愛縁奇縁
「おはよう!和彦くん」
翌朝、登校中に僕の背中を叩いたのは、同級生の瀬川美雪さんだ。
「アッ、瀬川さん。おはようございます」
「元気ないな・・・・・・いつもの事だけど」
美雪は、うちの高校の生徒会長をしている。身長が160cmで体型はスラッとしているが少し胸が大きい。成績は学内トップクラスの好成績。全校生徒から“完璧”と称されるほどで、彼を慕う信者も多い。サラッとした黒髪のロングヘアと首に巻いたチョーカが、なんともいえないアクセントとなっている。
「和彦君は、相当なものぐさね。学校でもっと人と関わらなきゃ、いずれ空気になっちゃうよ!」
美雪の元気な口調に自然と心が安らぐ
「普段から明るく振舞っている瀬川さんとは違うよ・・・・・・」
軽く皮肉を言うと、美雪は少し髪を触りながら顔をそむけた。
美雪は生徒会長であるがゆえに他人の評判をとっても気にしている。そして人望を保つために、仲間はずれやケンカの仲裁など人の嫌がることも進んでやっている。仲間外れにされた僕を『かわいそうだ』と思い助けることがあり、非常に感謝していた。
ただ、世間と違ってひねくれている僕からすれば、でクラスの心象を良くしているように思えた。僕の誤解かもしれないが、事実なら見ていて痛々しい。
「ねえ和彦君、学校で“首なし鳥”の噂を聞いたことある?」
「いや、全然・・・・・・・」
「そう?クラス中で、その話題で持ちきりよ!」
「そうなのか?どんな噂なんだ?」
「えーっと・・・・・・『首がない鳥が空を飛んでいるのを見かけると死ぬ!』という噂よ!」
美雪が、恐ろしい顔をして僕に聞かせるが、僕にはそれがデマに感じた。
「・・・・・・嘘だな」
「断定するのが早すぎよ。和彦くん」
「よく考えてみろ!それを見た人間が死ぬのなら何で噂が広まるんだ?死人に口なしだろう」
「死んだあとで聞いたのかもしれないわ」
「意味わからん」
美雪はこういったグロテスクな都市伝説めいたものが大好きだった。そういえば、彼は生物部で鹿目蓮華といっしょにカエルの解剖をやっていたっけ――
――――ザワザワ・・・・・・
「んっ?」
考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか周りにいた生徒がざわめく
――これはマズイ!
「会長に言い寄る下衆が」「新手のナンパなんじゃ?」「死ね死ね死ね!!!」
周りの生徒から自分に対してだけの激しい中傷攻撃。はやいこと離脱しないと変な噂をたてられかねない。
「もう一つ“双頭の犬”っていう都市伝説があってこれは・・・・・・」
「美雪、ごめん。急用を思い出したから先に行ってる!」
そう言って、僕は足早に学校へ急いだ。振り向くとなぜか美雪の顔が少し悲しそうに見えた。
授業が終わったので、僕は午後に母さんと会うために学校へ帰る途中だった。寄り道せず自宅へ直行する場合は、人通りが少なく早く帰れる裏道を使う。
狭い路地を右へ曲がろうとした時――
「離しなさいよ!」
「何だよ!一緒に遊びに行こうっていってんだよ!」
ふと横目で見ると、コンビニの前で同級生の鹿目蓮華が数人の不良グループに絡まれている。
1人は茶髪でロング。もう2人はパンチパーマ。野球をするわけでもないのに手には金属バットが握られていた。
・・・・・・見なかったことにしよう
普通だったら助けるか、警察を呼ぶところだが、僕にとってはケンカでもして意識を失ったら死んでしまうし、警察を呼ぶために走ると疲れてしまうし、それに蓮華は――
「カズうううう!!助けてええええ――――」
蓮華と目があった瞬間、蓮華は僕に大声で僕に助けを求めてきた。
ゲッ、やばっ!!!!――
すぐさま駆け足で逃げ出そうと後ろを振り返ると、後ろにもジーパンに黒いニット帽をかぶった不良が!――どうやら仲間らしい。
不良グループに挟まれてしまい。硬直する自分――どうする!
