金色村伝説
「涙を流すんだそうだ」
皺は多いのに姿勢の良い老人はそう言った。
「観音像がですか?」
マリア像ならよく聞く話だと思いながら男は再度尋ねた。
「ああ。そして三日の内に人が死ぬんだとか」
「それはまた奇異ですね。村の名は?」
「金色村。隠れ金山があるとかないとか」
すべてが曖昧だった。しかし、だからこそ男は胸を踊らせた。
「場所はご存知ですか?」
「いんや、誰独り。ただ、村を守っている狛犬が目印だとか」
誰も知らないのにヒントがあるところは伝承が伝承たる所以といえた。質素な話は年月と共に装飾を身にまとう。
「狛犬ですか」
「ああ。それも二頭の吽形だそうだ」
「吽形だけ、ですか」
初めて聞いたと男は思った。獅子の狛犬と言えば、普通は阿吽が対だ。
「あんた行く気かね」
「そうですね。放浪の途中、ここでお話が聞けたのも何かの縁でしょう」
男は放浪と言ったが、実際はただ道に迷っていただけだった。
「物好きだなあ」
話した当人はたいして興味もなさそうに、男が目指そうとしている山並みに目を向けた。
「おにぎり、ありがとうございました。助かりました」
自分の水筒をあおった男は、老人と一緒に座っていた倒木から立ち上がると尻をはたいた。
「なーに、散歩中の独り飯だ。話し相手ができて良かったよ。んじゃあ、気いつけてな」
「はい。楽しいお話、ありがとうございました」
獣道に向かう男の背に、老人が声をかけた。
「そっちは、あんたが来た方角だよ。村を目指すなら、あっちだ。そういや、あんた名は?」
「ああ。私は天津と言います」
踵を返して反対の道を進んだ天津は、振り向かずに少し声を張って答えた。
「そっか。んじゃあな先生」
天津は老人の言葉に足を止めて振り返った。
「私は先生なんかじゃ」
並んで座っていた倒木に、もう老人の姿はなかった。
天津謙人は、偶然にも普通の山道を登っていた。それは老人に言われた方角に真っ直ぐに歩けた証拠だった。
山口県岩国市大師山。石仏の山道と呼ばれる八十八ヶ所巡りのミニ遍路道があり、天津の当初の目的は山腹にある小さな大師堂だった。
「隠れ金山に金色村か。あったとしても廃村だろうし、どっかに狛犬の痕跡だけでも見つけられたら」
大師山をはじめ岩肌が多い山脈が続き、石仏が多いことからも採掘がなされていただろうことはうかがえた。ならば金山もあながち眉唾ではないのかもしれなかった。しかし村が残っているとは思えなかった。
各所にみられる見晴らしの良い吐出した岩肌は、柵がないまでも観光目的の人が多い。天津はそれを避けるように道から外れ茂みへと入ってゆく。伝承が眠る場所と言えば人から忘れられた場所と相場が決まっているからだ。
自分の好奇心を満たす物が眠っているかもしれないという期待が興奮に代わり、茂みを掻き分ける度に天津の胸は高鳴った。
伝承、伝説、噂。不可思議と思われることに深く関心を持つのが天津の癖だった。その為か各地を旅して回っている間に、雑学やサバイバル術なども身に付き、野外での生存スキルが上がっていた。だからか人里離れた山村などでは学者と間違われ先生と呼ばれることもしばしばだった。
「あっ!」
村の痕跡を探すことに意識を向けていた天津は、茂みから船首のようにせり出した岩の上に飛び出していた。気が付いた時には絶景を楽しむ間もなく足を滑らせ、視界を塞ぐほど生い茂った枝葉の中に落ちていった。
「うっ!」
体を起こすと背中に鈍痛が走った。天津は顔をしかめ胡坐をかいたまま周りを見渡した。そこは巨大な洞窟のようだった。しかし頭上を見れば、岩肌から伸びた枝葉が天井を作っていた。そこは岩山に縦にできた洞穴だった。
「自然のクッションを突き破りながら落ちたのか」
服は破けているが、腕の擦り傷のほかに怪我がないことを確認した天津は、立ち上りバックパックを背負いなおすと、改めて洞穴内を眺めた。
