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幻視幻影  作者: 矢島誠二
11/12

肢体移植

 倒れた和彦を見下ろしながら、蓮華はジッと葉月を見る。

「ありがとう蓮華。さあ、私の手足をくっ付けてよ!あるんでしょう・・・・・・残りの手足が」

 蓮華は葉月をジ――と見つめる。

「和彦が意識を失っているけど、まあいいわ。私にとっては、障害にならないもの」

 葉月をジ―――――と見つめる。

「ねえ、何か言ったらどうなの?蓮華・・・・・・」

ジ―――――――――――と見つめ続ける。

「?蓮華―――――――」

―――――――――――――

 無言を貫く蓮華だったが、次第にその口から笑みがこぼれる。

――――――――ッッッッツツツツツ―――――アハハハハハハハ――――

 笑みは笑い声になり、そして怒りつけるような声で

「カラダをいただくのはアンタの方だよ。葉月!!」

―――――エッ?

「ダ・カ・ラ―――――いただくって言ってるのよ、葉月!!!!アンタは、まだ自分の立場が分かっていないようね!!」蓮華は、葉月を持ち上げると手術台に叩きつけ、首筋にメスを当てる。

「なっ――!?」

 葉月は目を見開くと、蓮華はメス先で葉月の首まわりを薄く切り裂き、メスからわずかだが血がしたたり落ちる。

「フ――ン。アナタ、とんでもない勘違いをしているわ。分かっていないようね。自分がどんな立場にいるか、分かってないよね」

 蓮華は同じく手術台に乗っかっている美雪の首を、葉月に近づける。自分と同じ姿、同じ表情、そして――自分と同じ勝ち誇ったかのような含み笑いを、美雪はしていた。

「カラダを奪われたのは美雪じゃない。貴様の方だよ、葉月!」

 葉月は、しばらくボー然としていたが話を聞くにつれ、次第に真実を理解し始めたのか顔が蒼ざめる。

 元々、葉月と美雪はカラダが1つにつながっていた結合双生児だったが、鹿目蓮華の父とその助手の柳瀬沙織により分離手術を受けた。その時、葉月は美雪の方に、まともなカラダの全てを持っていかれたと勘違いしていた。


――自分の方のカラダが本物で、美雪が偽物だとは知らなかった――


 美雪は首だけ切り取られ、首から下は全て、美雪に近いヒトたちの遺体で作られていた。

 逆に葉月はそのカラダ全てがオリジナル。美雪の首と手足がないだけ

――――じゃあ・・・・・・ワタシの・・・・・・いや私達の手足は一体どこにあるの?切り取られた手足はいったい?――

 葉月におおいかぶさる蓮華は、目線を隅に移動して、アゴで指し示す。

「あそこよ。わりと近かったのに気付かなかったなんて――」

 視線の先には倒れた和彦。その手足は、力を発揮する以上に皮膚がつややか、まるで女性の肌に近かった事を、葉月は思い出す。

――まさか。和彦が――

「生きている手足の感覚は、カズの物よ。彼は柳瀬沙織さんの息子だもの、彼女は記憶を喪失し、手足を失った息子を不憫に思って、アナタたちの手足を移植したのだから」

 葉月が和彦を見る目が敵意に満ちていく

「じゃあ、私は柳瀬さんに騙されて――」

「違うわ。騙されたのではなく利用されただけよ。そして葉月。アナタも自分のカラダを手に入れるためにカズを手に入れようとした。だから同罪ね」

 ニコッとしながら葉月の服を脱がし、素っ裸にしていく蓮華。嗜虐的な笑みを浮かべながら、手で肌をなめ回す。

――ウン、問題ないね――

「私や和彦を殺す気?冗談じゃないわ。私がどんな目にあったと思っているの?」

 葉月の叫び声に「美雪の方がアナタより価値があるわ」と当然のように言い返す蓮華。そして恐怖の計画を明かす。

「私は美雪を治すのよ。分かる?分かるでしょう。この感情。アナタから首を切り取って、美雪の首にすげ替えるの。そして手足はカズから美雪に戻すの。それですべてが終わるわ。ああ、でもアナタは死ぬけどカズは助けるわ。そして私が一生面倒を見るの。今のアナタみたいに」

 たじろく葉月。手足がないので拘束されてないが、蓮華が覆い被さって身動きが取れない。

――逃げなければ。

 逃げなければ。逃げないと。逃げないと。逃げないと。逃げないと・・・・・・

――ウアアアアアアアアア――

 葉月は猛烈な勢いで頭突きをすると、蓮華がその反動で手術台から転げ落ちた。近くにあった試薬ビンの棚が崩れ落ち、蓮華の頭を直撃する。蓮華は気を失ったのか、反応しない。