「何、ジロジロ見てんだよ!!」
不良が怒気を荒げ、前後からこちらに向かってきた。迷っている時間はない・・・・・・決心する
僕は意識を操作し、全神経を心臓と筋肉に集中させた。心拍数を極限まで上げ、聴覚や知覚などの不要な感覚をカットした。次に、眼から脳に行く色覚の情報を遮断した。景色はモノクロになるが、動体視力は格段に向上する。
オウラァァァァァァァァァ――
不良が拳を僕の腹に向けて殴り込む。それの軌道を読み取り、手で払いのけながら素早くかわす。
「なっ!・・・・・・」
その驚く顔を見ながら、捨てられていた空き缶をハンマー代わりに顔に叩き込んだ。
ウゴッ!!!!!!
何か叫んでいたが、聴覚を遮断しているので聞き取れない。そいつが倒れ込む前に、背後から襲いかかるもう一人の男が振るうバットを跳んでかわし、その男の腹めがけて思いっきり回し蹴りをする。
ギャァァァァ!――――
倒れ込み苦悶の表情を浮かべながら、男は気絶した。
でもまだ2人いる――そう思ってコンビニ前に目をやると・・・・・・
「ハァ――疲れたわ」
手をパンパン叩きながら、蓮華が残る不良を倒していた。
そう、鹿目蓮華はスポーツ万能で柔道黒帯。僕が関わらなくても、簡単に相手を倒すことができる。だから助けを呼ぶ必要なんて全くない。蓮華は僕と美雪が一緒にいると、いつも僕にガンを飛ばすので、美雪の事が好きなのだろう。でもまてよ?蓮華はひょっとして不良に僕を殴らせようとして・・・・・・
「ありがとうカズ。おかげで助かったわ!」
蓮華はショートヘアの髪をいじりながらニンマリ笑った。
――やっぱ考えすぎか。蓮華が不良を使って僕を殴らせたのだと思うのは
「ところでカズ、ずいぶん顔が蒼いね。具合でも悪いの?」
「えっ?・・・・・・アッ!!!」
シマッタ!不良を攻撃する時に、息を止めたままだった。慌てて息を吸うよう意識する。
「ハァハァハァ――死ぬかと思った」
「そりゃそうだよね!相手は手強そうだったし、蒼ざめるのも無理ないわ・・・・・・それにしてもカズは強いね。あんなに運動神経がいいなんて」
蓮華は僕が不良を倒したことに驚いている。無理もない、このやり方は相手に殴られたり気絶したら最後、死ぬので滅多に使わない裏ワザだ。蓮華の前で使うのも初めてだった気がするが――
「カズの手足は女性みたいにサラッっとしたいるのに、あんなに動けるなんて・・・・・・ますますあなたのカラダに興味が持てたわ」
手足が女性のようにしなやかに見える事に、僕はコンプレックスをいだいていたが、蓮華は気にせず興味津々に僕のカラダを見る。もし逆だったら完全にセクハラと言われるだろう。
「そんなことないよ。人間は絶体絶命になったら脳のリミットが外れて、通常では考えられない能力を持てるんだ」取ってつけたような返答をすると、蓮華は謙遜と受け取ったのか、首を横に振った。ふと、倒れている不良が意識を取り戻し始めたのか、うめき声がかすかに聞こえる。
「ヤバイ!急いで逃げないとまた面倒なことになる――蓮華!早く!」
僕が言うのと同時に、蓮華はカバンを持って僕に眼を向けると――
「じゃあカズ。またね!」
ウインクをしてまるで蝶のように軽い足取りで帰る。いや、蝶というよりバッタか・・・・・・
「待て!!!!コラァァァァ――」
不良の雄叫びが聞こえたころには、僕はウサギのような逃げ足であわてて立ち去った。
コンビニで思わぬ事件に巻き込まれたせいで、すっかり疲れてしまった。約束の時間をとうに過ぎていたが、自分の能力を最大限に使いきってしまったため、急いで帰ることができない。
「ただいま!母さん・・・・・・居る?」
疲れているせいかあまり声も出ない。物音が2階でするのできっと母さんは2階にいるのだろう。そう思ってリビングにカバンを降ろした。
――ン?
