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社畜、前倒しする。

「D級に昇格です。おめでとうございます……」


 働きすぎの狂人は、たった一か月で、F級からE級、さらにD級へ昇格した。

 ギルド受付嬢のマリーベルは、震える声でその事実を伝えた。


「普通なら不可能なんですっ!」


 マリーベルは上ずった声で繰り返す。

 常識という名のCPUがヒートシンクを失って、熱暴走まったなし状態。


「普通なら不可能なんですッ! 不可能なんですッ! 不可能なんですッ!」


 こだまする叫びは、壊れたポンコツおもちゃのようだ。

 大抵、人気のない深夜に勝手に鳴きだすと怖い。


「これでD級の仕事が受けられますね!」


 だがマリーベルの脳内ブレイクなど我関せずだ。


「念のため言っておきますけれど……D級からは危険度が跳ね上がります……」


 マリーベルは声を絞り出した。


 実のところ、D級は、冒険者がもっとも死にやすいランクと言われている。


 各自の実力は上がるものの、慢心と油断が無謀を呼び、やがて死を招く。

 たとえるなら、仕事に慣れきった3年目社員が、指さし確認をサボり、ヤバい書類をファックスで誤送信。気づいた瞬間、顔面蒼白になる、あの惨劇。

 

 だが、安心してほしい。

 社畜は止まらない。止まる気もない。


「ソロで受けられる奴、ありますか?」


「ええっ⁉ D級を、一人でやる気ですかっ!?」


「ええ。一人のほうが効率がいいんで」


 マサトの即答に、周囲の冒険者たちはざわめいた。

 少なくとも、E級からはパーティプレイが常識なのだ。


「バカな……D級を一人でやるってか?」

「死に急ぎやがって……」

「マジモンのイカレだ」


 などといった声が飛び交うが、社畜は一切全く動じない。


 そして――ドンッ!


 例により、依頼票の『分厚い束』が出現した。


「これ全部お願いします!」


「全部って……だ、ダメです。ギルドの規約でDランクは一度に3つまで同時受注できません!」


「え、それはどうして?」


「これを見てください。ここッ!」


 マリーベルがバン! と、ギルド規約集をカウンターにおいた。

 彼女が震える指で示したところには、たしかにそう書いてある。

 

「なるほど……しかたがありませんねぇ……ルールは守ります」


 社畜は意外とコンプラ意識が高いようだ。

 いうまでもなく、労働基準法は例外だが。


 そこでマサトは依頼票を厳選し――


「では、この3つでお願いします」


 と言った。


 マリーベルはそれを眺めて絶望そのものな表情を浮かべる。


「よ、よりによって一番リスクの高い……しかもこれって……ソロでやる依頼じゃありません……」


 選んだのは、D級依頼の中でも特上にデンジャーな代物だった。

 しかも本来、複数人で取り組むべきプロジェクト案件。


「だが、それがいい」


 社畜は美味しいエサを見つけたワンコのような笑顔を浮かべ「早く頂戴!」としたなめずり。


 マリーベルは「ううう……」と呻きながら、渋々――


 採掘場での鉱物確保(この1週間で落石で冒険者1人死亡2名重傷)

 毒の湿地に生えている植物の採取(ガスで先月3人が昏睡)

 地下遺跡でのモンスター駆除(先週レイスに取り憑かれて狂った患者あり)


 という、3件のいかにもデンジャーな依頼を処理した。


 処理された依頼票をしげしげと眺めるマサトがこんなことを言う。


「さぁて、1週間で終わるかなァ?」


「な、なにを言ってるんですか、1週間ですって⁈ 普通ならそれぞれ1週間以上掛けるものです!」


「え? 別に問題はありませんよね? 規約ではそうなっていますから」


「うぐっ…………」


 だが、たしかにマサトの言う通りだった。

 規約のどこにも、納期の前倒しは不可、とは書いてはいない。


 どんな無茶なスピードだとしても、依頼を達成しさえすれば文句はつけられない。

 それは規約の盲点、使用上の欠点とも言うべきものだが、そんなものに気付き、あまつさえ実行に移すのはマサトくらいのものだ。


「じゃぁ、行ってきます!」


「せ、せめてお気をつけて……」

  

 マリーベルの懇願めいた送辞など、どこ吹く風。


「仕事ォ、仕事ォ、し-ごと!」


 おはようジャパンのオープニングみたいな浮かれ声と共に、マサトはギルドを飛び出していった。


 最初の依頼は、大規模な採掘が終わった採掘場での貴重な鉱石の採取。

 残っている鉱石は、落石地獄とも言われる危険な所にだけ存在する。


 このような所では、複数のメンバーで落石に注意しながら慎重に作業を進めたり、大型シールドを持ったものが盾になったりするのが通常手段だが――


「突撃ィィィィ――!」

 

