和栗のモンブラン
チリンチリン
「いらっしゃいませ。おや、和栗さん。」
和栗が喫茶モンブランの扉を開けると、今日もカウンターで白いコーヒーカップを布巾で丁寧に拭いているマスターが声を発する。
「どうも。」
和栗は笑みを見せながら軽く会釈する。今日は前回と違いカウンターの中に、マスターの他にも若い女性が立っている。
ー高校生くらいの女の子?バイト、いやこの前話していた妹さんかな?
和栗はその女の子にも軽く会釈しながら、カウンターの席に向かう。
「お、和栗さん。その後どうだった?」
カウンターの席には、今日も茂さんが座っており、和栗が近づくと話しかける。
「はい、本日はその報告も兼ねて伺いました。」
茂さんの一つ隣の席に座ると、早速メモ帳を取り出し、今回の事件の顛末を説明する。
「やはり、犯人は生島さんの研究室の研究データを狙っていた外国系企業の社員でした。動機もマスターの予想通り、レアアースに関する研究データを盗用するためでした。犯人は当初、空き巣に見せかけて本来の目的であるデータの取得を隠蔽しようとしたみたいですが、生島さんがミニマリストだということを知らず、急遽予定を変更せざるを得なかったようです。ここもマスターの推理通りでした。」
「さすがだね。」
茂さんが誇らしげにしながら、マスターを見る。
「犯人は捕まったからいいんですが、この後の方が大変そうです。」
手帳をしまいながら、和栗は思わずため息をつく。
「ん?それはどうしてだい?」
不思議そうな表情で、茂さんが和栗へと聞き返す。
「犯人を捕まえても、データの流出が防げたわけじゃないですからね。データの流出がどの範囲まで伸びているのかや、それに伴って犯罪を犯している事実はないかとか、後処理の方が大変そうです。生島さんが所属している研究室の研究は、日本の企業と連携している事業らしいので、その企業からも捜査願いが出されていて。刑事課の担当ではないとはいえ、私は今回の事件の担当だったので。手伝いに駆り出されるんですよ。それに、刑事課の中では、私が今回の事件を解決して手柄を立てたことになっているので、色々な処理が私担当にされてしまって、、、」
「まあ、ここで一般人に相談したら解決してもらいましたなんて、言えないもんな。」
和栗の憂鬱そうな表情を見て、茂さんが苦笑いを見せる。
「お兄ちゃん、その人がこの前話していた刑事さん?」
カウンターの女の子がマスターに問いかけている。
「ああ、こちら刑事の和栗さん。」
マスターが紹介すると、その女の子は軽く会釈する。
「こちらは、妹の香織です。本日は、事件の報告というよりも、例のものを食べにいらっしゃったんですよね?用意してありますよ。」
マスターはその女の子の名前を紹介しながら、笑顔で和栗に語りかける。例のものとは言うまでもなくモンブランである。
「はい、楽しみにしてました。コーヒーは、モンブランと合わせるならスイーツブレンドですか?」
「そうですね。それがおすすめですよ。」
「じゃあそれでお願いします。」
「かしこまりました。これからもお忙しくなるんでしょうが、一旦、心の休息をお取りください。」
短い会話を済ませると、マスターはミルを取り出し豆を挽き始める。
「私の手作りなので、お口に合うかどうかわからないんですけど。」
香織が少し緊張した表情で和栗に話しかける。
ー可愛らしい子だなあ
香織の少し緊張した様子に、少し表情を緩ませながら和栗が答える。
「いえいえ、楽しみにしてます。ところで、香織さんは学生さんなんですか?」
「はい、高校2年生です。平日は高校があるので週末だけお店を手伝っているんです。」
「それでケーキを作っているんですね。ケーキを手作りできるなんてすごいですね。」
「亡くなった母のノートを見ながら、作っているだけです。母がお菓子作りが好きな人だったので。いつかお母さんの味を越えるのが目標です。」
「そうなんですね。」
ーそういえば、この前マスターがこの店の名前の由来はお母様だって言ってたっけ。
「香織ちゃんのケーキは美味しいよ〜。私は毎週食べてるんだから。どんどん美味しくなっていってるよ。」
香織は嬉しそうに笑顔を見せる。その笑顔は、まさにこの喫茶店の看板娘にふさわしいような、明るい笑顔である。
「ますます楽しみですね。」
茂さんの言葉と香織の表情を見て、和栗もケーキへの期待感が膨らんでいく。
「お待たせしました。」
図っていたかのようなタイミングでマスターがコーヒーとモンブランを和栗に提供する。
そのモンブランはTheモンブランといったような渦巻き状のモンブランクリームのてっぺんに栗の甘煮が乗っかっているもので、シンプルながら実に整った美しい見た目である。
ーかわいい!
