少女の願い
初心者です。つたない文です。。。
水の王国、と呼ばれ、この世界で数少ない豊かな国として知られていたエーク王国
少女はその王宮の謁見の間に突然呼び出され、王と王子、主だった大臣たちが待ち構えていた
冷たいまなざしが針のようにあちこちからささる。足がすくんでしまいながらも少女は、王の前まで進んだが、膝を折る間も与えられず王が話を切り出した。
「聖女シルビアよ」
「…はい」
冷たい声はいつもの穏やかな王のそれではなかった。
神殿から王宮へと招かれ、丁寧な扱いを受けていた少女は、今まで聞いたことのない声音にただ、驚きとまどっていた。
「そなたも知っているように、我が国は深刻な水不足に陥っている。特にここ1年、全く雨が降らぬ。国中の田畑は荒れ、農民は明日の暮らしもままならず、弱い者から流行病が横行し多くの犠牲者が出ている。」
「…存じております陛下」
「もちろん王として、民を救うために様々な対処をしておる。隣国へ速やかに支援を依頼し、国内外問わず多くの知識人を呼びよせ、原因を探った。可能性のあるものは何でも試した。…結果は出なかったが。」
「…はい」
「だが、先日余の耳にとある噂が入ってきた……守護竜の召喚の儀だ」
「!」
「その様子では、そなた、知っておったのだな?」
「それは…!」
「儀式を行えば我が国を支えているという竜を呼び出し、再び大地へ雨の恵みを請うことができると聞いた。それはまことか。」
「…だ、れが、そのような」
「陛下の質問に答えよ!聖女!」
「で、殿下…」
震えた声で絞り出す少女の言葉に、謁見の間の外まで響くほどの荒げた声を出したのは少女の夫だった。
「聞けば、聖女であるそなたならば必ず召喚の儀ができるとのこと。これまで一体どれほどの民が命を落としたか、国を支えるものとして知らぬはずがないだろう!多くの民を見殺しにして己はのうのうと聖女などと名乗り贅沢をしていたのかっ!」
「そんな…」
突然のことについていけない少女は、どうしてこんなことになったのかわからなかった。
「ち、がう…」
「何が違う!そなたはただ我が妻の地位に固執していただけであろう!アルメリダは聖女ならば容易にできる儀だと言っていたぞ。あきらかに聖女として、王家の一員としての責務を放棄していると。もしも自分が聖女ならばすぐにでも召喚しただろうにと!」
「アル…メリダさまが、言ったのですか…?わたしでなく、あの方を、信じると…?」
「何をいまさら、所詮そなたは私の妻にはふさわしくなかっ…」
言いかけたところを手で制したのは王だった。
「その話、今はよい。…シルビアよ、先ほどの問いに答えよ。竜の召喚は可能か否か」
「それは…」
少女は、もう、誰も味方がいないことを、唯一心の支えとしていた者さえ耳を傾けてくれないことを悟った。
そして、どうしてこうなったのかがわかってしまった。
いつも嫌がらせをしてきた宰相の娘アルメリダ。側室として後宮へ上がったが、もしも自分がいなければ正妻の地位は彼女のものだった。
おそらく神殿の誰かが、彼女と通じていたのだろう。
たまたま、何代かに一度王家と聖女の婚姻をするという伝統により選ばれたのが少女シルビアだった。
生まれは低い貴族の出身で、もともと扱いに困り厄介払いされて神殿に引き取られたためもあり、後ろ盾もないまま後宮へあがった。
頼れるのはただ一人、夫である殿下だけだった。行事などには正妻として出席はするものの、妻としての役割は課されていない、いわば飾り物となるのが普通だった。
ところがシルビアの夫は単に聖女としてではなく妻として迎え入れてくれ、精いっぱいの愛情を注ぐようになっていた。不運な人生を送ってきた少女の心をあっという間にとらえ、誰がみても相思相愛の関係が築かれていったところだった。
このまま。ずっと幸せが続くと、どこかで願ってしまっていた。
それがいけなかったのだろう。私は幸せになんてなれなかったのだ。
なにをしてもきっともう遅い。
もうだれも私をみてはくれない。
助けを求めても彼は、初めて愛を教えてくれた彼は、もう、手を差し伸べてはくれない。
やさしく、暖かく見守ってくれた陛下、側近たち…少女の知る彼らはもう、いない。
もう、だれもいないなら…
「…可能です……」
ざわり、と皆が何か口々に呟いているようだったが、もう少女には聞こえなかった。
「今まで黙っていて申し訳ありませんでした陛下。私でしたら、簡単に召喚ができるでしょう」
そう、私という贄があれば。
数日後、王宮内にて守護竜の召喚の儀が執り行われた。
少女の宣言通り、召喚は無事に行われ、再びエーク王国に豊かな水の恵みがもたらされ、以降異常気象が起こることはなくなった。
民は聖女の力に尊敬と畏怖を込めたたえた。
できるといった時の、少女の言葉の本当の意味を理解したのは国中が降り続ける雨に歓喜しているときだった。
王と王子、側近たちが見たのは、儀式の間の中央にそびえたつ分厚いクリスタルに覆われた少女だった。
その表情は悲しげにほほ笑んでいた。
――我を呼んだのはそなたか、我に何を望む?――
「どうか、この地に豊かな自然の恵みを。これ以上民が苦しまなくてよいように。」
――それが、そなたの願いか――
「…はい」
――そなたが贄となると――
「…はい」
――人の子とは実におかしな生きものよ。よかろう。そなたをもらおう――
頭に響く竜の声は荘厳で、優しかった。
ああ、これで終わるのだ。すべて。
本当はもっと誰かに、愛されたかった。幸せになりたかった。
――その願い、叶えよう――
遠くで聞こえた声を最後にシルビアは深い眠りに落ちて行った。
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