 と叫びながら、瓦礫と粉塵を巻き上げ、駆け込んでいった。


「おお、落石だっ! いたたた……この痛みが最高だっ!」


 初っ端から大岩がかすめて、額に石片がヒットしてもテンションが上がるばかり。


「おっと、足場が崩れるそう……だが、走り抜ければセーフッ!」


 岩の雨が降る中を笑顔で駆け抜け、崖の縁にぶら下がった鉱石を素手で剥ぎ取っていく様は、もはや人間ではなかった。


 慎重さよりも速度、リスクよりも納期、命よりもスケジュール。

 社畜の辞書に「安全作業」という文字はない。


 それを遠くから見ていた別のパーティの戦士が、ボソリと呟く。


「一体全体、ありゃなんなんだ…………」


「多分、狂気の神の信徒でしょう……くわばらくわばら」

 

 僧侶が震える声でお払いの言葉を漏らした。


 結果、マサトは本来なら安全に配慮しながら進めるべき鉱物回収を、たった1日半で完遂した。

 安全軽視どころか超絶危険作業による、強行突破。

 ヘルメットを被った猫がいたら、さぞや大粒の涙をこぼしたに違いない。


 次は毒ガスの溜まりやすい湿地帯の奥の奥で、ドクツルタマゴ・テング草という貴重な植物をゲットする依頼――


 沼地には強力な魔物がうろついているが、マサトは当然のように単身で吶喊する。


 開始五分、わき腹に巨大なヒルのような魔物がガブッと噛みついた。


「痛たたた……! だが目が覚めるゥッ!」


 笑いながら引き剥がすやいなや、次は毒のガスだまりに突っ込んでいく。


「おお、このガス……クるっ! 酸素と毒素のはちみつブレンドッ!」


 意味不な言葉を叫びながら、マサトは毒を深く吸い込み、なぜか動きが二倍速。

 その姿はさながら、ノルマに追われた業務委託の配達員である。


 こうしてマサトは、息を吸うように毒を吸い、目的のブツを大量に入手。


 そして迎えた最後の依頼――


 松明を掲げたマサトが、最後に挑むのは迷路のように入り組んだ地下遺跡。

 定期的にポップするアンデッドモンスターを一定数を狩る仕事だ。


 出現するのは低級のものがメインだが、時折ランダムにハイレベルなものも出て来る危険な任務だ。


「ここなら、眠気が一発で飛ぶはずっ!」


 早速、オオオオン! と生者を呪う怨念と共に死霊レイスが襲い掛かる――

 が、マサトはノーガード。

 自ら取りつかせれば、呪詛で脳がチリチリする。


「狙い通りだ、目が覚める!」


 魂を凍らせるような精神攻撃を受けることで強制的に効率的な覚醒状態へ。

 取りついたレイスも呆れるほかない。


 そしてスケルトンが襲いかかれば――


「ふふふ、骨になっても働くとは、健気だァ!」


 などとニッコリと素手で殴り飛ばす。


「お、丁度いい、肩こりに効くなぁ」


 転がった骨で肩を叩いてマッサージ。

 ものすごく不謹慎だが合理的だ。


 こうして社畜は遺跡の最深部まで強行し、いつもどおり不眠不休でオーバーキルぎみな掃討を終えた。


 なお、マサトに取りついたレイスは、霊魂の芯からぐったりと疲弊し――


(もう……嫌ぁぁぁぁぁ)


 掃討完了と同時に、疲れ切って、迷わず成仏した。

 いや、成仏ではなく、退職届を置いて消えたような去り際だったか。


「え……もう終わったんですか……!? 1週間でって言ってませんでしたか……?」


「巻きでどれだけ行けるか試してみました!」


 実はこの時点で、依頼を受けてからの日数は5日間しかたっていない。

 掟破りの自己都合、納期前倒し――セルフRTA(労働時間アタック)である。


 マリーベルは(意味わかんないよぉぉぉぉっ!)と、心の中で絶叫した。

 だが、マサトが叩き出したこの異常な記録は、紛れもない事実だった。

 そして、このワールドレコードは、きっと誰にも破れない。


「さぁて、それでは!」


 マサトが口を開いた。

 マリーベルは次に飛んでくる言葉に身を固くした。


「次の仕事、受けます!」


「うえええええええんっ!」


 身構えていたにもかかわらず、涙腺は耐えられなかった。


 ただ、泣きながらも「で、でもぉぉぉ三つまでですからねぇぇ……」と釘を刺すあたり、さすがは受付嬢の鑑と言うべきであろう。

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