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幻視幻影  作者: 矢島誠二
12/12

終章転結

 シトシト雨が降る中、鹿目蓮華の葬儀は行われた。彼女を慕う生徒は多く、葬儀場は学生で埋め尽くされる。ただ、会場にいる喪主は、遠い親戚らしく、終始そわそわして落ち着きがない。蓮華の両親は離婚していて、その母親は娘の死を認めず、葬儀の出席を拒んだためだ。それはそうだ――


――鹿目蓮華の死体はなかったのだから――

 公式発表では、地下の実験室とその真上にある鹿目家が全焼した。実験室では、酸素タンクが置かれていたため火の勢いが激しく、骨が灰になるまで焼けてしまった。身元の判別もうまくいかず、警察は『この家の住人である鹿目蓮華の可能性が高い』という結論にせざるおえなかった。美雪の死体が、蓮華に間違われるという皮肉。警察に抗議したが、今日まで相手にされていない。

 新たに、倉庫裏の森の中で、美雪の両親の遺体が切り刻まれた状態で発見され、警察はこれも、蓮華が起こした事件ではないかと判断した。

 理由は、校庭で死亡していた刑事で、所持していたメモ帳から密室殺人のトリックが判明、蓮華の飼い犬の歯形と刑事の首筋の傷跡が一致。この2つから警察は、蓮華が倉庫で殺人を犯し、イヌをけしかけて刑事を殺傷した後、自ら家を全焼させて焼死したと判断したらしい。多くの疑問は残るが、蓮華が犯人なのは間違いないので、警察の“蓮華犯人説”には同意する。

 唯一、彼女の母親は蓮華が犯人だとは認めていなかった。彼女は1人で蓮華を育てていたが、離婚した後に、出稼ぎで家を空けていたので、実験室の存在を知らなかったらしい。マスコミは「母親が教育をおろそかにしていたせいだ!」という調子で、報道している。(よく事情も知らないくせに・・・・・・)

 僕はタメ息をする。蓮華はひょっとしたらまだ生きているのではないか・・・・・・。もし生きていたら、業火で焼かれた美雪を、僕と葉月が彼女を助けられなかった事に何を思うのか。“僕と葉月への復讐”をまだ考えているのかもしれない

 それにしても――

「おい!葉月。大丈夫か?」

 傍にいる車イスに乗った葉月は、うつむいたまま「大丈夫よ」落ち着いた様子で答える。

「――そうか、でも僕は大丈夫じゃない」

 あのおぞましい美雪の叫びを聞いた後で気を失ってしまい、気がついたら病院のベッドで横になっていた。日付を確認したところ、なんと1週間も経過している。鉄の扉の前で気を失った後、葉月が携帯電話で、柳瀬さんを呼び出して治療したらしい。少し頭痛がするが「健康に全く問題はない」と柳瀬さんからはげまされた。

 驚いたのは、僕は1週間も眠っていたことだ。柳瀬さんは「私の治療のおかげだ」と自慢していた。意味は分からないが、記憶が整理されたのか、頭が多少スッキリする。

 事件の捜査は、僕が寝ている間にほとんど解決してしまい、事情聴取は短期間ですんだ。なぜか、美雪に関連する情報が、テレビで放送されてないのは、不思議でしょうがない。みんな蓮華の狂気に圧倒され、放送する余裕がないせいか――

 考えている間に葬儀が終わった。葉月と一緒に帰って休もう。もう一区切りついた。蓮華や美雪の事はもう思い出したくない。そう心に誓ったが

「あれ?葦原君も来てたの」

「ああ、ええと・・・・・・」

 美雪を慕う女子グループの1人が声をかけてきた。学校の制服ですぐに分かったが、悲しいのか眼に涙の跡が残る。

「鹿目さんのことで気落ちしているの?・・・・・・アタシも鹿目さんのこと慕っていたけど・・・・・・気を落とさないでね・・・・・・ワッ、ワタシが言うのも何なんだけどさ・・・・・私は鹿目さんの優しかったところ、忘れていないから」

