最終話
モンスロート国への旅路は驚くほど何もなかった。
道中、リリスは王族として最高の待遇でもって過ごすことができた。
フカフカの馬車に座り、荒れた道を進むときもお尻へのダメージは最小限。
その上、隣には最愛の人がいる。
王族としての初めての行事だけに緊張もあるけれど、初めての他国に興奮もしていた。
(ここが…モンスロート国)
馬車から見える、モンスロート国の街並みにリリスは感動していた。
グラスネット王国とは異なる街の雰囲気。
(石造りが多いわね。街並みが白く見えるわ。良質の石が産出するんだとか。鉱物資源も豊富で、それが外貨を得る手段だったかしら。その分、森が少ないから食料を他国からの輸入に頼る面があるんだったわね)
モンスロート国について勉強したことを振り返りながら街並みを眺めていると、リリスを見ているジェラードに気付いた。
「ジェラード様?」
「いや、楽しそうだなと思ってな」
そういうジェラードの表情は優しい。
「はい!ここが、お母様が生まれ育った土地なんですね」
「そのようだ。ほら、もうすぐ王城に着くぞ」
モンスロート国の王城が見えてくる。
街並みよりもいっそう白さが際立っている城だ。高さはグラスネット王国の城に及ばないが、その分横に大きい。
「グラスネット王国の城とは、違うんですね」
「ああ。我が国の城は焼いたレンガで作られているが、モンスロート国は切り出した石材を使っている。重いから、高く積み上げるのが難しいから高さは低い。だが、その分横に広く作り、しかも石材一つ一つが大きいから高い防衛力を誇る。強固な城だ」
「なるほど、詳しいんですね」
「同盟国だからな。防衛の得意不得意を知らないと、いざというとき救援できん」
(そうなのよね。もしこの国に何かあればジェラード様が…)
ジェラードが了承したこととはいえ、心に靄が広がる。
元々同盟国だったとはいえ、今は妻の母国となったモンスロート国。
その国に危機が訪れれば、ジェラードは出撃することもあるだろう。
もやっとした気持ちを抱えつつ、グラスネット王国一行は王城へと到着した。
各人、旅の疲れをいやすために部屋へと案内されたが、リリスとジェラードだけは別室へと案内された。
そこにいたのは、先代国王夫妻だった。
夫妻はリリスとの対面を心から喜んだ。
そして、涙ながらに謝罪。
リリスの母であるエレインを探し出せず、苦労させたことを悔いているようだった。
リリスはそのことについて、母はとても幸せそうだったことを伝える。
夫妻はリリスの父のことを、娘をたぶらかした元凶だと思っているらしく、非難した。
しかしこれにリリスが激怒。
母は心から父を愛しており、父も母を愛していた。そんな父はリリスの誇りだ。
その父を非難されることは、リリスにとっては我慢できることではない。
これには夫妻が慌てて謝罪をする始末。
その様子にゼイヴィアは呆気にとられ、ジェラードはすまし顔のままだが、内心と己の妻を褒め称えていた。
先代国王夫妻との対面を終え、リリスとジェラードは客室へと案内された。
もちろん、同室である。
「くっくっく…さすがはリリスだな」
「もう…ジェラード様、もうやめてください」
リリスは恥ずかしそうに俯いていた。
話はさっきの一幕について。
祖父母とはいえ、先代国王夫妻にかみつく姿はさすがの一言である。
恥ずかしそうにする妻を、ジェラードは抱きしめる。
「わが自慢の妻だよ、リリス」
「っ!」
そんな風に言われてはさらに赤面するしかなかった。
それからは大忙しだった。
まずは歓迎会に始まり、記念祝賀会への参加。
当然、長年行方不明だった王女の娘がいるということでリリスは大人気である。
その中には、グラスネット王国の祝賀会でリリスを無視したりぞんざいに扱った貴族もいるわけで、気の毒に思うくらい腰が低くなっていた。
リリスはあまり気にしていなかったけど、隣に控えるジェラードが放つ雰囲気が絶対零度であったことがそれに拍車をかける。
「全く、白々しい連中だ」
そんな貴族の聞きたくもない挨拶を終えたところで、ジェラードがぼやく。
そんな夫の様子に、リリスは苦笑した。
「仕方ありませんよ」
「君は怒らないのか?」
「…まぁ、あの時はただの平民でしたから。そういう扱いだったとしても不思議ではありませんし」
「平民だろうと、私のパートナーにあんな態度を取ったのが許せん」
「そうですか、ふふっ」
怒るほどのことでもないけれど、代わりに怒ってくれる人がいる。
