偽証再考
真っ暗な夜道を、車イスに乗せた葉月と一緒に歩く。学校へ行くのに近道もあるが、不良がたむろしている場所を通過するのはゴメンだ。迂回ルートを選んだが、この道は街灯がほとんどない。気配をさとられるとおそわれる危険があり、なるべく足音を出さずに学校へ向かう。
――誰もいない――
この学校は人件費を抑えるために、警備員がいない。その代わりに監視カメラや防犯センサーがあり、侵入者がいると有無をいわさず警備会社に通報されるシステムだ。
(なかなかシッカリしているように見える。しかし――)
やっぱりコストカットなのだろう。その監視カメラや防犯センサーは校舎の1階にしか設置されていない。当然、2階からの侵入者には対応できるはずもなく、ましてや校舎の裏側にある倉庫に監視装置があるわけない。そして、学校の背後の森に壁はないので、壁を迂回すれば車イスでも校舎内にたどり着けてしまう。
――簡単に入れたな――
なぜそれを知っているかというと、学校で浮浪者が2階で寝泊まりしている痕跡を葉月と一緒に見つけたからだ。学校側も感づいていると思ったが、葉月は「警備予算をケチるような学校が、浮浪者が侵入したくらいで、すぐに対策工事を行うなんて考えられない」と言う。
葉月は前に学校に来た時に、いろいろと観察していたので、僕の心配は杞憂に終わった。彼女から夜の学校に来た時のために、指定された道具を色々と持ってきている。
(それに、倉庫は事件現場でもある。肝だめしか死体愛好家でもなければ、真夜中にそんなところに行かない。昼間でも避けるだろう)そう考えて倉庫の扉に手をかけるが
「開いていないか・・・・・・」
この倉庫はドアになっていてその鍵は僕が壊した。予算のない学校なので鍵を修理せずに放置しているかと思いきや、ドアノブにグルグル巻きに鎖が巻かれた上に南京錠が取り付けられている。
(困ったな――)
当惑する僕に、葉月は「こんな時のために車イスの中に工具を入れてある」と言う。僕は喜んだが、同時に(工具で鎖を切断したら“誰かが侵入した”と一発でばれてしまうのでは?・・・・・・)不安が頭をよぎる。
「そんな時のために用意しておいた」葉月が得意げに言うと工具の下に、様々な形や大きさの鍵が隠してあった。
「???・・・・・・何なんだ?これは」
驚く僕に、葉月は
「すり替えるのよ。鍵を壊して侵入した後、倉庫から出る時に同じように鎖を巻きつけて、似たような南京錠をかけておく。こうすれば外から見れば『鍵がかかったままで、誰かが侵入した形跡がない』と思い込ませることができるわ」
――なるほど、いい考えだ、でも――
「後で、鍵が合わないと不審に思われるのでは?」何気に質問すると「鍵がかかっていると思い込むだけで人は安心するものよ。もし開かなくても『あれ、ひょっとして鍵を間違えたのでは?』と考えて発見が遅れるはず」と答えた。
(そんな、もんかねえ?)と思いつつ、工具で鎖を切断しドアを開く。
ギシッ、キィィィィ――
甲高い音をたてて倉庫のドアを開き、スイッチを探り、照明をつけようとするが、葉月から「誰かに明かりを見つけられると困る」と言うので、やむなくペンライトでの探索になる。
警察の捜査も終わったせいか、すっかり片付けられていて、殺人の痕跡は跡形もない。
思い出す―――――あの時の光景が目に焼き付いていた。この場所に美雪の腕があり、這い出た血をたどるとバラバラ死体が本棚の奥にあった。手のひらには鍵が握りしめられている光景が、目に焼き付いて離れない。それと――
