■17:宿屋の女将
僕たちは、ゲームでは作っていない裏路地のマップを、マックスからもらった地図を頼りに進んでいた。
「渡り鳥の止まり木の元の主人?」
「はい、活動拠点をまずは正常に機能させたいです」
「カサンドラか…」今のダークエルフの女主人の名前を出して、マックスは少しだけ困ったような顔をして頭を搔いた。
「本来は酒場と宿屋を兼任している『渡り鳥の止まり木』は、体力回復と情報を得る社交場としての意味が強いはずです」
元のゲームの設定は当然ながら娼館としての機能はもっていない。カサンドラ自体はNPCとして設定した記憶があるが、バーのマダムか何かで露骨な娼婦という設定はした記憶がない。だが、彼女自身のノードには強制的に書き換えた痕跡はなかった…
娼館を宿屋に戻すためには、いくつかの整合性を合わせる必要がありそうだ…というのが、僕たち三人が話した結果だ。実際、宿屋自体の見た目は特に変化していない。内装のデザインを仕様変更したところで、働いている従業員が変わらなければ、機能回復は望めない。
「カサンドラは俺も知らない相手じゃないから、あまり強く責めないでくれよ…だが、宿屋としての機能を回復したいというのはよくわかる。元の宿屋の主人は『シルビア』って名前の女性だ。今は宿屋を明け渡してから静かに暮らしている…と聞いた気がする」
とりあえず、詳しいことはこっちでも調べてみるが、以前風のうわさでこの辺りに住んでいると聞いた気がする…とかなり微妙な情報を元に地図を渡してくれた。
「元の女主人は本当に見つかるかな…?どこか地方に隠居していたら、絶望しかないよ…」ケンタは早くも最悪の事態を想定しているが、とりあえずマックスの情報を頼りに探すしかない。
裏路地と言っても、スラムの様に荒れ果てているわけでは無い。だが、活気がある訳でもなく、閑散とした雰囲気はある。
自分達が設計した街の知らない場所を歩くと言うのは何とも言えない不思議な気分だ。
これまでも北の魔女の森や草原等、意識、無意識に配置設計したマップや地形は何気なく感触として「そんなモノ」と言った印象だったが、何度もテストプレイして調整した場所なので、そこから発展して知らない場所が見えると言う事に感慨深いモノを感じた。
冷静に考えて、本当に歴史的な蓄積迄も考察したりヨーロッパを取材して考察したりもせずに、何となく中世ヨーロッパ風というデザインに説得力を持たせているこの再現度はヨーコさんの貢献もあるけど、破綻なく再現されている様に見えるので、その都合の良い補完はレイドのチート改変とは別に何かしらの力を感じなくは無い。
丁度、路地の扉を開けて出てきた、これから買い物にでも行こうと言う装いのご婦人に声を掛ける。
「すいません、この辺にシルビアという元宿屋の女将の方がいらっしゃると聞いて来たのですが…」
「あら、私に何かご用ですか?」
いきなりビンゴだった。
僕たちはこれまでの経緯を説明して、シルビアさんに女将として復帰してもらえないか?と説明した。
しかしシルビアさんは「今は元冒険者の主人と宿屋を明け渡した際に頂いた譲渡の代金で静かに暮らしています。宿屋と酒場の経営は結構大変でした…今更戻れと言われても……困りましたね」
この、僕たちの時間の経過に関するゲーム内の変化に対する認識の無さが、自動補完されている街並みの細部よりも更に事態をややこしくしている。
「シルビアさんは『渡り鳥の止まり木』は元の設定では亡き夫との思い出の場所で大切にしている…と言う話だった。だが、『元冒険者の夫』と言う僕たちの知らない設定が出てきた。おそらく、様々な条件が時間経過と言う概念で、設定が変化しているんだ…」
思っていたよりずっと複雑な事態になって来て、僕たちは頭を抱える事になった。