 葉月はいそいでカラダを回転させ手術台から飛び落ち、そのままの格好で和彦の元へクルクル転がりながら駆け寄った。

「起きなさい!和彦!!起きて!」

 必死に和彦に頭突を喰らわせて起こそうとするが、目を覚まさない。彼の口もとに顔を近づけ、愕然とする。

――息、していない。

 完全に眠っている。和彦は眠ると死ぬ奇病にかかっている。眠ったら呼吸ができない。呼吸ができないとやがて死ぬ――

 葉月は和彦の口に自分の口を覆いかぶせ、そして・・・・・・

ウッ、ンンンーーー

 思いっきりキス――いや人工呼吸をした。

ン―――フウウウ――――ン―――

 何度も人工呼吸をするが、目を覚ます気配はない。もしや心臓が止まっているのではないか・・・・・・でも

 まだ和彦は生きている――手足の感覚がそう告げている。

「無駄よ!脳幹にスタンガンを当てたから起きるわけないわ。まだ時間があるけど、放って置いたら脳が死んじゃうかも・・・・・・」蓮華は、散らばっていた手術用具の中から注射器をつかみ取るとこっちへ歩き出す。


――起きて、和彦――

 必死に心の中で叫び続けながら、ある方法を思いつく。それは――手足を動かすよう念じること

―――――!!!!

「悪あがきするのはやめにしましょうね。葉月さん!」

 注射器が葉月に突き刺さろうとしている。――ああ、ダメだ。私は首をもがれて美雪にすげ替えられるんだ。そして、和彦の手足も私の胴体につながれる。美雪は完全なカラダになる。私の首だけがない完全なカラダで――

――――テイヤァァァァ!!!――――

 注射器が蓮華の腕とともに弾かれる。葉月は口づけされたままのけ反るが、そのやわらかい腕が力強く支えてくれた。


――和彦が目覚めてくれた――

「カズ、目を覚ましたの・・・・・・」

 蓮華は腕をかばいながら後ずさる。和彦は少しフラフラしながら立ち上がり、葉月を優しく抱きかかえた。

「え!?アッ」

 葉月の顔が真っ赤に染まる。いままで和彦にこんなにやさしく抱かれたことは、一度もなかった。和彦は葉月に少し笑顔に見せる。そして、蓮華をにらみつけ

「ああ、悪いが葉月は渡せねえな!蓮華」



――ああ、頭がイタイ――

 手足のザワツク感覚で不意に目覚めると、葉月にキスされ頭に血がのぼる。しかし、蓮華が注射針を持っているのを見て、何が起こっているのか一瞬で理解した。 とっさに蓮華の右腕を蹴り飛ばしたけれど、まだ電撃のショックか、頭がクラクラする。

「犯人は蓮華、お前だろ!」と叫び、牽制する。心の中では(どうしてこんなことを――)と思ったが、それ以上に葉月が傷つけられた事に、怒りを感じた。

「・・・・・・カズ、違うよ。私は共犯者で実行役さ。葉月は美雪を殺してカラダを奪おうとしていたんだよ。和彦、貴様の手足も欲しがっていたんだ。彼女・・・・・・葉月はそういう残忍な女よ」

 蓮華の言葉に僕は、抱いている葉月の眼を見るが、葉月は眼を若干そらす。

「・・・・・・私は・・・・・・幸福が・・・・・・感覚が・・・・・・欲しかったの」葉月は途切れ途切れに答える。

 僕は、その言い辛さから、蓮華と葉月が美雪や僕から手足を奪い取ろうとして、仲間割れを起こしたと推察する。・・・・・・困惑と怒り、そして戸惑い。誰に味方すればいいのか、誰が敵なのか分からない。

――――いや、何かあるはずだ。誰が僕に味方してくれるのか、誰を信じればよいのか――――

「なあ、葉月。事件が起きる前に、携帯電話から叫ぶ声。あれはお前がやったのか?」僕はやんわりと問いかけるが、葉月は黙ったままうつむく。彼女が無言なのをいい事に、蓮華がしゃべりだす。

「カズ、黙っているのは『本当だ』という答えだよ。私もあの叫び声が、葉月からだったとは気付かなかったけど、まさか裏切っていたなんて・・・・・・」

――それだ――

 分かったぞ、僕は、いったいどうすればいいのか――

「蓮華、僕は『君が音楽室で叫んで、美雪生存のアリバイを作った』とばかり思っていた。でも違った。葉月のあの叫び声は『キミの計画を邪魔して、僕達を守るため』だったんだ」

 間違いない。叫び声の事を蓮華が知らないのなら、葉月は犯行途中で彼女を裏切ったことになる。その時点で葉月には得がない・・・・・・いや、仮に損得勘定でなかったとしても、美雪のカラダを切断した後では、すでに引けない。すなわち、僕たちを守るためにやったと考えるのが自然だ。

「フ―ン――、カズは葉月に味方するの。裏切ったのは彼女なのに・・・・・・」

 僕は、葉月が途中で計画をフイにする『叫び声』をしたのは、正しいと思う。だから――

「どんな理由があろうと、葉月は渡さない。このままだっていいじゃないか!」

 抱えていた葉月を脇におろし、蓮華に近寄る。彼女は腕を組み嘲笑するが、目つきは明らかに敵意を帯びている。僕は、意識を目に集中させ、筋肉のリミットをはずす。さっき電撃を喰らった後、なぜか頭がスッキリしている。

