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「行き倒れか」と言われてから「愛しております」と言われるまで(旧:女性不信の将軍様は行き倒れ元令嬢がお気に召したようです)  作者: 蒼黒せい


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13話

 それからも、ジェラードは休暇のたびにリリスを連れ出していた。

 出掛けるための服は毎回新調され、マリーアによって着せられている。

 この前は観劇に行き、その前は王都近くの草原でピクニック。

 その間は侍女の仕事にいそしみ、毎日が充実していた。

 このままずっとこうしていられたら…そう願うようになってしまうのも、無理はない。

 しかし、未来を変えようと思っても、リリスには何の力もない。

 ジェラードのように優れた魔術師でもなく、権力も伝手も無い。


 毎日が楽しければ楽しいほど、夜に部屋で一人になると悲しみが訪れる。


「行きたくない…ずっと、ここに居たいです。ジェラード様」


 ベッドの中で誰にも聞かれないようにつぶやく。

 そのつぶやきは、夜の闇の中に消えていった。


 自分が王族と発覚してから1か月後。

 リリスはジェラードと共に登城していた。

 モンスロート国からリリスについての連絡が来たというので、その確認のためだ。

 執務室に入室すると、一通の手紙を手にしたメレディスが待っていた。


「モンスロート国は、リリス王女の受け入れを了承するようだよ」


 メレディスから告げられた内容に、やっぱりどうしようもないのかと絶望が胸の内に広がる。


「いつ頃になるんですか?」

「およそ1か月後。想定通りだね。あちらも『説得』を頑張ってくれたみたいだ」

「ゼイヴィア王子には感謝しないといけませんね」

「?」


 リリスは、メレディスとジェラードの会話にふと違和感を覚えた。


(説得?感謝?一体何のことなのかしら)


「それで、君の方はどうなんだい?」


 メレディスは、リリスではなくジェラードのほうを見て言っている。

 二人が何を話しているのかが分からない。

 当事者のはずのリリスが、なんだか蚊帳の外に置かれているようで、複雑だ。


「ええ、順調です。その時までには、必ず成果を出して見せますよ」

「ふふっ、ぼくも頑張ったんだ。しっかりしてもらわないと困るよ」

「もちろんです」


(お二人だけで…一体何を?)