イスにだれか座っている。そちらに眼をやると、疲れているのかヨダレを垂らしスヤスヤ寝る紺色のワンピースを着た少女が座っていた。誰なのか分からないので、確認しようと下から顔をのぞき込む。
「瀬川さん・・・・・・?」
今日の朝に出会った瀬川美雪が何故かそこにいる――――疲れているな――――眼をゴシゴシこする。
美雪はクラスの優等生で、みんなから尊敬される存在。家に来るわけがない。いや仮に来たとしても、リビングのイスでヨダレを垂らしながら寝ているなんてまずありえない。
――――でも、幻にしてはリアルだな
そう思って腕を触ると思わずハッっとする。
――ここにいる彼女は本物だ――
幻でない腕を触りながら実体なのか確かめる。それにしてもこの腕はなんて冷たいんだ。そう思って彼女の腕を引き上げた。すると・・・・・・
ポロッ
――彼女の腕が外れた。
ウワァァァァ――――
疲れていたにもかかわらず。思いっきり叫んでしまった。何なんだ?人形か?いや、人形が寝息を立てるわけがない。それじゃ彼女はいったい????
キャァァァァァ――――
眼があった瞬間、彼女は大声で叫びながら胴体をよじって廊下をゴロゴロと転がり始めた。イスには腕と脚がそれぞれ2本ずつ残されていた。よく見るとこのイス、木製の凝った作りなのでわからなかったが、車イスだ。しかし、車輪はあるがハンドルやレバーがない。どうやって動かすんだ?
「あら和彦、帰ってたの?」
2階からカーキ色のスカートとベージュ色のカーディガンという地味な服装で降りてきた母さんが、廊下に転がっていた彼女を拾った。手足のない彼女は必死になって抱きついているように見える。
「か、母さん・・・・・・誰だよ?彼女は?」
「電話で言ったでしょ?誕生日プレゼントを持ってくるって」
「誕生日プレゼントって・・・・・・・・・・・・・・・エッ!?まさか、彼女?」
僕の問いに、母さんはニコッとした笑顔で笑い、彼女の顔がよく見えるように抱きしめた。
「彼女の名前は葦原葉月、今日からあたしたちの家族になるのよ」
「・・・・・・」
「何よ、家族が増えたことを喜びなさいよ。ねえ、は・づ・き・ち・ゃ・ん」
ふつう家族がいきなり増えれば、誰だって絶句するだろう。母さんはわかっていないのだろうか?
――と思ったら、葉月も僕の顔を見ながら口をアングリ開けている。まるで美雪が驚いているように見えた。まあ、美雪はそんな表情を滅多にしないけど
「アナタ・・・・・・柳瀬さんのなんなの?」
「息子の葦原和彦だよ」
「・・・・・・うそ」
「夫や愛人に見えるか?」
「聞いてないわ!息子がいるなんて」
美雪そっくりの葉月は、僕が母さんの息子であることを知って相当ショックを受けている。僕と葉月は母さんの顔を見るとニコニコしていた。
「感動の出会いだわ」と空気の読めない発言に
「母さん、なぜ僕に相談せずに決めたんだよ!」と僕が抗議し
「柳瀬さん、私と一緒にこの家で暮らすはずじゃ・・・・・・」と葉月がたたみかける
2人の質問に対して和彦の母さんである柳瀬沙織の答えは非常にシンプルだった。
「だって、それだとサプライズにならないでしょう」
・・・・・・絶句
「葉月ちゃんはね、いろいろ事情があってワタシが引き取ることになったの。実家に迷惑がかかるからこっちへ引っ越すことにしたわ。3人でこの洋館に住むことになるけど、和彦は嫌だった?」
無論、いやではない。むしろ母さんが、また家に帰って来たのがうれしいくらいだ。
「母さんは、この家が嫌いじゃなかったのかよ?」
「いいえ和彦、あなたもこの家もあなたの父さんも含めて1度も嫌いになったことはないわ。ただ、気持ちの整理がつかなかっただけ。葉月と出会った後で心を落ち着ける決心をしたの」
よかった。いままで戻るかどうか迷っていただけのようだ。
「ワタシは、彼が嫌いよ!」
葉月は、面と向かって僕に言うが、なんだか美雪に『嫌い!』と言われたような感覚に襲われる。
「まあ、初対面だからね。和彦も葉月ちゃんももっとお互いの事を知る必要があるわ。性格も血も相性は最高だから」
「どこがですか!」「どこがなのよ!」
葉月と息がぴったり合ってしまいあわてて口をつむぐ。――っていうか、性格が合うわけないだろう。あと何なんだ血って?
