空き巣の狙い
「では、教えてください!」
再び、マスターに催促する。
「はい、先に申し上げておきますが、これはあくまで可能性の話です。この事件を紐解く際のきっかけにするくらいの軽い気持ちで聞いてください。ですが、『お悩みブレンド』として代金をいただくからには、しっかりとした推論に基づいて解説させていただきます。」
マスターは最初に軽く注意を述べて、笑顔のまま話を続ける。
「今回の事件。鍵が空いていたとすると、何者かが被害者の部屋に侵入を試みたということは確実でしょう。ちなみに、茂さん。もしも茂さんが空き巣であると仮定した場合、侵入した部屋に住んでいたのが実はミニマリストで部屋の中に盗めそうなものがほとんど無かったら、どうしますか?」
「ん?」
急に振られて、驚く茂さん。顎に手を当てながら「う〜ん。」と少し悩んだ後、マスターの質問に答える。
「少しは金になりそうなものを盗んで帰るかな?」
「そうですか?では、和栗さんは?」
「私も、少しでも盗んで帰ろうとするか、そもそも何も盗らないかですかね?」
「うーん。なるほど。」
マスターの不思議な反応に二人は首を傾げる。
「じゃあ、マスターだったらどうするんだい?」
茂さんがマスターに聞く。
「そうですね。私だったら隣の部屋も不在なのであれば、ターゲットを切り替えて隣の部屋を狙いますかね。」
マスターが笑顔で返すと、二人は驚いた表情を見せる。
「そもそも、空き巣犯罪の行為者には二つのパターンがあります。衝動的に空き巣に入るパターンと周到に準備してから空き巣に入るパターンです。割合として多いのは後者だと言われています。衝動的な犯行は、捕まる可能性が圧倒的に高くなりますからね。事前に目標の家を定めて、その家に住んでいる住人の生活パターンや周辺住宅の生活パターンまで把握し、準備してから犯行をするというのが多くの場合です。では、今回の場合はどうでしょうか?」
「どっちとも考えられるんじゃないか?被害者である生島さんの部屋がちょうど不在だったから、衝動的にその部屋に空き巣に入ろうと思ったのかもしれないし。」
「ですが、生島さんの部屋はアパートの2階なんですよね?一階の部屋の方は全員在宅だったんですか?」
「いえ、さっき隣の部屋もいなかったと言いましたが、一階にも犯行時に部屋にいなかった方はいらっしゃいました。」
「そうなると、偶然生島さんの部屋に狙いをつけて、わざわざ他にも選択肢があったのにも関わらず、空き巣に入る合理的な理由はないでしょう。それよりも、これが計画的な犯行であった場合を考える方が遥かに合理的です。そして、計画的な犯行であった場合他の部屋の方の生活パターンもある程度は把握していたと考えるのが自然でしょう。」
「つまり、最初から生島さんの部屋を狙っての犯行だったと?」
「そう考えると、隣の部屋を狙わなかったことや誰も目撃者がいなかったことにも説明がつきます。」
「でも、結局は何も盗まれていないんだろう?狙って入ったはいいけど、ミニマリストだってことは知らなかったから何も盗まなかったってことかい?」
「いえ。確かに、犯人は生島さんが、ミニマリストであるということを知らなかった可能性が高いとは思っていますが、犯人の狙いは別にあったと思います。」
「じゃあ、どういうことだ?」
「犯人の狙いは部屋にある物ではなかったとしたら?」
「「ん?」」
マスターの発言に茂さんと和栗は首を傾げる。
マスターは2人の様子を見ると、さらに言葉を付け足す。
「空き巣に入られたとすると多くの人が何を盗まれたのかと考えますよね。それこそが今回の犯人の狙いというか、偽装の予定だったんじゃないですかね。本当の目的を達成し、それを悟らせないために空き巣に見せかける。けれども、標的の生島さんは、実はミニマリストで部屋にはほとんど何もなかった。部屋にあるものを盗んで普通の空き巣に見せかけるということが出来なくなった犯人は、次に侵入すらなかったことにしようと考えた。普通だったら、パソコンの位置が少し違うなんて分かりませんからね。」
「確かに。」
「でも、なんで普通の空き巣と見せかける必要があったんでしょうか?」
「本当の目的を悟られると、自ずと犯人が割り出せてしまうから、ですかね。普通の空き巣に見せかけると犯人の幅は一気に広がりますからね。」
「でも、鍵は開いていたんだろう?」
