのか分からないらしい。

「ア―――蓮華、鹿目蓮華だ。エ―――美雪、瀬川美雪だ。」

 声をかけたふりして、相手の名前をさりげなく教える。うまくいくのか?

「こんにちは。蓮華さん」

「ここで何してるの?瀬川さん」

 よかった。相手の名前が分かったせいで、コミュニケーションができた。僕は、すかさずフォローを入れる。

「ああ、実は美雪に自分の私物を持ってくるように言われたんだ。ほら、美雪は疲れているからその手伝いが出来ると思って――」

「フ――――ン、わかったわ。ちょっと待って」

 蓮華が準備室に行ったのを見計らって葉月に小さく声をかける。

「うまくいったみたいだな」

「どうかしら?」

「大丈夫。手足がないのはマネキンの腕と脚で誤魔化せているし、車イスは調度品のイスに見えるからばれなかったと思う。」

「呼び名がね・・・・・・」

「エッ?」

「何でもない。気にしないで」

 葉月はそういうと、車イスを動かして生物室の机についた。生物室などの理科室の机は立って実験をする事を前提に設計されている。かなりの高さがあり、机から葉月の頭が生えたような姿に見え、少し笑った。

「おまたせー。いろいろ持ってきたわ」

 蓮華が段ボール箱に、実験ノートや賞を取った時のトロフィー、写真などを詰め込んで持ってきた。机に広げると、美雪がこの研究部でかなり活躍していたのが見て取れる。

「ヘー、ずいぶんあるな」

 葉月は、マネキンの腕を付けているので手で持って見ることができない。僕は、それらを1つ1つ手に取り、そっと葉月に見せる。

「ちょっとカズ、馴れ馴れしいわよ」

「少しくらい、いいだろ!」

「カズがそんなにへりくだるゴマすりセクハラ男だったとは・・・・・・失望したわ」

「こういうのは、優しさっていうんだよ」

 そう言いながら僕は、机の左端にある実験ノートを手に取る。顕微鏡で撮った写真や資料の切り抜きが随所に張られており、それが原因でノートの厚みが元の倍くらいになっていた。

「美雪が賞を取った時の、実験ノートよ。内容は『ウシガエルの卵を髪の毛で縛ることによる分化異常の観察』だったかしら」

 蓮華が説明してくれるが、専門的なのであまりよくわからない。

「ようするに、ハンス・シュペーマン博士のイモリの卵を縛る実験をウシガエルで再現してみようと思ったってことよ」

 「専門的すぎてよくわからない」と僕がいうと蓮華は大きくため息をついて

「ああ、もう!瀬川さんに教えてもらえばいいじゃないの!」

「えっ?瀬川・・・・・・」

 チラリと葉月を見る。葉月は美雪と同じく生物に詳しいのだろうか?たしか、一卵性双生児は趣味や嗜好が似るって言うけれど――

 蓮華と葉月を交互に見る僕に、葉月はタメ息をついて

「イモリが受精してできた胚を髪の毛で縛るの。縛らないとイモリは1匹だけど、きつく縛ると2匹できるの。そして、ゆるく縛ると――」

「ゆるく縛るとどうなると思う?カズ、答えてみて?」

 葉月が説明している途中に、蓮華が割り込んできた。「葉月に教えてもらえ」って言ったのおまえだろ

「・・・・・・イモリが1.5匹できる」

「まあまあ、正解ね」

 この後、葉月がらみで疲れそうなので、あまり頭を使わずに考えたが、以外にも正解だった。解説は葉月がしてくれた。

「頭が2つのイモリができるの。つまりは、胚を発生させるための実験の1つとして行われたのよ。でも意図的に、一卵性双生児や結合双生児を作った初めての実験という側面もあるの。今のクローン技術の原点ともいわれる実験よ」