 何の話をしているのか聞きたいけど、なんとなく聞くのがはばかられた。

 話は終わったのか、あっさり二人は帰ることに。

 やっぱりモンスロート国に行かなければならないという絶望は、いつの間にか二人の話への疑問で打ち消されていた。


 そしてときはあっという間に流れ、明日はモンスロート国へと行かなければならない日となった。

 今日までずっと、リリスがモンスロート国の王族であることは屋敷の者たちにも秘匿されてきた。

 しかし、明日をもってリリスはこの屋敷を出ていくことになる。

 その別れをさせてほしいとジェラードに願い出ると、了承してくれた。


「ただし、王族であることは直前まで秘匿でなければならない。だから、親族が見つかり、そこに行くという話にしてくれ」

「わかりました」


 そして、ルーファス指揮の元、リリスの送別会が開催された。

 マリーアも他の使用人たちも、突然のリリスとの別れに涙を流して惜しんでいた。


「リ゛リ゛ズ様゛ぁ!なんでゴゴにいでぐれないんでずがぁ!」

「マリーアさん…私も、本当は居たいです…ぐすっ」


 自分がこんなにも屋敷のみんなに愛されていたこと。

 それが分かり、リリスも大粒の涙を流していた。

 ルーファスもハンカチを片手に涙を拭いている。

 送別会に、ジェラードの姿は無かった。ジェラードは明日、リリスを送り届ける仕事があるということで、お別れは明日にするとのことだ。

 結局、どうすればこの国にいられるのか、リリスには何も思いつかなかった。

 王族であることを秘匿する以上、相談できる相手もいない。

 下手な動きは、せっかくの両国間の軋轢になりかねないだけに、できない。


 送別会を終えた後、リリスは一人自室で泣き続けた。

 この国を離れること。

 そして、もうジェラードの近くにはいられないこと。

 この恋心を諦めなければいけないこと。

 たくさんの未練が残っている。

 結局一睡もできなかったリリスは、泣きすぎて顔がはれぼったくなってしまった。

 マリーアによって最低限の化粧を施してもらって誤魔化すと、ドレスを着る。

 荷物は他の侍女たちと一緒にまとめておいた。

 これまでジェラードに買ってもらったドレスやアクセサリーは、全て持って行っていいと許可をもらっている。

 ほとんどの荷物は馬車に積み込み済みだ。

 あとは王宮に向かうだけ。


 玄関に向かうと、黒い軍服に勲章を付けたジェラードが待っていた。


「…来たな」

「はい、お待たせしました」

「大丈夫だ。行くぞ」

「あ、待ってください」


 先に玄関へと向かうジェラードを呼び止め、リリスは振り返った。

 そこには屋敷の使用人全員がそこにいた。

 リリスを見送るために、仕事の手を止めてみんなが集まってくれた。そのことがリリスにはうれしかった。


「みなさん、これまで本当に、お世話になりました。みなさんのおかげで、私は本当に楽しく過ごすことができました。このことは一生忘れません。…ありがとうございました」


 頭を下げると、使用人たちの方からも「こちらこそありがとう」「楽しかったよ」という返事が返ってきた。

 また涙が溢れそうになる。せっかくの化粧が崩れないようにしないとこらえ、顔を上げる。

 そこにジェラードはスッとハンカチを差し出し、目元に溜まった涙を吸っていった。


「さぁ、行こうか」

「はい、ジェラード様」


 馬車に乗り込んだ二人は、無言のままだった。

 王宮に着くとすぐに内部に案内され、広間へと通された。

 そこには広間の左側にはメレディス王子を始めとしたグラスネット王国の重臣たちがおり、右側にモンスロート国のゼイヴィアとお付きが並んでいた。


「来たようだね」

「お待たせしました」


 メレディスにそう声をかけられ、ジェラードが答える。

 ジェラードが頭を下げたタイミングで、リリスも頭を下げた。


「では、リリス王女、こちらへ」


 メレディスに呼ばれ、リリスは歩いていく。恥ずかしくないようしっかりと背筋を立て、確かな足取りで向かっていった。

 メレディスは広間の中央にリリスを招き、そこにゼイヴィアも近寄っていく。


 そして、手に持っていた紙を広げ、広間の全員に聞こえるように声を張り上げた。


「今ここに、リリスをモンスロート国の王族と認める!王位継承権第9位を与え、これを宣言する。これがその証書である」


 リリスの王族承認の宣言に、まずはモンスロート国側から拍手が起こり、ついでグラスネット王国側からも拍手が起こる。


(これで、私も王族なのね)


 いまいち…いや、まったくピンとこない。

 しかしこれでもう自分がグラスネット王国の民ではなくなったという、喪失感だけはあった。

 拍手が収まると、ゼイヴィアは紙を仕舞い、モンスロート国壁際に戻っていった。

 リリスはその場に置かれたままになってしまい、どうしたらいいのかと不安になる。

 そこに、メレディスから声がかかる。


「リリス王女。めでたくあなたはモンスロート国王女であることが認められました。そのことを、心よりおめでとうの言葉を贈らせていただきます」

「…ありがとうございます」


 メレディスからの、普段とは違う言葉遣いに不安と寂しさを感じてしまう。

 それも仕方ないことだと諦め、次の言葉を待った。


「さて、実はリリス王女に、さっそく婚姻を求める者がおります。どうか、聞き入れてやっていただけますか?」

「えっ?」


 思わぬ言葉に動揺していると、足音が近づいてくる。

 足音の方向から、それが誰なのかはすぐわかった。

 ゆっくりとそちらに顔を向けると、ゆっくりと歩み寄るジェラードの姿があった。

 あと一歩のところで足を止め、ひさまづき、リリスを見やる。

 その瞳は、何度も見た決意の光を秘めていた。


「リリス王女」

「っ…はい」


 ジェラードに王女呼びされたことは、やっぱりリリスの心に傷をつける。

 しかし、それ以上に今は期待の気持ちが高まっていた。


(私に婚姻を求める者って…まさか)


「私、ジェラード・テルドールはあなたを愛しております。どうか、我が手を取り、この国で共に生きていただけませんか?」


 ジェラードから手が差し出される。

 その言葉、その手の意味、それが分からないほどリリスは無知ではない。

 そしてその手は、リリスが何よりも望んでいたものだった。

 今すぐこの手を取りたい衝動に駆られる。

 しかし、王女となった今、この手を安易に取っていいのか。リリスは逡巡した。

 つい目が、ゼイヴィアに向いてしまう。

 ゼイヴィアはリリスから向けられた視線の意味を、正しく受け取っていた。


「モンスロート国国王は、リリス王女の意思を最大限尊重すると、述べています」


 それはつまり、リリスの好きにしていいということ。

 この場面があらかじめ想定されていたとしか思えない言葉だ。

 そんな都合のいいことが…と思ったけれど、ここでようやくメレディスやジェラードの意味深な会話が思いだされた。


(『説得』とか『感謝』ってそういうことだったのね)


 この場を作り上げたのは、おそらくメレディスとジェラードの二人。

 自分はどうしようもないと諦めていたのに、ジェラードは叶えるために最大限の努力をしたのだ。

 ならば、もうあとはこの手を取るだけ。


「本当に、私で良いのですか?」

「あなたがいいのです、リリス王女。あなたと過ごした日々は私にとって何よりの宝物であり、その日々があなたへの愛を育みました」


 両国の重要人物たちの前で、ジェラードは一切恥ずかしがる様子もなく愛の言葉を紡ぐ。


「私と、結婚していただけますか?」

「…はい」


 ジェラードの手に、リリスの小さな手が載せられる。

 その手を握り締めたジェラードは、リリスの手を引きあっという間に抱き寄せてしまった。

 これにはリリスのほうが慌ててしまう。


「ジェ、ジェラード様!」

「よかった…受け入れてくれて」


 よく見たら、抱きしめるジェラードの手は震えていた。

 彼とて、何の不安も無くこの場にいられるほどの胆力があるわけではない。

 いや、ただの重要会議なら何も問題はないが、自分の愛の気持ちを受け取ってもらえるかどうかでは、全然違う。

 それでも、この場を作ってくれたこと。それにリリスはジェラードの愛を感じた。


「ありがとうございます、ジェラード様」


 リリスからもジェラードを抱きしめ返す。

 人目をはばからない抱擁に、広間にいる者たちは暖かく見守っていた。



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