後ろで葉月が車イスの操作に悪戦苦闘している。重心で動かすタイプの車イスだったが、前後左右にカラダを動かしても全く動かない。
「何かあったのか?」
「どうしても・・・・・・入れない・・・・・・狭くって」
どうやら幅が狭すぎて、車イスがドアにつかえてしまうらしい。無理もない。ここは倉庫、いろいろな物がゴチャゴチャしているせいで、扉が半分しか開かないからだ。
「まったく、しょうがないな」
葉月に中をのぞかせないと、ここに来た意味がなくなる。僕は彼女を抱きかかえて、カラダをくねらせて何とか葉月を倉庫の中に入れる。彼女の背を僕の腹に密着させて抱え込むようにする。両手がふさがるが何とかペンライトを右手で抱えながら操作し部屋を照らす。
「・・・・・・ねえ、美雪の腕ってあのチョークが描かれている場所にあったの?」
「ああ、確かにあの血だまりの上にあった」
ペンライトを向けるが、葉月を抱えたままで右手を操作するのは難しい。
「ペンライトを貸して!」
葉月はペンライトを口でくわえると、器用に動かして床のあたりを照らし出す。・・・・・・なんか官能的だ。
「ウフャハハフャフフハ――」
葉月がペンライトをくわえて何か言っているが、まともに聞き取れない。ペンライトを吐き出すと、「そうなると、犯人は切断した後でワザと見せつけるように腕を置いたことになるわね」と、大真面目な顔つきで言った。――ヨダレが垂れてるぞ!――と僕は思いつつ
「猟奇っぽいな――人の腕をわざわざ見せつけようとするなんて」
「あら、性格異常者による犯罪と見られた方が、犯人にとって得だと思うわ。この腕がトリックの鍵になっていると思うから」
――トリックが分かったのか!!――と言っても密室のトリックだ。何らかの手段を使えばできるのだろう
「具体的にどうやるんだ?」どんな手段を使ったのか気になる
犯行を終えた後で、腕をワザとドアから見える位置において、胴体は本棚の裏に隠しておく。腕の中に鍵を置いてこれも第一発見者が見やすいようにしておく。ただし――
「鍵はよく似た全く別の物を用意しておくのよ」
自分でも最初は分からなかったが、やがて気づいた。このトリックは、僕たちが同じ鍵を用意して侵入を誤魔化そうとした手口――すなわち
「人を呼んで第一発見者に密室を確認させた後、強引に入る。第一発見者が腕の中に鍵があるのを確認させてから本棚の奥に誘導するの。そうして本棚の奥にある死体に気を取られている隙に腕の鍵をすり替えれば、トリックが成立するわ」得意げに答える、ヨダレを垂らしたままで
(なるほど、確かに筋は通っているし、犯行は可能だろう。だが問題がある――)
「――証拠はあるのか?葉月」
トリックがあったとしても、それをやったとは限らない。あくまでここは密室ではなかったと証明したに過ぎない。
「証拠は・・・・・・たぶん犯人が持っていると思う」
「犯人が証拠隠滅してたら?」
「・・・・・・知らないわ」
(そんな、無責任な!)と思いつつ考えるが、あまりにも証拠がないので分からないことだらけだ。葉月はさっきから考えこんでいるらしく顔をうつむかせたまま。
「明日の朝に蓮華の家に行くか・・・・・・」言いながら振り返ると、葉月はやはり寝たりないのか、そのまま寝てしまっていた。
まったく――そう思って、葉月のうつむいたままのカラダを起こし体制を立て直す。でも、カラダが重いせいで腕がしびれる。葉月を倉庫の脇に車イスごと出したあと
(・・・・・・ふと気づく)
人間なんてバラバラにしても重さはそのまま。果たしてあの一本道を運ぶことは可能なのか?
もしかしたら、まだ近くに残りの肉体があるのではないだろうか?