「このまま・・・・・・ね。それがどんなに苦しいか、アナタには分からないわ。だから終わらせてあげる。元のとおりに」

ブン―――

「おっと!」

 蓮華は、薙刀のように隠し持っていたメスを振るうが、僕はすんでの所でそれをかわす。目に意識を集中させて、スローモーションに見えていたので、ギリギリかわすことに成功する。あと数センチずれていたら首を切られていた。

「へえ、なかなかスゴイじゃない。アンタの力はすごいわ」

 蓮華の動作には一切の無駄がない。殺すためらいもない。スポーツで鍛え上げられているせいか、動きがしなやかで、まるで空を舞うスズメバチのようだ。

ブン―――

 今度は足蹴りを喰らいそうになり、よけつつ両腕で脚をつかもうとする。これでカラダの動きは抑えられる。

「甘い!」

 蓮華はカラダをねじり、拳で腹を打つ。僕の後ろは壁で回避できず、拳が直撃した。

―――グッッハアア!!!!―――

 吐血。すかさず蓮華の足蹴りがあり、僕のカラダは真横へ吹っ飛ぶ。その衝撃で生理食塩水のバックや消毒用エタノールのビンがぶちまけられ、僕の血と交じり合ってピンク色になった。

「安心して、手足はなるべく傷つけないから」

 ニヤつく蓮華にどうすることもできない。彼女は僕よりも強い。このままでは負ける。負けてしまう

「和彦!下がって」

「!!――」

バァァァァン――

 急いで飛びのいた直後、閃光が走る。激しい衝撃を受けたのか、蓮華が倒れ込む。

(一体何が・・・・・・)

 振り向くと、葉月が電気コードをくわえていた。どうやら、歯で電気コードをかみ砕き、こぼれた生理食塩水に落として、蓮華を感電させたらしい。

 胸をなで下ろす。急いで蓮華を縛り上げて、事情を聞きださないと。そう思った瞬間――

ボヴヴンンンンンンンンン―――――――――――

 激しく炎が吹き上がり、手術台一面が火に包まれる。どうやら消毒用エタノールのビンに、電気の火花が引火したらしい。麻酔用に使う酸素ガスの配管が開けっ放しのままで、それが火の勢いをさらに強くする。火を消しとめている時間はない。下手をすると、このまま焼け死ぬ。

「葉月。脱出するぞ!」脇に抱えて扉から逃げ出そうとするが、医療器具がまき散らされて脱出が難しい。なんとか退けて脱出をはかるが

――待って――

 葉月がそう呼び止めた気がした。あわてて脇に抱えた彼女を見るが、キョトンとして首を左右に振る。(葉月じゃないとすると・・・・・・)首だけになった美雪を事を思い出す。

――アッ――

 慌てて戻り、美雪の首につながる人工心肺装置を取り外そうとする。

「行きなさい・・・・・」美雪の声がかすかにする。どうやら意識があるらしい。

「待っていろ!今助けるからな」急いで外そうとするが、回路が複雑にからみあい、うまくいかない。

 急げ!急げ!急げ!急げ!急げ!―――――無理だ。外すことができない。装置も重すぎるし、電源を切ると死んでしまう。火の勢いは・・・・・・止められない。天井まで達している。もうダメだ。

「葉月を――よろしくね!」

 脇に置いた葉月は、泣きじゃくる。今まであんなに美雪の事を嫌い、憎んでいた葉月が

――助けなければ――

 でも、このままでは僕も葉月も死んでしまう。助かりたい、助けたい。でも助けられない。僕は残酷な判断をした。

――ゴメン、美雪――

 そう告げると、僕は葉月を抱えて研究所の扉を出る。炎の勢いが止まらない――本当ならば洞窟を飛び出し、森の奥へ逃げたかった。でも、僕の足がまるで「美雪を見捨てるな!」と言うように、扉から先は動けなかった。

(美雪の声が聞こえてくる――)

「私を見捨てて早く行け!」「葉月と新しい人生を送ってほしい――」そういう美しい言葉だったらよかったのに


――まったく逆だった。


「見捨てるのか私を。見捨てないで。私は忘れない。貴様の事は決して忘れない。忘れない。忘れない。忘れない――――――恨んでやる。恨んでやる。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む・・・・・・・・・あああああああああ」

――ギャアアアアアアアアアアアアアア――――――――

 焦げるタンパク質のやな匂い。数々の暴言。恨み。呪う言葉の数々――

(ああ、呪われる――父を殺してしまった時と同じだ)いままで眠らなかったために、記憶を整理できなかったけど

 今、思い出した。子供の時に発狂する父を見ていれず、殺したことを。そして、その後に電車に飛び込み自殺を図って――

――気がついたら、手足が、女性の物になっていたことを――――ああ、こんな時に思い出すなんて

激しく後悔し、美雪に呪いの言葉を浴びせかけられ――僕は扉の前で気を失った。



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