天井の隙間からは何本もの光がスポットライトのように差し込み、その先にある物に天津は鳥肌が立った。それは二頭の吽形だった。そこから奥へと向かって立つ何本もの鳥居。さらに奥には社らしきものが見えた。
実は死後の世界ではないかと半信半疑で歩を進めた天津は、風化しているが苔の生えていない吽形の石像に触れてみた。その冷たい感触は、天津に現実であることを伝えていた。
「こんなの見たことも聞いたこともない」
鳥居をくぐりながら天津は感嘆の声をあげた。並んでいる鳥居が石で造られていたからだ。赤い鳥居を連ねた千本鳥居が有名だが、そのすべては木で作られている。
最奥に鎮座した高床の社は、十畳一間を一戸建てにしたほどのサイズ感だった。賽銭箱はなく、階段の先には両開きの格子戸があり巻かれた鎖に錠前がぶら下がっていた。
「これまた異様な。まさか禁足地じゃないよな」
禁足地は各地に存在する神聖とされる場所や呪われた場所だが、源を辿れば人の業や欲が渦巻く場所だったりもする。天津にとっては、あまり良い経験がある場所ではなかった。
用心しながら階段に足をかけた天津は、老人との会話を思い出していた。
『涙を流すんだそうだ』
『観音像がですか?』
『ああ。そして三日の内に人が死ぬんだとか』
一瞬、社に近づくのを躊躇した天津の耳に複数の人の声と足音が聞こえてきた。
「本当なんだって!」
「お前、寝ぼけて見廻りしてたんじゃないのか」
「もしホントだったら、ど、どうするよ」
「言い伝え通りにするのか?」
思わず軒下に隠れてしまった天津は、四人の男の様子をうかがった。頭上から錠前を開ける音が聞こえ、懐中電灯の明かりが床板の隙間から見てとれた。
「うわっ! な、泣いてる!」
誰かが尻餅をついたのか、重たい音が響いた。
「な、な、ホントだろ!」
「そんな……どうすんだよ!」
聞き耳をたてていた天津は、男達の狼狽えようから、老人が言っていた観音像はここにあるに違いないと思った。
「泣いたからには、やるしかないだろ。四家の誰かが死ぬんだぞ!」
「ただの言い伝えだろ?」
「この観音像だってそうだったろ! 呪いは嘘じゃねえ」
思案しているのか男達は沈黙した。息を殺した天津は、今起きている事が呪いならば男達はその対処法を知っている。しかし何故躊躇しているのかが気になった。
「家族を守る為だ。そうだろ!」
「だけどよ、そんなことしたら!」
「ここに入れときゃ勝手に消えるんだろ?」
「ああ。命を取る訳じゃない、神隠しで仕舞だ」
風向きが怪しい話に、生贄とはいかないまでも捧げものかと天津は思った。
「轟んとこの娘にしよう。じきに身寄りもなくなる」
「それがいい。そうしよう」
暗黙の頷きで男達は社をあとにした。天津は深く息をすると、聞いてしまっては関わらないわけにはいかないなと決めていた。実のところは自分が聞いた伝承と、男達が言っていた言い伝えとの因果関係を知りたいという癖だった。
しばらく間を置いて縁の下から出た天津は、観音像が見られないかと格子を覗いたが中までは光が届いていなかった。すると巻かれた鎖が緩くなっており隙間をつくり社に入れそうだった。
「随分と慌てたな」
天津は迷うことなく入り込むとバックパックから電気ランタンを取り出した。
ランタンに照らされた社の中は、観音像の他に空間を埋める物がなかった。天津はゆっくりと明かりを掲げた。
蓮の台座に座った一メートル半ほどの観音菩薩。その坐像は左足を上に胡坐をかき、右手は地面を指でさしていた。
「降魔座と降魔印か」
仏像には座り方と手の形それぞれに意味があるが、観音菩薩はどちらも悪魔退散の意味を持つポーズをしていた。
天津が入念に観察をはじめると、その動きによってできる陰影で、観音像の表情が変わったように見えた。
「一刀彫か。たしかに涙の跡がある」
観音像は一刀で削ったような荒さのある木彫で、頬には明らかに涙がつたったような跡があった。
「湿気はなさそうだしな。水分はどこから。ん? 一木造りじゃないのか。このサイズなら普通一本から削りあげるだろ」
