14話
場所は変わってメレディスの執務室。
そこにはメレディスとゼイヴィア、ジェラードとリリスの姿があった。
「まずはおめでとうと言っておこう。ジェラード殿、リリス」
「ありがとうございます」
そこでようやく、リリスに今回の件の全貌が説明された。
実はリリスが王女であることが発覚した翌日には、ジェラードは二人の王子に対し、リリスへの自分の気持ちを明かしていた。
もちろん、王女となったリリスとジェラードの婚姻をただでは認めることはできない。
そこでジェラードは自身の魔術軍団将軍の地位を餌に、今回の同盟100週年記念の証としての国際結婚を提案した。
ジェラードの存在はモンスロート国としても無視できず、むしろ王女とのつながりをもってより強固になるのであれば願ったりだ。
グラスネット王国側としても、モンスロート国との同盟強化で王族を自国に嫁がせることができるのは周辺国へのけん制になる。
メレディスとゼイヴィアの間では実質決まったようなものだが、そこから大変だったのはゼイヴィアのほうだ。
なにせ、やっと見つかった王女はすでに亡くなっている。その娘が生きているというが、もう結婚相手がいる。この国に来ることが無いと分かれば、先代国王夫妻がどんな暴走をするか分かったものではない。
そこでゼイヴィアはその結婚相手がグラスネット王国の最強の魔術師であり、魔術軍団の将軍であること。この婚姻でモンスロート国側の利を説き、なんとか納得させることにこぎつけた。
ただし、2つ条件が付けられた。一つは、王女認定の場で、公衆の面前でプロポーズさせるというもの。そしてもう一つは、それをリリスが受け入れること。これらは先代国王夫妻の提案。
彼らにとって孫娘を預けるに足るかどうか、その意気を皆の前で示せない臆病者は認めないということだ。もちろん、リリスにもその気持ちがあるかどうかも。
もちろんジェラードはこれを受け入れた。そして、リリスをその気にさせるために、この2か月ジェラードは必死にアピールした。
そうして、今日にいたる。
(そういうことだったのね。だからジェラード様はあんなに休暇に私を連れ出して…)
マリーアにはデートですねと茶化されたが、本当にデートだった。
少なくともジェラードはそのつもりだったのだ。
リリスもそのつもりではあったけど、建前は付き添いということに。
「大変だったぞ、おじい様たち…先代国王夫妻の説得は。国王は比較的すんなり納得してくれたが、『娘の忘れ形見をどこの馬の骨ともわからぬ若造に嫁がせてなるものか!』とな」
「…ありがとうございます」
ジェラードは重ねてゼイヴィアに感謝した。
彼無くしてこの作戦成立は不可能だった。
「気にせずともよい。こちらとしても、ジェラード殿を縁戚関係に組み込めたのだ。利はある」
「ということだ、ジェラード。これからは奥さんの母国も守ってね」
「当然にございます」
そんな3者の会話に混ざれないリリスだが、メレディスの『奥さん』という単語にはしっかりと反応していた。
(そ、そうよね。プロポーズを受けたんですもの、もう私はジェラード様の…うううぅ、急に恥ずかしくなってきちゃった)
その後、メレディスとゼイヴィアは正式にジェラードとリリスの婚姻手続きを進めるために作業に移った。
ジェラードとリリスは、屋敷に戻って荷物をほどき直さないといけない。それに、盛大な送別会をしたその日に戻ってくるという羞恥に耐えるという試練が、リリスには待ち受けていた。
(うぅ…みんなとまた一緒に暮らせるのはうれしいけど、どんな顔でみんなを見ればいいのかしら)
帰りの馬車の中、羞恥で顔を赤くしたままのリリスに、ジェラードは苦笑した。
「屋敷には早馬で連絡してある。みんな、盛大に出迎えてくれるだろうな」
「っ!ジェラード様、いじわるです」
できればこっそりと、なんて思っていたのに早速封じられてしまった。
ジト目を向けると、ジェラードは笑っていた。
「みな、リリスの帰りを待っている。安心して、帰ろう」
「…はい」
そうしていると、馬車は屋敷に到着した。
もう二度と戻ることはないと思って数時間前に出てきたのに、もう戻ってきてしまった。
先にジェラードが降り、ジェラードの手を借りて馬車を降りる。
そして恐る恐る顔を上げると、そこには今朝別れを告げた使用人たちがいた。
「ジェラード様、そしてリリス様…いや、奥方様!おかえりなさいませ!」
ルーファスが高々と言い放つ。
それを合図に拍手が巻き起こる。
それにこらえきれず、リリスから涙が溢れた。
「ほら、みんな君が帰ってくるのを待っていただろう?」
「はい」
(うれしい…。もう何が嬉しいのかわからないのか、嬉しすぎるわ)
使用人一同に出迎えられたリリスは、さっそく荷ほどきから始まる。
もちろん部屋はこれまでの使用人部屋ではない。ジェラードの部屋と繋がる、この屋敷の女主人用の部屋だ。
部屋のサイズはゆうに3倍。家具も使用人のものよりもさらに上質。
