■12:渡り鳥の止まり木
ゲーム当初の活動拠点たる宿屋の様変わりに驚いて飛び出したはいいが、他に宿屋はゲームの都合上設定していないので探して見つかるかは不明である。
冷静に考えれば、ゲーム都合で設計していない家の扉や家屋や裏道など、よくある木箱があったり扉は閉ざされている…
という、「絵しか存在しない誤魔化し」は結構プロトということもあって、見た目よりずっと移動範囲の制限があるというのは普通に設定していた。
実際のトコロ、設計していなかったとしてもこの世界の常識内であれば、自動的に存在補完されているようだ。
これば便利だなとは思うが、要は僕らが把握して無い場所やルールがあり得るという事になる。
ケンタと話していたのは「いずれAIを導入して、ルールに沿わせて自動生成させよう…」といった内容だったと記憶しているが、先んじてそうなっているという事になる。
「どうする?」と聞くとケンタはすかさず「一発抜いてもらうとか?」それを聞いてヨーコさんが「そ・お・じゃ・ないでしょ…」というコントが始まった。
「イテテ…耳がとれちゃう!」というケンタを尻目に、「とにかく宿が取れるか聞いてみるか…」と再度『渡り鳥の止まり木』店内に足を踏み込む。
宿屋の主人はダークエルフで…突き出した立派な乳に薄いネグリジェを一枚羽織っただけの格好で煙管を燻らせていた。
褐色の肌で胸の先端が薄いピンクという配色は目が吸い付いてしまって離せない…
「どうしたの坊や?」胸がしゃべった…訳がない。胸の主人が話しているだけだ。
「あの、今日この都市に来たばかりで…宿をとれないかと…」
「なんだ、冒険者か…いいぜ、何泊するんだい?」
「とりあえず1週間…くらい」
「三人部屋別で九ゴールド」
何の抑揚もなく女主人は言う。
「え?」法外な値段で驚く。
「何だい?」
「…ぼったくりでは?」とうっかり口にする。
ちなみに、1銅貨は十円くらい。1銀貨が千円で1金貨は十万円だと思えば大体金銭感覚があう。
女主人は片眉吊り上げながら言う。
「お相手は日替わりで選ばせてやるぜ?」
「え?」
「ん?」
「いえ…」
色々頭が追い付かないところにヨーコさんが割って入る。
「商売女も男も要らない。私たちはここを活動拠点にしたいだけ」
女主人は何だ詰まらんという顔を横に逸らして煙管を吹かす「なら十シルバー」
「安!」急に破格になっちゃったよ…娼婦はそんなに高価なのか…いや、1週間で日割りなら…と余計な考えがぐるぐる回る…
見透かしたような女主人はニヤリとしながら加える「飯代は別だよ」
僕たちはここに至るまでに倒したモンスターから回収した金銭が三ゴールド(三十万)くらいになっていた。小銭以外は僕がお金を管理することになっている。街中を見た感じ、食事は五十カッパーくらいが標準で、金銭感覚的には物価は安いと感じられる。
ヨーコさんは元の設定からの変化っぷりにキレ気味だったけど、即修正を依頼してこなかったのは、ここの女主人の態度からして、強制的な仕様変更なのか自分の意志でそうしているのか判断しかねたからだった。
もっとも、初期の僕の設定では、ココの主人は女性ではあったが人間の妙齢の御夫人で料理上手の女将さんと言うイメージだったので、根本からキャラクター設定が異なる。
だが、北の森の魔女、ソフィアが『十年』と言う具体的な数値がこの世界で過ぎていると言う事実は、変化を定着させるに十分な期間だったと言えるので、慎重に越したことはない。
先ずは部屋を三人分確保して、二階の各部屋で荷物を下ろすと、久々のベットの布団の感触を楽しんだ。
ホテルと言うより、アレを楽しむ事がメインであろう設計で、ベット以外のスペースがほぼ無い狭さであるが、贅沢は言ってられない。
その日はそのまま三人三様で休んで、次の日に冒険者ギルドに行くという事になった。
夜遅くにドアを叩く音で起きる。「だ、誰ですか?」
「俺だよ俺…ケンタ」扉を開けてやるとケンタが入ってきて相談があるという。
「金貸して…」…と、言われればまあ、大体目的は分かるってものだが…
「いや、ちょっとまずくないか?」
「何でだよ?!洗脳された相手を無理やりって訳じゃないんだからいいだろう?商売なんだし…マッサージ受けるのと変わらないじゃないか?」
それが正論なのかわからないが、筋は通っている気もする。
僕も男だしな…ただ、僕は風俗というものに対してそこまで前向きになれない。別に職業に従事している人を卑下するつもりは無い。まあ、女村長ヴィレリナさんの誘いには抵抗できなかった身が何を言うかって感じなのだが。
「ケンタ…もし、ここで女買って、ヨーコさんにバレて居所無くしたら、僕たちのクエストは破綻してクリア不可能になる。そうしたら家に帰るどころか、この世界でいつまで生きていけるかわからないんだぞ…まだ試してないけど、死者蘇生のシステムもゲームと同じとは限らないし…」
「サトル…だってよ…俺よぅ…もうこっちに来てから抜いてないんだ…こんな近くにあんな奇麗でエッチなお姉さんたちがいたらよぉ…」全然人の話聞いてねぇ…リビドーの塊になっとる。
「とにかく、明日ヨーコさんと相談しよう」
「嫌だ…もう嫌なんだ…耐えられない…だってよ、お前は角部屋だから良いけどよ…俺の隣の部屋からはよ…そりゃぁもう、いろんな音と声が聞こえてくるわけよ…」
「分かった、わかったから…部屋を交換しよう」
「そういう事じゃないんだよ…」「じゃあ、どうすんだよ?僕はお金は貸さないぞ」
「じゃあ、いいよ…部屋の交換で」仕方なく部屋を交換した。
交換した部屋は…ナルホド…薄壁で煽情的な声と行為の音がよく聞こえてくる。
これは…と思いながら布団をかぶり夜が明けるのを待つことにした。