荒い木彫で気づきにくいが、観音像の側面に継ぎ目を見つけた天津は、指でなぞりながら身を屈めていった。継ぎ目が途切れた台座の部分を膝をついて見て回る。
「継ぎ目は観音だけか」
台座の後ろにしゃがみこみ考え込んでいた天津は、錠前を開ける音で我に返った。そして鎖を解く音に慌てて明かりを消し息を潜めた。
「よし、いいぞ」
覗き見る天津の目の前で、二人の男が両開きの格子戸を抑え手招きしていた。階段を軋ませ別の男二人が何かを運んでくると床に置いた。
「本当にこれでいいのか」
「ああ。三日の我慢だ。皆が生きてれば、三日後こいつはいない」
「わかった。三日後に覗きに来よう」
男達が社を去ると、再び静寂が訪れた。もう戻ってきそうもないと思った天津は、観音像の後ろから這い出ると、床に転がる布袋に近づいた。すると、それに反応したのか布袋が暴れだした。
どう考えても、これは拉致だ。天津は中の人間を驚かさないように布袋を剥いだ。布袋から現れたのは、手足を縛られ猿ぐつわを噛まされた十六才ほどの少女だった。
「大丈夫、心配ない。僕はたまたま居合わせただけ。今、猿ぐつわを外すから静かに。いい?」
両目を見開き自分を見つめる少女に、天津は出来るだけ優しく話しかけた。少女が頷いたので、天津はそっと猿ぐつわを解いた。
「どうしてこんな所に居るんですか? 誰なんですか?」
「旅の途中で迷い込んでしまってね。で、これってマズイ状況だよね? 今ほどくから。僕は天津。君は?」
「絢萌。です」
少女は大人しく天津に手足を任せた。
「さっきの男達が轟の娘って言ってたけど」
「私のことです。轟絢萌です」
「これって観音像が泣いたせい。だと思うんだけど、絢萌ちゃんは」
「わかってます。全部」
絢萌の目には力が籠っている気がした。すべてを納得しているように天津は感じた。
「そうか。とりあえず出ようか。この社は、金色村にあるのかい?」
少女に話しかけながら、天津が格子戸を確認すると、先程より鎖がしっかりと巻かれ隙間はできそうもなかった。
「金色村? ここは富源村の金色堂です」
「ふげんむら? 漢字でどう書くの?」
「富士山の富に水源の源です」
富の源とは金山に関わってそうな名だなと天津は思った。
「色々と教えて欲しんだけど、まずは出ることを考えなくちゃね」
「知ってるから大丈夫です。こっちですよ」
立ち上がる少女の言葉に、道理で落ち着いているわけだと合点がいった。
「確かこの辺に。あった」
社の奥を這った絢萌が、床板を持ち上げた。
「何でこんな所に」
天津が驚いている間に、絢萌は床下へと消えていった。
「石切場だったのか」
絢萌の案内で、坑道跡を歩きながら天津はつぶやいた。
「富源村は、ただの鉱夫だった一之瀬、百目木、三栗屋、八重樫の四家が財をなして統治した村です。今でもその名残はあります」
「それが絢萌ちゃんを拐った連中?」
「はい。これで私の家の言い伝えが本当だったと確信できました」
社から抜け出した二人は雑木林に出た。洞窟の入り口には、しめ縄が張られていて、やっぱり禁足地かと天津は頭を振った。
「抜けた先に村に続く公道があります」
「ちょっと待った。もう日が落ちてるとはいえ、このまま絢萌ちゃんが戻るのは危険だ。ここからは大人の僕に任せてもらえないかな?」
「絢萌ちゃん! 無事だったのねー。金色様が泣いたって言うし、神隠しにでもあったんじゃないかと心配したのよ! この方は?」
天津と絢萌が富源村の入り口に差し掛かると、女性が駆け寄って来た。それは世話を焼いてくれるという絢萌の隣人だった。金色様とは金色堂の観音像のことだ。
「心配かけてごめんなさい。困っていたところを天津先生が助けてくれて」
「あら、そうなのー。先生ありがとうございます」
「いやー私も旅の途中で迷ってしまっていたので助かりました」
