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社畜、仕狂う(しぐるう)。

 依頼を受け取ったマサトは「仕事をどんな順番でこなすか」を即座に考え始めた。

 脳内会議3秒を経た結果、組みあがったスケジュールはこんなものである。


■ スケジュール(初日)

 12:00 ~ 14:00 市場での荷運び

 14:00 ~ 16:00 厩舎の掃除・馬の世話

 16:00 ~ 18:00 屋根の修理補助

 18:00 ~ 20:00 道路の整備

 20:00 ~ 22:00 下水の掃除

 22:00 ~ 30:00 夜の街の警備

 30:00 ~ 32:00 朝市での荷運び

 32:00 ~ 34:00 廃棄ゴミの回収

 34:00 ~ 36:00 水汲み&水あび


 36:00に業務終了。

 たぶん、宇宙のどこかにある社畜星しゃちくぼしの時制に違いない。

 

 さらに、合間には一切の休憩もない。休憩は罪らしい。 

 そして、全ミッションが全て半日はかかりそうなのに、全て2時間刻み。


 これをスケジューリングと言っていいのかどうか。

 

 もし他の冒険者が見たら、ひと言、「暗殺者ギルドの懲罰訓練メニューじゃねぇのか……?」と呟いたかもしれない。


「完璧だ……では始めよう」


 どこをどう見ても狂気の沙汰としか言えないそれなのだが。

 社畜にとって「理想的」とすら言える働き方なのだ。

 自ら刻んだスケジュールに満足したマサトは笑みを浮かて走り出した。



 最初の仕事は市場の倉庫へ飛び込むところから始まる。


 マサトは依頼票を掲げながら――


「ギルドから派遣されました! 仕事、くださいっ!」


 と叫んだ。


 「お、おう……じゃあ、そこの木箱を向こうの店まで、運んでくれ……」


 木箱は一つ30キロを超える重量。数えてみれば、全部で42箱。

 市場の親方の指示は普通の冒険者なら午前中いっぱいが潰れる重労働。


 だが普通の冒険者ではなく、マサトは完璧で究極な社畜である。


「42箱ですね⁉︎ よし、昼までに終わらせますッ!」


 と、意味不明な基準を口走ると同時に、咆哮を上げる。


「うおおおおおおッ! 物流は戦争だああああああああ!!」


 猛スピードで運搬開始。木箱を抱えて縦横無尽に走り回る。

 あまりの勢いに、市場のテントがめくれ上がるほど。


「速ぇッ!」「なにあれ⁉」「木箱、今3個同時に投げたぞ!?」

「いや、あれ……煙出てね?」「汗の……蒸気だ……」


 通行人や店主たちは口々に叫び、逃げ惑う。

 まるで突撃してくるゴーレムの群れでも見てるかのような有様だ。


 作業終了まで、56分ジャスト。

 ハーフマラソンの世界記録より早かった。


「終わりましたッ! 次の荷物は⁉︎」


「……もう、ない……ていうか、もうやらんでええ……落ち着け……頼むから……」


 親方はその場にへたり込み、震え声で答えた。


「じゃあ、あっちの掃除でもしてますね!」


 命じられてもいないのに勝手に市場の清掃を始めるマサト。

 その背を見つめながら、親方は呟いた。


「あれは……もう人間じゃねぇ……」


 続いてマサトが向かったのは、臭気立ち込める厩舎だった。

 馬糞、干し草、汗、獣臭、アンモニア――ありとあらゆる臭いが鼻を直撃する。


「うおおおっ……この臭い……! 嗅いだだけで脳が覚醒するッ!」


 マサトは鼻孔を全開にして、空気を全力で吸い込む。


「うっ……これは……クるッ……! 頭がガンガンするッ! だが、これこそが……仕事の刺激だぁぁぁッ!」


 マサトの叫び声に厩舎の馬たちは一斉に後ずさり、干し草の影に身を隠した。


「馬糞オーライ! バケツ満タンッ! 寝藁の敷き替えOK! ネクストッ!」


 掛け声と共に、マサトは雄叫びを上げながら作業を進めていく。


 途中、怯えた馬にゲシンと蹴られても「可愛いなぁ!」と笑いながらベシベシとナデナデで。


 癖ウマに噛まれて血を流しても「よしゃしゃしゃしゃ! 怒らないの怒らないの!」などと日本一有名な厩務員みたいにいなす。


 そんな光景に他の作業員たちは「アレって本当に初心者なのか?」と作業そっちのけでマサトを見守るしかなかった。


「よし、終わったっ!」


 作業が終わると、マサトは汗と馬の臭気にまみれた姿で立ち上がり、拳を握った。

 その声に馬たちが一斉にいなないた。

 それは厩舎を掃除してくれた感謝か、あるいは恐怖によるものか。


 次に待ち受けるのは、厩舎より遥かに臭い下水道――


「くせぇぇぇ……この汚臭ッ! 五感を殴ってくるぅぅぅッ!」


 入り口に立った瞬間、ゲロ以下のスメルする空気が『壁』になってドバっと押し寄せてくる。

 嘔吐感に背筋が痙攣し、目から涙がにじむ。

 それでもマサトは呼吸を止めない。


「この腐臭、熟成200年ものか⁉︎ 発酵と濃縮が織り成す職場のテロワール……!」


 普通なら鼻に詰め物、マスク、ゴーグル、完全防備で挑む場所。

 だがマサトは、


「マスクはいりません、経費がかかるんで! コストは生産性の敵ですッ!」


 と意味不明な理屈を唱え、ブラシモップとバケツ片手に突入だ。


 ゴボッ、ズルッ、ベチャッ。

 地獄を煮詰めたような音を響かせ、ヘドロをかき出し、排水を洗い、壁を擦る。

 