そして広いクローゼットにはすでに大量のドレスで埋まっていた。
「ジェラード様、これは…?」
「あらかじめ買い揃えておいた。足りないか?」
奥行きが見えないほどのドレスの数に、リリスは少しめまいがした。
「ジェラード様、確かに私は王女になりましたけど、こんなにドレスをいただくわけには…」
「何を言っている?」
「えっ?」
リリスは、ジェラードがこれほどまでにドレスを贈るのは、王女となった自分に気を遣ってだと思った。だが、そうではないようだ。
「俺はリリスが王女だとしても、平民のままだったとしてもこのくらい贈るつもりでいた。俺が惚れたのは王女ではない。リリス自身だ」
「ジェラード様…」
こうまではっきりと言われたら、嬉しくないわけがない。
「このドレスを全て着倒すくらいに、二人で出掛けような」
「はい!」
部屋が整うと、ジェラードの部屋で今後の予定についての話が行われた。
「まず、俺たちの最初の公式行事は、3か月後にモンスロート国で開かれる祝賀会に参加することだ」
「えっ?」
そんなの聞いてないと見返すと、ジェラードは苦笑した。
「どうやらリリスに会わせろとあちら側から大分せっつかれているらしい。それで、急遽俺たちの参加が決まった」
「そうなんですね」
「覚悟したほうがいいぞ。先代国王夫妻はリリスにかなりご執心というからな」
「…私、帰ってこれますよね?」
話を聞いていると、モンスロート国にたどり着いたら帰してもらえない…そんな気がしてきた。
「大丈夫だ。俺が無理やりにでも連れて帰るから」
その言葉がなんとも頼もしい。
その一言で安心してしまえるのは、愛した人の言葉だからか。はたまた魔術軍団将軍だからか。
「結婚は1年後を予定にしようと思う。俺は早くしたいが、さすがに今年は同盟記念行事で忙しいし、おそらくモンスロート国側からの出席者もある。その調整も考えると、そのくらいの準備期間は欲しいだろうな」
「そうですね…」
そんな話をしていると、自分が王族になったんだという実感がわいてくる。ほんの少し前まで身寄りがいなかったのに、今では多すぎてどうしたらいいのかわからなくなるほどだ。
「そう不安そうにするな。みんなも協力してくれるし、俺たちならきっとできる」
ジェラードの言葉に勇気が湧いてくる。そう、もう一人ではないのだ。
「はい、ジェラード様」
そうと決まればじっとしてなどいられない。立ち上がり、何からやろうと考えるところでジェラードからは待ったがかかった。
「そう焦るな。まだ時間はあるし、今日くらいはゆっくりしていこう」
「ですが…」
「忘れたのか?俺たちは…夫婦になるんだ」
「あ…」
ジェラードは立ち上がり、リリスを座らせるとその隣に腰を下ろした。二人は密着する形になり、リリスの鼓動は激しくなる。
「リリス…」
リリスの顎にジェラードの指が添えられる。それが何を意味するのか、わからないほど初心ではない。リリスはそっと目を閉じた。
「ん……」
軽く触れあうだけのキス。しかし、二人にとって初めてのキス。
それは喜びと、安心の感情をもたらした。
今自分たちの状況が、決して幻でも妄想でもないことを実感させてくれる。
目を開ければ、黒い瞳がそこにある。
何と言えばいいのか、今のジェラードの表情は反則なほどに色気を帯びていた。
憂いを帯びたような、それでいて喜びの表情も携えている。
非常に心臓に悪い。
(あぁ…ジェラード様、美しすぎます)
「リリス、なんて美しいんだ」
偶然にも、互いに相手を同じように思っていたようで、ついリリスは吹き出してしまった。
それにジェラードは首を傾げた。
「どうした?」
「いえ、私もジェラード様が美しいなって思ってたので。同じことを考えてるんだなって思ったらおかしくなっちゃって」
「ふっ、そうだな」
再び唇が下りてくる。
間髪入れずに応じ、リップ音が静かな部屋に響いた。
それから二人は一気に多忙の日々を迎えた。
ジェラードは魔術軍団将軍としての仕事に加え、モンスロート国訪問の際の警備体制の打ち合わせ。さらに王女にして妻となったリリスを連れての夜会でのお披露目。
リリスもまた、王女にしてテルドール侯爵家の女主人となることが確定しているため、社交界へ出席するようになった。
むしろ招待状がひっきりなしにくるので、その返事に忙しい。合間に領地からの報告書の確認も怠らない。
侍女業務は完全にやめることになったが、領地に関するのは女主人として知っておいたほうがいいため、継続している。
その忙しい合間にも、二人は仲を深めることを忘れない。
街中に出掛けたり、カフェで食事をしたり、草原でのんびりしたり。
3カ月はあっという間に過ぎ去り、いよいよモンスロート国へ出発する日となった。
今回は国王の名代としてメレディスとその妃が向かう。さらに、モンスロート国王女であるリリスもいるから、警備はひと際厳重だ。
騎士と魔術師が厳重な警備を敷いたうえで、一行は出発した。




