もう一人の来客
「では、お兄ちゃん。教えてもらおうかな。」
香織がカウンターの席に座り直し、マスターへと問いかける。マスターはニコッと笑みを浮かべ、口を開こうとする。
チリンチリン
店の扉が開き、一人の女性が来店する。女性は先ほどの香織と紗奈よりも濡れており、小さな折り畳み傘についた水滴と足元の水滴をハンカチで拭く。
「おや、和栗さんかい?」
最初に声をかけたのは茂さんだった。
そう、店に入ってきたのは語部和栗。しかし、前回のようにスーツ姿ではなく、薄手の半袖ニットに丈が長めのスカートという服装である。和栗はカウンターに視線を向けるとマスターと茂さん、そして残る二人に向けて声を発する。
「こんにちは。いやー、突然雨が強くなってきて、思ったよりも濡れちゃいました。」
和栗の言葉で窓に目をやると、確かに雨は先ほどよりも強くなっているようである。
和栗はカウンターまでくると初めて会う紗奈に挨拶する。紗奈も軽く挨拶を返すと、茂さんと和栗で香織と紗奈を挟むように座る。これでカウンターは満席である。
「和栗さん、今日はお休みなんですか?」
香織が立ち上がってコップに水を注ぎながら問いかける。
「はい。今日は久しぶりにお休みをいただきました。前回の件がある程度片付いたので休んでもいいと言われたんです。」
「私服だったので、最初和栗さんかどうかわかりませんでしたよ。」
紗奈は笑いながらコップを和栗の前に置く。二人の会話についていけない様子の紗奈は少し首を傾げている。
「ああ、せっかくだから和栗さんも私たちの話聞いてくださいよ!ぜひ、推理してみてください!」
「香織ちゃん?」
紗奈は香織の制服の袖をつまんで香りを見つめる。おそらく、その表情は、「迷惑にならないの?大丈夫?」と問いかけている顔なのだろう。
「この方は、警察官なんだよ。それも女性刑事さん!だから、せっかくならって。」
「こらこら、香織。勝手に人様の素性を話すものじゃないよ。それに和栗さんは、今日は仕事が休みの日なんだから。休日にまで仕事の話はしないものだ。」
一人でテンションが上がってしまった香織をマスターは軽く注意する。
「すみませんね。」
マスターは和栗に謝罪する。香織も少しシュンとしながら和栗に謝る。
「いえいえ。いいんですよ。せっかくなら香織ちゃんたちのお話、聞かせてください!まあ、私じゃ何の役にも立たないかもしれませんが。」
笑いながら和栗さんは答える。その笑顔を見て香織も笑顔を取り戻す。二人の様子を見て、茂さんとさなも自然と笑顔を見せる。
「先に飲み物でもどうですか?」
マスターの声に和栗はメニューを見て、マスターブレンドを注文する。マスターがコーヒーを淹れている間に香織が和栗へとことの顛末を詳細に話す。途中、紗奈が部活動の名前や教室の配置を丁寧に説明し、和栗はそれを聞きながら、うんうんと頷いている。
「どうですか?」
一通り話終わると、香織が和栗へ質問する。
「うーん。」
胸の前で腕を組みながら、和栗が唸る。
「文化部というのは、確定なんですね。」
「確定というよりも、可能性が高いっていう言い方が正しいかもです。運動部でチョークを使うってのがあんまり想像できないってのもありますけど。」
「チョークの他の使い方を考えてみるというのは、どうでしょうか?」
和栗の言葉に香織と紗奈は顔を見合わせながら首を斜めに傾ける。
「違う使い方?」
「はい、チョークといえば何か書くという発想が一番最初に浮かびますが、それ以外の用途を考えてみるんです。」
「なるほど。」
香織が腕を組んで眉間に皺を寄せる。
「確かに。チョークって言ったら書くってのが普通だもんな。和栗さん、なかなか鋭い目の付け所なんじゃないか?」
茂さんが感心したように頷きながら、マスターと和栗さんを伺う。
「まあ、と言っても他の用途が浮かんでいるわけじゃないんですが・・・。」
少し照れたような反応を見せる和栗。そんな和栗を見て、マスターが声をかける。
「いえいえ、本当にいい発想だと思いますよ。事件に限ったことではありませんが、何事も多角的に考えることは重要ですよ。いろいろな可能性を全て思考する事で真実が見えてくるものですよ。」
「前回のマスターさんの推理のおかげですかね。あれも空き巣に見せかけた犯行でしたから。」
和栗の言葉にマスターは軽く笑みを返す事で答える。
「わかんない!」
ずっと悩み顔で考えていた香織は、早々に匙を投げた。紗奈もどうやらわからない様子で首を振っている。
「お兄ちゃん。教えて!」
香織がマスターにそう言ったことで、マスターに視線が集まる。