 音はドンドン調子が良くなり、 ゴボ、ズル、ベチッ! ゴボ、ズル、ベチッ! と、叩けば叩くほど調子のよくなる法華の太鼓みたいにペースが上がった。


 そこに怪異が現れる。


「ぴよぴよ~ん♪」


「おお……」

 

 ぬるん……と這い寄る――スライム(かわいい系)が登場。

 下水には大体こういういるというのが異世界の定番だ。


「わぁ、可愛い。これぞ仕事中の癒し。

 ……だが、効率を乱す最大の敵でもあるッ!」


 マサトは即座にブラシモップを振り抜き、べしゃっ!

 スライムに内包された水分が飛びちり、松明の光を受けて宙で虹を描く。

 

「あは、きれいだな……おっといかん、仕事、仕事」


 下水に掛かる地獄のレインボーアーチを眺めたマサトは、すぐに仕事に戻った。


「作業完了!」


 その後もマサトは休憩なし・給水なし・声出しありで下水を清掃しきった。


「次、夜間警備ッ!」


 もう日が暮れているが、マサトはそのまま夜間警備任務へ突入する。


 夜の街を見回るだけの、単調な仕事。

 歩いて、見る。歩いて、見る……眠くなるに決まってる。


 だが、社畜は違う。


「よし……覚醒プログラム、発動ッ!」


 そう呟いたマサトは、ポケットからメモ帳を取り出した。

 タイトルは《眠気撃滅マニュアル:Ver.3.17》


 右頬ビンタ、左もビンタ。こめかみグリグリ。

 足の小指を角にぶつけ、シャーペンの芯を手の甲に突き立てる。

 ついでに石壁へ肘打ち、ビリビリジーン。


 リーマン時代に培った目覚ましスキルを用いるマサトは、主に痛みで無理やり覚醒を保ち、「くく、最高だ……」と呟いた。


「『やりがい』を10回唱える! やりがい! やりがい! 仕事のやりがい!」


 これを唱えれば、一時間はいけるらしい。


 だが、限界が来るときもある。

 そんな時は――


「コード社畜ッ! 歩き寝モード、起動ッ!」


 歩きながら目を薄らとさせ、半寝る状態で警備を続行する。

 これは満員電車の立ち寝を改良した超高等テクを応用したものだ。

 なお、これを現代日本でやると車にはねられる。


 結果、足音は正確、目は閉じてる、でも歩いてる、という狂気のバグ人間が、町を徘徊することとなる。


「あれ、寝てるのか⁉︎ 起きてるのか⁉︎」


 などと、通りすがりの通行人が呟いたが、答えは永遠に謎のままだった。

 だが、仕事をしているのは間違いない。 


 そして延べ72時間が経過した――


「依頼、全件完了ッッ!!」


「えっ⁉︎」

 

 ノンストップの激務を終えたマサトは、泥と汗とヘドロにまみれたまま、ギルドのカウンターに書類を叩きつけた。


 受付嬢マリーベルが目を見開いている。

 信じられないものを見るように書類をめくり、絶句する。


「か、完了印が……全部に……⁉︎ ほ、本当に……三日で……?」


「えっへん!」


 胸を張るマサト。

 泥まみれの顔には満面の笑み。

 全力のえっへんだ。


 だが、その笑みはまだ『序章』だった。


「では、報酬の処理を――」


 ようやく態勢を立て直したマリーベルが言いかけた、その瞬間。


「はいこれ、次の依頼ッッ!」


 依頼票の束が、ドンッ! とカウンターに叩きつけられる。

 紙の重みでカウンターがミシッと鳴った。

 マリーベルはその圧に思わず椅子ごとゴガッ! と、5センチ後退した。


「処理してくださぁい!」


「う、うっ……(なによ、この圧……)」


 周囲もざわつく。


「おい、あいつまた仕事する気か⁉︎」とか、「倒れるどころか、おかわりだと⁉︎」やら、「こいつ、自分を自分で拷問する気か……」などと青ざめる。


「こいつは、働きすぎて死んだ奴の生まれ変わり、か……?」


 誰かが呟いたが微妙に正解である。

 ただし、それを知っても誰の救いにもならない。


「……あの……少しは、休んでは……?」


 おそるおそる口にしたマリーベルの言葉だが。


「ノーセンキューサーッ! PDCAが血管で回ってるんですッ! 止めたら死にます! さぁ早くッ! 私に仕事のやりがいを与えてくださいッ!」


「はっ……はいぃっ……いますぐ処理いたしますぅ……!」


 マリーベルは目を伏せ、震える手で処理を進める他なかった。

 こうしてこの日から、マサトは『仕事狂いの冒険者』として恐怖と共に記憶されることとなる。

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