和んだ雰囲気の中、村の人々が良かった良かったと集まって来た。しかし、ひとつの声が皆を不安にさせた。
「だがよ。金色様が泣いたんだろ。神隠しは起きるんじゃないか?」
「それなら天津先生が」
何処の村でも先生という言葉は効果がある。絢萌の言葉で皆の視線が天津に集まった。
「おおかたの話は聞き及んでいます。その根源にも見当がついています。安心してください」
否定もせずに話を続けた天津の言葉に、一同が響いた。
「おばさん、四家の戸主は?」
戸主とは四家それぞれの代表であり絢萌を拉致した四人のことだった。
「今、金色様や神隠しのことで一之瀬に集まって相談をしているよ」
「天津さん、三日籠る気ですよ」
「ああ。皆さん安心してください。四家と一緒に解決しますので」
心配でたまらないという数人と共に、天津と絢萌は作戦通り一之瀬邸へと向かった。
黒壁で統一された村は城下町を思わせ、古いがどの家も大きく豊かな村だと感じさせた。天津の目に富源村が財を成していたことは間違いなかった。その中でも一之瀬は、ひと際立派な門構えをしていた。
「ど、どうしてここに!」
二階の一室にいた戸主達は驚愕して立ち上がったり、床に転がったりした。その様に、絢萌は静かに冷たい視線をおくっていた。そこに天津が歩を進めた。
「はじめまして天津と申します。轟絢萌さんと縁あり、お邪魔いたしました」
「なんだお前は! 部外者は出て」
「私を誘拐したことを、家族や村のみんなに知られてもいんですか!」
声をあげた絢萌の肩に、天津が手をあてた。
「拉致については興味ありません。外の人達に口外するつもりもありません。ただ、皆さんが信じた《《四家の言い伝え》》をお聞かせ願えますか。観音像の呪いを解けるかもしれません」
あえて拉致という言葉で男達の後ろめたい気持ちを煽り黙らせた天津は、今度は呪いという言葉で縛り付け頷かせた。
「観音像が涙を流すと子供が神隠しにあう。これが村の方から聞いた言い伝えです。ですが四家では違いますよね」
「ああ。観音像が涙を流すと四家の誰かが死ぬと言われている。現に亡くなったらしい」
「金色堂を建てたのは?」
「四家の初代戸主だ」
「観音像も、その時に?」
「いや、それは分からないが。像を収めるために建てたんじゃないのか」
「だとしたら大きいんですよ」
「立派な方がいいだろ」
「装飾彫刻もなく、あれはただの箱です。では像を置く前は何に使っていたのか。四家本来の言い伝えは何です?」
「そ、それは……観音像が泣いたら子供を捧げろ。手足を縛り、口を縫って、友達を与えろ。そうすれば家系が守られる。と」
「あなた達は絢萌ちゃんの口を縫いませんでしたね」
「どうせ神隠しにあうなら猿ぐつわで十分だと思ったんだ」
言葉が喉に痛みをもたらしているかのように話す一之瀬に、天津は頷きで続きを促した。
「ある日、村人が観音像が泣いてるのに気付いた。そして三日の内に四家の人間が死んだ。初めは誰もが偶然だと思った。でもそれが数年に渡り三度続いた。流石に四家は話し合い、観音像に友達を与えることにした。その時から禁足地にして村人を遠ざけた。すると誰も死ななくなった」
「与えた子供は、本当に消えてしまったと?」
「そうだ。様子を見に行ったら消えていたと。本当に友達を欲しがって」
「それです。観音像が友達を欲しがるなんて発想が不自然です。それに四家とは関係がない。でもその二つの因果関係を裏付けるものがありました。《《轟家の言い伝え》》です」
戸主達が驚いて絢萌を見やった。俯いていた絢萌に、天津は「さあ」と声をかけた。
「私の先祖は。百目木の愛人でした。そして酔った百目木から恐ろしい告白を聞いたんです。泣いた観音像が家族を殺してる。それは俺達への呪いだって。戸主達は金色堂で、村に居た口の利けない少女に悪戯をしていたんです」
「そんな出鱈目だ」
憤る百目木を一之瀬が手で制すと絢萌は言葉を続けた。