僕は再びペンライトを使って倉庫の中を照らし出す。
倉庫に何か秘密があるのでは?――そう考えて、やみくもに倉庫を照らしていた時
(本棚の奥に人影が――)恐る恐るペンライトの光を向ける。
黒いトレンチコートを身に着け闇にまぎれながら、その刑事は完全に気配を消していた。おそらくこの場で最も会いたくない人物。会ってはいけない人物――刑事は僕に向かって微笑んだ。
「やあ、こんな所でお会いするとは。私が言うのも何なんですが、立派な不法侵入ですよ」
「・・・・・・」
したたる汗が首筋を通る。倉庫にわざわざ鍵をかけたのは、警察が囮のために見張るためだったのか――思わず辺りを見回し警察官がいないか確認するが
「ご心配なく。ここにいるのは私だけですよ」
刑事はタバコを手に取るとライターで火をつけた。そのせいで、わずかながら刑事の真剣な表情が見えた。
「何で――ここに?」
「葦原和彦さん、それは私のセリフですよ。何でここに来たのですか?」
――気になったから。親友が犯人と疑われているので、疑念を晴らそうとやってきた。そんな理由で弁解しようと思ったが・・・・・・ムリだ。この人、僕が犯人とハナッから信じている。こうやってノコノコ現れたのも、有力な状況証拠だろう。
「言っても無駄だと思いますが、犯人を捕まえるためです」
「ほう、いい心がけですね。で、誰が犯人だと思うのですか?」
それは――蓮華だと思っています。と言いたかったが、ここはあえて
「瀬川美雪が犯人だと僕は思います」そう真顔で答える。
一瞬、刑事が驚いたような顔をした。目を見開きくわえたタバコを落としかける。
「瀬川美雪さんは確か死んだはずだ・・・・・・」美雪の死に疑いを持っているかと思いきや、意外にも刑事は、美雪が死んだことに納得している。
「いいえ、生きていますよ」僕は刑事を否定し、月明かりに照らされた、葉月の車イスに視線を向ける。
「・・・・・・」
刑事は黙ったまま動かない。葉月か美雪か判明しないのだろう。そう、僕だって最初から分からな――
――ハッっと息を飲む。もしかして
「つまりあなたはこう言いたいのですか?あの人は、美雪さんであると」刑事が僕の推理を勝手に解釈するが、その推理は僕じゃない。僕の言葉を元にインスピレーションした刑事の推理だ。
――そうだ。別に結合双生児でなくたって、美雪が葉月のフリをしてに家にあがりこめばいい話じゃないか。結合双生児の話も柳瀬さんから聞いたんだし。だったら、全部ウソだった可能性もある。美雪が手足を切って、別の胴体を付けて死体に見せかければ・・・・・・
「自分のカラダを切ってまで死体を偽装する意味があるのですか?」刑事は僕に問いかける。
――ああ、そうだ――
確かにそんなことをする意味はない。仮に美雪が人を殺してしまったとしても、わざわざ手足を切断してまで偽装工作する必要性がない。思わずホッとする。
「やっぱ、間違っているよな――」そう考えて、月に照らされた葉月を見ようとするが
「「なっっっ!!!」」2人同時に声を上げる。
――葉月はいなくなっていた。
急いで刑事とともに倉庫から出ると、車イスが横向きに倒れている。慌てて周りを見渡しても葉月の姿はどこにもいない。
「逃げたのか!!」僕はそう思う。(葉月は刑事から逃げた・・・・・・)
「いいや、さらわれたはずだ!逃げられないカラダなのに、いなくなるわけがない」刑事は葉月の逃亡を即座に否定する。彼女は何者かによって誘拐されたのだ。
「くっそ!!!」僕と刑事はあたりを捜索する。と言っても学校の敷地は広いしどっちへ逃げたのかもわからない。
――ふと気づく――
葉月のカラダは胴体だけでもかなりの重量だ。あんなものを担いで一瞬で消えるわけがない。倉庫を出てあたりを見渡しても誰もいなかった。そうなると、近くで身を隠せる場所は――
(倉庫の裏手にある森だけだ!)