「よくそんな難しいこと知ってるね」と僕が感心すると――

「高校の生物の教科書に載っている実験よ」

 本当に教科書に載っているのか?僕は生物Ⅱの教科書を手に取り、指定された189ページを開いた。

「ほら、189ページ」

「ああ、本当だ!・・・・・・でもこの部分って、授業中にすっ飛ばした所じゃなかったっけ?」

「試験に出ないから、当然と言えば当然ね。でも、生物部の部員としては知っていた方がいいかも」

 横から蓮華がアドバイスする。葉月が蓮華の質問にスラスラ答えたため、別人ではないかという疑いは晴れたようだ。

「じゃあ、カズには生物部に来たから、特別にアレを見せてあげる」

「アレって何?」

「アレよアレ・・・・・・ねえ、美雪」

「えっ、ええ」

 葉月は、相槌を打つが、それが何か分かっていない。

「アッ、美雪は朝に来てないから見てないんだ。待ってて――」

 そう言うと、蓮華は隣の準備室から、何やらビーカーに赤黒い塊が入った物を持ってきた。

「!――」

 息を飲む。その赤黒い塊はモゾモゾと動いている。虫や寄生虫の類ではない。いったいこれは――――

「これは、ウシガエルの心臓よ。リンゲル液に漬けてあるけど」

 蓮華はそう言ってビーカーに入ったうごめく心臓を僕たちに見せる。

 どうやらさっきの解剖で切り取ったウシカエルの心臓らしい。信じられないことに切り取られてもまだ拍動している。

「ホント、生命って不思議よね。こんな状態になってもまだ生きているんだから」

 蓮華はビーカーのうごめく心臓を見ながら、ビーカーのガラス越しに葉月を見つめる。蓮華は笑みを浮かべていたが、葉月は不快だったのかビーカーから目をそらす。

「アッ、解剖したカエルを放置したままだわ。悪いけどちょっと待ってて」

 蓮華が足早に準備室へ行ってしまった。僕はうごめくカエルの心臓をチラリと見ながら、目を背けたままでいる葉月に

「ちょっと、グロいよね。葉月は美雪と違ってこういうの苦手だったの?」

 少しうつむきながら、鼓動する心臓に向かって葉月はつぶやく

「こんな・・・・・・こんな状態になってもまだ生きているなんて、まるで――」

 顔を上げる。それは僕と会った時以来、初めて見る悲しそうな顔。

「ワタシに似ている――」

――ああ、そうか。解体されてもまだ生きているカエルは、手足を失ってもまだ生きている葉月にそっくりなんだ。きっと、自分に重ね合わせていたのだろう。そのカエルの心臓を“グロい”と言った僕は、慌てて話題を変える。

「そういえば葉月、前はどの高校に通っていたの?僕でも知らないような事が分かるんだから、偏差値の高い学校だったと思うけど?」

 葉月は表情をさらに曇らせて

「・・・・・・行ったことがない」

――マズかった。葉月には手足がないから学校にも行けなかったのか・・・・・・あるいは行けたとしてもイジメにあっていたのかもしれない。そんなことも考えられない自分を少し責める。

「ごめん、言いたくない事だったら無理にしゃべらなくてもいいんだ」

「私は、人として見られていないの。だから、学校へは行けないわ」

「そんなことないだろう。蓮華だって、お前を人間として見ていたじゃないか!」

「手足が無い事ではないのよ。産んでくれた親は私を認知しなかった。だから、戸籍も記録も持っていない」

「じゃあなんで、母さんと出会った!母さんは葉月を認知したんじゃないのか?」

「柳瀬さんは私の願いを叶えてくれる。そう言って切り離された私を引き取った」

「どんな願い?」

「・・・・・・」

 葉月は、押し黙る。どうやら話題を変えようとしたら、余計な所まで踏み込んでだらしい。

「・・・・・・ゴメン」

 『なぜあやまる?』という目でこっちを見た葉月は、その後うつむいてつぶやく。

「ワタシは・・・・・・余り物だ。だから捨てられたんだ」

「・・・・・・」

「ゴメン、遅くなって」

 蓮華が戻ってきた。あまりにも酷い会話だったので、僕たちはうつむいたままだったが、何を思ったのか蓮華は「ムード壊しちゃったかしら?でも、瀬川さんはカズにはもったいないよね」と意味不明な事をしゃべる。

