第八十五話 信用を売る商人
東海道。
弥助が始めた信用帳制度は、少しずつ広がり始めていた。
最初は不安を口にする商人も多かった。
「商人を格付けするようなものではないか。」
「昔からの付き合いを数字で測れるのか。」
しかし。
実際に使い始めると、変化は明らかだった。
真面目に商売を続けてきた者ほど、正しく評価される。
新しい取引相手とも、安心して仕事ができる。
信用が、土地や人脈を越えて伝わるようになった。
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「若旦那。」
庄吉が帳面を眺めながら言う。
「面白いですね。」
「何がだ?」
「今まで大きな商いができたのは、有名な店だけでした。」
「でも今は。」
「小さな店でも、信用があれば仕事を任されるようになっています。」
弥助は頷いた。
「それが目的だ。」
「商売は。」
「大きな者だけがするものじゃない。」
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しかし。
その頃。
堺では別の動きが始まっていた。
「黒潮屋が?」
弥助は届いた報告書を見る。
そこには驚くべき内容が書かれていた。
黒潮屋は商人たちへ資金を貸し始めていた。
ただの金貸しではない。
条件付きだった。
「信用を保証する代わりに。」
庄吉が読み上げる。
「取引の一部を黒潮屋に任せる……。」
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弥助は眉をひそめた。
なるほど。
源兵衛の狙いが分かった。
信用を作る。
信用を広げる。
そして。
信用を握る。
そこまで考えている。
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その頃。
黒潮屋。
玄蔵は源兵衛へ尋ねていた。
「本当に、これで良いのですか。」
「何がだ。」
「商人に金を貸し。」
「信用を保証する。」
「まるで金融商いです。」
源兵衛は静かに茶を飲む。
「商人が欲しいものは何だと思う。」
「金ですか?」
「違う。」
「信用だ。」
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源兵衛は続ける。
「金があっても。」
「信用がなければ大きな商いはできぬ。」
「信用があれば。」
「金は後からついてくる。」
玄蔵は黙って聞く。
「ならば。」
「信用を扱う者が。」
「商人の上に立つ。」
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一方。
弥助は東海道の商人たちを集めていた。
「皆さん。」
「黒潮屋のやり方を恐れる必要はありません。」
一人の商人が尋ねる。
「しかし。」
「資金も信用も提供してくれるなら。」
「助かる者もいるでしょう。」
弥助は否定しなかった。
「その通りです。」
「困っている商人に手を差し伸べること自体は悪くありません。」
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「問題は。」
弥助は続ける。
「信用を一つの場所に集めすぎることです。」
「もし。」
「その信用を持つ者が。」
「自分の都合で流れを変えたら?」
商人たちは顔を見合わせる。
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弥助は黒板代わりの板に書く。
**信用は共有財産**
「信用は。」
「誰か一人の所有物ではありません。」
「商人同士。」
「町同士。」
「人と人の間にあるものです。」
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その話を聞いた一人の若い商人が言った。
「では。」
「我々はどうすれば?」
弥助は答える。
「自分たちで信用を守る仕組みを作る。」
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そこで弥助は新たな提案をする。
**商人組合**
だった。
一つの大きな力ではなく。
多くの商人が互いに支え合う仕組み。
取引の記録。
問題の共有。
助け合い。
誰か一人が信用を独占しないための仕組み。
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「なるほど。」
庄吉が頷く。
「黒潮屋が一つの大きな柱なら。」
「こちらは。」
「たくさんの柱で支える。」
「そうだ。」
弥助は笑う。
「一本の柱は折れる。」
「だが。」
「森は簡単には倒れない。」
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その夜。
源兵衛は報告を聞いていた。
「商人組合……。」
玄蔵が言う。
「また弥助は。」
「人を集めました。」
源兵衛は怒らなかった。
むしろ。
楽しそうに笑った。
「面白い。」
「信用を独占する私に対して。」
「信用を分け合う道を選ぶか。」
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玄蔵は尋ねる。
「どちらが勝つと思いますか。」
源兵衛はしばらく考える。
「分からぬ。」
「ですが。」
「一つだけ確かなことがある。」
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「商人の戦いは。」
「刀では決まらない。」
「どちらの考え方が。」
「時代に選ばれるかだ。」
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その頃。
東海道の宿場。
小さな商人が、新しい帳面を開いていた。
そこには。
自分の名前。
取引の記録。
そして。
初めて得た大きな仕事。
彼は嬉しそうにつぶやく。
「信用って。」
「こんなにも力になるんだな。」
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信用を独占する者。
信用を広げる者。
二つの考え方が、東海道でぶつかろうとしていた。