――ああ、僕は――

 鹿目蓮華の全てを忘れようとした。だけど、優しさまで忘れる必要はない。(鹿目蓮華という存在を――僕は、忘れる事が出来ない)

 女子グループの1人は「これから塾に行く」といって立ち去ろうとする。僕たちも帰ろうと思った――その刹那

「じゃあ、葦原君も美雪様をよろしく。でも、そんな車イス姿の美雪様を見ると、イタイタしいわ。葦原君の養女になるのはシャクだけど、美雪様を助けたんじゃしょうがないわね。だから、葦原君も美雪様も仲良くやって!応援しているから」そう言うと、彼女は足早に立ち去った。

――!?――

(誰に対して?僕と――美雪?――瀬川美雪。死んだはずの瀬川美雪。車イスに今乗っているのは、葉月のハズ。単なる勘違いか?でもそしたら驚くはず・・・・・・)


―――――――――クックックックッ

 うつむいていた葉月から笑みがこぼれる。どこかで見た、嗜虐的な笑み。

クックックックックッハハハハハハハ―――――――――

 葉月は高笑いをしながら喜んだ。



 葉月はうつむいたままなのは、悲しいのではない、喜びを隠すためだ。それを隠しきれないまま、葉月の高笑いは続く

「おい!葉月、いい加減にしろ」僕は見ていられずにたしなめた。

「あ、ゴメン、ゴメン」葉月は笑いをこらえ、呼吸を整える。

「どういうことだよ!同級生から美雪様って呼ばれているぞ?」同級生の誰もが美雪の死を知っているはず・・・・・・そう思っていた。

「あれ?和彦くんは知らないの。ああ、今まで学校を休んでいたせいね」何も知らない僕に、葉月は少し驚く。

「どういう意味だよ!学校で何かあったのか?」僕の疑問に葉月は、車イスに腰掛けながら答える。

「そうよ。和彦くんは事件後について、テレビの放送ぐらいしか、知らないでしょう?」

 確かに僕は学校を休んだので、学校内で何が話されているのか、全く知らないままだ。


「瀬川美雪は死んでいない。『私が美雪だ』・・・・・・と、和彦くん以外の人間がそう認識しているのよ」

「いや、待て!倉庫で殺された事になったはずだろ」

 学校でも「美雪が死んだ」と話題になっていた。それを生きていると考えるはずが・・・・・・あ、そういえば聞いたな・・・・・・死んだ刑事から「美雪は生きているに違いない!」という同級生の願いを

「アレは『美雪の両親の遺体の一部』という事になって、片付けられたのよ。世間では『瀬川美雪は鹿目蓮華に拉致されて、殺されそうなところを、和彦くんに助けられた・・・・・・』となっている。『倉庫の遺体のDNA鑑定は、美雪ではなかった』と殺された刑事から聞かされていない?洞窟内の遺体は損傷が激しく、分からないまま――こんな状況で、私が『瀬川美雪です。和彦くんに助けられました。彼に感謝しています』と言えばどうなるかしら」


――DNAや容姿も一緒なら、絶対にばれることはない――

 つまり、葉月が美雪を演じきるだけで、本人になり替われる。美雪の死がテレビで放送されていないのは、彼女が生きているとみんな思っているからか

「だから、『校内で女子生徒がバラバラになって殺害された』は完全に誤報扱いになっているわ。マスコミは誤報を放送したがらないし、私は未成年で名前を明かせられない。つまり、私が死んだ件は、無かったことにされたまま」

 そんなに、うまくいくのか・・・・・・それに倉庫の遺体は?