・・・・・・余り物

 葉月が、捨てられた事を聞いてようやく理解できた。

・・・・・・ああ、そうか。だからか――

友達

住む場所はおろか

自分が生きているという証拠すら。

・・・・・葉月は持ってないのか――



 家に帰った僕は、葉月を寝室に寝かしつけて、母さんと今日の事について雑談をする。

「へえ――今日そんなことがあったの?」

「ハア――散々な1日だ」

 不良グループに見つからないように、いつもより遠回りをして家に帰った。結局、母さんは迎えに来ず、遠回りしたおかげで葉月の乗った車イスのバッテリーが切れてしまい、仕方なく押すはめになった。

 葉月は過去の事をしゃべったせいか終始不機嫌で、僕は葉月とマネキンの手足を乗せた調度品タイプの車イスを押したせいか、昼に木陰で取れたはずの疲れが戻ってしまう。

「でも、葉月ちゃんがあそこまで言うなんて・・・・・・アナタのことよっぽど気に入っているのね」

 母さんは紅茶を飲んだ後、少し笑みを浮かべた。どこか昨日よりホッとしている。

「いったいどういう意味だ?切り離されたとか、余り物だとか・・・・・・やっぱり葉月はあのカラダで生まれたから両親に見放されたのか?」

 生物室と同じく、家でも葉月の過去についてしきりに訪ねる。

・・・・・・なぜだろう?

 なぜこうも葉月の事が気になるのだろう。


「葉月ちゃんと美雪ちゃんは結合双生児よ」

 少し間を置いた後、母さんは唐突に話した。結合双生児?どこかで聞いたような・・・・・・

「つまりお互いのカラダがくっ付いたまま生まれてきたの。10万人に1人の割合で生まれてくる奇病よ。たいていの場合は中絶してしまうけど・・・・・・葉月ちゃんの母親はそのまま出産したわ」

 ああ、あのイモリの実験の話のときだ。2つの頭と1つの体。葉月や美雪もそうやって生まれたのか――

「生まれてきた場合は、できる事ならカラダを分離する手術を行うのよ。うまくカラダを切り離すことができればお互いが自由になれるわ。だけど・・・・・・」

「失敗したの?」

「いいえ、成功よ・・・・・・1つの完全なカラダと手足のないカラダにね」

 母さんはティーカップを手に取り、中に入っていた紅茶をすべて飲み干す。

――そうか、葉月のカラダは分離手術の結果か!

「人間は残酷なものね。両親は美雪ちゃんだけを育てることにしたのよ。だから葉月ちゃんは、ワタシが引き取ったのだけど」

「なんで両親は、葉月を引き取らないのさ?親子だろ!」

「・・・・・・負担になるから」

 母さんは声を詰まらせる。なるほど、僕も葉月の面倒を1日だけやったがかなり大変だった。両親だった場合、結婚できなければ死ぬまで世話をしなければならない。・・・・・・でも