裏側に広がる森に向かおうとしたとき
「ウァァァァァ――――――」
刑事が2匹――いや1匹の双頭のイヌにおそわれている。毛色から見てあの一本道でおそったイヌだ。片方のイヌの頭は首筋にもう片方は胸にそれぞれ噛みついており、刑事のカラダは血まみれだ。
僕は、意識を集中させて心拍と呼吸を操作し、脳のリミットをはずして脚の筋肉に最大限の力を入れる。
――オラァァァ!!!!!――
刑事に駆け寄ると同時に、あらんばかりのエネルギーで跳び蹴りをかます。狙いどおり首筋に噛みつくイヌの頭にヒットした。イヌは刑事もろとも弾け跳び、倉庫の向かいの校舎に激突する。
校舎に駆け寄ると、すかさず胸に噛みついているイヌにも右手でパンチを打つ。アゴが壊れる音が聞こえた。
――ガブッ――
(シマッタ!!)胸に喰らいついていたイヌが自分の右手に噛り付く。指の関節が悲鳴をあげた。
ギリギリ痛む。何とか外そうとするが、もう一方のイヌの頭が自分の顔面めがけ襲ってきた。すかさず左手で応戦するが、2つの頭を相手にしていてはらちが明かない。
――どうすれば・・・・・・
少し脳に血流を送って冷静に考えてみる。このイヌは本来1つの頭でそこにもう1つの頭を繋げているはずだ。
(ならば!!――つなげている個所はもろいはず・・・・・・)
つなげてある方の茶色いイヌの首筋に向かって手刀を打つ。案の定、首の間から大量の血が噴き出した。
ギャウウン――――
大量出血のせいで叫びをあげながらイヌが退散する。刑事は顔面や胸から出血したまま校舎にもたれかかっている。急いで救急車を呼ぼうとしたら刑事は
――行け!!早くあのイヌを追っかけろ!!!!――
片方の首が垂れ下がったまま、イヌはヨタヨタしながら森の方へ突き進んでいる。刑事は「救急車は俺が呼ぶ。早くあのイヌを・・・・・・犯人を捕まえろ」と言って右ポケットから携帯電話を取り出す。
――葉月が危ない!!――それに気づいて、慌てて森に向かって走り出す。チラッと刑事を見たら
かすかに笑みを浮かべながら息絶えていた。
――ガサガサと森の中を直進する。イヌは深手を負いながら逃げているので、血の跡を追っていけばいい。そう考えていたら、校庭から300メートルの所で血痕は途切れていた。そしてその先は――
「崖だ!」僕は崖下に到達していた。
傾斜が急すぎてイヌは到底よじ登れないだろう。とすると、この周辺に隠れていると考えるのが妥当だ。
(おいおい、よく見てみれば崖の上にある家って・・・・・・)
蓮華の家だ。確かに地図上では学校に近いが、崖があるために遠回りをしなければならない事は知っていた。その崖がここにあるなんて
(ひょっとすると、近くに蓮華の家に行ける何か・・・・・・ロープや縄バシゴのようなものがあるのではないか)
汗をぬぐいながら崖下の草木や岩を手当たり次第に探してみる。ペンライトの光は闇に吸収されてしまい。見つけるのは容易ではない。
おっ、何か光る物がある・・・・・・4つの光る物体、その正体は?
ギャウウウウウウウウウ――――
さっきの双頭のイヌだ。光る物体はイヌの眼だった。手術で取り付けられた方のイヌは死んでいるのか全く動かない。しかし、元々ついていた方のイヌはまだ闘争心がある。イヌは牙を剥き出し、首筋めがけて襲う。
僕はとっさに、左手でさえぎりながら、右手で取り付けられた方のイヌの首を引きちぎる。イヌの首からは大量の血液が吹き出し、僕の顔と衣服は血まみれだ。血液を大量に失ったせいで、元々ついていた方のイヌが勢いを失う。
――今だ!!――
右手で拳を握りしめ、元々ついていた方のイヌの首を、思いっきり殴って神経を切断する。これでもう動けない。ヒクヒクとイヌがけいれんするのを見届けた後、あらためて周囲を探した。すると――
「あった、洞窟だ!」
崖下に洞窟が見える。簡単な作りだが、トンネルがコンクリートではなくレンガを使用し、内装はかなり古い。戦時中の防空壕のようだが、洞窟に続いている車輪のわだちの真新しさが今も使われている事を物語っている。
――葉月を助けないと――