なら、もうそれで十分だと思うリリスだった。
それから2週間経ち、リリスたちは帰国した。
滞在中、ジェラードはモンスロート国の軍上層部との交流を深め、リリスは先代国王夫妻に城や王都を連れ回された。
帰る時には「このままこの国で暮らせばいい」と予想通りのことを言われ、リリスは丁重にお断り。
先代国王夫妻は泣いて別れを惜しんだという。
二人は帰国後も大忙しだった。
まずは領地にいるジェラードの両親との対面を含んだ領地の視察。
それから結婚式の準備に大あらわ。
モンスロート国の王族も参加するため、国を挙げての結婚式となった。
ジェラードは自分の結婚式なのに将軍として警備の責任も負うことになり、「もう誰も呼ばないで2人だけでこっそり結婚式を挙げたい」とぼやくこともあった。
リリスとしても気持ちは分かるが、そうはいかない。
ぼやく夫をなだめつつ、自分は各所へ招待状を書きまくる日々。
ウェディングドレスの準備から、結婚式の調整にはジェラードの母親も手伝ってくれ、さらには王太子妃まで参戦。
多くの人の協力を得て、プロポーズから1年後。
ついに結婚式となった。
国最大の教会に国内外の王族・重鎮がそろい踏み、盛大な結婚式となった。
そのまま披露宴となり、場所は王宮が貸し出されることに。
テルドール家の小さな屋敷では、とうていまかないきれない規模の披露宴。
協力してくれたメレディスはいい笑顔で言った。
「これでジェラードはぼくに返せない借りができたね」
披露宴は大いに盛り上がり、途中で主役の二人はこっそりと退場した。
リリスはたっぷりのレースで重いウェディングドレスを脱ぎ、屋敷から来てくれた侍女たちの協力で湯に浸かると、丹念に磨かれた。
今夜のためにと用意されたネグリジェをまとい、特別に用意された部屋で、ソファーに座ってジェラードを待つ。
「待たせたな」
リリスと同じく湯上りのジェラードは、やはり美しかった。
濡れた黒髪がかすかな魔術灯に照らされる様は、抜群の色気を放っている。
その姿だけで、リリスは高鳴る鼓動を抑えきれない。
「いいえ、待ってませんよ」
「そうか」
リリスの隣に、ジェラードも腰を下ろした。
同じ石鹸を使っているはずなのに、ジェラードから漂う香りに頭がしびれてくる。
「リリス…」
ジェラードの手がそっと腰に回され、反対の手は顎に添えられる。
上を向かされ、そこにジェラードの顔が近づく。
「ん……」
すでに何度もしている行為なのに、今夜は一段と気持ちいい。
何度もキスの雨が降り注ぎ、1つ降り注ぐ度にリリスの体から力が抜けていく。
だが、リリスの体に回されたジェラードの手が、崩れることを許さない。
「あっ…」
ジェラードの手がリリスの膝裏と背中に回され、スッと持ち上げられる。
そのままベッドに下ろされると、その上にジェラードは覆いかぶさった。
「リリス…」
「ジェラード様…」
「今夜くらいは、『様』は無しにしないか?」
「…ジェラー、ド?」
「いい子だ」
翌朝。
カーテンから朝日が差し込み、部屋をほんのり照らす。
リリスが目を覚ますと、黒い瞳が自分を見つめていることに気付いた。
「おはよう」
「…おは、よう…?」
今の自分の状況が思いだせず、寝ぼけた返事を返してしまう。
しかし徐々に今の状況を思いだし、それにつれて顔も赤くなっていく。
「ふふっ、俺の妻は朝から愛らしいな」
「ジェラード…!」
朝からそんなこと言わないでほしい。
うれしくてどうにかなってしまうから。
だったら、こちらからも反撃してしまえばいい。そう思った。
「私も、愛してますよ」
「っ!…なるほど、これは効くな」
今度はジェラードの頬がほんのり赤く染まる。
反撃としては物足りないけど、それでも大金星の成果だ。
(思えば、すごいことになったものだわ)
1年と半年前、行き倒れて死を覚悟した自分は何だったのか。
今では王女となり、侯爵家の妻となり、そして最愛の旦那様が隣にいる。
そしてそれは、目の前にいる人が、救ってくれたことから始まっている。
「ジェラード」
「なんだ?」
「私を、『あのとき』拾ってくれてありがとうございます」
「…そうだな、『あのとき』から始まったんだな」
「はい」
「なら、俺からも言わせてくれ」
「何でしょう?」
「俺を、愛してくれてありがとう」
そう言って、リリスの唇に自分の唇を落とす。
昇りつつある朝日が、二人を祝福するかのようにそっと包み込んだ。
~終~