「葉月ちゃん、今日から和彦のこと兄さんと呼んだら?」
「嫌ですよ。兄さんなんて呼びたくありません。それに彼の誕生日は今日のはず。ワタシの方が先に生まれたわけだから、ワタシの方が年上よ」
「・・・・・・それもそうね。じゃ和彦、葉月ちゃんのこと姉さんと呼びなさい」
「わかったよ、年増の姉さん」
「なっ!」
葉月が顔を真っ赤にして手足をバタつかせようとするが、肝心の手足がないのでそう見えるだけかもしれない。
「でも、葉月ちゃん。あなた、和彦の誕生日をちゃんと覚えていたのね。偉いわ」
母さんが葉月の事をほめたが、彼女はうれしくないようだった。
「それじゃあ、ワタシは実家に戻って実験道具や資料を運んでくるから、和彦、葉月ちゃんをよろしく!ね」
「えっ?・・・・・・どういう意味?」
「しばらく実家で引越しや転居の手続きをしなければならないから、葉月を預かってほしいってことよ。ああ、葉月ちゃん、心配しないで。和彦は洗濯や調理もできるから」
冗談じゃない!同い年の彼女と同棲していることが学校にばれたら、なんて言われるか――
「い、いやよ!同い年の男と2人っきりなんて!」必死に葉月も抗議をする。当然だ
「あら、あなたたちはもう姉弟でしょ。」
「そう言う問題じゃないわ!ワタシには手足がないのよ」
葉月は、顔を真っ赤にして声を荒げ必死にいやがる。確かに男と同棲は嫌がるだろう――っと何か重大な事を忘れているような気が・・・・・・
「だから和彦が、身の回りの世話をやってくれるのよ。風呂やトイレだって和彦に頼めば、カラダを洗ってくれたりお尻を拭いてくれたりするわよ」
「!!!!」
「かっ、カラダを・・・・・・オシリを・・・・・・!」
僕は顔を真っ赤にして固まってしまう。想像するだけで心臓や肺に負担がかかる。一方の葉月は、完全に呆けてしまっている。
「和彦はカラダを洗わしたり、トイレに行かせたりするのが好きって言っていたじゃない。だからピッタリだと思ったわけよ」
「アナタって、最低!!!!」
「それは、昔飼っていたペットの事だろうが!」
声を荒げて全力否定する。葉月に変な誤解を与えてしまうと後々面倒だ。
「母さん、何で僕なんですか?他に面倒見てくれる人いるでしょう」
すると母さんが、葉月を抱きかかえて何やら耳元でヒソヒソ話を始めた。葉月は次第にうなだれて僕に向かって何やらボソボソ言い始めた。
「・・・・・・何だよ!何か言いたいことがあるなら言えよ!」
僕が思わず声を荒げると、母さんが葉月の代わりにしゃべってくれた。
「葉月ちゃんはね、あなたの同級生の瀬川美雪に会いたいの。だから協力してちょうだい」
「なんで美雪に会いたいんだ?」
その疑問に、葉月は完全に目をそむけてしまう。母さんは、葉月の頭をなでながらやさしく言った。
「美雪と葉月ちゃんはね。生き別れた双子の姉妹だったのよ」
――ついにこの時が来た。
私は、手術台の前に立ちながら、眠ったままの彼女を見つめる。彼女の首には傷跡があった。それは、私がこれからする行為を“罪である”と思わなくさせた。
――私は、彼女が好きだ。正確には彼女の人格が好きだ。
そう、人格・・・・・・自分を自分たらしめるもの。それは――
「――脳だ」
そう、脳みそさえあれば、カラダは別人でもその人自身だ。
――私は、彼女が嫌いだ。正確には彼女のカラダが嫌いだ。
そう、肉体・・・・・・自分の外枠を定義づける物。つまり――
「――自分を生涯、縛り続けるもの」
彼女の肉体がそのままである限り、私は近づけない。そこには避けて通れない隔たりがあるのだから。
――だから、私は彼女を変える!
準備は整った。ちゃんと止血もしたし、研究所にある人工心肺装置も正常に稼働している。 今までハトやイヌで試していたが、人間でこれをやるのは初めてだった。
彼女の胸に手をそっとあてる。
「・・・・・・生きている」
肉体をこんなにしても、まだ人は死んでいない。やはり、私の判断は正しかったようだ。
きっと大丈夫・・・・・・私は治せるはずだ。