その見た目に和栗は目を輝かせる。待ちに待ったモンブラン。それも奇を衒わない、王道スタイルのモンブランが、和栗の心を高揚させる。
「スイーツブレンドは、コーヒーの味を際立たせ、またケーキの甘みを引き出すために、少し苦めの濃い味にブレンドしております。茶道のようにまずは、モンブランからお召し上がりください。そうするとよりコーヒーの旨味が引き出されますよ。この前のようにフルーツの香りは感じられないかもしれませんが、濃厚なカカオのような風味を感じられると思います。」
マスターが笑顔で和栗に説明する。
「いただきます。」
和栗はフォークを持ちながら胸の前で手を合わせる。
クリームの部分にフォークを入れると一口サイズにとり、それを口に運ぶ。
「ん〜!!」
声にならない声が和栗から発せられる。
和栗の顔は幸福に満ちているという表情をしており、その様子を見て香織も笑顔を見せる。
ー美味しい〜!!!モンブランクリームはしっかりと栗の甘味と旨味を引き出しながら中の生クリームが甘すぎないおかげでバランスが取れている。しかも、下の生地がサクサクだから滑らかな口当たりのクリームとのアクセントが良い!!
「美味しいです!」
「今日は和栗さんのために和栗のモンブランです。和栗の上品な甘さを引き立てるために、生クリームは甘過ぎないようにしています。中の生地はメレンゲを焼いたものを使っていて、濃厚な和栗の甘さと口当たりの軽やかさのバランスを取っています。」
「うん、今日のケーキも美味しいね。」
和栗の隣では、茂さんも同じモンブランを口に運んでいる。
和栗は、ケーキをもう一口頬張ると、そのまま、コーヒーを一口。
深煎りならではのしっかりとした苦味が舌先に伝わりながらも、嫌な雑味や舌先に残る苦味はなく、モンブランの後味がコーヒーの香りと共に鼻から突き抜けていくような繊細なバランスを感じる。また、モンブランを食べると、モンブランの栗の風味が損なわれるどころか、更にその栗ならではの味わいをより感じられる。カカオの風味と栗の風味が合わさることにより、相乗効果を生んでいるようだ。
和栗は終始笑顔で食べ進める。その様子を茂さんも笑顔で眺めながら、ケーキを食べ、コーヒーを飲んでいる。香織も嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「ごちそうさまでした。」
モンブランをペロリと平らげると、満足そうな表情を見せる。
「ありがとうございました。マスター、コーヒー美味しかったです。香織ちゃんもモンブラン最高でした!また来ます!」
「もう帰るのかい?」
茂さんが和栗に問いかける。
「実は今日もまだ仕事がありまして。さっき言ってた事後処理をしないといけないんです。モンブランだけはどうしても食べたかったので合間にちょっと抜け出してきちゃったんです。また落ち着いたらすぐ来ます!」
和栗はマスターたちに一礼するとお会計を済ませ、足早に退店する。
店の外に出ると、春から夏に変わろうとしている暖かい風が吹き抜ける。
「よし!」
和栗は気合いを入れ直し、駅に向かって歩き始める。
空は気持ちのいいほどに晴れ渡っている。