僕はペンライトの明かりを頼りに洞窟の中へと入る。自分の服はボロボロで顔は血まみれ、蹴りを入れた右足、殴った両手、そして肩、いずれも傷だらけで血がにじんでいる。肋骨もヒビが入っているのか少し痛い。
もう、体力が残り少ない。ここは犯人の追及に時間をかけている余裕はない。葉月を助け出したら急いで撤退しよう・・・・・・
そう決心して洞窟を進むと、長いらせん階段があり、その先に鉄製の扉があった。扉には鎖に巻かれていて、南京錠がかかっている。周辺にはいくつもの配管や電源系ケーブルが張り巡らさせており、さながら秘密基地のようだ。
――――――
「?」
扉の向こう側でかすかに声がする。どこかせせら笑う声には、聞き覚えがあった。
「葉月?美雪か!?おい!」扉から叫ぶも応答はない。この時点では葉月か美雪かどちらかわからないが、こんな状況で笑うとは、アイツなに考えてるんだ。
僕は車イスにあった工具を取り出して、鎖を切る。倉庫にあった鎖に比べて以外にも細かったので、簡単にはずすことができた。
「?―――」
なんか心に引っ掛かるのだが、不思議とそれが何かわからない。そんな事より、一刻も早く扉の向こうに行かなければ・・・・・・はやる気持ちを抑えて扉に力を入れる。鉄の扉がゆっくりと開いた。
扉の向こうには、たくさんの医療機械が備え付けられていた。今の病院で見るようなデジタル式のモニターではなく、昭和の雰囲気を漂わせるアナログメーターやガラス瓶がところ狭しとならべてあり、昔の特撮映画に出てくる悪の秘密基地のようだ。
――ケケケケ――
せせら笑う声がする方向に足を進める。
「おい!大丈夫か?・・・・・・おい、誰かいるのか」
ペンライトの明かりを頼りに部屋の照明を入れる。手術灯の明かりが辺りを包み込んだ。
――!!!!息を飲む。
「ケケケケケ・・・・・・アヒャヒャヒャヒャ・・・・・・」
葉月は、動かないイスで涙を流しながら笑っていた。笑顔ではなく気が狂った眼をしながら、ろれつが回らない舌で誰かに向けて罵声を浴びせている。
「アヒャヒャヒャ、バッカみたい。何なのそのカラダは!そんなカラダになった気分はどう?ねえ、自由を奪われた感触は?息さえマトモにできないのはどう?昔いったよね!いつまでも一緒だって!?」
葉月は瞳孔が開き、鬼のような形相で相手を見つめる。
「ねえ、さっさと答えなさいよ!」
思わず葉月の視線の先をのぞくと、手術台に置かれた物体に目が留まる。
「答えろって言ってんだよ!美雪姉!!!!」
そこに美雪がいた。が直視するのが難しいほどそのカラダは――
「ウァァァァ!!!!!!!!!!――――」
悲鳴をあげる。息が詰まる。美雪の目が僕をにらみつける。美雪は――
――首だけになっていた。
『首だけの状態でも動物を生かしておくには、人工の心臓と肺を使って血液に酸素を供給する必要がある』とソ連の学術書には書かれていた。いわゆる人工心肺装置である。これに血管をつなげて栄養を入れながら循環させておくと、2~3日くらい生存できる。
首だけの美雪を見て、思わず吐きそうになり、手で口を塞ぎながら葉月の方を見る。
「どうしてこうなったんだ!?犯人は・・・・・・誰なんだ?」
葉月は荒い息づかいで興奮していた。それは決して怖いもの見たさの興奮ではなく、ストレスから解放された時の喜び――つまり、復讐を達成した時の表情に似ている。
「犯人は・・・・・・ワタシよ!」
震える笑顔で宣言する葉月。僕はその発言が嘘に見えない。
「バッ、バカ!犯人がお前の訳ない。手足のない人間には何もできない」
「ハハッ、和彦は私をバカにしているわ。手足を自由に動かせなくたって、考えることはできるのよ!」
「ってことは、共犯者がいるのか・・・・・・」
当然そうなる。葉月が考えて、蓮華が実行したに違いない。それに、ここはおそらく蓮華の家の真下だ。奥にも扉があるが、おそらく蓮華の自宅とつながっているのだろう
この部屋には葉月と美雪しかいないのを考えると、2人とも助けてから警察を呼んだ方がいい。葉月が犯人なのに助けるとは変な話だが、安全な所でいろいろと話を聞きたいわけだし
――バリッッ――
「エッ!?」
背中を激痛が走り、シビレる。スタンガンで撃たれたのか、カラダが動かずそのまま倒れ込む。