――捨てるっていうのは、あんまりだと思う――

「・・・・・・そうね、でもご両親も悩んだうえでの結論だったと思うわ。だって、最初っから中絶していれば2人とも死んでいるから――」

「そんな・・・・・・」

 せっかく、産んだのだから最後まで面倒をみてほしいと思うが・・・・・・世間はそんなに甘くないのだろう。

「葉月ちゃんの面倒なんて誰もみないのよ」

 嫌な気分だ。考えてみると自分がああなる事だってなくはない。崖から落ちたり、雪山で遭難したり、電車にはねられたりして、手足切断や半身不随になった人は多い。

「だったら、僕が面倒をみるよ」

 僕がそう言った途端、母さんの表情が急に明るくなる。ゲリラ豪雨がすぐやんだように――

「よく言った!さすが私の息子だわ!」

「エッ・・・・・・ちょっと」

「面倒をみる。ウンウン。最初は嫌っているかと思ってたけど、そこまで決心がついていたとは――」

 あせる。母さんは同情を誘いつつ、僕に面倒をみさせるための言質を取ろうとしたのだ。

「じゃあ、さっそく葉月を風呂に入れるの手伝ってちょうだい」

「それは・・・・・・」

 葉月をトイレに行かせた昨日の事を思い出す・・・・・・ヤバイ!心臓が高鳴り、息切れがする。ドキドキで思考が中断しかけるが――

「あなたの面倒なんて見てほしくないわ」

振り返ると、腰を前後に振りながら、床を這っている葉月がいた。まるで芋虫みたい。

「車イスがないからって、ここに来られない事にはならないのよ!」

 葉月を遠ざけるために、わざわざリビングまで車イスを移動させておいたのに、無駄だった。

「どこまで、聞いたの」

「生まれてきた時の話からよ」

「ああ、ほとんど聞いちゃったわけだが」

「柳瀬さんから、私の過去を聞き出すなんて!・・・・・・このヘンタイ」

「だって、そのカラダでやってきたら、誰だって気になるだろう」

 今にも噛みついてきそうで、あわてて後ずさる。葉月に足があったら思いっきり蹴られていただろう。ふと、傍観者だった母さんが思い出したように

「でも、葉月ちゃんも和彦の病気の事、聞いてきたじゃないの。やっぱり相手の事は気になるのかしらね」

「おい、葉月。どういう意味だ?」

 形勢逆転したと思い、葉月につめよる。

「・・・・・・」

「お前だって人の事いえないだろうが!」

 不用意に近づいたのがまずかったと、後で後悔した。

「レディーに聞いちゃいけないのは、年齢と体重と過去の出来事よ!」

ガブッ!

 葉月に手をかまれて、僕は絶叫する。



 最初は柳瀬さんの息子としか聞いていなかった。

でも、アイツ・・・・・・和彦だっけ。眠ったら死ぬなんて不思議な病気ね。

 噛みついた後、私は柳瀬さんにお願い・・・・・・いや!無理やり風呂に入らされ、その後で和彦の・・・・・・いいや!私のベッドに連れ戻された。

 正直、全然眠くならない。

――もう少しで新しいカラダが手に入る。そう思うと、自然と手足の感覚が戻ってくる。

 手足の感覚はそこにある。なのに動かせない。こんなにツライことはない。

 だが、柳瀬さんは和彦の方がツライと言っていた。彼の病気は、父親からの遺伝病で、脳の呼吸中枢や自律神経に障害がある。例えるなら自動操縦ができない飛行機のようなものだ。そのため、常に自分の意識でカラダを管理しなければ生きていけない。『オンディーヌの呪い』は呼吸中枢だけだが、和彦の場合はそれよりも重症で、疲れはするが眠たいとは思わない。だからいつも起きている。いや、『起きている』というつもりだ。

 人間は眠る時に、現実での出来事を整理して記憶する。その欠片が夢だ。眠らないと夢を見ない。だから現実で起こったことを整理できず次第に夢が現実に侵されそして・・・・・・

――発狂して死ぬ――

 そんな人がいるなんて考えなかった。ふと、思う。和彦の父はどうなったのかと?

 柳瀬さんに聞くが、無返答。何も言わない。発狂死したのか?

 なんで、私と一緒にしたのか?柳瀬さんはこう言った。『和彦にはすごい能力がある』と

 呼吸や心拍を意識でコントロールできるので、火事場の馬鹿力のようなパワーを自分で作り出せる。

 平凡な人にしか見えないが和彦にそんな能力があるとは・・・・・・感心していたら柳瀬さんの言葉に、私はハッとする。

――だから研究のしがいがある――

 初めて会った時から思っていた。この人は私を人間ではなくモルモットのように見ている。つまり、研究対象なのだと・・・・・・

 そして思う。和彦もそう視ているのだと・・・・・・

だから、柳瀬さん――――ワタシはあなたを“母さん”とは呼べない。



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