「そこがポイントです。犯人は何らかの理由で、鍵を施錠することが出来なかったと考えることができると思います。例えば、一般的にピッキングは解錠よりも施錠の方が難易度が高いとされています。それこそ、プロでもない限り解錠ができたとしても、施錠は容易には出来ません。つまり、犯人はプロのピッキング師ではない可能性があるということです。」
「なるほど、施錠するときに時間がかかり過ぎてしまったから施錠を諦めたということですね。」
「まあ、可能性の話ですがね。そう考えると、犯人は空き巣の常習犯ではない可能性が高いということです。生島さんの部屋の鍵に傷が残っていたことからも不慣れな方の犯行だったと考えられます。鍵を閉めることが出来なかった時点で、誰かが侵入したと思われても仕方がないことだとは思いつつ、部屋にある物は盗まないことで、空き巣を諦めたというように見せかけようとした。それでも、生島さんの部屋に侵入した理由、目的は何なのか?部屋にあったパソコンなんかよりもよっぽど欲しかったもの。」
「パソコンよりも欲しいもの?あの部屋にパソコンよりも高いものなんて、、、」
和栗は部屋の中のものを思い浮かべながら、必死に考える。
「パソコンのデータですよ。家でも仕事の研究をしていた彼のパソコンには、実験なんかをまとめた研究データも相当数入っていたのでしょう。犯人が欲しかったのはそのデータなんです。」
「パソコンじゃなくて、その中身が欲しかったのか。」
「彼が研究しているというレアアースは、今後の世界のエネルギーや資源問題を解決する上で必要不可欠な物です。ですが、現状はその名の通り、希少で供給が追いついていない。最近になって南鳥島の近郊に世界でも有数の埋蔵量があるのではないかと注目されています。そして、確か、生島さんのいらっしゃる大学での研究がこの前ニュースになっていたような気がします。その研究が成功すると、世界の供給の中心になることができるとも言われています。そんな研究のデータ。欲しいところからすれば、どんな金品よりも、喉から手が出るほど欲しいでしょうね。そして、そのデータを欲しているところは自ずと絞られるでしょう。」
「なるほどな。」
「研究室は常に誰かがいるので盗み出せない。というより、そもそも大学の関係者じゃない人は、門で守衛さんに止められるでしょうし。大学に侵入して盗むのは困難。そこで目をつけたのが生島さんだったんでしょう。几帳面な性格だからこそ、日々の時間管理をしっかりしている。裏を読めば、行動パターンがわかりやすいから盗みに入りやすい。だから、生島さんが狙われたんでしょう。そして、パソコンを盗まなかったのも、パソコンを盗めば生島さんの考えはどうしても中身のデータにまで及んでしまうからでしょう。盗まずに残しておけば、パソコンの中身にまで考えが及ばない可能性がありますから。」
「なるほど、生島さんが空き巣に気がつかなければ、データの盗用もバレなかった。完全犯罪だったんですね。」
「まあ、気がつかなかったら盗用されたデータが、他で急に発表されるなんてことが起きたかもしれませんね。ですが、そのときになってから犯行を証明するのは極めて困難でしょう。早急に生島さんの研究している分野のライバル会社や研究者を特定して、その人たちのアリバイを調べることをお勧めします。生島さんたちの研究は、日本の未来を担う研究ですからね。」
ーすごい。話の筋は通っている
「なるほどな。あえて盗まないことで、狙いを誤認させたのか。手品みたいだな。」
「そうですね。空き巣は部屋の中の物を盗むという固定観念があればあるほど、思い付かないことでしょうね。」
茂さんがうんうんと頷きながらマスターと話す。
和栗は感心しながら手帳にマスターの推論を書き記す。
「ありがとうございます。マスター。早速調べてきます!」
和栗は立ち上がり、財布を取り出す。
「いえいえ、私の方こそ面白いお話が聞けて楽しかったです。今週末はモンブランを作るように妹に言っておきますので、ぜひまたお越しください。」
マスターは笑顔で軽く頭を下げる。
「週末までには解決してみせます!報告待っていてください!」
和栗はお会計を済ませると足速に店内を出ていった。
時計を見ると、4時半を指す手前。
ー意外と長くいたんだなあ。でもコーヒーは美味しかった。あんなにおいしいコーヒーがあるなんて知らなかった。この事件を早く解決して今週末にはモンブランを食べに行かなくちゃ!
和栗はさらに歩くスピードを上げて、被害者である生島真悟の研究室がある大学へと歩みを進めた。