「ところが突然、その女の子が話せるようになったんです。自分達のしていた事がバレたら困る戸主達は、その子を殺してしまったと。観音像が泣くのは、その子が友達を欲しがっているに違いない。だから友達を差し出さないといけないんだと」
「そんなこと信じられない」
「ですが辻褄が合うでしょう。四家の言い伝えが真実味をおびる」
「か、神隠しは?」
「観音像が泣いたら、金色堂にいる子供を助ける。それが轟家の役目です。もちろん愛人が始めたことです」
「だが。そうしたらバレるだろ」
「口を縫い付けられ監禁された子供が、まともでいられる訳がないでしょう! バレないように匿うしかないじゃないですか」
初めて天津が発した感情的な語気に、戸主達は黙り込んだ。
「天津せんせーい。お客様がおいででーす」
外の村人からの知らせに天津は立ち上がった。
「では。呪いを解きに行きましょう」
一之瀬邸の門前に、ひと目で部外者と分かる男達がいた。
「澤教授。こんな時間に来てもらって、すみません」
「なーに、君が知らぬ村の名を口にしたんだ。面白くない訳がない。ここが金色村かい?」
「だった村です」
噂や伝承を追う天津は、その旅すがら、その土地土地で伝承を研究している人物と知り合うことがある。澤も、その一人だった。
「力のある学生達を連れて来た。役場にも留守電を入れてある」
「助かります。絢萌ちゃんは残って」
「行きます! 寝たきりのお爺ちゃんの為にも」
「わかった。では行きましょう。金色堂へ」
「なんて異様で神秘的なんだ」
天津が落ちた洞穴に到着した澤は感嘆の声をあげた。
「吽形二体に石の千本鳥居。何なんだいここは?」
「これらは祀る為でも供養する為でもなく、封じる為に造られました」
「封じるって何を?」
「観音像が泣く度に家族が亡くなった。それを呪いだと兎に角、恐れたんです。でも効果などあるはずがない。だから友達を与えるという考えに至ったんです」
天津と澤の会話が響く中、一之瀬が金色堂の鎖を解いた。一行が足を踏み入れると、床が不気味に軋んだ。
「こりゃまた立派な」
「この観音像は前後張り合わせてから彫られています」
「ここは石が豊富だったんじゃないのかい? 急場凌ぎにしたって妙だ」
「その理由は、観音像を開いてみれば分かります」
早速、澤の指示で学生達が作業を始めた。
「うわあああ!」
「な、何だ!」
悲鳴を上げて学生達が後ずさった。開かれた観音像の中には、手足を縛られ口を縫われた小さな木乃伊があった。
「この子が最初の犠牲者です」
「だから友達か」
「ええ。それに吽形だけなのも、口を開くなという暗示なのかもしれません。それとも村の名と同じように、四家への戒めでしょうか?」
「吽形は分かるが村の名?」
「富源は金色からの由来もあるでしょうが、もとは不言ではないでしょうか」
天津が指で床に文字をなぞると、澤は「声に出すなか」と声を漏らした。
「しばらくは捜査だ調査だと騒がしくなるけど」
「大丈夫です。でも本当に観音像の呪いだったんですか?」
「涙の理由は何を信じるかによるよ。ただ、四家の死は流行り病だったと僕は思う。どうであれ澤教授が答えを出すさ」
村のことは澤に任せ、天津は絢萌の家を訪れていた。
「お爺ちゃん。天津さんが見つけてくれたよ」
瞳を閉じたまま横たわる老人に絢萌は語りかけた。
「お爺さんは、いつから寝たきりに?」
「もう半年ほどです。お茶入れますね」
絢萌と入れ替わるように老人の枕元に座った天津は、その顔を覗き込んで息を飲んだ。そして静かに挨拶をした。
「おにぎり、ご馳走さまでした。おかげで無事たどり着きました」
天津の言葉に老人が応えることはなかった。ただ、その目元に涙が浮かんでいるように見えた。
「お茶どうぞ」
「絢萌ちゃん。轟家の言い伝えって……いや。頂くよ」
壁とはいえ、本当は木乃伊になった少女は愛人だった先祖の子供だったのじゃないか。その言葉はお茶で飲み込んだ天津だった。
〈金色村伝説〉