「なんで、倉庫の遺体が“美雪の両親”と断定されるんだよ!おかしいじゃないか」DNAが一致しなくても別人と言う結論になるはずだ。

「あのね、和彦くん。私たちが以前に手術をした時、1.5人のカラダを2人に分離させたよね。だったら、0.5人分のカラダのパーツはどこから入手すると思う」

「そういう意味か・・・・・・」0.5人分のパーツは両親からもらったんだ。だから、遺体が“美雪の両親”と断定されたんだ。

 そうすると、死んだ刑事に葉月の正体がバレていたのは?

「刑事は葉月の存在を知っていたぞ。それはどうなった?2人が同時にいないと不審に思うはず。それに、手足がないのはこれからどう説明・・・・・・」

「今から、分かりやすく説明するから、少し黙ってね。和彦くん」僕をなだめるために、葉月はやわらかい口調で制止させる。

 葉月によると、彼女の存在を疑っていたのは、その刑事だけらしい。もっとも、死んでしまったので、もう二度と分からないままであろう。洞窟内の火災で気を失った僕に、携帯電話で救急車ではなく柳瀬さんを呼んだのは、死んだ刑事のメモ帳を改ざんする目的があったから

「改ざん?いったいなにを・・・・・・」

「私の存在を示唆する箇所だけを破り捨てただけ。あの刑事は几帳面な正確でしょ。『ちゃんと箇条書きに分類していて、やりやすかったわ』って母さんから聞いたわ」

「母さん?」思い当たる人は1人しかいないが・・・・・・まさか

「そう、母さん。柳瀬沙織さん。私のこれからの母親」

 葉月はこれまで、“柳瀬さん”としか、呼ばなかった。「自分を実験動物のような存在としか見ていない」と言う理由で

「私に最後まで協力してくれた。裏切らなかった。だから信じられる。母親として・・・・・・」

 以前に、「そのうち、和彦や葉月も私を“母さん”と呼んでくれる」と言っていたのを思い出す。葉月は信頼したのだ。柳瀬さんを“母さん”として・・・・・・僕はもう言えなくなってしまったのに

「刑事のメモ帳のトリックはウソなのか?柳瀬さんから何か聞いていないのか」車イスに乗る葉月にそう尋ねるが

「メモ帳の筆跡は真似できないわ。母さんに聞いたら、刑事はこのトリック以外にも2~3例くらい考えていたらしいの。だから不要なトリックだけ破り捨てて、都合のいいトリックだけを残しておいたわ。鍵と一緒にね」

「鍵?」

「そう、鍵。蓮華さんが犯行に使った“すり替えるための鍵”よ。鍵には倉庫にあった死体の血液が付着していたから、決定的な証拠ね」

 警察が犯人を蓮華と断定したのは“鍵”という物的証拠があったから。それを発見するよう仕向けたのは、柳瀬さんと葉月だ。僕の頭にある不安がよぎる。


――本当に蓮華ではなく、葉月に味方して正解だったのか――

「蓮華に味方していたら・・・・・・葉月はどうしていたの?」と恐る恐る尋ねると

「私は蓮華に殺されるしかなかった」心中を察してか、葉月はやんわりと話す。

「でも僕は、殺そうとしなかった美雪を・・・・・・」助けられずに見捨てた罪悪感が頭をよぎる。歯を食い縛りうなだれる僕に葉月は

「アイツを殺したのは、和彦くんじゃないわ。蓮華さんと私よ」と冷たい目で見すえた。

――分かっている。あの状態で助けられる方法は万に一つもなかった。僕は助けようとしてした。それは分かっている。でも――

「美雪の最後の言葉が、脳裏に突き刺さるんだよ!ジワジワと僕のカラダを駆け巡るように――」かすかに、車イスを持つ手が震えた。

 父を殺してしまった忌まわしい記憶については、僕は克服することができた。けれどそれは、父に対して真摯に向き合ったわけではない。“美雪が僕をののしる言葉”それに呪われた結果、父の忌まわしい過去を“それに比べて大したことではない”と思うことで克服したから