(そんな馬鹿な・・・・・・)
この部屋には誰もいない。それは慎重に確かめた。そして僕の背後にあるのは、入ってきた扉だけ。当然、外側から鍵がかかって――
ハッとした。
何で気づかなかったのだろう。扉の外側に南京錠がかかっていたと言う事は、少なくとも誰かは扉の外、つまり僕の背後に、誰かいるということだ。扉の内側からは、南京錠をかけることは不可能なのに
「ううっ~~~」うめき声をあげながら、この部屋から脱出をこころみるが
後頭部に冷たい電極があてられたかと思うと、ハンマーで殴られた様な激痛が走り――
――僕の息は止まってしまった。
私、鹿目蓮華は誓う。
――アイツのカラダを取り戻す。そのすべてを――
会ったのは8年も前の事、古い幼馴染だった。首に巻きつけているチョーカーがどこか印象的で、いつも私と遊んでくれた。そして、愛すべき父も私と彼女の事をいつも大切にしてくれた。父は立派な医者で、たまに彼女の診察を家の真下にある研究室で行っていたのを覚えている。
父が亡くなった後、愛人かな?知り合いと名乗る女医が今度は頻繁に家に来た。 20歳くらいの年齢に見えたが、実際は私の母親と同じ年だった。
父の影響で生き物に興味を持った私は、彼女と一緒によく外に出て、生き物の観察をした。植物の接ぎ木を見て「人間もこんなことができるのかな?」と彼女に言ったら「――できるよ。私がそうだもの」と、答えてくれた。
「あたしのカラダ――首から下は借り物のままなの」
「じゃあ、いつか戻ってくるの?」と何となく聞く。事情もよく知らないままなのに
「戻ってきたらいいと思っているわ」と彼女は微笑んだ。
変化があったのは、半年前。突然、彼女の手足が小刻みに震えていた。顔色もあまりよくないので「もしや!?」と思い、急いでチョーカーを取る。首から下の肌が変色していた。急いで彼女を自宅に運び、女医に見せる。
「もう・・・・・・このカラダは無理ね」
「カラダって?」
女医は言う。首から下のカラダはもう使いこなすことができない。ならば、新しいカラダを手に入れるしかない。なるべく拒絶反応がないカラダを――
戦慄した。それってつまり、誰かのカラダを手に入れなければいけないってことだ。人を殺したくはない。
――安心して、私はちゃんと持っているから――
「エッ!?」
女医が言うには、彼女は結合双生児の時に首だけ分離し、別の患者につなげたカラダだった。分離した後の結合双生児のカラダは、今も生きていて、元のとおりにくっ付ければ問題ないらしい。
「で、でも手術って・・・・・・何処の病院で手術するの?」
私の質問に女医は答える。彼女のカラダの分離は違法だった。そして結合も違法だ。通常の病院では行えない。だから――
「ワタシ1人だけではどうにもならない。鹿目さん、アナタがうまく治すのよ」
驚いた。何で医師免許を持ってない自分が治すのか。私は女医に尋ねると、信じられない答えが帰って来る。
――そんな、父が闇医者だなんで――
正確には医師免許を持ってはいたが、当時は違法とされていた臓器移植を行う闇医者。女医と名乗る柳瀬沙織さんも、その仲間だった。
「治すには私だけの力じゃ無理があるわ。最低でも2人は必要ね。この家の地下にはアナタの父が残した医療機器があるから大丈夫でしょう」
私が治すことになってしまった。そんなこと――
「ムリだし。できっこないし。不可能だし」
必死になって拒否しようとするが、柳瀬さんは諦めずに、私を説得してくれた。
何度も何度も根気よく。何度も何度も言い聞かせ。何度も何度も脅し。何度も何度も――
――「このままでは彼女は死ぬ」と言い続けた。
私は、彼女がやつれながらも虚勢をはってまで生徒会長を演じ続けるのが好きで好きでたまらなかった。
私が同意すると、柳瀬さんは笑顔で「じゃあ、練習の必要があるわ。まずは鳥から、次はイヌから」と実験を進め、医療器具の使い方を教えてくれた。元の片割れの方は、柳瀬さんが探してくれると言う。
(ああ、これで彼女は――瀬川美雪さんは助かるんだわ)とそう思った時、気持ちが高ぶり、そして思う。
――私は、美雪の力になりたい――