――憎しみを忘れるのはより強い憎しみだけ。絶望を忘れるのはより強い絶望だけ――

「和彦くんは、そうやって自分自身を呪ってしまう。いつもそれに目を背けていたから、眠れなくなったのよ・・・・・・和彦くんが眠ると、呼吸が止まって死ぬのは事実。でも、眠れなくなるのは遺伝病でなくて精神病。気持ちしだいで解決できるのよ」

 もっと前向きに考えてはどう?――葉月の言葉に、僕は意識して呼吸を調整し、自分自身に語りかける。

(美雪を助けることはできなかったが、葉月は助ける事ができた。蓮華は救いようがなかったが、葉月を救うことができた)

 そう自分に言い聞かせる事で、自然と心を抑える事ができた。加えて葉月の存在が、なぜか美雪や蓮華よりかけがえのないものだと感じてしまう。

「私は嬉しかったのは、アイツが死んだからじゃない。和彦くんが最後に私を選んでくれたのが嬉しかった・・・・・・和彦くん。アナタが」葉月は僕をなぐさめてくれた。


 葬儀場なのに暖かい風がふく。葉月の言葉に僕は、どう答えていいか分からないが、葉月が続けて――

「だから、今後も付き合っていこうよ。私の手足は、和彦くんのままでいいけれど、私の面倒を今後ともみつづけてほしい。私の弟として――葦原美雪として」

「この手足は、もともとお前の物だろ」僕の手足をなぜ引き抜かないのか疑問に思う。

「いや、和彦くんでいい。私にはもうその手足は、つなぐ事ができないし、その必要もない・・・・・・だって、今後は和彦くんが面倒をみてくれるから」

(僕が面倒をみるのをあんなに嫌っていたのに・・・・・・すごく、おとなしくなったなあ・・・・・・)ニッコリと微笑むその姿は、瀬川美雪そのものだ。

「ああ、分かったよ。これからもよろしくな。葉月・・・・・・いや、美雪姉さん」

「姉さんは余計だ」顔を赤らめる葉月を見て、僕も恥ずかしくなってきた。暖かい風に吹かれたせいか、葉月の喪服が着崩れる。

「ちょっと、首元のアクセサリーを直してくれない」着崩れを補正しようとして、カラダを動かしたら、アクセサリーがずれたらしい。

「まったく・・・・・・しょうがないな」

 葉月に言われるがままに、首元に近寄る。アクセサリーを手直しするために、彼女の首を見た瞬間――


――あれ?この傷は――

(首を一周するような傷跡がある。葉月は今まで首をすげ替えた事がないはず。これは、いったい?)

 多少混乱しながらも、何とかアクセサリーを整える。首をすげ替えたのは美雪の方。あれ?美雪?いやでもまさか・・・・・・あれ!?

 首元を見て混乱する僕に、葉月がクスッっと笑う。

「ワタシのカラダを取り返してくれて感謝するわ。和彦くん。私が美雪だろうと葉月だろうと関係ない。最初は2人とも一緒のカラダを望んだ。けれど、分離手術をしたら、1人で1つのカラダを独占したいと、考えるようになった。そして、その願いは叶えられた・・・・・・」満面の笑みで、車イスから僕を見上げる。

 分かってしまった――分からないことに気づいてしまった。僕は、葉月と美雪の違いを分かった気でいた。でも、最初から間違っていたのだ。


――葉月と美雪の違いを、手足のあるなしで判断していただけなんだ――

 もう遅い。遅すぎる。あの事件で死んだのが葉月なのか美雪なのか?そして、彼女の首から下の“スポーツや武道が得意な少女”を連想させるカラダは、いったい誰の物なのか?すべては、この1週間の内に、闇に葬られてしまった。彼女は空を見上げてつぶやく

「ワタシはワタシ・・・・・・1人の完全なカラダになっただけのこと」

 暖かい風に一瞬だけ、寒風が吹きすさぶ



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